昭和五十六年、二月二十六日。
この日、日本に学生革命が勃発。
日本の政治は学生たちの手に握られた。
そして十二年後、『平星』五年。
学生政府は完全な支配構造を完成させた。
それは、力による支配であった。
時の総理大臣、獅子神 吼(ししがみ こう)、曰く。
『力なき者には死を!力こそが正義なり!』
前総理大臣、柳生 石集斎(やぎゅう せきしゅうさい)を葬り新日本帝国の頂点に立った男は、武力尊重の武断政治にて古き日本を滅ぼしたのだ。
拳(けん)こそが最も尊ばれる、そんな時代。
俺は新札幌、虎穴高校へ転入することになっていた。
第二話『ようこそ!』
その日の新札幌は稀に見るほどの大雪であった。
古き時代から極北の洗礼を受けてきた北の大地は、その凍える寒気で人の営みに多大な影響を与えずにはいられない。
たとえ、人がどんなに強靭な社会を築こうと、自然はそんなものを飛び越えて、人を淘汰しようと、目に見えぬ鉄槌を振り下ろすのだ。
原初の人間が、自然をどうしようもない、とてつもないものとして『神』とならわし、奉げ、祈り、許しを請うのは当然のことだった。
白く煙る蒸気は生命の残滓。
吐く息は白く、それは目に見える命、そのものだった。
道行く人々が極寒の牙から身を守るために建造した、ここ新札幌駅構内においても、身を切る寒さは防ぎようは、無い。
轟音、軋み、響く。
特殊な断熱効果を持つ、超鋼弾力性鉄鋼で作られた弾丸特急車両が、電熱式線路をなぞり、構内へ入場する。
列車の先頭車両は厄除けか、はたまた設計者の悪趣味か。
恐ろしげな鬼面を模していた。
悪鬼羅刹の剛力に肖るかの如き、豪雪を押しのける北陸名物、弾丸特急である。
その鋼鉄の装甲内部に搭載されし圧倒的蒸気機関が余剰熱を排出して、駅構内に白煙を立ち昇らせた。
列車の搭乗口がドアを開けると、車両から驚くほどに滲み出る乗客達。
構内に鳴り響くアナウンスが彼らの耳朶をたたいた。
『新札幌~~ッ!新札幌~~ッ!』
「か~~~~ッ!なんてトコだよ、ったくーーーーー!」
一際大きな、それでいてうんざりだと訴える気持ちを隠すことない声が聞こえる方向に視線を向ける。
二人の学生がそこにはいた。
一人は小柄で、短い黒髪は剛性豊か。天を衝く毛髪は以外と柔らかそうな印象も抱かせる。
膝下まで届く長い学生服、いわゆる『長ラン』を身にまといカニの足を丸ごと噛み砕いている。
手には北海道超名物『カニ弁当』。名産タラバガニの足肉をと毛ガニ丸々一杯を殻ごと詰め込んだ、カニ飯メインの海の幸弁当である。
イカ、イクラ、ウニを豪勢に使用した高級駅弁だ。
お値段二千六百円。
もう一人は長身痩躯。なかなかに鍛えこまれているのか。ふとした仕草から体さばきにしっかりとした芯が通っている。
長めの髪を中分け、襟足で束ね、分厚い眼鏡の下には挑戦的な笑みを浮かべている。
こちらは小柄な学生とは逆に、ヘソのあたりまでしかない寸足らずの学生服、『短ラン』を着用していた。
どちらも改造学生服である。
まっとうな学生よりも反骨精神旺盛な部類の者たち特有の証だ。
長身の学生は、恐らくは忍術の類を修めているのか。体の各所にも暗器と思しき微かな膨らみ。
特殊な修練を積んだ者は身についた技術が動きに現れる。
手練れ、と感じた。
とはいえ、小柄な学生の方が実力は上だろう。
一見、ただの元気小僧に見えるが、古武術か。
もはや癖とも見える滑るような独特の歩法を散見できる。
二人ともに、実に『うまそう』だった。
いやいや。うまそうってなんだ。
腹が減っているからか?
