白波千枚通し
それはたった今、哲郎が半ば思い付きで名を付けた魚人波掌の派生技である。元々、魚人波掌自体がその人それぞれの体格や得意分野によってより最適な派生技を編み出してきたという歴史がある。
しかし、哲郎はこれを
それでも直ぐに、考える必要のない些事だと思い直す。何故ならそれは今後一切哲郎以外には使えないだろう技だからだ。
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貫手とは、空手などの武術で使用される手を開いた状態で指先で相手の身体を突く技である。攻撃力という点では拳より強烈だが、その反面危険も伴う。
それは指を伸ばすという強度の低い状態で攻撃する為に負傷の危険性が高くなるという事である。そしてそれは哲郎も例外ではなかった。
「━━━━ッッッ!!!!」
ゴブリンキングの心臓に《白波千枚通し》を直撃させた瞬間、哲郎が真っ先に認識したのは攻撃の成功ではなく指に走る激痛だった。
貫手とは本来、筋力的な鍛錬や砂を突くなどの途方も無い努力の果てに初めて実践で使用可能となる技である。それを怠れば突き指、或いは深刻な骨折を負う事になる。
哲郎の人差し指も同様、関節があらぬ方向へ曲がり再起不能と言って良い惨状となった。今まで筋力鍛錬を非効率と断じ、後回しにしてきた当然の結果である。
しかし哲郎にはその怠慢の代償を踏み倒す方法を持ち合わせていた。激痛さえ受け入れれば幾らでも無茶が通る、そんな方法をだ。
「~~~~~~~~!!! ウギィッ!!!」
哲郎の人差し指の骨はその結合が崩れ、神経は途切れ、一切の信号を遮断していた。しかし即座に骨が戻り、裂けた皮膚は繋がり、神経も繋がって感覚が蘇る。
それが哲郎の誰にも持ち合わせていない、《適応》という強みである。激痛こそあれど、生きてさえいればどんな負傷でも《適応》し、再生し、そして克服する。
「ハァッ!! ハァッ・・・・・・・・!!!
(やっぱりノアさんの分析は当たってたみたいだな・・・・・・・・!!)」
かつて魔界コロシアムの舞台でレオルの雷魔法を受けた時、哲郎の腕は痺れ、焦げ、《適応》するまでに少しばかりの時間を要した。
そこからノアは、哲郎の《適応》は魔法や能力などの複雑な攻撃には《適応》に時間が掛かり、逆に単純な攻撃や負傷、自然現象への《適応》は比較的短時間で完了するという考察をした。それが証明された形だ。
(こっちは大丈夫だ。問題は━━━━)
『ドパァンッッッ!!!!!』「!!!」
瞬間、ゴブリンキングの上半身、その背部が裂け、紫色の血が炸裂した。哲郎が狙ったのは血液の供給源である心臓。そこに魚人波掌が直撃すれば肉体が破裂する事は必至である。
心臓の破裂、大量の血液の喪失、そして背中の破壊。本来なら一つでも致命傷となる負傷が三つ纏めて襲い掛かった。ゴブリンキングは一切の声を発する事無く、力無く地面に倒れ伏した。
(や、やった・・・・・・・・!!!)
ゴブリンキングに勝利した。それを理解した哲郎が真っ先に感じたのは達成感とそれに付随する喜びだった。
生き物の命を奪ったという自覚が無い訳ではなかったが、それが表層に出なかった理由は、ゴブリンキングがもたらす被害の甚大さとそれを退治する事による効果を事前に学んでいたからだ。直後、それが哲郎の眼前で起こる。
『ギエヒイイイイィィィィ~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!』
「・・・・・・・・!!」
ゴブリンキングが倒された事を理解したゴブリンの群れは、顔を青く染め上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
ゴブリンを始めとする群れで行動する魔物の多くは力によって序列を決める傾向が高い。即ち、ゴブリンキングはその群れで一番強い個体という事である。
ある高名な魔物の行動に精通している学者は、『ゴブリンキングが倒されたゴブリンは人間に恐れをなして、その生涯を山に引き篭って過ごす』という分析を行っている。ゴブリンキングを倒すという行為にはそれだけの利益がもたらされる。
「・・・・・・・・!!
あっ!?」
ゴブリンの群れが森の中に消えた。それを認識した瞬間、哲郎は膝を着いた。体が平衡感覚を失い、立っていられなくなったのだ。
(僕は《適応》のお陰で体力の消耗も抑えられてる。そもそも鬼ヶ帝国に比べればまだ全然動いてない。
だとするとこれは精神的な疲れか。魔物とはいえ生き物の命を奪った訳だからな。
だけどこれは冒険者なら避けては通れない事だ。何より良い修行になった。課題は山積みではあるけど、成果もあった・・・・・・・・。)
まだ自分の理想像には程遠いが、魔物に勝利し、冒険者としての成果を上げ、これからの生活の拠点と成り得る場所も確保出来た。
自分の修行はまずまずの滑り出しを切った。哲郎はそう考える事にした。