異世界に適応する少年   作:Yuukiaway

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#63 Whiplash octopus 2

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!!!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!!」

 

アイズンはのたうち回っている。

彼の左肩と右の太腿には正しく鞭傷のように赤々と一筋の裂傷が刻み込まれていた。

 

「ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ ………………!!!!!」

 

アイズンはうずくまりながらもかろうじて哲郎の方を見た。その目には未だに戦意が消えていない。

 

『アイズン選手、再び立ち上がった!!!

怒涛の展開が続くこの公式戦もいよいよ佳境に入ってきました!!!

果たして、このままマキム選手が畳み掛けるのか、それともアイズン選手がここから奇跡の逆転を見せるのか!!!!』

 

哲郎は再び身体を柳のようになびかせた。

 

(!!!!! 来るぞ!!!!)

 

アイズンは残った体力を振り絞って歯を食いしばった。

 

しかし、哲郎の攻撃はその戦略の更に上を行った。

 

 

バチィン!!!!! 「!!!!!」

 

哲郎の脚による打撃はアイズンの腰の部分を捕らえた。

 

「あがあああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!!!」

 

アイズンは更に絶叫をあげた。しかし、彼の負傷は先程までのものとは格が違っていた。

 

『!!!! あ、あんな負傷は前代未聞です!!!

い、一体マキム選手の身体のどこにあんな力が!!!!』

 

アイズンは腰の皮膚が破られ、赤黒い筋肉が露出していた。そこからは少しづつではあるが血が吹き出している。そのあまりに醜怪な惨劇に会場は騒然とした。

 

「い゙ い゙ い゙ (い゙)でええぇぇえええええええええええええええ!!!!!

あ゙ (あ゙づ)い!!! (あ゙づ)い!!!!!

お゙ (お゙れ)の肌が 焼げて 焼げてるううう!!!!!

 

何でだ!!!? 何であんなガキのビンタなんかがこんなに、こんなに痛てぇんだァああ!!!!?」

 

アイズンが悲痛に訴えた疑問の答えは《脱力》にある。

 

実に奇妙なことではあるが、人間の四肢は脱力していくとそれに反比例して徐々に重さを増していく。 そして、その脱力が完成していくに連れ、人間の五体は《鞭》を超えた《凶器》へとその本性を変える。

 

蛸鞭拳(しょうべんけん)とは、皮膚を【叩く】技ではなく、皮膚を【破り破壊する】攻撃なのだ。

 

「…………………………」

 

哲郎はアイズンの醜態を誰よりも冷酷に眺めていた。

 

実際に彼のやってきたことを見た訳ではないが、このように弱っている下級生を平気でいたぶって今まで生きて来たことは容易に想像できる。

 

(………神様、もし僕を見ているなら、一つだけ僕のわがままを許してください。

僕を、少しの間だけ彼の悪行をなぞる権利を、彼を裁く権利を僕に下さい!!!!)

 

哲郎はトドメに出た。

 

再び腕の鞭を振るってアイズンの顔面に炸裂させた。

頬の皮膚が破れて再び赤黒い筋肉が晒される。

 

「~~~~~~~~~!!!!!」

「終わらせましょう。」 「!!!!」

 

哲郎はアイズンと至近距離に立ち、その両腕を開いて構えた。それは、蛸が獲物を捕食する動きを真似て作られた構えである。

 

 

蛸鞭拳(しょうべんけん) 奥義

蛸壺殴(たこつぼなぐ)り》!!!!!

 

バチバチバチバチバチバチバチバチィン!!!!!

「 !!!!! !!!!! !!!!! !!!!! !!!!! !!!!! !!!!! !!!!!」

 

哲郎は腕を高速で振るってアイズンの全身に八つの衝撃を一斉に見舞った。

その時アイズンが受けた衝撃は、最早 《激痛》という言葉で言い表すことすら難しい程の代物だった。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ !!!!!」

 

アイズンは三度 地面に崩れ落ちた。

その時彼の頭にあったのは 自分が死んでしまうかもしれないという、純粋な恐怖だけだった。

 

「………ひ、ひぃっ!!!!」

 

哲郎が見たアイズンの表情は正に恐怖 一色に染まっていた。 後に彼はその時 哲郎がまるで死刑執行人のように冷酷に見えた と言葉を残している。

 

「ア、アイズンが 圧倒されてる…………!!?」

「行ける?! 行けるのか?!!」

「このままなら勝てるぞ!!!」

 

このままマキムが勝てばもうアイズン・ゴールディという呪縛から解き放たれるかもしれない 下級生達が切望したその期待はマキムを支持する声に変わって場内を埋めつくした。

 

(…………もう攻撃する必要は無いな。

終わりにしよう。)

 

哲郎は観客席の方へ振り向いた。

 

「パリム学園の皆さん、申し訳ありませんが、一つ 謝らなければならないことがあります。」 「!?」

 

観客席は、哲郎の予想外の行動にざわついた。

 

「………僕は、マキム・ナーダではありません。」 『!!?』

 

(……ノアさん、せっかくここまで協力して頂いたのにすみません。でも、分かってくれますよね。)

 

哲郎は心の中でそう謝ると襟のボタンに手を掛けた。そのボタンを外し、身体を覆っていた魔法を解く。

 

「…………………………!!!!?」

『………あ、あれは…………………!!!!!』

 

「僕はマキム・ナーダではなく、テツロウ・タナカです!!!!」

 

テツロウ・タナカ

その名前と姿に場内にいた者は全員 【魔界コロシアムの準優勝者】という情報を連想した。 それは、アイズンもまた然りである。

 

「………ひ、ひぃッッ!!!!」

 

振り返った哲郎に対し またしてもアイズンは恐怖の声を漏らした。

 

魔界コロシアム

彼にとってそれは今の自分でも挑戦することすらはばかられる未知の領域であった。

それを不完全ながらと勝ち上がったテツロウ・タナカという存在は 彼にとって 必要以上に (おお)きく見えた。

 

「ひ、ひぃっ ひぃっ ひぃっ ひぃっ ひぃっ!!!!」

 

アイズンは近寄ってくる哲郎に対し、地面を転がりながら逃げ惑う。 そして、場外まで追い込まれた。

 

哲郎は再び蛸鞭拳(しょうべんけん)を撃ち込む フリ をした。

 

(!!!! こ、降参したヤツを執拗にいたぶる…………………!!!?)

 

アイズンは、ようやくこの状況が自分のやってきたことと同じであることを理解した。

 

(や、止めろ!! 止めろ!!! 止めろ!!!! 止めろ!!!!!

もう一発も耐えられねぇ!!! 死ぬ!!!死ぬ!!!!死ぬ!!!!!死ぬ!!!!)

 

アイズンは身の危険を感じた。

 

上級生のプライド と 自分の命

その2つを秤にかけた時にどちらか勝るかは火を見るより明らかだった。

 

 

「俺の負けだああああああああああぁぁぁ~~~~~~~~~~~~ッッ!!!!

許してくれぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!!」

 

アイズンは地面に蹲ってとうとう 降参 の言葉を口にした。

哲郎は振りかぶった手を下ろした。

 

自他ともに認める完全な敗北だった。


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