俺もカニ弁当を買うべきだった。家から持参したおにぎりだけじゃ、まるで足りん。
腹の虫がぐう、ぐう、と。
道行く人々すら怪訝な視線を向けるほど、その男の空腹は自己主張が激しかった。
旅費をケチった結果が、この有り様だった。
その男は群衆の中でも、特に人目を引く存在だった。
まず、その身長である。
およそ二百十センチ。一般的日本人に比して、恐るべき高峰である。
鍛えこまれた筋肉は学生服の寿命を縮めるつもりか、はち切れんばかりに隆起した。
足は長く、破城槌を思わせる威圧があった。
女性の胴まわりに匹敵する、切り株のような頸部の上には、男くさい笑みを張り付けた羅漢がいた。
しかしどこか愛嬌がある顔だちだった。
ともすれば、女性的と見られるような雅があった。
蓬髪を無造作に断ち切ったか。白桃色の鮮やかな髪が実に似合う男だった。
なんの手も加えていない男は、しかし自然のままで歌舞いていた。
天高く聳えるまったき筋肉の城塞は、兵器を模したといわんや、強脚にて侵略を開始した。
まずは腹ごしらえだ。
●
「こんなトコロに転校するハメになるとはな・・・」
小柄な学生がぼやく。本来の予定とはまったく違う展開だった。
「しかたないだろ、ジュウベイ!」
長身の学生、紺碧(こんぺき)が小柄な学生、ジュウベイをなだめる。
「学力テストで三点しかとれないんじゃ。入れてくれるだけでもいいさ」
仕方がないさと苦笑する。
二人は壊滅的に勉強ができなかった。
勉強よりも優先することがあったからだ。
「紺碧・・・おまえは何点だったっけ?」
「二点!」
ジュウベイの引きつった問いかけに紺碧はやけくそ気味に指二本を立てて返す。
眼鏡をかけていても、勉強ができるとは限らない。
紺碧は意に介した様子もなかった。
はあ、と。深いため息とともにジュウベイがしゃがみ込む。
「東京の高校、かたっぱしからシメてやろうと思ってたのに・・・。まさか学力テストがあるなんてよォ・・・」
「ボーイズビーアーンビシャース!東京だけなんてケチ臭い事言わず、北海道を手始めに全国制覇といこうぜ、ジュウベイ!」
『全国制覇』
打倒、獅子神。
この国の頂点の首を取る。
それがジュウベイの、ひいては紺碧の野望だった。
「・・・全国制覇」
「そうだッ!」
この男は。
いつだってそうだ。
この男は昔っから、ガキの頃から俺を導いてくれる。
こいつが目標をかかげ、俺が邪魔するやつらをぶちのめしてきた。
今もまた。
こうして元気が湧いてくるのだ。
「ふふ、紺碧。お前の言葉にはいつも勇気づけられるぜ!」
「おうッ!幼なじみ・・・いや相棒として励ますのは当然さ!」
二人固く握手をかわす。
お前こそが俺の片腕と。
(単純なヤツめ!)
片方の本心は、感情の起伏の激しい相棒を転がすなんてチョロイもんよ、とほくそ笑んではいたが。
「よーし、俺は、このカニ弁当に誓って、全国制覇をなしとげてやるゾー!」
えいや、と気合を入れるジュウベイ。
さて、では行くかとバッグを担ぎなおす紺碧の視界に、異様な集団が飛び込んできた。
虎柄である。
かなり派手な、その制服を着こむ学生の群れ。
それが此方に走ってきた。
紺碧は勢い込んで走ってくる学生たちの進路から退避したが、ジュウベイはカニ弁当を掲げたままどのように箸を進めようかに気を取られていた。
さてさて、次はイカかイクラかはたまたウニか。
またカニ足を食うのも楽しみだ。
さすが高級弁当。海の幸。
ジュウベイをして虜にするその弁当。
食品開発者の工夫と、駅弁販売販促員の努力に感謝。
「どけェ!」
「あ・・・」
走る学生の群れがジュウベイと接触、その手からカニ弁当が宙を舞う。
呆然とするジュウベイの目の前でカニ弁当は虚空を踊り、万有引力の法則に従い母なる大地へその身を投じた。
ただ落下しただけならまだ食べれる部分を回収できたかもしれない。
しかし、獅子神政権発足以降、その権力を増し続ける学生たちに道端の小石を気にする殊勝さなどあるはずもなく。
子を暴虐の皇帝に連れ去られる母親のように、ジュウベイの目の前でカニ弁当は革靴の蹂躙を受けたのだった。
カニよ、カニよ、カニ弁当よ。
俺はまだタラバの足しか食っていないのに。
食いものの恨み。
それは世が世なら殺し合いに発展する人の業。
そして今は武力を尊ぶ学生政治の真っただ中。
ジュウベイに止まる理由はなかった。
「な・・・なんだあいつら?おいっ大丈夫か、ジュウベ・・・?」
「こッ・・・・・・殺す!!」
怒髪、天を突いたのである。
(ファイヤー!)
いかん、ジュウベイのやつ、キレた。
紺碧の背中に汗がにじむ。
こうなった相棒は手におえない!
「おッ・・・おい、おさえろよ!ジュウベイ!」
ジュウベイをなだめるが、もう遅い。
ジュウベイは立ちふさがる紺碧を足蹴に飛び上がると怒りのままに学生たちを追いかけ始めた。
「逃がさねーーーーッ!」
絶対ゆるさん、カニ弁当の無惨。おれが報いを受けさせてやる。
●
すれ違う虎柄の制服を着た学生の集団が男の横を通り過ぎる。
何やら後方で騒ぎが起こるが、そんなものは二の次だ。
男は駅を出てバスロータリーを横切り、停車している客待ちのタクシーに歩みを進める。
運転手は休憩中だったのか、湯気を立てる缶珈琲を煽る仕草の最中、己の乗るタクシーに近づく巨人に気が付いた。
あまりの巨体に、運転手は動作を誤ったか、盛大にむせた。
些末なことだ。
男はまったく気にしないと言わんばかり、隕石から削り出したと思わせる右手を握りしめ、さらに天空を衝く親指を縮こまる運転手に、うぬがまなこに我が身を刻み込めと言うかの如く見せつけた。
「へい、タクシー」
畜生俺の珈琲返せ。
結局、運転手はその言葉を目の前の男に言うことが出来なかったという。
