Fate/dear my family   作:和間

8 / 15
【1日前(裏)】おにいさん

●● 2004年1月10日 15時28分(現地時間) ●●

●● 北欧某国、空港ロビー ●●

 

「もし聖杯を手に入れたら、あなたなら何をお願いする?」

 

 雇用主である少女が戯れで発した問い掛けに、彼は答えられなかった。

 

 そもそもマスターではない彼に聖杯を手にする資格はなく、彼女の質問も「宝くじに当たったら何を買う?」程度の意味しかない。日本に向かう飛行機を待つ間の、単なる雑談。それを理解しながら黙考する彼に、彼女は頬を膨らませる。

 

「聞いているのですか、シグマ。お嬢様がお尋ねですよ」

「ああ、済まない。考えたが思いつかなかった」

 

 少女の従者であるセラの詰問に、口を開く。

 

「以前なら安眠と食事を望んだが、今はどちらも保証されている──」

「当たり前じゃない。そんなものも仕え人に与えられないようじゃ、アインツベルンの名が廃るわ」

「まー食事はともかく、戦争が本格化したら睡眠時間は削られるかもだけどねー」

 

 サーヴァント同士の戦闘は夜に行うのが基本だっていう話だし、と砕けた口調で混ぜっ返すのは、もう一人の従者であるリーゼリット。どこかずれた彼女の言にセラは大きく溜息を付き、

 

「そういう話ではありません。万能の願望器に掛けるのが睡眠欲と食欲だなんて……まあ前回の聖杯戦争を鑑みるに、無欲は望ましいのかもしれませんが、」

「あら、シグマのは無欲とは違うわよ」

 

ホムンクルス特有の無表情に呆れを混在させたセラへ、彼女の主人にしてシグマの雇い主である少女──イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは首を振る。

 

「まだ知らないだけ──他人を押しのけ、己を賭すに値する渇望を。

 ある意味、調整を受ける前のホムンクルス(わたしたち)にも近いわね」

「そうなのか?」

「そうよ。だってシグマ、あなた何も信じていないでしょう?」

 

 神も、悪魔も。

 国も、人も。

 地位も金も魔術も聖杯も、あるいは自分自身すら信じていない。

 

 見透かすようなイリヤスフィールの言葉を、『彼女が言うならそうなのだろう』とシグマは無感動に受け止める。

 

 

 

 かつてのシグマは、とある独裁国家の所有物だった。

 そこは生まれた子が目を開ける前に息絶えることも珍しくない土地で、生まれる前の子を母体から引き摺り出して魔術実験に供するような人々にシグマたちは育てられた。

Σ(シグマ)』という呼称も、二十四人の『類似個体』を識別する為に割り当てられた唯の記号(ギリシア文字)。『交配』で『製造』された魔術使いによる軍隊を作ろうとしていた『上官』たちは、国を動かす指導者こそが神なのだとシグマたちに教えたが──その国はアインツベルンの介入がきっかけであっさりと崩壊した。

 

 当時の混乱で『類似個体』の約半数は命を落とし、残りも過半が現在までに行方知れず。裏切って襲いかかってきて、逆にシグマが手にかけた者もいる。

 

 だから【神様】の恩恵も、【人】の絆も分からない。

 生まれたこと自体に意味を見出すには、訳もなく失われる命を見すぎてきた。

 その死を悲しむに相応な価値は、まだ自身の中に見いだせていない。

 

 もちろんアインツベルンに目をかけられている自分が、他の同郷の傭兵たちより恵まれているという自覚はある。だがそれも、今回(第5次)の聖杯戦争における利用価値を見込まれたため。

なんでも自分は前回(第4次)にアインツベルンが雇い裏切られた傭兵の関係者で──その生き残りへの対策に自分を充てる為だけに、アインツベルは専用の戦闘用ホムンクルスを大量鋳造してあの国を転覆させたそうだ。

 

 ──普通の魔術師はおろか、他の聖杯戦争御三家(マキリや遠坂)ですら目を剥きそうな事実を「そういうこともあるのだろう」とただ受け入れて、同時にイリヤスフィールの言葉にもシグマは首肯する。

 

「そうだな──確かに俺は『渇望する』ということの意味を解っていない。信じるものを持てないから、そのために願うこともできない。

 でもだからこそ、契約は守る。アインツベルンから報酬を貰っている以上、護衛の任を怠るつもりはない」

「知ってるわよ、そんなこと」

 

