高校に入学してWEB小説同好会なるものに入ってみたけど思ってたのと違う。 作:スポポポーイ
人生とはままならないものだと思う。
必死に受験勉強に励んでも第一志望の高校は不合格。中学の卒業式の日に清水の舞台から飛び降りる思いで好きな子に告白してみれば『え? ……無理です。ごめんなさい』というガチ目な拒絶。高校生になった今度こそ高校デビューで青春を謳歌するぞと意気込んでみたものの入学式前日にインフルエンザでダウン。一週間後にようやく登校できたときにはクラス内のグループは既に固定されており、僕は登校初日でぼっちが確定した。
そんな人生ままならない僕こと
僕の通う花和田高校は公立ながら部活動に力を入れていて、生徒は必ず何かしらの部活や同好会に所属しなければならないという今どき珍しい校則がある。なので、今さら教室内の交友関係を開拓チャレンジする度胸が無い僕は、部活動へとその活路を見出したのだった。
そんなこんなで部活動探しに奔走した僕が紆余曲折の果てに入部したのがこの『WEB小説同好会』という訳である。
* * *
放課後、大して広くもない部室。
僕も含めた四人の同好会メンバーは今日も今日とて各々が自分の好きなWEB小説を自由に読み耽る。メンバー間にこれといった会話は特にない。ただ黙々と、それぞれが自分のスマホやタブレット、備品として用意されたPCなどを使ってWEB小説を読み漁るのみ。
別に僕ら同好会メンバーの仲が悪いというわけではない。僕も同好会に入ったばかりの当初こそ『あれ、なにこの空気? こういうものなの? もしかしてここ牛丼屋?』などとオロオロしたものだが、今ではこの雰囲気にも慣れたものである。
「……納得いかないわ」
そして、そんな静寂な空気をぶち壊すように発せられたこの不機嫌全開な声音にももう慣れた。
「またかよ……」
「だって納得いかないんだもん」
「お前の納得なんか知るか」
「はぁ? 別にあんたに同意してほしいなんて、こっちは一言も言ってませんー!」
この常時半ギレ不機嫌口調な彼女の名前は、
ちなみにこの二人、幼稚園時代から続く腐れ縁らしい。そう、”幼馴染”ではなく”腐れ縁”。僕としてはどちらでも大差ないのではないかと思うのだが、当人たちにしてみればひどく重要らしく、真顔で”腐れ縁”だと念押しされた。とりあえず、隣近所に同年代の異性が居なかった僕からしてみれば、この二人爆発すればいいのにと切に思う。
「……で、今度は何だよ? 気に入ったキャラが一話限りの使い捨てだったとかか?」
「そんなんじゃないわよ。何というか、こう……モヤッとするというか、イラッとする感じ」
それは兎も角として、普段は黙々とWEB小説を読んでいるだけの僕たちだけれど、ときたまこうして御神楽先輩が不機嫌そうに声を荒げ、それを町谷先輩が拾って僕ら同好会メンバーのWEB小説トークが始まるのだった。
「いま読んでる小説なんだけど、異世界転移ものなのよ。現代日本人の高校生が中世ヨーロッパ風の異世界に突然転移しちゃうお話」
「テンプレだな」
「そうね。でも、それはいいのよ。なんていうか、もはや様式美だし。テンプレだろうが在り来たりだろうが面白ければ問題なし」
「なら何が問題なんだよ?」
僕もそれは確かにテンプレな設定だなと思いながらも、御神楽先輩の言葉に心の中で同意し、町谷先輩の疑問に追従するように首を傾げる。
「よくさ、異世界に飛ばされた主人公が英単語を口にして、現地人に理解されないって描写があるじゃない?」
「あー……、確かにありますね」
御神楽先輩の言葉にこれまで読んだ異世界転移ものの小説を思い起こした僕は、肯定の返事をしながら例題を挙げてみせる。
「あれですよね。主人公とヒロイン的なキャラがこう──
『へー。この宿屋、値段の割には良いサービスだな』
『さー…びす? ワタルさん、何ですか”さーびす”って?』
『え? あ、そうか。うーんと……ようは良い仕事してるね、ってことだよ』
『そうなんですか! ワタルさんは知らない言葉をいっぱい知っていてスゴイです!!』
──的な会話を繰り広げる展開ですよね?」
僕は過去に何度も読んだ話の展開を思い浮かべながら、適当な台詞を諳んじてみせた。
「そう、それ! 日本語は何故か通じるんだけど、英単語……というか、カタカナ英語は自動翻訳されない的なヤツ」