運転手に案内された各所で盛大に食い荒らした男の健啖ぶりは、ちょっとした英雄行為だった。
積みあがる皿、どんぶり、果ては鍋。
運転手は男に連れまわされたが、通常ありえない超人的食事を目の当たりにすることになり、むしろ『人間に不可能はないのだ』という幻想で心を震わせた。
運転手は、男を気に入ったのだ。
豪快な男を、運転手は誇らしげに付き添い、最終的な目的地へと無事に送り届けた。
運転手は長い、運転手生活の中で、この冬の大地、北海道を走り続けた達人であった。
そんな、今日の豪雪を潜り抜けられる運転手に巡り合えた、この男。
いったい、どんな運命に導かれるのか。
「おっと、待ちんしゃい!そこのでっかい少年よ、わしと一緒に相撲をやらんか?」
そして。
男の前に立ちふさがるものがいた。
地方巡業に来た人気の力士。
エドモンド・本田である。
●
エドモンド・本田。
男よりも頭一つ身長が低いその体は、しかし岩の塊を思わせた。
年齢は三十半ば。男盛りの益荒男は身長百八十五センチ(まげ含む)体重百三十七キロ。全身を覆うのはその他の力士を凌駕する圧倒的筋肉。そこに、緩衝材の役割を果たす皮下脂肪の層がうっすらと乗っている。
破天荒な立ち合いと本人の陽気で豪快な性根が角界一の人気を持つ理由だ。
身にまとうは着流し一枚。
しんしんと降り続ける雪が現在の気温を告げていたが、まったく気にした様子がない。
頑強な体躯は自然に抗う力も並外れている。
霜の降りる厳しさも、厳しい稽古に比べれば、げに優しき春風よ。
普段より化粧する隈取は、いつ如何なる時でも挑戦を受ける常在戦場の心意気。
修羅ではない。
しかし戦人であった。
己のいるところ、常に戦いの土俵内。
故に力士。
それこそが、エドモンド・本田であった。
「うむ!やはりよい体躯じゃあ。朝飯が足りなくてついつい町に食いに来たが、途中でおんしを見かけてのう!おんしのような者に巡り会うことが出来たのは運がええわい!」
かかと笑う巨体は楽しげだ。子供の様であった。
どうやら飯屋を征服していく男の事が気になって追いかけてきたらしい。
「どうじゃ、わしと一緒に相撲をやらんか!おんしのような男子(おのこ)こそ、弓を取るに相応しい!」
男の体つき、エドモンド・本田をして憧れを抱かせた。
角界の次世代を思えば顔が笑みを形作るのも至極当然。
恐らく、歴史に残る力士になるだろう。
だが、男にとってはそれよりも重要なことがあった。
「御託はいい。さっさとやろうぜ相撲取り?」
笑いが止まる。
エドモンド・本田の顔は変わらない。
しかし、何かの虚飾が罅を立てる音がした。
「ほう・・・。わしと、やるかね?」
「なーにをいってんだよ。最初から『そのつもり』だっただろうが?わかるんだよ。俺には。俺たちみたいな奴にはさ」
男が言うと、エドモンド・本田の体から抑えていた何か、怖いものが立ち昇る。
戦の気配。格闘家の性。
強者を前にして御託は要らない。
「やはり『いい』のう。しかし、いいのかね?『ここ』で」
「応。今、『ここ』で」
虎穴高校、校門前。
角界の未来を担う力士の確保も大事だが。
何より己の性に従うのが最優先。
エドモンド・本田は、格闘家なのだ。
ならば、もはや言葉は要らなかった。
格闘家同士がお互いを敵と見做したならば、そこはすでに戦場だ。
赤い隈取が歪み、凶暴な戦意を見せる。
着流しをはだけ、上半身を堂々晒した本気の力士。
地を噛む足指(そくし)に履いていた下駄は邪魔にしかならないと脱ぎ捨てる。
『鬼』というモノが居るならば、目の前の男こそまさにそれ。
互い、六歩の間合いにて。両の足開き踏ん張ると、握った拳を静かに地に置いた。
それでは。
いざ、尋常に、
『発気(はっけ)よい!!』
いま、この虎穴高校門前にて、二人のツワモノが激突した。
●
激震。静寂。
大型トレーラー同士の衝突を思わせる局地的振動は、しかし不意に鳴りやんだ。
舗装の大地を足の形にへこませて、二人の男ががぷり四つ。
示し合わさずとも、怪力無双を誇る者ならば、これが当然の収まるかたち。
互いの筋繊維が膨張し、赤血球が燃焼の炭を竈に放り込む。
肌は赤みをおび灼熱。
玉の汗は直ぐに滝と滂沱した。
(ぬう、まさか!?)
力のツワモノ。力士が押される。
二十歳にもならない子供に。
恐るべき膂力であった。
しかもその表情は楽しげだ。
まだまだ底は深いと、様子見の構え。
動かぬ足はセコイアの根。
エドモンド・本田の筋力は、目の前の男に遠く及ばない。
しかし、エドモンド・本田に焦りは無い。
角界には自分以上の馬力を持つ者もいる。
当然、押し相撲だけで優劣が決まるわけではない。
エドモンド・本田は幕内力士。
ならば、相撲が持つ、『本来の技』を知るのも当然だった。
エドモンド・本田が四つ身に組んだ男の差し手を強引に引っ張り込む。いったん呼び込んで反動をつけ、男の体が浮き上がったところを素早く差し手を返して、突き出しながら引っ張り込んだ方へ捻り倒す。
世に言う決まり手、『呼び戻し』。
別名『仏壇返し』とも呼ばれた技である。
第二十二代横綱太刀山、戦後では『荒法師』関脇玉乃海、第四十五代横綱若乃花などが得意とした豪快な投げ技の一つでもある。
相撲界の柔術とも呼べる技であった。
エドモンド・本田はまず最初に上手投げの姿勢を見せて、投げられまいとする男の腰が引けると同時送り出した。
技の入りは申し分なし。
勝利を確信するエドモンド・本田を、しかし男は想定を飛び越える。
男、エドモンド・本田の首に腕を回し地を蹴る。背を丸め足を振り上げるは変則的な逆上がり。
エドモンド・本田の肩を蹴り、その頭上へ舞い上がる。
高度は十分。
鮮烈な回し蹴りがエドモンド・本田の頬を強かに打ち据えた。
(なんという!)
