彩奈は哲郎の話を聞いて、ようやく自分が間違っていたと理解した。臟を倒し、鬼ヶ帝国を守って全てが終わったと思っていた。
しかし実際は、何も終わってはいない。臟に勝利して確かに前進はしたが、追い求める勝利にはまだ程遠い。それを考えるならば、気を緩められる道理など何処にもありはしない。
「・・・・・・・!!
そ、そうですよね、すみません。気が抜けてました・・・・・・・!!」
「いえ、良いんです。臟に勝って、凰蓮さん達を守れたのは事実ですし、僕もそれは良かったと思っていますから。」
今言った事もまた、哲郎の本心だった。ただ、それとは別に先を見据えた危機感があったのだ。
(・・・・・・・。
それにしても虎徹さん、さっきから全然喋らないな・・・・・・・。)
帰国してからというもの、虎徹は殆ど言葉を発しなくなった。哲郎が主導して話していたとはいえ、国王の前でも不自然な程に口を開かなかった。
国王への失礼を窘めようかとも思ったが、それよりも仲間達への接触を優先した。その拠点がようやく見えた。
「! 見えましたよ!」
哲郎の次の目的地である、エクス・レインの屋敷が見えた。屋敷に戻り、帰りの挨拶をし、そして情報の擦り合わせをする。今日中にそこまで終わらせて起きたかった。
『バリンッ!!! ビュゴオッ!!!!!』
「ッ!!!!?」
瞬間、哲郎の手から超高速で移動する感触があった。手に視線を送ると、そこで魔法具の瓶が砕けていた。
『ポンッ!』
「! 彩奈さん!!」
哲郎の眼前に、元の大きさに戻った彩奈が現れた。魔法具の瓶は壊れると、中に入っている物は元の大きさに戻って押し出される。哲郎は咄嗟に彩奈を抱えた。
(彩奈さん、って事は今出たのは虎徹さんか!!
一体何の為にこんな事を━━━━!!)
『バリンッ!!!』「!!」
音が聞こえた方へ視線を向けると、屋敷の窓が一枚割れていた。言うまでもなく、虎徹が突進した結果の産物だ。
(!! あ! あ!! そうだ、そうだった!!)
この時、哲郎はようやく、自分が何を忘れていたのかを理解した。屋敷の中で何が起こっているのか、それを理解して真っ直ぐ窓の中へ向かった。
***
「こ、これは・・・・・・・!!」
「はわわわわ・・・・・・・!!」
全くの予想外の形となったエクスの屋敷への帰還。その一番最初の光景は、ノアの上に跨って強引に顔を近付ける虎徹の姿だった。
虎徹は前世の時にノアに出会い、そして一目惚れをしている。そもそも協力を申し出た一番最初の切っ掛けも、彼に再び会う為だ。
その手の感情の存在を知ってはいても、実体験は無い哲郎の目には、肉食獣が襲いかかっているようにしか見えなかった。しかし彩奈はその限りでは無い事は、彼女の赤らめた表情からも見て取れた。
「━━━━やってくれたな テツロウ・・・・・・・!!!」
「はい、すみません・・・・・・・(?)」
謝罪の言葉を口にしながら、哲郎はたった今起こった事の所以を分析していた。
虎徹は瓶の中から、屋敷の窓の傍に居るノアの姿を見たのだ。そして半ば衝動的に飛び出したのだ。数百年とも思える長い思いの末の再会の瞬間が、今目の前で広がる光景だったのだ。
*
「━━━━という事はつまり、さっき国王様の前で何も話さなかったのはノアさんの事を考えて上の空だったからだと━━━━」
「うむ。後数分城を出るのが遅れていれば物申していた所じゃったぞ?」
「そうですか。じゃあ次国王様に会った時にちゃんと謝っておいて下さいね?」
「分かっておる分かっておる。」
まるで大型の猫が飼い主に甘えるかのように、虎徹はノアにべったりとくっつきながら甘ったるい声で答えた。最早彼女の心に哲郎の声は少ししか届いていないだろう。
数分掛けて虎徹を宥める事に成功し、状況は哲郎達五人の《転生者》が話し合う場へと変化した。この流れのままに、互いが持つ情報を擦り合わせる運びとなった。
「先ずは鬼ヶ帝国での活動に礼を言っておこうか。こいつが居る所を見るに、作戦は成功したらしいな・・・・・・・。」
「それって嫌味ですか? さっきはとっさに謝りましたけど、そもそも虎徹さんを仲間にしろって言ったのはノアさんだったでしょう?」
「確かにそう言ったが、こいつとの仲を取り持てとは一言も言ってない!! お前も盛りのついた獣じゃないんだからいい加減離れろ!!」
「嫌じゃ。儂がどれだけ待たされたと思うとる。此の胸が一杯になるまでは離れん。」
虎徹は轟鬼族の腕力でノアにしがみつき、頑として離れようとはしなかった。
鬼ヶ帝国での激動の数日を終えてようやく一息付ける筈だったエクスの屋敷への帰還は、想定とはかけ離れた始まりとなった。
しかしその一方で、国王が恐れたかもしれない虎徹が敵対するという可能性は万に一つも有り得ないと、そんな場違いな事を考える哲郎だった。