●● 2004年2月3日 3時48分 ●●
●● 冬木教会、聖堂 ●●
「美綴は──」
「問題ない、処置は全て終わった」
気絶したままの美綴を教会に運び込んで数十分、祭壇奥から姿を表した言峰綺礼の言葉に、衛宮士郎は胸を撫で下ろす。
「それはそれとして、お前のそこも酷そうだが、」
と歩み出た綺礼が、掴んだのは士郎の左足。慎二にナイフを突き刺されたそこはGパンに穴が空き、周囲の生地を赤くした血液はパリパリに凝固している。
「治ってるよ」
と、掴まれた足を慌てて引く。事実ナイフを引き抜いた後、傷は勝手に完治済み──士郎に自動治癒の魔術心得などはないのだが、召喚に際しての契約が何か影響しているのかも、と話したセイバーは言っていた。
「10年前の戦いで、お前のように致命的な傷を負いながら立ち上がる男を前にしたことがある」
これで用は済んだから、と立ち去ろうとする士郎に綺礼は言を紡ぐ。
懐かしむような彼の声は聖堂にこだまして、士郎の耳を響かせる。
「その男は私が最後に戦い、そして前回の聖杯戦争で勝者となった男だ。
名を──衛宮切嗣という」
発せられた父の名は教会にどうにも不似合いで、けれど同じくらい場にそぐわぬ神父はその名を面白がっているように聞こえた。
●● 2004年2月3日 3時53分 ●●
●● 間桐邸 ●●
「衛宮、衛宮……衛宮切嗣──あった、こいつだ!」
自宅に戻った間桐慎二は、ライダーの状態確認すら惜しんで書庫へと直行していた。
幼少の頃から入り浸っている、背丈よりある本棚に占められた空間。間桐が魔術師の家系であると知り、独学で魔術知識を収集した──慎二にとってはある意味で、原点とも言える場所だ。
その一角を引っくり返し、彼が引っ張り出したのは前回聖杯戦争に関する記録。生存した参加者であるロード・エルメロイⅡ世による協会への報告書や、死亡したⅠ世が残した手記の断片。果ては教会側の隠蔽作業記録から、外部から介入を試みた魔術師への人理継続保障機関による調書まで──当主である臓硯が蒐集した品々である。
「ライダー! この本とこっちのスクロール、あとはこの段にある本も全部、僕の部屋に運んでおけ」
「──わかりました。ですが、何のために?」
本を受け取るため実体化したライダーは未だ足を引きずっていて、セイバーから受けたダメージの影響がはっきり見て取れる。傷ついた英霊に雑用を押し付け、さっさと自室に戻ろうとしていた慎二は彼女に軽蔑の目を向ける。
「お前、その程度のことも分からないなんて、本ッ当に無能だなぁ。
衛宮のサーヴァントの真名にあたりが付いたから、その確認だよ。あれは前回、衛宮の養父が呼んだのと同じサーヴァントだ」
「それは、何を根拠に──」
「衛宮の足の傷だよ。お前がセイバーにボコボコにされてる間、僕は衛宮の足をナイフで突き刺したんだ」
無意識に、自身の右手に目をやる慎二。ナイフを刺した直後の震えは、当然もう止まっている。
引き分けに終わった士郎との戦い──だがマスター同士の部分でなら、桜からの情報があったとはいえ勝ったのは確かに慎二だった。
『そこまでです、メイガス!』
ライダーを打ち負かしたセイバーの、焦燥に満ちた声を思い出す。
メイガス。メイガス。メイガス。
──そうだ、あのサーヴァントは僕を
卑屈な尊大さで歪んだ頬をそのままに、慎二は物分りの悪いサーヴァントに己が推理を開陳する。
「ナイフの根本まで──少なくとも1ヶ月は立つことも出来ないくらい深く刺したのに、あいつはすぐに自分の足で起き上がった。
それを可能にしてる礼装が、衛宮士郎が──同時に前回の聖杯戦争で、衛宮切嗣が召喚に使用した触媒だ」
『特技:名推理』──後年、ある人物が間桐慎二を評した言葉である。
断片的な事象と明らかに飛躍した論理を持って、何故か正解にたどり着く。称賛より揶揄の意味合いが強い評価だが、確かに言い得て妙ではある。
・士郎に治癒魔術を使う素振りはなかったので、彼の傷を回復させたのは魔術礼装の類だろう。
・一方で士郎の口ぶりから、彼の召喚は偶発的──礼装が触媒となって召喚が行われたと考えるべきだ。
・だが偶々呼ばれたにしては、強力すぎるセイバー──つまり衛宮切嗣が前回使った召喚触媒が、養子である士郎に引き継がれて同じ英霊が呼び出されたのではないか。
などという慎二の思考を他人も察しろというのは、土台無理な話である。
「記録だとあいつの養父、衛宮切嗣は、魔術師殺しの魔術使いだった。
前回の聖杯戦争では、アインツベルンに雇われたマスターとして参加。呼び出したサーヴァントはやはりセイバーで、王として振る舞う女性だった」
自室に運ばせた資料を広げ、事前に目だけは通していた聖杯戦争情報を洗い直す。
「御三家であるアインツベルンが関与したなら、用意した触媒も一級品のはず。
呼び出された英霊も強力で──マスターが衛宮みたいなヘッポコなのに、あれくらい動けるのも納得だ。
──まぁ今回の間桐みたく、触媒は上等なのに呼び出された奴はてんで役立たず、っていうケースもあるんだろうけど」
律儀に嫌味を加えつつ、息を吐いた慎二は椅子の背もたれにより掛かる。
ギィと音を立てて椅子が軋み、ライダーはバイザーに隠された眉間を僅かに引き攣らせる。
「騎士然とした王で、高名で、回復能力を持つ礼装が触媒になる。そこまで条件を絞れたなら、特定は難しいことじゃない。
【セイバーの正体はアーサー王】
【士郎には触媒となった聖剣の盾が埋め込まれている】
この2つはおそらく確定だ」
一見、筋は通っている。だが魔術闘争の現場で、そんな机上の推論が都合よく通じるのだろうか?