未だかつて呼び戻しをこのような形で返した者などいない。
たった一撃で、朦朧とする意識を力づくで捻じ伏せて、エドモンド・本田は崩れかけた膝に根性という鉄芯を通す。
力士であるならば、誰が地に手をつけようか!
今まで弛まず続けた厳しい稽古に培われた、力士としての意地であった。
大金槌の一撃を超えた衝撃は、しかし力士を打ち倒すことはできなかったのだ。
反動で距離をとった男に笑み。
相撲取り、俺の蹴りに耐えるとは。
ここにきて初めて取る構えは、敵に対する惜しみない称賛だった。
男はエドモンド・本田を認めたのだ。
先に動いたのは男だった。
両の手に集う内気功。体内を循環し、生殖器とヘソの中間にある臍下丹田(せいかたんでん)で練られた『気』は、腰だめの姿勢から上下に合わせて前面へと。
突き出された諸手を砲台として撃ち出された。
波動拳。
男が修めた拳理を代表する遠当ての拳である。
未だ痛撃が抜けきらないエドモンド・本田に驚愕が走る。
予想外の技だった。
それは『既知の技』だったからだ。
エドモンド・本田は飛び上がると、勢いのまま男めがけ臀部を下にして落下する。波動拳を躱しつつ反撃に移るエドモンド・本田の定石たる技。
『スーパー百貫落とし』である。
しかし、男はそれを待ち構えていたかのように次の動作に移った。
エドモンド・本田に戦慄。
まさか!
波動拳は隙を生む。
膨大な気を消費するため、技後の硬直を避けられぬはず。
男の気は無尽蔵とでもいうつもりか!
男は一瞬しゃがみ込むと足に気を集中させ、次いで気を炸裂。
驚くべき速度で上昇すると、振り上げた拳がエドモンド・本田を弾き飛ばした。
昇竜拳である。
ぬう、尻に手形の痣でもできたか。
それでもなおエドモンド・本田は健在である。
力士の頑強さは並ではない。
こと、エドモンド・本田に限って言えば北海道名物弾丸特急にすら匹敵するか。
芯に響く打撃だが、過去これに匹敵する打撃を雨あられと浴びた記憶は色あせることなくエドモンド・本田に宿っていた。
この程度でやられていては、今まで戦った猛者たちに顔向けできぬ。
エドモンド・本田、吼える。
気合を入れて、地を蹴ると、直立姿勢を水平に、頭を男に向けて、肉の砲弾を『発射』した。
『スーパー頭突き』である。
男、意表を突かれるものの足を踏ん張り腕を盾にして耐える。
しかしエドモンド・本田の攻撃はそれで終わりではなかった。
スーパー頭突きが防がれるや否や、軽やかに宙返りを見せると己が気を全身に張り巡らせる。
準備万端、受けてみよ!
百裂張り手。
それは兵器であった。
バルカン砲じみた連撃。人が肉眼で捉え切れる速度を遥かに超越している。
そのすべてが岩をも砕く威力を秘めていた。
両腕を己の前に、男は防御の構え。
鋼鉄の城の如き姿勢のまま男の両足が轍(わだち)を刻む。
アスファルトはもはや砂に等しい。
この圧力は、その場に留まることを許さぬブルドーザーであった。
数十秒の掘削工事は唐突に止む。
男の手がエドモンド・本田の両手を捕まえたのだ。
エドモンド・本田は信じられなかった。
百裂張り手は秒間三千発を超える超高速連撃である。
一撃の重みもただの張り手よりあるのだ。
それを捉えるとは、どういう領域に目の前の男は到達しているのか。
しかし。
やりがいがあるのう!
エドモンド・本田は笑う。
強者に出会えた己の強運に感謝した。
相撲は何も手技だけではない。
投げ技、蹴り技、絞め、関節。
寝技以外の全てがあるのだ。
かつて、相撲は古代にて手乞い(てごい)と呼ばれ、神へ奉げる生贄を選出する方法だった。
手乞いとは相手の手を掴む事の意。または、素手で勝負する事を意味する。
寸鉄を佩びず、神聖な場所で誰にも邪魔されずに決着をつける。
土俵の間合いでは地に伏そうと戦えなくなろうと仕合は続行された。
血肉の供物を神に奉げる儀式。
それが相撲の源流である。
長い時代を経て、相撲は人の命を奪う危険な技の数々を封印してきた。
今、それを解く時が来たのか?
いいや、このまま行こう。
エドモンド・本田は笑った。
先達より手渡された思いがある。
封印された技は、もう相撲に必要のないもの。
今の相撲が歴代最強なのだ。
時代とともに幾多の試練を乗り越えた数千年の力士の矜持。
かつて捨て去ったものに頼るなど、後を頼むと過ぎ去った、古の力士に対する冒涜である。
ならば、わしの相撲で勝つのみよ。
エドモンド・本田は破天荒な相撲を取る力士だ。
蹴りは使うが、それは相撲の技の範疇。
守るべき一線は心得ていた。
この意地をなくせば、相撲の未来はひたすら闇よ。
現代の相撲取りの意地がある。
これで、負けるならば、それも我が身の不徳として。
全てを受け入れる覚悟こそ力士の、格闘家の生き様だ。
それに。
まだまだ決着は着いてはおらぬ!
