まだ名前を知らないので便宜上そう呼ぶしかないが、哲郎は目の前の魚人の青年の姿に圧倒されていた。彼が今の哲郎にはとても出来ないような事を軽々とやってのけたからだ。
哲郎は以前も、そして今も自分より体格が上の相手との戦いでは、地面に
自分より遥かに恵まれた体格を持つ相手を重力に逆らって動かす。それが如何に難題であるかは、これまで幾度も数多の敵を投げて来た両手が一番良く理解している。
故に哲郎はこのアンリミテッドという修行の場で成長するにはその課題を克服する必要があると考えていた。不可能だと諦める思考は放棄していたが、克服の糸口が全く見えない事もまた事実だった。
だからこそ、目の前の青年に目を奪われたのだ。青年は哲郎がやろうとしていた事をそっくりそのままやってのけたのだから。
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哲郎は目の前で起こった事実から逆算して青年の動きを分析していた。今この瞬間こそが自分の課題を克服出来る絶好の機会であると理解しているからだ。
(えっと多分、オークのアッパーをギリギリで避けて、肘と手首を掴んで放り投げて、勢いをより加速させたんだ。
でもきっとそれだけじゃない。それだけなら僕にも出来ていた筈だ。もっと何か、僕には思い付かないような動きがあるんだ・・・・・・!!!)
『ガサガサッ!!』「!!!」
青年の動きの推理に集中していた哲郎の意識は、木々が揺れる音で引き戻された。それは十中八九新手の魔物の出現を示す音だからだ。
この山の中に人間が何人も居り、今この瞬間に哲郎と出くわす。そんな偶然が二度も続くとは思っていなかった。
『ブルルルル・・・・・・!!』「!!」
結論から言うと、木々の間から姿を現したのは人間ではなかった。大型車両のような巨体を誇る四足歩行の魔物がその姿を見せた。
豚のような大きな鼻と、二本の曲がった牙を口に携えていた。それも巨体故に、牙はまるで槍のような迫力を発していた。
哲郎はその魔物の正体に心当たりがあった。一週間の準備で行った魔物の情報収集。その中にいた内の一体だ。
「ジャイアントボア・・・・・・!!!」
哲郎の口から漏れたその名前こそ、目の前の魔物の名称だった。その名の通り、巨大な猪の魔物である。その巨体も牙も、その全てが凶器の集合体と言っても過言では無いのだ。
(きっと、オーク達の血の匂いを嗅ぎ付けて来たんだ。そうやって生きた獲物ばかりを狙ってるって図鑑に書いてあった。
だとすると向かって来るのは、)
『ブルアアアアアアアアアッッッ!!!』
(やっぱり僕か!!!)
猪突猛進という言葉が成立する程、猪はその脚力と推進力が代名詞的な武器である。目の前のジャイアントボアも同様、その巨体を遠慮無く哲郎に見舞おうと駆け出した。
ジャイアントボアの速度は僅か数歩で最高潮に達した。帝国で牛檑という、同じく突進を強みとしていた男と交戦した事があるが、それに勝るとも劣らない迫力を感じさせた。
(怖がったりするな!!! 絶好のチャンスじゃないか!! 一番記憶がはっきりしてる状態であの人の動きを再現する!!!
ここで僕はまた一つ強くなる!!!)
哲郎に接触する瞬間、ジャイアントボアが頭を下げたのを哲郎は見逃さなかった。口に携えた牙の威力を遺憾無く発揮し、哲郎を串刺しにする為だ。
しかしそれは寧ろ、哲郎にとっても僥倖だった。言うまでもなく、先程のオークのアッパーカットと同じ軌道の攻撃だったからだ。
(牙が僕の顎に刺さるギリギリの瞬間━━━━
ここだッ!!!!)
『ブアッ!!!』
ジャイアントボアの突き上げるような牙の攻撃を、哲郎は既のところで回避した。そしてそのまま右手で牙の先端を、左手で顎の辺りを掴んで両腕を全力で振り上げた。
哲郎は自分が導き出した青年の動きを出来うる限り再現して形にしたつもりだった。しかし心のどこかで、これでは自分の望む結果が得られない事も分かっていた。
『━━━━ズシィンッ!!!』
ジャイアントボアは空中に舞い上がる事無く、背中から地面に倒れただけだった。本来なら十分な成果の筈だが、哲郎の心中は明るくは無かった。自分がまだ課題を克服出来ていないという事が証明されたからだ。
(ぐっ!! ダメか!! 取っ掛りは掴めたけどまだ、まだ何かが足りない・・・・・・!!!)
「凄っげ!! なんだァ今の!! おらの動きを真似たァゆうんか!?」
「! いえ、これは・・・・・・!」
「あ、そうだったな。おらァ《
「!」
鱏示と名乗った魚人族の青年。この出会いこそが、哲郎のこの山での運命を大きく揺り動かす事になったのである。