Fate/dear my family   作:和間

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いきなり修羅場です。



【1年4ヶ月前】『男の子の母親』と『彼の家を訪れた後輩』


●● 2002年10月17日 18時10分 ●●

●● 冬木市・深山町、住宅街 ●●

 

 兄の友人宅をいとまして、間桐桜は重くなりがちな足取りに意識を傾ける。

 帰るのが遅いと兄に嫌味を言われたのが二週間前、帰り道の歩みの重さを自覚したのは五日前。それ以来、衛宮邸訪問は以前にも増して苦痛な日課となっている。

 だって、優しいのだ。兄の友人だという衛宮士郎というヒトは。こんな自分を気遣ってくれて、親切にしてくれて、心配までしてくれる。だから帰りたくない、いつまでも此処にいたいなんて、愚かでどうしようもない思いを浮かべてしまう。価値も資格も持っていないのに、それでもあの人ならもしかしたら、なんて愚にも付かない望みを抱いてしまう。そんな節操のない自分が嫌で、嫌だと思わせるあの人が憎くて、憎いと思ってしまう私なんてクシャクシャに丸めて捨ててしまえばいいんだっていつもいつもいつも考えて—でもそんなちっぽけな勇気さえ持てないから、今日も桜は帰りの路をただただ足に辿らせる。

 

 秋の日は釣瓶落としの言葉どおり、彼女が歩むその街路は既に宵闇に囲われている。怪我をした友人のために働けと兄に命じられ、初めてあの家を訪れた二か月前は同じ時間でもまだ明るかったのに。

 

 そう、二ヶ月。たった六十日足らず。

 

 あの頃は夕陽が差し込んでいたアスファルトの舗装路を、今は等間隔に並んだ街灯の白色光だけが照らしていて──そこをカラカラ転がるトローリーケースの車輪の音に、桜は足を緩めた。

 向かいから進み来る黒スーツ姿の女性。出張帰りなのかスーツは少し草臥れて、左手で大型の車輪付きバッグを引き摺っている。派手なところは微塵もない、むしろ周囲に埋れることを良しとする服装。それに身を包む本人も、華やかさ,艶やかさといった性質とは無縁に見える。強いて目を惹く部分といえば、端正な顔立ちとスラリと真っ直ぐな姿勢くらいで──けれど何故か彼女のことを、桜はとてもキレイだと思った。

 

 同時に、どこかで見た気もする。

 どこだったろう、と考える桜とその女性はすれ違い──不意に振り向いて、桜のこめかみに右手を突き付ける。いつの間にかその手に握られていた拳銃の銃口が、ひんやりと冷たい。同じくらい冷え切った双眸を向け、女性は静かに口を開く。

 

「動かないでください」

「……撃つのなら、もう少し離れた場所でにしませんか? ここだと銃声がせんぱ、──衛宮さんに聞こえてしまうかもしれません」

 

 提案しつつ、思い出す──先程までいた兄の友人の家で見せてもらった家族写真、そこにはにかみ顔の彼女が写っていたことに。養子だという彼の、母親代わりだという女性。隠しているけど毎日魔術鍛錬を欠かさぬ彼の保護者なら、間桐がどういう家なのかも知っていて当然で。だから突き付けられた銃口に桜は安堵する。

 

「驚かないのですね」

「驚いてはいます。でも、少しホッとしてもいます。

 衛宮さんに、私のような人から守ろうとする家族の方がいることに」

 

 突き付けられたハンドガンに慌てふためく様子もなく、かといって反撃や防御の魔術も行使せず、淡々と答える間桐の娘に久宇舞弥は眉を顰めた。

 

 彼女の反応には、既視感があった。

 もう二十年以上前、衛宮切嗣の助手として「処理」に携わった小国指導者や新興宗教集団の教主たち。彼らの殆どは生き汚く足掻き、最後まで命乞いをした。でも、偶にいたのだ––舞弥や切嗣を自らの運命と受け入れて、感謝の微笑みさえ浮かべるものも。

 

 独裁者への義憤から決起したクーデターが、泥沼の内戦に嵌まり込んだ。

 腐敗組織の改革を目指した汚職摘発が、際限の無い粛清の連鎖を呼び込んだ。

「宗教色のある慈善活動」が拡大とともに腐敗して、信じぬ者を殺し尽くそうとする狂信者集団へと成り果てた。

 