男もエドモンド・本田の覚悟を感じた。
言葉は無くともそれがわかるのだ。
拳を交えたもの同士。
百の言葉を交わすより、たった一つの拳まじえ。
そして俺たちは『友』となる。
行くぞ小童!
こいや、相撲取り!
意地と矜持と生き様と。
それが男の話す舌。
さあ、これより決着の時。
「そこまでにしてもらいましょうか」
乱入者、有り。
●
そいつは涼やかな顔立ちの男だった。
蓬髪を虎柄のバンダナで引き締め、おなじ柄の制服をまとっている。
虎穴高校の生徒だった。
それも並の実力者ではない。
風鈴の雅を思わせる顔の下には生半な鍛錬ではつけることのできない肉があった。
制服は極寒の寒に耐えるために厚手の仕立てか、その筋肉の起伏を覆い隠していたが、仕草の端々からどのような体つきをしているかは簡単に見抜くことが出来た。
手練れである。
エドモンド・本田と男は暫し睨み合うと、大きく息を吐いて構えを解いた。
「水入り、じゃのう」
「けッ、無視すりゃいいじゃねえか」
「それもいいが、わしもこの後、立ち合いがあるのだ。些か熱が入ってしまったが、客を待たせるワケにもいかん」
男はひどく残念に思った。
この相撲取り程の強者はそうそう出会えるものではない。
手にした奇貨は零れて落ちたのだ。
「格闘家の決着より、客が大事かよ」
「そう言うな。わしら力士は日本の国技、相撲を取る。そこには戦う者以外に見届けるものが必要なのだ。それが国技を背負う者のさだめ。それが力士なのだ」
そういうエドモンド・本田の顔には誇りが満ちていた。
なんのために戦うのか。
この力士はそれをわきまえている。
一角の人物だった。
「立ち合いは、戦う者、見届けるもの、観客、神仏へ対する約束なのだ。約束は破るわけにはいかんからのう」
「・・・ちッ。しゃーねえかぁ。畜生め」
悪態をつきつつも、男はエドモンド・本田の在り様を肯定した。
ただ戦うだけの狂犬ではない。
戦う者の矜持を解する器があった。
エドモンド・本田は改めて、目の前の少年を気に入った。
とはいえ、もう角界へ誘う心算も失せていた。
この男は強すぎる。
わし個人としてはもう一度戦いたいと思うが。
今の角界にはこの男を受け入れる程の器量はないのう。
実に惜しいことだ。
戦って分かったのだ。
この男にとって、角界は窮屈に感じるだろう。
この男の戦い方は、『あの格闘家』に似ているが基本にある形はむしろ野生の獣に近い。
仏壇返しを躱したあの一連の動き。
まるで猫科の動物を相手にしたような。
そんなありえない柔軟さがあった。
人を相手にしているというよりも。
どこかの山の名のある主か。
そんな野獣の拳を、さらに『あの格闘家』と同じ技を使うこの男。
いったい何者なのか。
エドモンド・本田が己の考えに意識を囚われると、虎穴高校生徒は正体のわからぬ巨漢に振り向いた。
力士の方は有名なエドモンド・本田であることは間違いない。
これだけ特徴的な力士も他にはいないが。
しかし問題はこの男。
先ほどの路上仕合。
終始エドモンド・本田を圧倒した。
正体不明で、目的も不明。
もし敵であるならば、たとえ新札幌最強高である虎穴であろうと危うい、と。
「学び舎の目の前で大暴れする二人の大男がいると、女子部の生徒から通報を受けましてね。これ以上暴れるなら他所でやっていただきたいのですが?」
見れば校舎の塀の影から数人の女子生徒が此方をうかがっている。
どうやら不審人物と思われていたらしい。
「ふむ。それは悪いことをしたのう。わしはもう行く故、心配はいらぬが」
二人の視線をうけ、それまで不貞腐れていた男は、ああ、と本来の目的を思い出した。
そういえば己にも用事があったのだ。
「俺ぁここに転校してきたんだよ」
なるほどそういうことか、と生徒は納得した。
通常、他校のものと思しき制服の生徒がいれば『敵襲』と考えるのは『当然』のことだった。
ましてやここは虎穴高校。
常に北海道中の高校から狙われている強豪校なのだから。
「そうか。それは邪魔したのう。そういえば、あれだけやりあっておきながら名前すら名乗っておらんかったわい」
力士が着流しを正すと戦いの前に脱いだ下駄を履きなおす。
戦いに高揚した火照りに、降り続ける雪が心地よかった。
「わしはエドモンド・本田。力士じゃ」
エドモンド・本田。確かにその名を覚えたぞ、と。
男は一つ頷くと、おもむろに懐から一枚の紙を取り出して、名乗った。
転入届、記入欄。
姓名、
『蛇崩 励音(じゃくずれ れおん)』
一年生。
●
校内は活気に満ちていた。
喧噪の中、生徒たちは教官の指導の下、己を練磨し、武装を開発し、『武』を練る。
