●● 2004年2月3日 1時36分 ●●
●● 新都ビル、中層階 ●●●
「潮時、ですね」
人払いの結界を施したフロアの窓縁。
冬木市全域を見渡せるそこでゲパードM6対物狙撃銃のスコープを覗き込んでいた久宇舞弥は、隣に置かれたノートパソコンのアラート音に呟いた。
スコープ越しに捉えていたイリヤスフィールから視線を外し、パソコン画面を確認──使い魔経由の映像で、アインツベルンに傭われた男が接近しつつあることを確認する。
装甲車両すら撃ち抜く対物狙撃銃の中でも、ゲパードM6は14.5mmの大口径と2kmの有効射程を誇る化け物銃だ。だがそれでも、サーヴァントの守りを突破できるなどと舞弥は考えていない。それにそもそも、彼女にイリヤスフィールを傷つける意志はない。
彼女の目的はあくまで時間稼ぎ。士郎とイリヤスフィールの衝突を先送りにして、どちらも傷つかぬ間にこの戦争を終わらせることだ。
対物狙撃銃を放置して、傍らに置かれたキャリコM950短機関銃に持ち替える。
ノートパソコンを脇に挟み、窓から垂らしたロープを掴み、一気に地表まで滑り降りる。
着地と同時に短機関銃を一連射──舞弥を探索していた銀細工の鳥型使い魔を破砕する。
同時に数百メートルの距離から聞こえる、別の銃声──彼女の使い魔も、相手の銃撃によって潰されたようだ。
「やはり魔術師ではなく、魔術傭兵」
勝者にはなれずとも最後まで勝ち残った、10年前の聖杯戦争──その教訓としてアインツベルンは、『マスターではない手駒』として魔術使いを雇い入れているらしい。
だが──
「あの二人の娘ではなく、傭われただけの魔術使いになら──何も遠慮する必要はありませんね」
イリヤスフィールの姿を見て僅かに緩んだ気を引き締め、油断なく周囲を確認した舞弥は、あえて緩めた足取りをビルの裏手へと進ませる。
アインツベルン陣営なら、先程潰した以外にも使い魔を展開させているはずだ。それに姿を捉えさせることで、舞弥は地の利のある雑居ビル地区へと魔術傭兵を誘い込むつもりだった。
●● 2004年2月3日 1時38分 ●●
●● 雑居ビル街 ●●●
「誘われているな」
破壊されたのとは別の使い魔からの情報を受け取って、シグマはつぶやく。
彼のそれは、思考を整理するための独り言ではない。
『誘い、ですか?』
「ああ、間違いない。セラ、雑居ビル地区のデータは揃っているか?」
『はい。隠しカメラも正常に稼働中です』
シグマに返答する、ヘッドセットスピーカー──声の主は、ここから10km以上離れたアインツベルン城に残っているホムンクルスだ。
イリヤの魔力で生み出した、偵察用鳥型使い魔10羽。
路地裏や雑木林などを中心に、冬木市各所に設置した隠しカメラ合計236基。
両者からの情報を収集・分析する
魔術と科学を併用した、たった4名による戦術データ・リンク──それは戦場を俯瞰する『番人』が如く、シグマの行動を補佐し指示する。
「ターゲットの位置は?」
『ポイントBを通過。現在距離、600m』
「D地点で待ち伏せる気か。回り込んで、背後から奇襲を掛ける」
『待ちなさい、シグマ。気付かれず回り込む為のルート案αとβを──いま、送りました』
「助かる。ルートβを採用、誘導を頼む」
『ええ。そこの路地を右、正面にある非常階段で三階まで登りなさい』
三階踊り場から隣のビルに飛び移ったシグマが、屋根伝いに雑居ビルを移動。排気ダクトの影からターゲットの姿を確認しようとするが──
『ターゲットの移動を確認──気付かれた!?』
「ああ、ターゲットも使い魔を複数展開しているようだ」
ビルの屋上で身を起こし、追尾してきた蝙蝠を短機関銃で排除しながらシグマは淡々と通信に応じる。
「二匹潰したが、残りは武装の射程外──」
『もー、遅い! そんな奴に、いつまで苦戦してるのよ!』
対象的なテンションで、回線に乱入する雇い主──ほっぺたをプクーと膨らませているのが容易に想像できる声である。
「イリヤか」
『うん。しょうがないから、ちょっと手伝ってあげるね♪』
その言葉と同時に、幾筋かの銀光が夜空を走る。
銀細工をベースにした、偵察用使い魔──
『ターゲット、現在E地点から接近中──逆襲を狙っているようです。
他に人影も有りません、グレネードによるビル越しの迎撃を提案します』
「了解した」
『今送ったルートγで、ターゲットの退路を断てます』
『気をつけてー、シグマ。イリヤが遊んでるから、こっちの【眼】も手薄になってる』
200基以上ある隠しカメラだが、それは冬木全域での話。この雑居ビル区画に仕掛けた数は20に満たず、目標を追尾する使い魔が減れば当然死角は発生する。さらに──
『ターゲットが発砲? ……これは、煙幕弾!