 彼等は一様に自身が行なってきたコトの結果を憂いていて、なのに自分ではどうしようも出来ないのだと諦観していた。誰かが自分を殺すことでしか事態を収拾できないと分かっていて、だから終わらせにきた舞弥や切嗣をただ穏やかに歓迎した。

 

 時に感謝の言葉さえ口にする彼等を機械的に『処理』しつつ、自らに生じた不合理な感情が腹立たしさであったことを、今の舞弥は理解している。

 

「撃つかどうかは、私が決めます」

 

 理不尽だという自覚はある──それでも桜の反応が気に入らなくて、舞弥は声に険を含ませる。

 

「あなたはただ、私の質問に答えればいい。

 言いなさい。間桐の娘が、なぜ衛宮の家を訪れている?」

「衛宮さんの、家を、」

 

──どうして、訪れているのだろう。

 

 拳銃を突きつけられながらという明らかに異様な状況のまま、間桐桜は自問する。

 

 初めて行った時の理由は、兄に言われたから。その後も通い続けているのは、お爺様の命令で。だから苦しくても私はあそこに行かなきゃいけないんだって、つい先ほどまで考えていたはずなのに。そう答えることが、桜は堪らなくイヤだった。

 

 だって私は、きっとここで死ぬ。

 

 姉さんみたいな優れた魔術師なら切り抜けられるかもしれないけど、蟲も満足に操れない私には突きつけられた拳銃から逃れる術などありはしない。嫌なこと、辛いことばかりで馬鹿みたいな人生だったけど、でもだからこそ最後くらいは自分に嘘をつきたくない。

 口にだしたら、ううん、胸の内で考えることすらきっと迷惑だからとひた隠しにしてきたけど、私は──

 

「私が行きたいから、お邪魔させていただいています」

 

 それは兄も、お爺様さえも関係ない私自身の意志なのだと、桜は毅然と主張する。死を必然と受け入れたがゆえの開き直ったその態度は、舞弥を強く戸惑わせた。

 

「行きたいから、ですか」

「はい」

「それはそんな風に、全てを諦めた顔で言うことではない」

「……なんですか、それ。いつでも殺せる状態の相手に諦めないことを望むなんて、少し趣味が悪いと思います」

 

 初めて感情を滲ませた桜に、舞弥は少し考えてから突きつけていた銃を下ろす。

 

「コレはあくまで、相手に対話の意図がなかった場合に備えた保険です。

初めから殺すつもりなら、こうして対面したりせずにIEDでも使っています」

「アイ、イー……」

Improvised(即席) Explosive(爆発) Device(装置)、あり合わせの爆発物と起爆装置で簡単に作れる自家製爆弾です。現在は中東などで多用されていますが、使われ始めたきっかけは北欧における反ナチスパルチザン活動だったと記憶しています」

 どうでもいい薀蓄。それは場を和ませようとする舞弥なりの試みで──だから本当に殺す気がないことを桜は理解する。

 

「――どうして、」

「危険がないと判断したわけではありません。ですがあなたはシロウを『先輩』と呼び、あの子を気遣ってくれました」

 

 だから見送る──『マキリの娘』をリスク無しで『処理』できる無二の機会を。

 それは舞弥にとって諦観でも妥協でもない、最善を目指す選択だ。

 

「衛宮さんの、ためですか?」

「はい」

「私が衛宮さんの後輩で、いなくなれば先輩に影響を及ぼすから、」

「もちろんだからといって、彼を傷つけることを許容するつもりもありません。あなたがシロウに仇なすなら、そのときは改めて排除します」

 

「できますか?」──マキリの後継と、みなされている相手を。

「やります」──たとえ、この身を賭すことになっても。

 

 問い掛けには即答し、けれど今は殺さないという決意も微塵も揺るがせない──そんな舞弥は桜にとって、理解できない矛盾そのもの。

  

「どうして、そこまでできるんですか」

「私は、あの子の母親ですから」

 

 パンッ──

 

 と、

 

 乾いた音が夜の住宅地に響いて──

 思わず身をすくませた桜は、それが自分の右手が舞弥の頬を叩いた音であることに気付く。

 

 だって、許せなかった。

 血が繋がっているわけでも、魔術を継承したわけでもない、ただの仮初な関係なのに、

『母』ということがここまで尽す理由になり得るのなら、

 