疑わし気に首を傾げたライダーの耳が、陰湿にくぐもった音を捉える。
「そして、もしそうなら。僕の推測が全て正しかったとするのなら。
僕は────勝てるのかもしれない」
どこか怯えるような慎二の声は押し殺されていて、ライダーにはぎりぎり聞き取れても部屋の外に漏れることはない。
傲慢で自信過剰な彼には、不似合いな慎重さ。だがそういえば、『見返してやる』『分からせてやる』と大言豪語する彼ではあるが──明確に『勝利』を口にしたのはこれが初めてかもしれない。
そう考えたライダーは、大きな思い違いをしていた。
確かに、彼は『勝利』を口にした。
だがその対象が『聖杯戦争』だとは、一言も言っていなかった。
●● 2004年2月3日 4時5分 ●●
●● 冬木教会、正門前 ●●
魔術師殺しの衛宮切嗣。アインツベルンの雇われマスター。
慎二が資料上だけで確認した情報を、ほぼ同時刻に衛宮士郎は二人から回想として聞かされていた。
『奴と私は、互いに殺し合うという選択肢しか残されていなかった』
『あの男は、度し難いまでに聖人だった』
一人目は、敵として対峙したという言峰綺礼から。
『私は前回もこの時代に招かれて、アインツベルンのサーヴァントとして戦いました』
『私達は最後まで勝ち残り──けれど最後の最後で切嗣は、聖杯を、破壊しました』
二人目は、前回も切嗣に呼び出されたのだというセイバーから。
彼らが語る切嗣の姿は、士郎が知る彼からは全く想像できないもので。
それでも二人の口ぶりからは、それが嘘だとも思えない。
だから聖堂から戻った自分を迎えたセイバーに、士郎は問いかける──彼よりずっと昔から、切嗣の隣にいたはずの
「じゃあセイバーは──久宇舞弥って名前は知っているか?」
「マイヤ! 彼女は、生きているのですか!!」
セイバーの反応は、劇的だった。
士郎の肩を両手でつかみ、慌てて頷いた士郎に大きく安堵の息をつく。
「そうですか、よかった──あっ、失礼しました。
マスターの言う通り、彼女も切嗣の助手として聖杯戦争に関わっていました。
私が最後に見た舞弥は、敵の襲撃で重傷を負っていて。私は敵を追ったため、その後彼女がどうしたのかは確認出来なかったのです」
「そっか、かあさんが──ああ、実の親子じゃ無いけれど、切嗣が
だから心配してくれてありがとう、と士郎はセイバーに微笑んで、
「でも言峰って神父は、さっき聞いても名前に覚えがないって言ってたけど」
「彼は敵対陣営にいたので、名前は把握していないのかもしれません。ですが舞弥とあの神父は、直接銃や剣を交わしたこともあったはずです」
「かあさんが──」
つまり舞弥も前回の戦争に本格的に関わっていたのだと、半ば予想していた事実に士郎は頷く。
自然と浮かべた曇り顔に気づいたセイバーを見返して、
「ならさっき、バーサーカーとの戦いに乱入した狙撃者が──舞弥だった可能性はあると思うか?」
「それは! ………………ありえるかも、しれません」
魔術師の争いである聖杯戦争に、近代銃器を持ち込むという発想。
そしてマスター排除ではなく士郎の守護を意図しているような介入のタイミング。
あの乱入者が舞弥だとすれば、不可解に思えた行動にも納得が行く。
「ですがそれなら、なぜ彼女は姿を見せないのでしょう?」
「うーん、前回の聖杯戦争で怒らせたセイバーを怖がっている、とか?」
「まさか、そんなはず──ってマスター!」
からかわれたことに気づいたセイバーが声を荒げ、その素直な反応に士郎が笑いながら頭を下げる。
「まったく。ですが確かに、わからないことだらけです。
マスターから聞く切嗣も舞弥も、私が知る彼らとは違いすぎる」
「でも俺の知っている切嗣なら、聖杯戦争で犠牲になる人達を放っておくはず無いんだ。
俺はそんな正義の味方に憧れてきた」
だから俺もそのために戦う、と誓うように士郎は言う。
