顎を打たれるのはまずいことだ。
このパリム学園に入学して彼女、レーナ・ヴァインが真っ先に教わったことだ。
正確には脳を攻撃されることがまずいのだ。
種族が違えど急所の場所は同じ。人間族でも天人族でも脳は重要な器官。そこを攻撃されることがどれほど危険なことか、理屈で分かっていたつもりでいた。
間違っていた。
何かを知ることにおいて、実体験に勝るものはない。
そう。彼女はたった今 脳をゆらされることを【実体験】したのだ。
彼女は闇の中にいた。
覚えているのは少年に正論を言われ、激昂してしまった所まで。
脳内活動の一切合切が完全に停止する。
何かを思い描く事など出来るはずがない。
(…………
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レーナは目を覚ました。
起き上がると、目の前で少年が座り込んでいた。自分は待たれていたのだ。
それを痛感した時、自分の中で何かが切れた。それが自分が彼にぶつけたものが如何に薄っぺらく身勝手なものだということだと理解した。
「………」
少年、哲郎はレーナに歩み寄って来た。
レーナはまだ立つことが出来ていない。
哲郎はレーナの前に座り込んだ。
「………当初は武器を攻撃して戦意を削ぐつもりでいましたが、こんな荒っぽいことになってしまいました。
……どうです? まだ続けますか?」
「………いや、もういい。
私の負けよ。」
その一言を聞いて哲郎は背を向け、試合会場を後にした。
***
「……嘘でしょ………!!!?」
「レーナさんが負けた……!!?」
「しかも1発で………!!!?」
哲郎はそんな言葉を聞いていた。
彼の攻撃は顎への蹴り ただ一つだが、哲郎にとっては何よりも重要な1発だった。
「…………終わったか。」
「…………お疲れ様。」
ノアとサラが迎えた。
「……どうだった? 彼女は。」
「……なんというか、虚しいだけでした。
だけど、彼女は間違ってはいませんでした。
ノアさん、あなたが誰と友達になっても自由なら、彼女が誰を尊敬しても それも同じように自由です。 それが今になって分かりました。」
「………面倒なことに巻き込んで悪かった。」
哲郎は1回首を左右に振った。
「……僕は、今までに何人も友達を作ってきたんです。だけど、その内の2人が死んでしまったんです。だからだと思います。あの時彼にあんなことが言えたのは。
友達っていうのは誰とでもなれるとは限らないって 何かにぶつかることもあるんだって、その時知ったんです。
そして、これからもこんな事は繰り返し起きるんだと分かってます。」
「……………」
「……………」
「だけど、これからも友達を大切にすることを止める気はありません。
そして、誰になんと言われようとも、僕はノアさんと友達を止める気もありません。」
「…………!!!!
よく言ってくれた。 お前のそんな所に 俺は惹かれたのかもしれないな。」
哲郎とノアの話をサラは傍で聞いていた。
この少年となら、友情を育んでもいいと再確認できた。
「それでこれからどうする?
景気直しにもう1回、軽く食べていくか?」
「いいですね そうしましょう!」
***
パリム学園 人間族科
寮のベッド
何かを一心に思い続ける姿はかくも美しい
哲郎は友達が作品を愛する姿からそれを知った。そして、その想いが行き過ぎるのは良くないということも同時に知った。
あの時のレーナはその両方を併せ持っていた。ノアを一心に思い続ける美しい心と、自分の独り善がりな考えを他人にぶつける醜い心 の両方を。
(………僕はこのラグナロクで あと何人友達ができるのかな…………)
このパリム学園に潜入してまだ1週間程度しか経っていない。にもかかわらず、既に3人、 ファンとアリス、そして隣に寝ている マッド
友達を作ることを止める気はない。
ラグナロクでの生活は充実しているし、たとえいつか元の世界に帰ることになったとしても、元の世界にも友達も家族も待っている。
いずれ選ぶ時が来るということは分かっている。
だが、今は目の前の戦いに集中しよう と哲郎は意識を落ち着け、眠る準備に入った。
《幕間 終わり》