 傭われ者としての役割を再確認しようとするシグマを、イリヤスフィールは不機嫌そうに睨みつける。

 

「でも、覚えておきなさい。あなたが信じていないのは、何かを否定したからじゃない。

 まだ、知らないだけ──だからいつか、信じるに値するモノを見つけることができたなら、それを望み願うことだってできるようになるはずよ」

 

 隠そうともしない不貞腐れた態度から、時折覗く大人びた雰囲気。

 そう言えば、とシグマは考える。

 成長不良を起こしている彼女の実年齢は、たしか自分の外見年齢よりも少しだけ年上なはずだった

(もっとも10代後半にしか見えない彼もまた、子供の頃魔術的に弄ばれた影響で何年か前から成長が止まっているのだが)。

 

 

 

 

 

 

●● 2004年2月1日 23時16分 ●●

●● 冬木市、住宅街 ●●

 

 ──信じるに値するモノを見つけることができたなら、それを望み願うことだってできるようになる。

 

 夜の街路を歩きつつ、シグマは数週間前にイリヤスフィールから言われたことを思い出す。

 彼女の言葉は、正しいかもしれない。けれど、それが実現する可能性は低いだろうとも思う。

 それは感傷などではなく、傭兵としての冷静な計算──聖杯戦争という今回の任務は、それだけの危険を孕んでいる。

 

 任務の成功確率──イリヤスフィールが勝者となる可能性自体は極めて高い。彼女のマスターとしてのスペックは間違いなく破格だし、そのサーヴァントであるバーサーカーが『最強』であることも疑いはない。だがだからこそ、他の戦争参加者たちはイリヤスフィールへと目を向ける──才あるマスターとしてではなく、屠り得る脆弱なホムンクルス(標的)として。

 

 彼らからイリヤを守るのが、シグマに与えられた役割。

 そこにはいざという時に、自身の命を盾として消費することも含まれる。

 己の死すら手段と見なすシグマの在り方は、金で動く魔術傭兵としても異端。とはいえ彼は自殺願望者でも、死に急いでいるわけでもない。聖杯戦争が本格化していない現在、こうして冬木の夜の街(想定戦域)を歩いているのも、自身の生存確率を少しでも上げるためだ。

 

 ビル風の有無は、銃の最大射程を決める重要な要素。

 街灯の間隔や光の強さを知っておけば、敵が潜みそうな場所を予め予測しておける。

 逆に途切れる様子もなく響き続ける()()()は、物陰に潜んだ者の気配を霞ませるほどの姦しさだ。

 

 その一つ一つを重要な情報として頭に刻み込み、それぞれ対策・利用方法を考案し──けれどそれで足りないのなら、仕方ないともシグマは思う。もちろん死にたくは無いけれど、この命を道具として使い捨てるべきだと考える。

 そこにあるのは、単なる平等。思い入れがないゆえに、自身の生も分銅が如く無造作に天秤へと掛ける。逆の皿にのっているのは、これまでアインツベルンより与えられた高価な装備や貴重な礼装で……両者の重みを比べれば、針が後者に傾くのは自明である。

 

 だからアインツベルンが求めるのなら、

 もしもイリヤスフィールを守るために必要となるならば──

 

「だめですよ」

 

 背後の暗闇からの声が、シグマの歩みと思考を中断させる。

 

 驚きはないが、戸惑いはあった──自分を尾行ける何者かの気配に気づいてはいたが、声をかけてくるとは思わなかったのだ。

 振り向いたシグマの視線の先──住宅街のアスファルト舗装路に歩み出たのは、茶色いブレザーの制服に身を包んだ少女。学校帰りなのかスクールバックを片手に下げて、ほんの僅かな微笑みを口端にだけ浮かべている。華やかさ、艶やかさを内封しているはずなのに、本人は周囲に埋もれることを望んでいるようにも見える。それでも街灯の白色光に照らされてまっすぐ佇む彼女のことを、シグマはとてもキレイだと思った。

 

 確か穂郡原学園──マスターと目される遠坂凛や、イリヤスフィールと因縁を持つ衛宮士郎が通っている学校の制服。

 

