ゴブリンの大群の脅威性は一般的にはそのゴブリンの数だと思われている。それは紛れも無い事実であるが、無視出来ない脅威は他にもある。
哲郎に今、その脅威が牙を剥こうとしている。冒険者にとってゴブリンとは油断は出来ずとも初心者向けの魔物として認知されているが、
その魔物の名は、《ゴブリンキング》と言う。
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哲郎の前に現れたのはそれまでのゴブリンとは比肩にもならない程の体躯を持つ巨大なゴブリンだった。
肩から獣の皮を被り、手には獣の頭蓋骨を嵌めた杖を握っている。その外見だけで、それが今までのゴブリンとはまるで違う存在だという事を否が応でも分からせる。
(ゴブリンキング・・・・・・・!!!)
哲郎もその存在を、アンリミテッドを受注する前に学んでいた。ゴブリンの上位種であり、群れの中でも一際大規模な場合に長として君臨する。
「!!
(ゴブリンキングが現れた途端他のゴブリン達が動きを止めた!!)」
それが出てくるという事の意味を、哲郎は既に理解していた。
群れの長が出てくるという事は哲郎がそれだけの相手だと認められたと言う事である。そして群れの長を倒す事が出来れば群れのゴブリン達の戦意は一気に失われる。
戦況はそれまでのゴブリンの大群との乱戦から、ゴブリンキングとの一騎打ちへと急変した。それは一見、哲郎にとっての修行には不都合な変化に思えるが彼はそう思っていなかった。
(体格は、凰蓮さんや鳳厳と同じくらいか・・・・・・・!!
筋肉とか技量とか、劣る所は色々あるんだろうけど、修行相手には持ってこいだ・・・・・・・!!)
哲郎は目の前のゴブリンキングを見上げ、その巨体に凰蓮や鳳厳を重ねていた。言うまでもなく、鬼門組として心技体を鍛え上げた凰蓮達とゴブリンキングとではその力量の総合値に天と地程の差があるだろう。
しかし哲郎はその前提に立ちながらも確信していた。ゴブリンキングは自分の攻撃が通用するかを試す絶好の相手になるだろうという事を。
(鳳厳は投げられはしたけど魚人波掌は通じなかった。多分このゴブリンキングも魔法を使うようなタイプじゃないだろう。
だからこの戦い、魚人武術だけで勝ってみせる。それが出来ればきっと僕は次の段階に進める・・・・・・・!!)
何時間にも感じられるような一瞬の中で、哲郎は自分が何をしなければならないかを改めて言い聞かせた。今でこそ机上の空論ではあるが、逆にそれを実現出来ればそれ相応の成果が得られる事も確信していた。
そして戦いは何の前触れも無く、唐突に幕を開けた。
『ブオオッ!!!』「!!!」
ゴブリンキングは何も持っていない手を握り締め、拳という凶器を携えた。そしてその凶器を無造作に振り上げ、一気に哲郎に向けて振り下ろす。
技術など皆無の子供の喧嘩にも使われそうなその攻撃も、ゴブリンキングの巨体で放てば一撃必殺の技と化す。しかしそのような明らさまな攻撃を受ける領域に、今の哲郎は居ない。
『ズドォン!!!』
ゴブリンキングの振り下ろした拳は地面を穿った。哲郎はそれによって生まれた一瞬の隙を見逃さず、一気にゴブリンキングとの距離を詰める。
巧みな膝の動きによって動きの予備動作を消し、相手に気取られずに距離を詰める魚人武術の膝抜き、《
そしてその両腕は既に、ゴブリンキングへの攻撃を放つ準備を終えている。出し惜しみなど一切しない、全力で相手の命に狙いを定める。
(最初から全開で行く!!!)
《波時雨 ・渦》!!!!!
『ズドドドドドドォン!!!!!』
ゴブリンキングの懐に飛び込んだ瞬間、哲郎は足捌きで体を回転させ、その遠心力を乗せてゴブリンキングに何発もの魚人波掌を打ち込んだ。
魔力を持たない可能性が高いゴブリンキングであれば、狙うべきは体内の水分である。故に下半身や腕ではなく、上半身に狙いを絞る。
(どうだ・・・・・・・!!?)
『ブシッ!!!』「!!!」
《渦》を放った数瞬後、ゴブリンキングの目や鼻、口や耳から一斉に紫色の血が吹き出た。瞬間、哲郎は己の勝利を直感した。
しかしそれは見込みの甘い想定として直ぐに一蹴される事になる。
『ブオッ!!!』「!!?」
破れかぶれになったゴブリンキングの無造作な前蹴りが哲郎に襲い掛かった。哲郎はそれに辛うじて反応し、そのまま後ろに飛んで距離を開ける。
視界に映ったゴブリンキングは血を吐き出しながらも、二本の足でしっかりと立ち、哲郎を見据えていた。
(効いてない・・・・・・・!!
いや、魚人波掌は確かに効いてる!! でなきゃあそこまで血が吹き出る訳が無い!!!
狙いだって悪くない筈だ。上半身を狙う考えは正しいんだ。じゃあ僕に足りないのは━━━━!!!)
《渦》の効き具合を見た哲郎は理解した。自分がこの戦いの末に何を得られるのか。否、得なければならないのかを。