高校に入学してWEB小説同好会なるものに入ってみたけど思ってたのと違う。 作:スポポポーイ
僕の通う花和田高校に『文芸部』は存在しない。
それというのも、前年度限りで廃部となってしまったからだ。理由は『求める文学の方向性の違い』らしい。説明してくれた元顧問の先生にどこのバンドマンだとツッコミを入れてしまった僕は悪くないと思う。先生も苦笑しながら同意してくれたし。
高校生活での青春を部活動に求めた僕だったけれど、残念ながら部活動紹介といったイベントは僕が学校を休んでいる間に終わってしまっていた。だが、幸いにも仮入部期間はまだ一週間近く残っている。だから僕は恥を忍んで職員室の戸を叩き、入部の第一候補としていた『文芸部』の場所を担任教師に尋ね、なんとも微妙そうな顔を浮かべた先生から先ほどの元文芸部顧問の先生を紹介されたのだった。
ちなみに、部活を選ぶにあたってまず運動部は候補から消した。別に運動神経が悪いという訳ではないけれど、かといって優れている訳でもない僕だ。今から新しいスポーツを始める気にはなれず、中学時代にやっていた剣道を高校でも続けるつもりもなかった。……決して高校の剣道部がガチそうだったからとか、部員が男子しかいないからという理由ではない。断じてない。
そうすると必然的に選択肢は文化部になるのだけど、無駄に部活や同好会の数が多い我が花和田高校。なんかもう多すぎて訳が分からない。なんなの『漬物同好会』って……。『究極浅漬け研究会』とは何が違うの? 『酒造部』に至ってはもはや違法だろう。
そうして正気とは思えない部活や同好会の数々に遠い目をしていた僕だけれど、ふと気づく。
そうだ。『文芸部』なら僕と同じようなラノベ好きが多く集まっているのではないか。もちろん純文学の方がメインかもしれないけれど、一人くらいは僕みたいな奴もいるだろう。何なら地味カワイイ読書好きな対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースが居るかもしれない。あれはロマン。そんな甘い考えのもと『文芸部』を第一候補として僕は見事に撃沈したのであった。
* * *
いつもの放課後に、いつもの不機嫌ボイスとは違う御神楽先輩の憂いたような声音が響く。
「……日本語って難しいわよねぇ」
「どうした突然。とうとう国語のテストで赤点でもとったか?」
「とうとうってどういうことよ。馬鹿にしてんの? 赤点なんてとるかっ!」
町谷先輩の確信めいた発言はともかくとして、御神楽先輩の反応を窺う限り最近あった実力テストの結果は問題なかったようだ。
「いま読んでる小説がさ、ハイファンタジーものなのよ。しかも、転生も転移も憑依も召喚もなし。純粋にファンタジー世界の人々にフォーカスを当てた感じ」
「そりゃまた珍し……くもないのか。元々の王道で言えば、そっちの方が古き良きファンタジー小説な訳だしな」
「そうね。まさにトールキン先生的な世界観の小説だったわ」
それはおそらく、『指輪物語』に代表されるような中世ヨーロッパ風の世界で人間、エルフ、ドワーフ、ホビットといった有名な種族たちが繰り広げる冒険活劇。そんな物語なのだろう。実にイメージし易い。
「……で、そこにどうして日本語の問題が絡むんだ? 地球人は登場しないんだろ?」
「そう、登場しない。しないのよ。でもね、ストーリー上で語られる設定の随所に地球文化圏の影響が色濃く滲み出てるの」
「…………んん?」
御神楽先輩の言葉に町谷先輩が首を傾げ、ついでに僕も頭の上にニョッキニョッキとクエスチョンマークを生やし、なんなら静かにせっせとノートPCで作業していた出流原さんでさえ頭を捻っている。
そんな僕らの反応に然もありなんといった様子で溜息を吐いた御神楽先輩は、悩ましげな表情のまま説明を始めるのだった。
「例えば、地球文化とは一切関わりがない中世ヨーロッパ風な世界の登場人物たちがこんな会話をしてたとして──
『はぁ……。僕の実力じゃこの辺りの階層までが限界なのかなぁ』
『どうしたどうした! そんな諦観めいた顔しやがって。辛気クセェったらありゃしねぇぜ!!』
『おい聞いたか。この間、鍛冶師のブランに弟子入りしたあの野郎、また逃げ出したらしいぜ』
『マジかよ!? その前はカルミナ商店の丁稚で、それより前は馬車通りの酒場で下働きだっただろ。全部、二~三日で辞めたんだったか。どんだけ三日坊主なんだよ』
『隊長ッ! 既に城壁の周りは敵の大群に囲まれております!!』
『なんだとっ!? それでは我々は四面楚歌ではないか。……ええぃ、援軍の要請はどうなっている!』
──どう? 違和感ある?」
御神楽先輩にそう言われて考えてみるが、どれも過去に読んだWEB小説で目にしたような台詞でこれといって違和感は覚えない。でも、御神楽先輩がわざわざ例として挙げたくらいだから、どこかおかしいんだろうなぁ……。
ううーむ。これでも国語には結構自信があっただけにちょっとショックだぞ、これ。
「あ、分かった。なるほどな。確かにこりゃダメだ」
「でしょ?」
「ああ、お前が言わんとしてることは分かった。分かったが……書き手が日本人なんだから、仕方ねぇんじゃねえか?」
「まぁ、そうなんだけどね。こう……なんかモヤっとしない?」
「……気付いちまうと、モヤッとするな」
あ、先輩たちが二人の世界を構築し始めた。拙いぞ、このままだとまたじゃれ合いという名の無自覚イチャイチャプレイが始まってしまう。それだけは断じて阻止したい。唸れ! 僕の灰色の脳細胞!!