常の虎穴高校の中でも、特に活力にあふれた時期にあった。
校内選抜。
『大会』がせまっていたのである。
勢いよく開かれたドアの先にいたのは、高級な革張りの長椅子に腰を沈める珍妙な男だった。
いわゆるリーゼントの髪形を、安くはない整髪料を駆使して維持している。
腰掛つつも踏ん反りかえる珍妙な男は、仕立てのいいスーツを崩さず、黒く光を跳ね返すサングラスでも隠し切れない胡散臭い笑みをたたえ、この部屋、『学長室』の本来の主を迎えた。
「いまごろ悠々ご登校たあいい身分だな、大黒ォ…!」
たった今、学長室に入ってきた体格のいい、というよりも、裕福な支配層にありがちな、油断した肢体をゆらす男こそ、この虎穴高校の学長、大黒(おおぐろ)だった。
「そッ…そんなめっそうもございませんッ!おい、だれか鬼島(きじま)議員にお茶をお出ししろッ!」
大黒は額の汗を拭う間もなく、目の前の珍妙な男、己の上位者である鬼島にへりくだった。
本来の虎穴高校の主は大黒だが、今この時だけは違う。
獅子神政権旗下、北海道武闘派連合に所属する一組織に過ぎない虎穴高校は、全国の学徒を統率する政府の役員である鬼島よりも下位にあたる。
身体能力、武術的素養。
それらを尊ぶ獅子神政権の中においても、吹けば飛んで行ってしまいそうなこの鬼島の在り様は異様であったが、別の視点で見たならば、まっとうな力関係でもあったのだ。
鬼島には力があった。『権力』という力が。
たとえ、武力至上主義の獅子神政権といえど、頭の回らない輩では国の運営など立ち行く筈も無い。
鬼島は勉強ができるわけではなかったが、要領はよかった。
頭がいいというのも、腕力に代わる力として人の上位に立つ理由になった。
そして権力という武器を手に入れた。
鬼島は、大黒よりも上なのだ。
「…で、こんな田舎に何か御用でございますか?」
大黒は卑屈な男だった。
常人よりも優れた身体能力を誇ったが、保身に傾倒する性根であった。
鬼島の目には、大黒は人間には見えなかった。
動物でしかなかった。
とはいえ、それなりの地位にもある豚であることには変わりない。
内心に湧き上がる軽蔑を得意の厭らしい笑みで覆い隠し、獅子神総理への忠誠を執行する。
鬼島は仕事に来たのである。
「獅子神総理の命令でな…なんでも俺たち武闘派連合を割って出ようっつー高校があるらしいんで、その調査に来たってワケよ!」
「し…獅子神総理が……」
大黒の発汗量が増した。小心者の大黒は『あの男』の姿が脳裏に浮かんだ。
恐るべき人物だった。時代を動かした男だった。
なにより、圧倒的だった。
大黒の視線が横に逸れる。
視線の先には、学長室において、最も名誉であるとされる一枚の写真が飾られていた。
どんなトロフィーや表彰状よりも力があった。
その写真。『大黒学長を激励する獅子神総理』という題名の写真だった。
恐縮する大黒と握手する一人の男が写っている。
白き軍装に身を包み、威厳を放つ。
不敵な笑みを浮かべて。
「今の政府は革命を成功させた獅子神総理を頂点に、大学、そして高校の組織から成り立っている」
足を組み換え、側役の学生が持ってきた玉露をすする。
いい茶葉だ、と。鬼島は思った。
「ぶっちゃけていやー、俺たちがこの日本をシメてるってワケだ!」
次第に増える汗に、おやおやと鬼島はあきれる。
小物すぎるだろう、大黒よ?
「そこを抜けてえなんておめでたい高校は」
しかし、大黒よ。
なめちゃあいかんよ。
こちとら天下の。
「ぶっ潰すだけよ、…なあ、大黒ォ!」
獅子神総理の犬なのさ。
サングラスを外して自然、獰猛な笑いがあふれた鬼島に大黒は戦慄した。
激動の時代を駆け抜けた証。鬼島の右眼は敵に抉り出された肉眼の代わりに埋め込んだ偵察用の義眼である。
高性能なカメラアイは機械音を立てて大黒の自由を奪っていた。
静かに語り掛ける鬼島に、大黒はすくみ上ったのだ。
「まあ、そういう事がないよう、しっかり頼んだぜ、大黒!」
「はッ…うははあ~~~~ッ!おかまいもしませんでえッ!」
仕事は終わりだ。
鬼島にはまだまだやるべきことがある。
獅子神総理の御為に。
帰り支度を済ませた鬼島は颯爽と、とはいかないが、いかにもチンピラじみた仕草で学長室を後にする。
虎穴高校生徒、側役の見送りをぞんざいに断って。
鬼島の姿が消えて。
平身低頭の構えで頭を下げていた大黒の肥え太った背中が震えだす。
怒り、であった。
あの小物が。
俺よりも年下のクセしやがって。
革命の時は裏でこそこそネズミの真似事しかしていなかったくせに!
