Fate/dear my family   作:和間

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5:マスター同士

●● 2004年2月3日 2時3分 ●●

●● 雑居ビル区画、路地裏 ●●

 

「悪い虫さん、ねぇ……」

 

 朗らかに微笑む間桐桜を、イリヤスフィールは睨めつける。

 この場にいるサーヴァントは、イリヤスフィールのバーサーカーだけ。魔術師としても彼女のほうが数段格上で、加えてシグマという駒まである。

 

「それでマスターでもないマキリの虫が、いったい何をしに来たのかしら」

「聖杯戦争なんて馬鹿な争いを止めさせるため──っていったら、信じてくれますか?」

 

 魔法が使えると主張する魔術師のような口ぶりで、問い返す桜。

 圧倒的優勢な相手にも臆さない──だけなら分かる。だが笑ってはぐらかせるとなると、これは相当な食わせ者だ。

 

「つまり、何も教える気はないってこと」

「いえ、そんなことは。ただ本当に、偶然通りかかっただけなんです」

 

 マスターになった兄が拠点としている家に居づらくなって抜け出して、歩いていたらシグマさんが撃たれそうなところに出くわした。だから助けたのだという桜の言葉は、助けたという最後の部分以外は何一つ信じられず──そしてイリヤスフィールにとって、大事なのはその一点だけ。

 

「そう。なら改めて、お礼を言わせて──シグマを助けてくれて、本当にありがとう」

 

 華のような笑顔とともにペコリと頭を下げる。

 半分は相手の反応を探るためである意図的な素直さに、桜が見せた戸惑いの色──それをウィークポイントと見定めて、イリヤスフィールは更に追撃。

 

「そうだ、言葉だけっていうのもなんだし、ちゃんとお礼したいから桜をお城に招待するわ」

「え、お城って──イリヤスフィールさん!?」

「イリヤでいいわ」

 

 いいことを思いついた、と桜の腕を両手で掴み、グイグイ引っ張って歩き出すイリヤ。

 

「だって桜、自分の家に居づらくて抜け出してきたんでしょ? だったら丁度いいじゃない。部屋ならたくさん余っているから、聖杯戦争が終わるまで泊まっていけばいいわ。

 街からは少し遠いけど、車で行けばすぐだから」

 

 そのまま裏路地から表通りに出て、留めておいたメルセデス・ベンツェの助手席に桜を押し込める。

 

「あ、あのぅ……」

「二つ、忠告しておく」

 

 勢いのまま高そうな外国車に乗り込まされた桜は、窓の外から掛けられたシグマの声に顔を上げる。

 

「シートベルトは絶対に締めろ。そして走行中は口を開くな──舌を噛むぞ」

 

 平静で淡々とした、どこかあの人を思わせる声音。だがその内容は真摯なもので、さらによく見れば車外から扉を押さえている彼の手は僅かに震えて──って、あれ、車外???

 

 そう、メルセデス・ベンツェは乗車定員2名のスポーツカー。特徴的なガルウィングドアを外から閉めたのがシグマならば、逆の運転席に乗り込んでいるのは当然その主人である身長130cmほどの少女。

 

「それじゃ、いっくわよー♪ 出発進行ォー!!!」

 

 イリヤの元気な掛け声とともにアクセルペダルが思い切り踏まれ、乱暴ながら繊細に操作されたシフトレバーが4速を指す。

 

「────!  !!!  、、、、 。 。   。      。          !」

 

 僅か10秒ほどで時速200kmに到達した車内で、桜は声にならない悲鳴を響かせた。

 

 

 

 

●● 2004年2月3日 2時11分 ●●

●● 冬木中央公園、遊歩道 ●●

 

 この場には、まだ悲鳴を上げた者はいない。

 場にいる二人のマスターと二騎のサーヴァントは、相手に悲鳴を上げさせるための思考を巡らせている。

 

「間桐は古い魔術師の家系でね。聖杯戦争じゃ御三家とまで呼ばれてるんだぜ。

 まぁお前みたいな素人には、知られたくはなかったんだけどねぇ」

 

 間桐慎二の声に付随する、コンコンという金属音。

 彼の右手の金属バット──左手に持った魔導書とは対象的なそれで、彼は神経質そうに歩道のアスファルトを小突いている。

 おそらく家に転がっていたのをそのまま持ってきたのだろう、魔術の付与は見受けられない野球道具(凶器)

 

 対して──と彼が述べた内容に驚きつつも、士郎は慎二の横に立つサーヴァントに視線を移す。

 

 いかに最上級と言え、サーヴァントとはつまり使い魔──魔力で動く存在だ。

 魔力供給路(パス)を繋げられていないセイバーは、今夜これで四戦目。対する慎二のサーヴァントは足元に寝かされている美綴綾子で「食事」も済ませ、準備万端状態だ。

 