「……二番目と三番目は分かりましたけど、最初の例題が分かりません」
「それは仕方ないわよ。あたしだって偶然知ってたってだけだし。普段の生活じゃ、そんな言葉を意識なんてしてないもの」
まさかの出流原さんによる裏切りに愕然とする僕。
いや、出流原さんからしたら裏切りも何もないんだけど、自分だけ理解できてないって状況が地味にショックだ。とりあえず、如何にも自分も気がついていますよといった雰囲気で僕も頷いておこう。
「じゃ、みんなある程度は違和感に気がつけたってことで、答え合わせしましょうか。……赤見くんはどこがおかしいと思った?」
どうしてそこで僕を指名するんですか御神楽先輩。イジメですか?
「どうしたの?」
「いえ、別に……」
どうしたもこうしたもないです。そもそも答えが何一つ分かってません!
「……赤見。正直に言っとけ。別に馬鹿にしたりなんかしねぇから」
あ、これ町谷先輩にはバレてますね。めっちゃ生温かい目を向けられてる。仕方ない。ここはもう開き直るか。
「ぶっちゃけ、一つも分かりませんでした!」
「だと思った」
「知ったかしてた訳ね……」
「……」
町谷先輩は前言通りで問題なかったけど、御神楽先輩と出流原さんからは蔑んだ眼差しを向けられしまった。
やだ。なにこれツライ……。御神楽先輩はともかく出流原さんに嫌われるのはちょっと困る。ぶちゃけ嫌だ。せっかく同年代の女の子と仲良くなれそうだったのに……。どうしよう泣きそう。
「……気持ちは分からなくもないんだけどね。別に答えが分からなかったからってあたし達は嘲ったりしないから、知ったかすんのだけは止めなさい。バレたとき人間関係損なうわよ」
「すみませんでした」
御神楽先輩にガチトーンで叱られてしまった。町谷先輩も神妙そうな顔してる辺り、どうやら先輩たちの地雷を踏んでしまったっぽい。それは兎も角、言われたことは正論なので素直に反省しよう。だから出流原さん、そろそろジト目はやめてくださいお願いします。
「……まぁ、赤見の奴も反省してるみたいだし、話を本題に戻すぞ」
「そうね。それじゃ、彩ちゃん。どのあたりに違和感を覚えた?」
しょんぼりする僕を見兼ねたのか、町谷先輩が助け船を出してくれた。それに乗っかるように頷いた御神楽先輩が今もって僕に不満げな視線をビシバシと突き刺している出流原さんへと問いかける。
「……そうですね。私が気がついた部分だと、二番目は『三日坊主』、三番目は『四面楚歌』でした」
「その心は?」
「どちらも言葉の由来が地球の文化に依るところです。『三日坊主』はお寺に出家しても修行に耐えられず、三日で辞めてしまうお坊さんを比喩したのが言葉の語源ですよね? 仏教が存在しないだろう中世ヨーロッパ風の異世界で使われるのは違和感があります。……異世界に仏教的な宗教が存在するっていう設定なら違うかもしれませんが」
「そこまで気にしちゃうとキリがないでしょ。じゃ、『四面楚歌』は?」
「そちらはもうあからさまというか……『四面楚歌』って中国の故事が語源だから、地球の歴史を知らない異世界の人が平然と使ってると違和感しかないです」
なるほど……。言われてみれば実に簡単な問題で、そんな簡単なことにまるで気が付けなかった自分がとんでもなく愚か者に思えてくる。まぁ、事実そうなんだけども。
「それで奈穂美先輩。一番目の例えって何がおかしいんですか?」
僕が自己嫌悪の波に乗って微妙にテンションが下がっているのを尻目に、出流原さんは唯一答えが分からなかったらしい最初の問題について御神楽先輩に質問していた。
「『諦観』って言葉があるでしょ? あれって由来は仏教用語なのよ」
「えっ!?」
「そうなんですか?」
「そうなの。ネットで調べると割とすぐに解説が出てくるから自分で確かめてみなさい」
あっけらかんとした様子で答えを教えてくれた御神楽先輩とは対照的に、僕と出流原さんは揃ってぽかんと呆けてしまう。
そりゃ日常でよく使うような単語ではないけれど、そんな語源だったとは知らなかった。
「だから、二番目と同じで仏教的な概念の無い異世界でそんな言葉が使われていると違和感があるってわけ」