「それにあの乱入者がかあさんなら、なんで姿を見せてくれないの俺は知らなくちゃならない。
だからセイバー──遅くなっちまったけど、俺と一緒に戦ってほしい」
「刻まれた令呪は、今のマスターと私を繋いでいます。
それに切嗣とずっと一緒にいた舞弥なら、彼が聖杯を破壊した理由も知っているかもしれません」
分からないことは、たくさんある。それでもこれが最善と信じて、セイバーも士郎に頷く。
「よければ俺のこと、士郎って呼んでくれ」
「では、シロウと──ええ、私にはこの響きのほうが望ましい」
二度目の誓約。
サーヴァントとマスターというロールではなく、人格を持った相手との約束。
前回呼び出したマスターとは終始望めなかった関係に、セイバーは自然と目を細め──
山間から顔を出した朝日が二人を照らし出す。
「じゃあ、帰ろうか」「はい」
衛宮士郎にとっての聖杯戦争一日目、4陣営のサーヴァントと矛を交えた長い夜はこうして終わった。
●● 2004年2月3日 4時23分 ●●
●● 冬木中央公園、遊歩道 ●●
「戻りました」
山門に続く長い石段。それを登りきった久宇舞弥は、誰にともなく声を駆ける。
軽装ゆえか、息は殆ど乱していない。対物狙撃銃やアサルトライフルといった嵩張る武装は、冬木各所の拠点に分散させて配置済みだ。
「朝帰りとは、感心せぬのう。あの女狐がヤキモキしておったぞ」
背後からのからかい声。
振り向けば陣羽織に身を包んだ優美な男が、初めからそこにいたかのように佇んでいる。
「アサシン、そちらに異常は?」
「残念なことに何もない。訪客も先日の槍兵殿が最後で──いやはやあの女狐め、人望にも恵まれぬと見える」
後半の台詞を声高にしたのは、フードを被った女性が寺社内から出てくるのが目に入ったからだろう。
「だまりなさい、アサシン」
フードの女性──キャスターの冷たい声。響きに込められた魔力がアサシンを拘束するが、僅かに顔を顰めた彼はあっさりそれを振り払う。
「怖い怖い。なに、門番としての役目は果たしているのだ。これくらいのへらず口は見逃してくれてもよかろう」
「勝負に嬉々と耽っておいて、何が『役目は果たしている』ですか。
久宇が渡した無線アラームもあるのだから、侵入者がいればまずは報告をなさい」
「それでは我が剣を振るう機会を減じるではないか。
なに、敵が複数の場合か我の手に負えぬ奴であればその『あらあむ』とやらも使用してやるわ」
アサシンの減らず口に、キャスターはウンザリした様子で眉間を抑える。
「まったく……久宇も無事だったのはいいけど、戻りがこれほど遅くなるなら事前に一報なさい。私はともかく、宗一郎様や寺の他のものが心配するわ」
「申し訳ない。それでキャスター、聖杯のほうは」
「順調よ。この調子ならあと3,4日で解析が終了するわ」
キャスターの朗報に、舞弥の顔が僅かに綻ぶ。
「汚染の方も、」
「ええ。普通に使用すれば酷いことになったんでしょうけど──大聖杯と直結させた私の神殿から操作すれば、問題なく対処できるわ」
ある程度の願いならサーヴァントを焚べなくても叶えられるわね、などと話しながら、庫裏へと向かうキャスターと舞弥。
特に聖杯へ掛ける願いを持たぬアサシンは、縛られている山門で二人を見送り大きく肩を竦めてみせた。
慎二の『特技:名推理』発動。
舞弥の生存を知るセイバー。
一方の舞弥……
・前回の経験から聖杯について事前知識あり
・経歴上、多少の犠牲は容認する
な彼女が選択したのは、キャスター陣営に協力することによる聖杯汚染の解消。
上手くいけば、RTAなら記録を大幅更新できるチャートです(なお、本作はHF√な模様w)。
そしてもう日付は変わっていますが、本話にて【一日目】終了(ついでに書き溜めもなくなりました)。
次回より【二日目】、
間桐家の事情②(予定)
これから書くので、投下までには間が空きます。