「━━━━此れが虎徹氏の出国許可証だ。」
「はい。ありがとうございます。」
皇帝魍焃との対談が終わって約一時間後、哲郎は羅刹達から一枚の紙を受け取った。それは紙一枚と言っても、今の哲郎達にとっては非常に重要で、この国においては最も強大な権力を持つ紙だ。
哲郎はその紙に書かれた、虎徹の出国を認めるという内容と、皇帝魍焃、そして三人の羅刹、菟剱、聰蓉、炳紊の名前と赤い指紋が刻まれている事を確認した。
これによってこの書類は帝国において最も強大な権力を持つ。この書類を持っている限り、記載されている内容は何者にも覆す事は出来ない。
「哲郎さん! こっちも準備終わりましたよ!」
「!」
哲郎が今居る場所は逢魔ヶ宮殿から変わっていない。その哲郎の方へ、彩奈が走り寄ってきた。その後ろには、身の丈程もある大荷物を背負った虎徹の姿もある。それこそが彩奈達がこの一時間でやっていた事の証明だった。
魍焃との対談から戻った哲郎は、彩奈達に虎徹を出国させる準備が進んでいる事を伝えた。
そして彩奈は出国許可証が準備されている間の時間を使って、虎徹の荷物を纏める、平たく言えば引越しの準備を進めていた。
一時間という短時間でそれが出来た理由は、彩奈の《転送》の能力があったからに他ならない。虎徹が彩奈に触れていれば、虎徹の住んでいる場所も彩奈の《転送》の範囲内となる。
「もう程なく、君達も国を出るのだな?」
「はい。この事をなるべく早く仲間達に伝えなければいけませんから。
・・・後、これは別に不満な訳ではありませんけど、開国は出来ないんですよね?」
「あぁ。無論の事、君達の尽力には心から感謝している。だが今回の一件では、市民に公表出来ない事が多過ぎる。
其の状態で何年も続けた鎖国状態を解消するとなったら、其の混乱は想像を絶するだろう。
申し訳ないが、分かって欲しい。」
「はい。もちろん分かっています。」
一つの国家を統治し、運営する。それが如何に困難な事であるかは最早哲郎の想像を大きく超える。何百年以上も続いた鎖国状態を解消する事は、一時の判断で出来るような事では無い。
加えて羅刹達の引き締まった表情に、哲郎は強固な意志を見た。彼等は、今は開国出来ないと言っても決して思考停止している訳では無い。今回の一件で、彼等も自国の限界や海外の力を強く理解した筈である。それが開国であろうと鎖国の継続であろうと、帝国のより良い未来の為に尽力するだろうと、哲郎は確信していた。
「・・・・・・・ならば此れは我々の節介だが、一度国を出るとなれば再会は簡単では無いぞ。別れの言葉を交わす時間は要らないのか。」
「はい。それはこの宮殿に来るまでに済ませておきました。それに何より、もう会えないなんて思っていません。」
「何?」
「この国の政治と同じです。また会えるっていう未来を見たいから、その為に頑張るんです。」
哲郎は必ずまた会える保証は無いという事を理解していた。寅虎の両親然り、鳳厳然り、臟然り、人という存在は何の前触れも無く死にかねない。それが世界の運命を握る戦いに身を投じているならば尚更の事である。
しかし、その可能性を低くする努力は出来る。今の哲郎に出来るのは、生きてまたこの国の土を踏む為に尽力する事だけである。哲郎の胸中には、その決意だけが強く湧き上がっていた。
***
逢魔ヶ宮殿を出てから程なくして、哲郎達はとある場所へ移動した。
羅刹達に見送られてからしばらく徒歩で移動し、人目に付かない場所で彩奈の《転送》で移動したのだ。
「━━━━ここか。」
「はい。ここから僕達の帝国での戦いが始まったんです。ならやっぱり、終わりもここでなければいけないと思いまして。」
哲郎達が《転送》されて来た場所は、何の変哲もない海岸である。しかしそれは、哲郎達にとっては非常に思い入れのある場所だった。
この海岸は、哲郎と彩奈が鬼ヶ帝国に潜入して始めて降り立った場所である。そういう意味ではここは、始まりの地とも言える。
「では言っておいた通り、二人はここに入ってもらって、僕がそれを持って空を飛んで帰ります。」
「うむ。「はい。」」
そう言って哲郎が取り出したのは、瓶の形をした魔法具だった。それには人や物を小さくして中に入れる効果があり、中は一つの部屋のようになっている。
哲郎達は帝国に潜入する為に、彩奈に瓶の中に入って貰って、哲郎が飛行したのだ。
因みに、彩奈の《転送》で帰国する方法は哲郎が却下した。それには時間が掛からないという利点があるが、長距離の《転送》に対し、どのような負担が彩奈にあるか分からない。不確定な危険性があるならば避けるべきだと主張した。
「それで今更ですけど、虎徹さんは国を出る事に抵抗とか無いんですか?」
「何を言うておる。儂は端から国を出るつもりでいたと言ったではないか!」
「?」
哲郎の目には、虎徹の表情は遠くない未来に思いを馳せているように見えた。
その時、哲郎は重要な事を忘れていた。臟との激闘の記憶がそれを掻き消したのだ。数時間後、哲郎は己の未熟さを責める事になる。