────だったら『実母』にも顧みられなかった、自分は一体なんなのだ。

 

 数年前に死んだと聞いた、遠坂葵という女性──むかし、母親だったひと。

 優しく笑いかけてくれた記憶は残っている。でも私が間桐に渡されることが決まったときも、同じような微笑を浮かべていて。だから母とはそういうものなのだと思っていた。そう思って、決め付けて、だから諦めることができた。

 

 なのに、許せない。許せるはずがない。

 許してしまったりしたら、自分があまりに惨めすぎる。

 

 右手を見つめる桜の感情が、震える躰にようやく追いつく。

 

 空回りし続ける思考でも、これが八つ当たりであることは理解できる。

 それでも、絶対に認められない。でもそう考えている時点で本当はとっくに認めていて、だからとっくの昔に殺したはずの感情が、彼女の躰を押し潰す。

 

「私はあなたのことも、あなたの家のことも詳しくは知りません」

 

 抑揚のない声音。ビクリと肩を震わせた桜が縋るように上げた視線の先で、舞弥は叩かれた頬をそっと撫で付ける。無表情にしか見えないが、息子代わりの士郎が見ればそこに困惑を読み取っただろう。

 

 数カ月ぶりに戻った冬木で、我が家に出入りしていた少女。

 聖杯戦争でアイリスフィールを奪い、自分にも重症を負わせた間桐の家の、魔術的な後継者。

 それを知った時には背中に冷たいものが走ったし、だからことによっては今日この場で処理すると決めていた。返り討ちにされるつもりはなかったが、バックに詰めた爆薬を起爆させて刺し違える覚悟くらいは固めていた。

 他にもあらゆる事態を想定して備えていたはずで……でも見捨てられた子供のように、縋られることだけは予測していなかった。

 

「あなたの事情を斟酌する気も干渉するつもりもありませんが──士郎を害さないのなら、訪問を咎める理由もない」

「怒らないんですか、叩いたことを」

「それこそ、銃を突きつけた人間に言うことではないでしょう」

 

 怯えつつ罰を欲する桜を、突き放して答える。

 同時に、表情を硬くしようとする彼女を好ましいとも思う。

 

「ですがしばらくは、私も冬木に留まる予定です。あなたがまたウチに来るなら、顔を合わせる機会もあるでしょうし──その時でよければ、話くらいは聞きますよ」

「いえ、必要ありません。私があそこに行くのは、衛宮先輩のお手伝いをするためですから」

 

 必死に取り繕う無表情で、己に生じた情動をなかったコトにする桜。

 それを舞弥は微笑ましく、そして少しだけ妬ましく思う。

 

──あの人に救われた十数年前、自分も彼女のように素直に反応できていれば、彼ももっと違った道を歩んでいたのではないか?

「そうですか。士郎にはあれで面倒なところもあるので迷惑をかけることも多いと思いますが、どうか大目に見てあげてください」

 

 感傷を振り切って、微笑む。実際、意識するまでもなく、笑みは自然と象れた。

 あの士郎が年下の女の子を家に招くような年頃になったのだという感慨と、そんな親のような感情を自身が抱いているという意外さ。

 

 いいえ私こそ先輩には迷惑を掛けっぱなしで、と桜が答え、その型通りの謙遜を舞弥も型通りに否定する。

 さらに紋切り型の会話を何度か往復させ、では今日はこれで、はい明日もお邪魔させていただきます、と挨拶を交わす。

 

『男の子の母親』と『彼の家を訪れた後輩』という役割に沿ったやり取りは思いのほか新鮮で、舞弥の口の緩みにも演技以外の要素が混じる。

 

 あるいは自分はあの少女のことが、殊のほか気に入ったのかもしれないと考える舞弥だが、無論この時点では彼女も予想すらしていなかった──衛宮切嗣から引き継いだ『魔術以外の技能』の継承者が、眼前の少女になろうとは。

 




不意に振り向いた女は、桜のこめかみに右手で銃を突き付ける。
「動かないでください」

【どうする?】
  1. 逃げる。
  2. 抵抗する。
=>3. 話しかける……「撃つのなら、もう少し離れた場所でにしませんか?」

「1」「2」を選ぶと桜的にはDeadEnd、ゲーム的には「セイバールート」か「凛ルート」に進むところでした。
全く、Fateの選択肢には油断も隙もなりませんねw。
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