哲郎と魍焃の対面は次の段階に移った。対面自体は単純な質疑応答だったが、その一挙手一投足、発言の一つ一つが自分達の明暗に直結する。
魍焃という一人の人間にその気があるかどうかが問題では無い。問題なのは、哲郎が今相対している人間がそれを実行出来る権力を持っているという事だ。
「問に入る前に確認をしておく。
昨日、《臟》という生きた心臓の物の怪、否、御主等の言う所の《転生者》が廠桓の体を操っていたと判明し、御主が凰蓮と協力して此れを鎮圧した。間違いは無いな?」
「!!
━━━━はい。」
魍焃の質問に肯定の言葉を発する。ただそれだけの動作に哲郎は数瞬の時間を要した。
帝国を救ったと言えば聞こえは良いが、それは同時に臟の死に加担したという事実も内包している。魍焃の前とあっても、それを認めるのは容易ではなかった。
「そうか。では此処からが次の問いだ。
今回の臟とやらの一件に、我の手を借りなかったのは何故だ。」
「!!!」
魍焃の質問の意図を、哲郎は瞬時に見抜いた。魍焃は、僅かばかりの可能性ではあるが哲郎が自分の力を低く見積った疑いもあると考えているのだ。
ラミエルが《転生者》にも届き得ると踏んでいる魍焃の力を、帝国民が誤って評価しているとは考えにくい。自他共に認める最強の存在と考えているに違いない。
哲郎達が自分の力を過小に評価している疑惑は勿論の事、今回の一件に自分を介入させなかった事を疑問に考えているのだろう。
「━━━━どうなのだ。よもや
「はい。そういう訳ではありません。」
「ならば尚の事疑問だ。今回の一件、我の助力を得ていればより迅速に鎮圧出来ていた筈だ。其れをしなかったのは何故だ。」
「はい。それは臟の最終的な目標が
*
哲郎は順を追って話した。
鬼ヶ帝国が臟の所属する《転生者》の集団にとって狙い目と言っていい立地をしている事。
それ故に帝国への調査が必要だった事。
魍焃が敵の《転生者》にとって危険な存在である事。
それ故に臟が魍焃の命を狙っている可能性が高かった事。
そして臟の能力故に、魍焃を遠ざける必要があった事を。
「━━━━廠桓や鳳厳がそうだったように、臟には人の体を乗っ取る能力がありました。それ以外にも、僕や凰蓮さんの虚を突くような奇策をいくつも持っていました。
もちろん、皇帝の実力を低く見ていたつもりはありません。ですが万が一にも臟の罠に掛かって、皇居に居る誰かの体が乗っ取られ、殺されていたかも知れません。
その可能性がほんの少しでも高くなる、それを避ける為に臟は僕達の力だけで止めなければならないと考えました。」
哲郎の返答を聞き終えた魍焃は再び瞑目し、何度目とも分からない思慮の時間が流れた。
魍焃は決して自分の存在を奢ってはいない。自分の為に国民が犠牲になる事が正しいとは考えていない。
しかしその一方で、自分の存在が如何に帝国において重要かも理解している。自分や皇居に居る人間が臟に乗っ取られる。それは死のみならず、自分達の権力が臟に悪用されるという事である。その先に待っているのが帝国の滅亡である事は想像に難く無い。
「━━━━成程な。
気に入ったぞ、田中哲郎よ。」
「えっ!?」
魍焃が口角を上げて哲郎を肯定する言葉を発した。その予想外の出来事に哲郎は面食らい、間の抜けた言葉を発してしまった。
「御主、年の頃は十程しか無い様に見えるが、鍛え抜かれた肉体と磨かれた技術を持っている事が立ち姿を見るだけで分かる。
そしてそれ以上に、頑強な精神を持っている。相当な修羅場をくぐって来たのだろう。」
「いや、そんな事は━━━━!」
「謙遜は不要だ。後学の為に、相手の賞賛を無闇に否定する事は無礼に当たる場合もあると覚えておくと良い。」
「━━━━!」
「話を戻すが、御主の胆力は大したものだ。今こうして我と向かい合い、そして物怖じする事無く自分の考えを言葉に出来ている、其れは極めて貴重な能力だ。
我も此の皇帝の座に就いてから暫く経つが、我に近しい人間は権力だけを見て媚び諂うか、力量だけを見て恐れ戦くかの何方かが殆どになった。
故に誇って良い。御主の精神力は掛け替えの無い貴重な力だ。御主の献身と胆力を認め、鬼ヶ帝国全体を挙げて、御主等が危機に陥った時は最大限の助力をする事を約束しよう。」
「!!!」
哲郎は一瞬、何を言われたのか分からなかった。自分の耳が正しければ、魍焃は今、国を挙げて自分達に協力すると言った。
一瞬経って、それが自分達にとって非常に重要な前進だと理解した。ラミエルが認める鬼ヶ帝国の皇帝、そして国全体が味方になった。
そのすぐ後、哲郎はこれこそが帝国での長い戦いの成果だったのだと理解した。