「くそおおおおお~~~!鬼島のガキぃ~~~~~~~!」
憤怒極まる大黒は抑えきれない苛立ちをそのまま床にたたきつけた。
血が出るほどの強さで、床が割れるほどの威力で頭を打ち付ける。
瞼に星がちらつくが、かまうものか。
大黒は流れる血もそのままに夢想する。
今に見てろ。
北海道武闘派連合をまるごと俺の支配下にして東京に爆弾ブチかましてやる。
●
「なんでェ、なんでェ、誰もいないぜ」
虎穴高校一年生教室。
そこには二人の学生がいた。
虎穴高校の制服は虎柄である。
しかし、この二人は黒の学ランを着用していた。
部外者なのか。
いや、そうではない。
二人は転校してきたのだ。
制服を着ていないのは、単純に用意するのが間に合わなかったからだ。
急な進路変更だったのだ。
予定していた近場の、東京の高校ではなく、この虎穴高校へ。
まったく予定外だった。
「一発ビッとしたトコ見せてやろうと思ってたのに!」
小柄な学生が不満を漏らす。
転校生は最初が肝心だ。
なめられるワケにはいかない。
だが、今日は踏んだり蹴ったりだ。
せっかくのカニ弁当をぶつかってきた虎柄の学生服を着た集団に台無しにされ、怒りのままに仕返しをした。
ちょっとは気分も晴れたが、やはり食いかけのカニ弁当は惜しかった。
仕方ねえと、大雪に足を取られる八甲田山雪中行軍をする旧日本軍よろしく、飯屋を巡ればことごとくが急遽閉店。
とんでもない大食漢が現れて、片っ端から胃の腑へと落としたらしい。
朝早くだったが見ればどこの飲食店もシャッターを下ろしていた。
雪め、雪め。
自然の摂理はこんなところで空腹の人間に意地悪をする。
くっそぉ、腹が減ったぜ。
小柄な学生は転入届を提出した後、どこかメシを食えるところを探そうと思っていたのだが、相棒である長身の学生に、さすがに転校初日からサボタージュはまずいだろうと、引き止められるまま渋々したがった。
別に常識に従ったわけではない。長身の学生が財布を管理していたが故だった。
無銭飲食は最後の手段。
武士は食わねど高楊枝。
くそが!
「思いっきり遅刻したからな・・・そのうちみんな戻ってくるさ!」
「ちえーーーーッ!」
募る空腹感、ついでに苛立ち。
小柄な学生はなにより、この制服が嫌いだった。
自分には『小さすぎる』のだ!
「あ~~~ッ!あばれたいッ!」
募る鬱憤を晴らせぬかと腕を振り上げ、窮屈な学ランの生地が伸びないかと突っ張る。
何かが弾ける音がした。
長身の学生は突如目の前に飛んできた『何か』を掴み取る。
「・・・ボタン?」
硬質な音をたてて転がり落ちるいくつものボタン。
小柄な学生が着る制服から体躯の前面を留めるボタンが千切れ飛んだのだ。
制服がはだけ、中には下着をつけていなかったらしく、肌色が目に入る。
「・・・あ」
「ん?」
小柄な学生の制服は持ち主に対して、大きめに仕立てられた制服だった。
しかし、ある一点だけ。学生に合わない部分があったのだ。
それは、胸囲。
胸。
バスト。
別名、乳である。
小柄な学生は生物学上、まごうことなき『女』であった。
「ばッ・・・ばか!なんで下にガードTシャツ着て来ないんだよッ!」
「だってそれキツくなっちゃってさーーー!」
たくもー、と。困った表情を浮かべて長身の学生は懐から取り出した裁縫道具で小柄な学生のボタンを縫い付け始める。
その手際は、何度も経験していることをうかがわせる熟練した手さばきだった。
長年の付き合いだ。
昨日今日の仲ではない。
もはや手慣れたものだった。
「またオッパイ大きくなったのかよ・・・」
「そうか・・・?」
しれっとしたものである。
ことの深刻さに、まったく気づいていない、この『少女』。
『柳生(やぎゅう) ジュウベイ』はなんとも大ざっぱな性格だった。
「わかってんのかジュウベイ!女ってバレたら『男子校』にはいられないんだゾ!?」
手を止めることなく、今までにも何度も言い聞かせた内容を、改めてジュウベイに諭した。
獅子神政権が提唱した武闘派連合において、女学生は戦いから切り離された授業を受ける。
なぜならば、『女は気を練れない』からだ。
戦いにおいて、『気』を操る力は重要視される。
『気』は身体能力の向上、超絶破壊力を生み出す攻撃法、あるいは負傷を急速に回復させる内丹術の要として用いられるからだ。
ゆえに、『気』を操る能力は鍛え抜かれた肉体をはるかに凌駕するもっとも大切な技術なのだ。
しかし、男性の身体構造に対して、女性の身体構造ではこの『気』を練ることはできないと言われている。
それは、生き物としての『さだめ』。男は『気』を発し、女は『気』を溜め込む。
陰と陽。プラスとマイナス。対極に位置する要素同士が和合したとき、初めて『子供』が生まれるのだ。
だから、生き物の作りとして、戦闘の行方を大きく左右する『気』を、女性は操ることが出来ないと言われている。
子供を作る臓器、子宮が『気』を大量に吸収し、その特性ゆえに体外に『気』を放出できないからだ。
だが。
このジュウベイは違った。
長身の学生、紺碧(こんぺき)はジュウベイの正体を、『女』であることを隠す。
なぜならば、獅子神政権において、その事実は、非常に危険な内容を含んでいた。
他の女性なら、そこまで危険というわけではなかった。
『ジュウベイが女である』ということが、危険につながる理由になるのだ。
だが、ジュウベイはことの重大さが、いまいち理解できていない。
