時は哲郎が己の修行の為に山の中に入り、アンリミテッドを受注する名目で魔物と戦い始めた頃。ノアはとある場所で頭を抱えていた。
彼が今いる所は、魔王の肩書きを捨てて学生として在籍しているパリム学園の一室。そこはユニオンという、学園の部活動のような学生同士の交流と活動の拠点となっている部屋である。
ノアがそこで、部室という場所で頭を抱えている理由はそのユニオンの活動内容、そして彼の前に立っている一人の人物にあった。
「皆の者!!! 儂の名は虎徹!!!
将来ノアの、家内となる女じゃ!!!!!」
「!!!」
*
パリム学園には様々なユニオンがあるが、その中でも一際異彩を放つユニオンがある。それが一生徒であるノアの魅力について語り合う事を主にしている、所謂ファンクラブのような状態となっているユニオンだ。
何故虎徹がその場所に居るのかと聞かれれば、単純に彼女がその場所の存在を知り、行きたいと言ったからだ。
無論、ノアはそれを拒否した。しかし虎徹も一切譲らず、結果として一度だけ学園への立ち入りを許可し、その後絶対に近付かないという条件を取り付ける運びとなった。
しかし、ノアは見誤っていた。虎徹が自分に掛ける思いの重さを。一度手繰り寄せた絶好の機会を逃すまいとする為に何を言うのかを。
*
「あれって、轟鬼族・・・・・・!?」
「実在したんだ・・・・・・」
「儂・・・・・・!?」
「で、デカい・・・・・・!!」
「ノア様の、家内・・・・・・!!?」
虎徹が声高にそう宣言した瞬間、ユニオンの室内に居た女生徒達はざわめき、どよめき、動揺した。
そもそもパリム学園の生徒にとって、轟鬼族は教科書の中にしか存在しない程遠い種族である。出身地が鎖国国家故に、自分から鬼ヶ帝国に行こうとでもしない限りその姿を目に収めることは出来ない。
その轟鬼族が国外、それも学園内に現れたというだけでも十二分な話題性を持つ出来事だと言うのに、その発言の内容が更に衝撃的だった。
ノアと恋仲、それも将来を誓い合ったと宣言するような内容は。
(こいつ、外堀を埋めに来やがった・・・・・・!!)
前提として、ノアは別段虎徹の事を毛嫌いしている訳では無い。仮にそうならば《転生者》の戦力として彼女を迎え入れたりはしない。
彼が虎徹に対して苦手に思っているのは、その恋愛感情の熱烈さである。虎徹には親や親族のような、自分の恋愛に歯止めを掛ける存在が居ない。故に学園に立ち入って周囲の人間に宣言するという無茶をしてしまえるのだ。
(こいつには後で灸を据えておくとして、あいつらの方は過度な心配は要らなさそうだな・・・・・・。)
ノアの視界には両手を腰に当てて堂々と佇む虎徹の後ろ姿と、青い顔に汗を浮かべてざわついている女子生徒達の姿が映っている。唯一の救いがあるとすれば、虎徹の宣言に過激派な女子生徒が反発し、乱闘騒ぎになる可能性が低いという事だった。
その根拠には、哲郎の存在が大きく関係している。哲郎は以前学園のユニオンに訪問しノアの友人を自称した際、名をレーナという、ノアに心酔する過激な女子生徒から因縁を付けられ、決闘を繰り広げた事がある。
その結果は哲郎の危なげない、一撃による勝利。小柄な少年が学園の生徒を瞬殺したという事実は瞬く間に学園中に広がり、その一件はユニオンの活動そのものにも影響を与えた。
レーナを始めとする女子生徒達は哲郎の一件で懲り、そして己が言動を改めた。自分達がたとえ誰に心酔していようともそれを人に強制しないという事が、誰が主導するでもなく取り決めとして成立した。
今となっては、それがユニオンの行動指針の一つとなっている。それが土台となり、女子生徒達の動揺を辛うじて抑え込んでいるのだ。ノア
しかし、それも完全という訳にはいかなかった。
「ちょっと!! 一体どういう事よこれは!!!」
『!!?』
そう言って女子生徒達の先頭に割って入ってきたのは金髪を頭頂部で二つに結わえた釣り目の少女だった。彼女の名はサラ・ブラース。実力者が集うパリム学園の中でも図抜けた強者の一人であり、哲郎と戦った経験も持つ人物である。
「何じゃ何じゃ。見た所此の学び舎の出身のようじゃが何者じゃ? もしやノアの想い人か何かか?
言っておくが譲る気は微塵も無いぞ。儂と主等とでは積み上げてきた関係が違う。」
「ッ!!! バカね!! 私とこいつはそんな関係じゃないわよ!! 何で轟鬼族がノアと知り合い面してるのかって聞いてるの!!
皆も、これがどれだけ異常な事か分かってるの!?
年頃の女性なら誰もが抱く感情。その軋轢が生む女の戦い。哲郎がまだ知らない世界が彼の知らない所で繰り広げられようとしていた。