文明の構成も生活様式も倫理観すらも、哲郎が元いた世界と
その一つが、様々な所属や肩書きを持つ人間がいるという事である。或いは職業で、或いは年齢で、或いは住む場所で人間の所属は細分化される。
その所属には、自分の意思で選んだり変えられないものが少なからず存在する。そしてその中でも、このラグナロク特有のものとして《種族》がある。
言うまでもなく、特定の個人を種族のような基準で分類する事は好ましい事ではない。哲郎も出会ってきた人をそのような目で見る事は意識して避けてきた。
しかしそれでも、目の前の人物を種族の分類で呼称してしまった。それは実際にその種族を目にするのが初めてである事に加え、その種族が哲郎にとって印象深い種族だったからである。
*
哲郎が
故に哲郎がこの山の中で彼等に会う事があったとすれば、その人物は流浪の旅の中で、誰にも守られる事なく魔物の巣窟に自らの意思で乗り込む、その様な命知らず位のものだろう。
そして今、その命知らずが哲郎の前に立っている。服装は草の繊維を編んで作られた軽装、手には武器も荷物も、食料らしきものも持っていない。そんな普通の小山に入る事すら憚られるような格好でその人物は立っていた。
その人物は、魚人族の青年だった。
「・・・・・・!!!」
「おらァ知ってんぞ。こいつら『
あ! 済まねぇ。別に奪おうってんじゃねぇんだ。おらァ名前が━━━━」
『ブモオオオオオオオオオオッッッ!!!!!』
「!!!?」
魚人の青年が自分の名前を言おうとした瞬間、野太い咆哮がその場にいた全員の鼓膜を震わせた。哲郎はその鳴き声に聞き覚えがあった。何しろ、つい先程まで至近距離、大音量で聞き続けていた鳴き声だ。
哲郎が先程倒した総勢五十を超えるオークの大群。その内の一体が傷だらけの体で咆哮を上げていた。
(しまった!! まだ生き残りが━━━━!!!)
『ビュオッ!!!』「!!!!」
哲郎が後方を振り返ってオークを見た時には既に、その爆発的な脚力で進み出していた。しかしその狙いは哲郎ではない。その向こう側にいる魚人の青年に向かって、一心不乱に走った。
(ま、まずい!!! 僕のせいで、そんな━━━━!!!!)
「逃げ━━━━━━━━!!!!」
『ブモオオオオオオオオオオッッッ!!!!!』
哲郎の言葉すら掻き消さん程の咆哮を、オークは再び発した。そして腕を後ろに回し、己の全力疾走の勢いを全て乗せて下から突き上げるような拳を放つ。
視界の全てはオークの背中で覆われていたが、魚人の青年の顎を狙っている事は容易に想像出来た。
(こうなったらやるしかない!!! あのオークの速度に《適応》して追い付いて、骨の一本くらい折れてでも━━━━!!!)
「随分大振りな拳じゃな! ブタが!」
『スパァンッ!!!!!』「!!!?」
自らの身を犠牲にしてでも青年を助けんと覚悟を決めたその時、哲郎の視界に映ったのは空中に拳を突き上げるオークの姿だった。それはまるで、アッパーカットを空振りしたかのようだった。
しかしオークに起きた異変はそれだけでは終わらなかった。そのままオークの体は、まるでその足元から突風が巻き起こったかのように上空へかち上げられ、そのまま宙を舞った。
(!!? い、一体何が・・・・・・!!)
「あっ!!!」
オークに起きた常軌を逸した異変。その謎の正体はオークの体という死角から顕になった青年の
その青年は右腕を限界まで高く上げ、左腕も曲げて左手が肩の付近に来ていた。それを見て、哲郎は青年が何をしたのかを理解した。
青年はオークのアッパーカットをほんの少し身を引いて躱した。そして空振りしたオークの勢いを、右手で手首を、左手で肩を掴んでかち上げて加速させ、上空へ放り投げたのだ。
『━━━━ズダンッ!!!』
オークは二階分の高さまで放り投げられた後、背中から地面に激突して動かなくなった。時間にして一秒程度。しかしその時間の中で起こった出来事はその青年を知るには十分過ぎた。
少なくとも哲郎はもう、目の前の青年を『魚人』などという浅ましい基準で分類する事など出来なかった。それ以上の情報を見せ付けられたからだ。
(今のは僕と同じ、
青年が繰り出したのは紛れも無く、哲郎の十八番と同じマーシャルアーツによる投げ技だった。それも、哲郎より数段精度が優れているように見えた。