「確かにそういった話はよく目にするが、そんなテンプレご都合主義的な話が気に入らないってか?」
「だから違うってば! テンプレは別にいいの! 問題はその後よ、その後の話の展開!!」
そう言ってプンスコ憤る御神楽先輩が心底嫌そうにしながら自身が苛立っている問題点を解説してくれる。
「さっき赤見くんが挙げたような会話って、大抵が物語の序盤で交わされるような会話じゃない」
「まぁ、そうですね。作者的には、その会話で異世界では英単語は通訳されないっていう設定を読者に伝えたいんでしょうし」
「でもね、そういう世界観の作品に限って物語の中盤とか後半になってくると、モブキャラですら平然と──
『クソッ! この魔獣、なんてスピードしてやがる!?』
『ふははっ! その程度のパワーでこの”鉄壁”のドイル様の防御を貫けると思ったか!!』
『ようこそ、冒険者ギルドへ。新規の登録ですか? 最初はブロンズランクからのスタートとなります』
『なにぃっ!? ダンジョンで魔獣のスタンピードが起きただとっ!? すぐにギルドマスターに連絡しろ!!』
──なんて会話をし始めるわけよ!」
「うわぁ……」
御神楽先輩が挙げてくれた具体例に思い当たる節があり過ぎて、思わず呻くような声を上げてしまう僕。言われてみれば、確かにそんな小説に心当たりがある。
「……つまりは物語上の設定に矛盾が生じてることが気に入らないつーことでいいのか?」
「そう。だってこっちはそういう世界観なんだなって意識して読んでるのに、何の前触れもなくカタカナ英語が飛び交うのよ? なによそれっ!? ってならない?」
両手で目の前の長机をバンバン叩きながら不満を訴える御神楽先輩に、体面に座る町谷先輩が面倒臭そうにしながら溜息を吐き、呆れたような視線を向ける。
「……あれだよな。お前の人生ってつまらなそうだよな」
「え、なに? 何であたしいま唐突に人生を否定されてるの?」
「そういう重箱の隅をつつくようなこと気にして面白いか? どうでも良くね?」
「ええぇ……。なにこの温度差。あんたちょっと冷め過ぎじゃない?」
お互いが相手に対して微妙そうな眼差しを向ける先輩方。こういう性格の不一致なあたりが両人をして”幼馴染”ではなく”腐れ縁”と称している所以なんだろうか。
「えっと……、
とりあえず、変な風に固まってしまった部室の空気をどうにかするべく、僕はそれまで一言も話さずというか我関せずだった同好会メンバー最後の一人である彼女、出流原
備品のノートPCを使って黙々とマウスをカチカチ操作していた彼女は、一瞬だけキョトンとして首を傾げた後、不思議そうな顔をしながら口を開いた。
「……なにが?」
「ほら、御神楽先輩が言うようなカタカナ英語に関する矛盾」
「……実は物語の伏線とかなら素直に作者を称賛する。そうでないなら作者も設定忘れたんだなって」
実に淡白な感想だった。
「……あたしだって別に作品の矛盾を粗探しして悦に浸りたい訳じゃないのよ。これが彩ちゃんの言うように、物語の伏線で異世界だと思ったら実は遥か未来の地球でしたみたいな展開なら納得もする。でも、最終話まで読んでみてもそんなオチはないの。すんごいモヤッとする」
「まぁ、ほとんどは作者が設定忘れたか、面倒になって途中で設定放棄したとかだろうからな」
不快気に眉を顰める御神楽先輩に、単に作者批判や作品を貶めたいといった意図が無いことが読み取れたからだろうか、それとも実際に自分もそういうWEB小説を山ほど目にしてきたからだろうか、御神楽先輩に呆れ気味だった町谷先輩もその不満には肯定してみせた。
「そもそもがよ。英語は通じませんって世界観のくせして、魔法名はモロに英語なのはどーいうことなのよ」
「ファイアーボールとかウォーターカッターとかですよね」
「そうそう。これがね、魔法は古代言語とか隣国の魔法大国の影響で外国語扱いなんですっていう設定があるならまだ理解するわよ?」
「あー、あるな。そういう設定あるわ」
「でもその場合でも、詠唱は現地語なのよ。『偉大なる火の精霊よ~』的な感じで。魔法の名称だけ異言語で詠唱は現地語ってなに? むしろ逆じゃない? ってなる。めっちゃイラッとする」
そんな御神楽先輩の指摘に、僕と町谷先輩と出流原さんの三人はお互いに顔を見合わせ、揃って『あ~』と同意の声を漏らしてしまう。確かにどこか釈然としないものがある。