「間桐の長男である僕が、聖杯戦争に参加するのは当然──むしろ衛宮みたいなド素人が参加しているほうが驚いたぜ」

「ああ、それは俺も驚いてるけど──だからって同級生を襲うような奴を、黙って見過ごすことなんて出来ない」

「へぇ! いいねぇ、面白い。サーヴァントはサーヴァント同士、マスターはマスター同士ってわけだ。そういうノリは嫌いじゃないぜ。

 おいライダー、お前はサーヴァントを抑えろ。こいつは──僕がヤる!」

 

 図らずもマスター同士の同意により、固定された戦闘構図。

 踏み出した士郎に喜色を浮かべ、慎二も前に進み出る。

 

 サーヴァント対サーヴァント。マスター対マスター。

 前者はともかく後者ならば、士郎には十分勝算がある。

 力量が伯仲する相手(少なくとも慎二が、凛やイリヤほどの魔術師だとは思えない)との戦いで、重要となるのは情報の優劣。士郎の優位はズボンの後ろに差し込んである銃器の存在と、それを慎二に知られていないという点だ。

 

 まずは銃を突きつけて、慎二のことを拘束する。次いで彼経由の命令で、ライダーにも戦闘を止めさせる。そうすればセイバーの負担も最低限で済むし、後は倒れている美綴を介抱すれば全て解決だ。

 少なくともこの場に限っては、『めでたしめでたし』で終えられそうな未来予想図。

 それを絶対に実現させてみせると固く決意した彼は──完全に、間違っていた。

 

 

「────、え?」

 

 ズボン後ろから取り出したハンドガンを、構えようとした士郎の声。

 慎二とは未だ数メートルの距離があり──けれど彼の金属バットは、士郎の眼前に迫っている。

 右手首のスナップだけで、投げつけられた合金の棒。直撃しても痣になるくらいの威力しかないそれは、けれど相手を怯ませる程度の用には十分足りる。

 銃を握った右手で思わずバットを払い除け、慌てて狙いを戻そうとする士郎に慎二が駆け寄り組み付く。

 

「見え見え、なんだよぉ!」

「この、はなせ慎二!」

「だれが──離すかぁぁっ!」

 

 そのまま組み伏せた慎二は、銃が握られている士郎の右手を自身の左腕で抑え込む。

 

 なぜ? どうして──読まれていた!?

 いや、そんなことより今はこの場を──

 

 士郎が銃を持っていることを把握していなくては、絶対に取れないだろう慎二の行動。

 それに驚愕、混乱しつつ態勢を立て直そうとする士郎の、

 

「──ァ、唖々、ヴアァア嗚呼嗚呼ァァァァ!!!!」

 

 思考を、激痛が埋め尽くす。

 公園にこだまする絶叫が自身のものだと理解して、左足へとやった視線の先。赤く濡れたGパンの腿には、小型サイズのバタフライナイフが突き刺さっていた。

 

「は、ははは、ははははぇはは!! やったぞ衛宮、どんなもんだよ!」

 

 左手で銃を抑えつつ、右手でポケットから取り出したナイフを士郎の足に突き刺した慎二。

 赤く染まった手とは対象的に、僅かに青ざめさせた顔でそれでも彼は勝ち誇る。

 

「そーだよ。これがあるべき姿なんだ。なのにどいつもこいつも、──まぁいいさ。この聖杯戦争で、僕が全部分からせてやる」

 

 灼けるように痛む左腿。なんとかナイフを引き抜いた傷口を無造作に蹴飛ばされ、地面をのたうち這いずる士郎を慎二は愉しげに嗤う。

 

「お前もさぁ、衛宮ぁ。桜と付き合ってるからって、調子に乗ってるんじゃないの?

 あーそれとも、あいつの肉体に溺れて色ボケしちゃってるってわけか。

 まぁ確かに、無能で出来損ないな妹だけどカラダだけはいいモノ持ってるから無理はないか?」

「さくら、は、かんけいない──だろ」

「あー、はいはい。あいつは無関係のいい子ちゃんですねー、ってか?

 ──────まぁいいさ。あとはライダーがお前のサーヴァントを片付ければ、衛宮はここで脱落だ。どーせお前のサーヴァントもお前に似て──」

 

 ──轟音。

 

 その数瞬前に自身の頭上を通過したのがなんだったか認識し、間桐慎二は硬直する。

 剣戟で吹き飛ばされ、頭上を越えて背後の街灯に叩きつけられた自身のサーヴァント(ライダー)

 

「そこまでです、メイガス!」

 

 対するセイバーはまったくの無傷で、ライダーを飛ばした不可視の剣を慎二へと向けていた。

 

「……なんだよ、それ?」

 

 硬直から溶けた慎二の口から、漏れ出した呟き。

 

「なんだよ、なんなんだよライダー。なに勝手にやられてるんだ?