秘密に関することは、紺碧に任せっきりで実感をともなわない。
むしろ、秘密を持ってしまうことで、いらない荷物を背負わされる気がして、窮屈だったのだ。
しかし、である。
紺碧はジュウベイの野望を成就させてやりたかった。
ジュウベイを助けたかった。
子供の頃からの親友だったからだ。
だから。
「俺たちの野望もそれで終わりなんだぞ!?」
紺碧は真剣なのだった。
ジュウベイもまた、相棒の怒りを受けて反省する。
お調子者のジュウベイは、すぐにハメを外したがったが、紺碧のいう事は、なるだけしたがった。
頭の悪い自分の代わりに作戦をたて、戦いに向かない紺碧の代わりに自分が突っ込む。
紺碧の野望は自分の野望で、自分の野望は紺碧の野望だった。
「わ・・・わかったよォ・・・明日からはナニか着て来るって!」
二人で一つのチームなのだ。
そこには相棒に対するたしかな信頼があった。
紺碧が制服のボタンを縫い付け終えると同時、勢いよく教室の扉が開かれた。
続いて室内に入ってきたのは人相の悪い男たち。
そろって虎柄の学生服を着ている。
どうやら、この教室に所属する生徒達が、帰ってきたらしい。
本来ならいるはずのない異分子、ジュウベイと紺碧に気づいた生徒が、すわ敵かと気色ばむ。
虎穴高校は他校の生徒による襲撃も、同校の生徒による襲撃も日常茶飯事なのだ。
逆もまたしかり。
これが虎穴高校。
これが武闘派連合傘下の学校風景。
これが獅子神の作った弱肉強食国家、日本であった。
「んだァ、てめえらぁーーーー!?」
武器を構え、ジュウベイたちに生徒が迫る。
喧嘩は先手必勝。
敵でなくても、まず殴る。
それが虎穴高校の流儀である。
「待て待て、その二人は転校生だ」
最後に教室に入ってきた黒人が生徒たちに待ったをかけた。
どうやら、この教室を受け持つ教師のようだ。
紺碧はあからさまに安堵の溜息を洩らし、ジュウベイはあからさまに顔をしかめた。
教師がジュウベイ達の経歴が記入された用紙を読み上げる。
「学力テストが悪く、東京の高校を追ン出された―・・・「ジュウベイだ」「ども紺碧っス」―だ、よろしくしてやれ!」
またバカが来たか。
教師は身もふたもないことを思った。
虎穴高校はろくでなしどもの吹き溜まり。
最低限の学力すら維持できないクズどもの巣窟だった。
まあ。
「ま、頭は悪くてもこの高校ならのし上がれるゾ!おまえ達が強ければ――な!」
それでも虎穴高校は慈悲深い。
クズにも頑張って這い上がれるチャンスをくれる。
それでもダメなら・・・その時だ。
教師は慈悲深くも、無慈悲な、この虎穴高校が好きだった。
彼自身もどうしようもないワルの果てに行き着くとこまでいった過去があった。
だが、最後の最後で、彼は恩師に巡り合えたのだ。
最低だった自分が、もう一度やり直せることが出来たのは、その恩師のおかげだった。
だから彼は教師になった。
自分と同じ、クズに最後のチャンスをやるために。
そんな彼に生徒たちは敬意を払った。
自分たちがクズなのは自分自身がよく知っている。
だから馬鹿にされる嘲りの視線を向けられるのは慣れたものだった。
そんな俺たちから、この野郎は目を反らさねえ。
同じ人間を見る目で、自分を見るように俺らを見やがる。
そして、彼は生徒たちから信頼を得るにいたったのだ。
いいか、クズども。
俺のように。
決して諦めるんじゃないぞ?
そうすれば、きっとおまえらは男になれるさ。
「はッは、先生!こんなヘナチョコヤローがここでやってけるワケないでしょう!?」
「冗談キツイぜ!」
・・・ほんっとクズだわ。
「で、おめーどのくらいやるんだ?」
一人の生徒が紺碧に得意のシャドウボクシングを披露しながら話しかける。
東京生まれのおぼっちゃんが。
見せてやるぜ?
俺の―
「俺は全然ダメなんスよ!」
「だめだってよ!」
「ったく東京モンはよ!」
衝撃。
ぼくしん―。
「ちなみに俺はこんぐらいやるゾ!」
―ぐ。
机に腰かけてつまらなそうにボクシング男を一撃で沈めたジュウベイに対し、生徒たちの目つきは一変した。
「・・・・・・・ほーお!」
不安定な姿勢。手打ち。関節の可動域の制限。腕だけの打撃。
にも関わらず。
一撃か。
ボクシング男は間抜けだが、決して弱いわけではなかった。
打たれ強さに定評がある。動体視力も優れていた。
油断していただろうが、それでも。
楽しくなってきたじゃねえか。
「いいですか・・・?」
「うむ、俺は職員室にいる!」
教師が退室する入口は閉じられ、総出で机が退かされる。
邪魔者は入らねえ。
今からここが新入りどもの歓迎会会場だ。
さあてめえら、武器を出せ。
逃げ道を塞げ。
たぎってきたじゃねえかよ、なあ!
虎穴高校生徒たちは、共通してある表情を浮かべていた。
笑みである。
不敵な面構えを歪ませて、楽しげに口の端を釣り上げたのだ。
一人の例外もなく。
蛮勇こそを尊ぶべし。
なぜなら、それが俺らの生きざまよ。
「虎穴高校の恐ろしさ、たっぷり東京の甘ちゃんに教えてやるぜーーーッ!」
ようこそ!
ここが虎穴高校だ!
瞬間、爆発、衝撃波。破壊破壊破壊破壊。
吹き飛ぶ。
虎柄の。
黒もか。
雪。
外だ。
何が、?
・・・ぉおあ?
「ああ、言い忘れとったが、転校生は『三人』だ。仲良くやれよ」
このクソ教師!
先にそれを言えや!
虎穴高校は男子部と女子部があります。
紺碧は虎穴高校を男子校と勘違いしています。