「お前の言うことも気持ちは分かる。分かるが……そこは書き手側にも事情があるんだろ。さっき出流原が言ったように物語の伏線かもしれんし、台詞回しのテンポとか語感のよさを考えるとカタカナ英語を使った方が良いってときもあるだろうさ」
それはそうかもしれない。『喰らえっ! 火の玉!!』よりも『喰らえっ! ファイアーボール!!』の方が強そうだし。なんか、それっぽい。
「なら、初めから英語は通じない設定になんてしなければ良かったじゃない」
「そこはあれだよ。……作者も設定を考えた当初はそこまで考えてなかったんだよ」
「……何気にあんたの方が書き手をディスってない?」
そう言うと目を眇めて町谷先輩を睨め付ける御神楽先輩。
さすがに自分でも失言だと思ったのか、町谷先輩が話題を逸らすかのように口を開く。
「ならあれか、神様チートで異世界言語理解だとか、原理は不明だけど主人公が理解できる言語に勝手に置き換わってくれるとかって設定なら文句ないのか?」
「……それはそれで気になる部分があるのよね」
「あるのかよ……」
悩ましげな御神楽先輩の様子に、町谷先輩が藪蛇だったという顔を隠しもせずにげんなりしている。何してくれてるの。
「異世界転移で登場するような世界ってさ、大概が一言語で統一されてるじゃない? 大陸共通語とかなんとか言って」
「まぁな。異国の人間とも問題なく会話してるし、なんなら別種族な魔族とも普通に会話が成立してたりするな」
「ならさ、現地人同士の会話で出てくるカタカナ言葉って何語なのよ?」
「はい?」
御神楽先輩の言っていることが理解できず、思わず疑問の声を上げてしまった。ちょっと恥ずかしい。でも実際、ちょっと何言ってるか分かんないですねー状態だったので仕方ないと思う。
何となく不安にかられた僕は近くにいる出流原さんをチラリと窺ってみる。……良かった。彼女も首を傾げてよく分かんないって顔してる。よし、僕だけじゃないぞ。決して僕の理解力が乏しいとか頭の回転が遅いだとかってことじゃないはず。
「仮によ。仮に現地語の会話が主人公にも分かり易いように適宜自動で翻訳されるとするじゃない? その場の雰囲気に応じてカタカナ言葉を使い分けてくれるみたいな」
「えっと、はい」
「でも、それはあくまで主人公視点での現地人の会話に限定されるわけ。そこまでは良い?」
「ええ、まぁ……はい」
ちょっと自信はないけど、なんとなく御神楽先輩の言いたいことは分かる。
「じゃあ、主人公以外の視点の場合はどうなるのって話よ。『サイド:○○』みたいな感じのとき」
「……うん?」
「つまりあれだろ。自動翻訳っていう特性をもった主人公を介していないはずの現地人同士での会話でも、カタカナ言葉が飛び交うことが変だって言うんだろ」
「だって実際変じゃない? 外来語をそのまま使ってるからこそカタカナ言葉で表現してるわけでしょ。でも、その世界には共通語しか存在しないの。いや、厳密には在るのかもしれないけど、物語の中では特に明示されてないし」
「あー、なるほど。なら、現地人しか居ないシーンの会話でも出てくるカタカナ言葉はドコから来た言語なのかってことですか」
「そういうこと」
それはまた、こう何と言うか……あれだよね。
「……そこまで気にし出したら、ストーリーとか頭に入ってこなさそうですよね」
「……やっぱお前の人生って生きづらそうだわ」
「……娯楽小説はもっとリラックスして読むべきだと思います」
「ええぇ……。なにこの疎外感。味方がいないんだけど……」
そういって項垂れる御神楽先輩を尻目に、僕らは各々が読んでいたWEB小説へと視線を戻す。
さてどこまで読んだんだっけかなと思いながら文章を読み返していると、それまで大して意識していなかった台詞に目が留まった。
『はぁ……。ようやく街に着いた。ちょうどお昼の時間帯だし、どこか定食屋とかでランチでもやってないかなぁ』
『らん……ち? 何言ってんの、アンタ』
『あぁ、ゴメン。なんでもないよ、リリー。ちょっとお腹が空いたから、早くお昼ゴハンが食べたいなって思っただけ』
『……まったく、よく分かんないことブツブツ呟いてないで、男の子ならもっとシャキっとしなさいよね! ほら、さっさと行くわよ。早くしないと宿屋のチェックインに間に合わないじゃない!!』
「……うん」
なんとなく続きを読むモチベーションが霧散してしまった僕は、閲覧していたWEB小説をそっと閉じて見なかったことにするのだった。