 お前には相手サーヴァントを抑えとけって言ったよな! その程度の仕事もこなせないなんて、お前も桜と同じで無能な役立たずなのか!?」

 

 激昂したその口調に、セイバーは次の動きを逡巡する。

 負傷し敵マスターの足元に臥せている士郎。彼を助けるためには交渉でこの場を納めるべきか、あるいは危険を承知の上で敵マスターに剣を向けるべきか。

 

 激昂したマスター相手では交渉は困難、よって後者の選択に傾きかけたセイバーは──奥の路地に現れた新たな気配を感知する。

 

「こりゃ、慎二。それくらいにせんか」

 

 まるで実体化したサーヴァントのように、突如として現れた気配。老人の姿でビルの影から姿を覗かせたソレは、慎二へと呼びかける。

 

「お、おじいさま!?」

「ふむ、さして期待はしとらんかったが──こりゃ面白い結果になっとるようじゃのう。

 おお、申し遅れたが儂は間桐臓硯という、間桐のマスターをやっておる此奴の祖父の老いぼれじゃ。

ライダーを退けた衛宮殿のサーヴァントは、まったく見事なご活躍──とはいえこのまま睨み合っていては、此処におらぬ陣営を利するだけ。そこでじゃ、衛宮殿にそのサーヴァント殿……今宵はここらで、痛み分けにしやせんか」

「痛み分け?」

「うむ。マスターである衛宮殿は解放するゆえ、此奴のサーヴァントについても見逃してほしいということじゃ。慎二──お前もそれで異存はなかろう」

「……はい」

 

 小柄で杖をついた老人──間桐臓硯にギョロリと眼で睨まれて、気圧されながら頷く慎二。

 

「ならばほれ、さっさとサーヴァントを霊体化させて戻らんかい。それでよろしいですかな、サーヴァント殿」

「今宵に関しては、異存ない。だが明日以降も、このように無辜の民を襲うというのなら──」

「その時はまた立ちふさがる、と? とはいえ此度の間桐のマスターは、儂ではなく此奴じゃからのう。どうする、慎二よ?」

「──っは! そんなこと、敵にわざわざ教えてやるわけないだろう」

「慎二!」

 

 嘲る慎二に、倒れていた士郎が身を起こしつつ呼びかける。

 

「もしこんなことをまた繰り返そうとするなら──その時は、俺が絶対に止めてやる」

「マスター! 大丈夫ですか!? 足は……」

「ああ、問題ない。もう治った」

 

 それでも顔を顰めつつ、セイバーに支えられながら自身の足で立ち上がる士郎──その姿に目を見開いた慎二は、驚愕を押し隠すように自身の顔面を抑える。

 

「やれるもんなら、やってみればいいさ!」

 

 捨て台詞のような叫びとともに立ち去る慎二を見送って、その気配が消えるのも待たず士郎は美綴へと駆け寄る。

 

「──よかった、ちゃんと息はある」

「聖杯戦争の被害者ですから、監督役を頼るのが正道です」

 

 胸をなでおろしたところで、助言を添えてくれるセイバー。だがそこに僅かな冷たさを感じて、慌てて振り向いた士郎は彼女へと頭を下げる。

 

「ゴメン、セイバー。今回は──相手が知ってる奴だったこともあって、ちょっとカッとなった」

「──私達サーヴァントは、マスターからの魔力供給によって存在しています。マスターに何かあれば、私たちはこちらに留まることができなくなる」

「ぁ、そうなのか。

 でもさっきので、サーヴァントと戦うのは今夜だけで4回目だろ。魔力供給もちゃんとは出来てないし、セイバーの負担は少しでも減らさなきゃ、と思って、」

「あの程度のサーヴァントが相手なら、何人来ようと負担になどはなりません。

 難しい相手であればマスターにもちゃんと知らせますので、そうでなければ遠慮なく私を剣として振るってください」

「いや、まぁセイバーみたいな女の子に戦わせるっていうことにも、そもそも抵抗はあるんだけど」

「はぁ!?」

 

 士郎の言葉に驚愕したセイバーが、罵るように言葉を重ねる。

 それに首を竦めつつ、でもさっきみたいに必要事項の伝達だけの関係になるよりはこちらのほうがずっとマシだと、気を失っている美綴を抱えつつ士郎はこっそり頷いた。

 

 

 




マスター同士の戦いで、士郎に実質勝利する慎二(ただしサーヴァント戦では圧倒されたために結果として痛み分け)。
──今回の結果は士郎が油断したためではなく、二人の情報格差の結果です
  (士郎の持ち札なら、彼の行動はほぼベスト。ただし慎二は「士郎がどんな札を持っているか」「それで士郎がどう行動するか」まで把握していた)。


次回、
誓い


次で【一日目】は終了……同時に書き溜めしていた分も終わりです。
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