──これでは使い魔からの映像も役に立ちませんっ!』
「おちつけ、相手は空を飛べるわけでも、空間転移するわけでもない。見失う直前の位置と周囲の、」
『──周辺のカメラから、対象の現在位置を絞り込みます』
想定外の事態に動揺するも、即座のリカバリーを見せるセラ。ホムンクルスゆえの特性もあるが、初陣であることを考えれば頼もしい限りである。
『カメラ135、138、146番に反応無し、よってターゲットの推定位置はこの範囲です』
『だいじょうぶ? シュトルヒリッターを一羽増援で送っておいたけど』
「助かる、イリヤ。これだけの戦力があれば──ここで勝負を決めよう。セラはそのまま、カメラ映像の監視を頼む」
シグマの立てた作戦は魔術リンクで共有化され、それに同意した各人が己の役割を遂行する。
最大火力であるシュトルヒリッターはターゲットの退路を塞ぎ、
残りの偵察用使い魔がシグマの元に舞い降りて、それらに彼は手持ちの手榴弾を括り付ける。
『カメラ135、138、146番、いずれも反応なし──ターゲットはまだあの煙幕内にいる模様』
「よし、グレネードと手榴弾であぶり出す。イリヤ、そっちにいったら頼むぞ」
『うん、おまかせ♪』
「よし。なら──3・2・1、」
0、のカウントでグレネードの引き金を引く。同時に煙幕が漂い続ける路地裏の一角へ、5羽の偵察用使い魔が突撃──括りつけられていた手榴弾が一斉起爆する。
煙幕で視界を誤魔化しても、逃れようの無い面制圧。
ターゲットの取りうる選択肢は交代してシュトルヒリッターの餌食となるか、前進してシグマの突撃銃に捕捉されるだけ──の、はずなのだが、、、
「反応が、ない?」
『なにそれ? いまの爆撃で死んじゃったの?』
「いや──」
爆風で煙幕が振り払われ、顕になる路地裏の一角。周辺居酒屋のポリバケツとゴミ袋が弾け飛び、ビールケースが砕け散ってはいるが ──ズタボロになったターゲットの肉片はどこにも見当たらない。
ゾクリ、と、首筋に刺すようなモノを感じて振り返る。
気配を感知したわけではない。傭兵としての勘が働いたわけでも。
強いて言うなら、虫の知らせ。死に際した人間だけが感じ取れる予感。
振り向いたシグマの視線の先。200mほど離れた建設中ビルの鉄骨上では、包囲していたはずのターゲットが彼に小銃の銃口を向けており──
●● 同時刻 ●●
●● 建設中ビルの鉄骨上 ●●●
危なかった、と、舞弥は思う。
使い魔と隠しカメラの組み合わせ──魔術師としての拘りとは無縁な合理を追求した戦術は、どこか自分のやりたかにも似て予想以上にやり辛かった。
幸いだったのは、相手が無線カメラの映像を無条件で信用していたこと。
一流魔術師が使い魔の眼を欺けるのと同様に、無線カメラも技術によって改竄可能。シグマたちが『138番』の番号を振っていたカメラは舞弥のクラッキングによって、いまも【異常無し】という映像を繰り返し送り続けている。
そのカメラの前を堂々と通過することで包囲を抜け出し、
勝った、などという感慨は無い。【負け】が【死】である傭兵の世界を生きてきた舞弥にとって、それはいつもの作業に過ぎない。だからどこか自分に似た顔の男がこちらを振り向くと同時に、何の感慨も無く引き金を引く。
銃声。
同時に、気付く。
──外れた。
────いや、外された。
引き金を引く直前で殺到した羽虫の群れに、僅かに銃口をずらされたのだ。
必中だったはずの銃弾は数mも離れて着弾し、同時に舞弥に気付いた男はビルの死角へと飛び退く。
いい反応だ。ここで逃せば、今夜の教訓を生かした彼は更なる強敵となるだろう。
だが今の舞弥には、逃れた傭兵の男を追撃する余裕は無い。
自分の狙撃を妨害した
魔力残滓を辿った舞弥は、向かいのビル屋上から立ち去る人影を捉えていた。
影はすぐに立ち去って、確認できたのはほんの一瞬。しかも相手は舞弥と同じ黒鉄色の服装で、視認性は極めて悪く──
それでも彼女は、それが誰なのか見誤れない。
「──────どういうつもりですか、桜さん」
今はもう無人の屋上に向けられた舞弥の声は、明らかな震えを帯びていた。
冒頭の舞弥によるイリヤの狙撃は、牽制目的で意図的に狙いをずらしています
(当てる気でもバーサーカーに簡単に打ち払われそうだけど)。
また劇中(2004年)だと今日的なタブレットはまだ発売されていないため、舞弥はデータや画像の処理のため、携帯可能なノートパソコンを戦闘時も持ち歩いています。
それにしても聖杯戦争における魔術師の戦闘の決め手が『相手の監視カメラのクラッキング』って──ケイネス先生が知ったら卒倒必須だなぁ。
一回目の対アインツベルン戦は、これで一区切りつかせる予定。
次回、
間桐のマスター