 ならば彼女も関係者かと身構えるシグマへ、少女は無造作に歩み寄る。

 

 リンリンリンリン、と。

 キキキキキキキキ、と。

 

 周囲の虫の音が不意に高まる。

 

 シャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャク、

 キリリリリリリリ、キリリリリリリリリ、キリリリリリリリリリリリリ、

 ホーツクシ、ホーツクシ、ホーツクシ、ホーツクツクツクツクツクツクツク、

 ミミミミ、ミミミミミミミミミ、ミミミミミミミミ、ミミミミミミミミミミ、

 ジーーィ、ジーーィ、ジーーィ、ジーーィ、ジーーィ、ジジジジジジジジジ、

 

 シグマの戸惑いに構うことなく、少女はそのまま歩みを進め──

 

 ルー、ルルルル、ルー、ルルルル、ルーーーーー、ルルルル、ルー、ルー、

 リーン、リーン、リーン、リーン、リーン、リーン、リーン、リーン、リーン、

 コロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロロロロロロロロロロロ

 キリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリ

 

「死んだらダメですよ、おにいさん」

 

 すれ違いざま、振り向くことなく彼の耳元で囁いた。

 

 抱いていた警戒を塗りつぶす、見透かされたという羞恥。息を呑むことさえ忘れて飛び退り、自身の懐へ右手をやる。

 流れるような動作でシグマが取り出したその拳銃を、何故か少女は懐かしそうに眺め入り、

 

「ごめんなさい、驚かせて──今日はこれで失礼します」

 

 シグマへ丁寧に一礼し、そのまま現れたときと同様に闇へ紛れて姿を消す。

 もちろん実際は住宅の角、街灯の死角に入っただけ。追おうと思えば追える彼女をけれどシグマは見送って、その気配が完全に消えたことを確認し小さく息をつく。

 

 彼女に、敵意は無かった。

 だが、警戒はされていた。

 右手に握った拳銃やシグマの半端な魔術では、間違いなく対応されていただろう。

 

「今日はもう、戻るか」

 

 まだ候補者が出揃わず本格化していないとはいえ、すでに聖杯戦争は始まっている。

 今の少女しかり、新都で頻発している『ガス漏れ事故』しかり。魔術師としては未熟な自分では、気を抜けばこの段階で意味もなく脱落する危険もある。

 

 別行動を取っている雇い主──前回マスターの養子にちょっかいを出してくると言っていたイリヤスフィール──と連絡を取るべく、取り出した小型無線機に耳を当てたところで、気付く。

 

 喧しいまでに響いていた虫の音は、もう何処からも聞こえなかった。

 

 




「エピローグ」でこっそり貼っていた伏線を回収して、【Fate/strange Fake】よりシグマ登場。
虫の音と共に彼の前に現れた少女は、いったい何者なんでしょう(棒読み)。






【おまけ】
第4次聖杯戦争から数年後に、5次に向けてアインツベルン内で行われた作戦会議(概略)
「4次の傭兵を雇うっていう発想は結構有効だったねー」
「でも最後で裏切られたし──今度は小聖杯をマスターにして、絶対に裏切らないバサカで勝負だ!」
「ところであのー、雇った魔術師殺しのパートナーがまだ冬木に居座ってるんすけど……」
「え、マジ⁉ このままだと5次で少聖杯がスナイプされちゃう!」
「護衛に戦闘用ホムンクルスを付ける? でも魔術師殺しのパートナーなら彼女も有能な魔術傭兵*1のはず……」
「ちなみにちょっと調べてみたら、彼女には子供がいたよ。
 『魔術使いの軍隊』を作るための交配で産まれて*2、今は某国で戦闘訓練受けてるよ」
「でかした、そいつを護衛に雇おう……だとすると、某国が邪魔だなー」
「よーし、戦闘用ホムンクルスで内政干渉して、その某国を亡国させちゃおー♪」

ちなみに某神父とは異なり、アインツベルンに愉悦しようとする意図はないです
……天然って怖いね。


次回、
闇の中で蠢く声

↑で「序」はラストです。

*1
つまり、優秀な血統を持つ魔術師(長い歴史を持つ魔術師の常識的な思考)

*2
当然精子提供者も厳選してるはずだから、更に優秀な魔術師のはず(長すぎる歴史を持つ魔術師の常識的な思考)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。