「……でもまぁ、『四面楚歌』はともかくとしても、言葉の語源なんて普段は意識してないだろ? だから日本人が作者である以上、そこは気にしてもしょうがねぇんじゃねーかって俺は思うがな」
「自分で言っといてなんだけど、あたしだってそこまで細かく追及するつもりはないのよ? 国語のテストやってんじゃないんだから、あきらかな誤字とか誤用でなきゃ無視してるわよ」
「なら、なんで今回はそんな微妙そうな顔して問題にしたんだ?」
訝しげな様子の町谷先輩がもっともな疑問を呈すると、御神楽先輩が顔を顰めながら先ほどまで自分が読んでいたであろうWEB小説に視線を落とす。
「……さっきも言ったけど、地球文化と繋がりが無い世界観の設定でよ? 教会所属の神官が悪霊を祓うシーンで『この悪霊め! いい加減に”成仏”せんかっ!!』って叫ぶ台詞があってさ」
「「「 あー…… 」」」
どうして御神楽先輩がそんなにも残念そうな顔をしているのかを察してしまった僕ら三人は、腑に落ちたという表情で声を揃えてしまう。
「あんたの言じゃないけど、あたしだって全ての仏教用語を把握してる訳じゃないし、今となっては日常単語になってるものも多いんだから、気にしても仕方ないっていうのは頭では理解してるの」
「なら……」
「でもね。一度そういうのが目に付いちゃうと意識しちゃうじゃない? そうして何気なく読み返してみると、今までは無意識にスルーしていた『仁王立ち』とか『三途の川』なんて単語に違和感を覚え始めるのよ」
確かにまぁ、異世界西洋風の宗教に仁王様は出てこないだろうし、三途の川なんて概念は場違い感がハンパない。
僕が納得したようにウンウンと頷いたからだろうか、御神楽先輩が我が意を得たりといった風にどんどんと饒舌になっていく。
「それでもまだ、そのぐらいだったら無理矢理違和感を飲み込んで我慢することはできたの。でも、でもね? さすがに『呉越同舟』とか『元の木阿弥』だとかって言葉が飛び交うのはどうなのって話よっ!?」
「……それで微妙そうな顔してたのか」
「ストーリー自体はすごく面白かっただけに余計に口惜しくてね」
なんとも遣る瀬無いような面持ちで愚痴をこぼす御神楽先輩。多少なりともその気持ちが理解できてしまうだけに、いつものように御神楽先輩の気にし過ぎだと話をまとめることもできない。
そう、僕も共感してしまったのだ。御神楽先輩の話を聞いているうちにこれまで読んだWEB小説での違和感……というか不満がモンモンと溢れ出してくる。
「僕も思うんですけど、異世界の宗教なのに教会のモチーフが十字架なのってどうしてなんですかね? あれってモロにキリスト教の影響ですよね」
「ああ、確かにあるわね。あたしも異世界の吸血鬼が十字架を押し付けられてダメージを負ってる描写とか読んだことあるわ」
「それは…………ほら、あれだよ。そっちの世界でも神の子が磔にされたんだろ」
「なんでよ。どんだけ神の子恨まれてるわけ? 不憫すぎるでしょ」
どうにかして書き手側をフォローしようとした町谷先輩だったけれど、それっぽい理屈が思い浮かばなかったのかもしれない。なんとも投げやりなフォローの言葉しか出てこなかった。
そして、そんな町谷先輩に対していつもとは立場が逆転して呆れたようにツッコミを入れる御神楽先輩。そこはかとなく嬉しそうで何よりです。
そうして僕と御神楽先輩が町谷先輩相手にドヤ顔をしてマウントを取っていると、何気ない感じで出流原さんがふと呟いた。
「……でも、勇者が魔王を倒す感じのドラゴンでクエストな某RPGでも、教会のモチーフって十字架でしたよ?」
「言われてみれば……」
「僧侶職のキャラデザでも十字架が描かれてましたね」
出流原さんの指摘に考え込む僕と御神楽先輩。
そもそもあの世界の教会って何の神様を崇めてるんだろうか。……精霊? 精霊を磔にしちゃったの? ちょっとあの世界、人間の業が深すぎやしませんかねぇ……。
「……思うんですけど、日本人が『教会』って言われて真っ先に連想するのってやっぱり十字架だと思うんです。だから、教会自体に物語の根本にかかわるような重大な要素がないなら、子どもでも簡単にイメージし易いようにあえて十字架を使ってるんじゃないでしょうか」
「おお、なんかそれっぽい」
「確かに……。物語の根幹に宗教が関わってくるようなストーリーだと、きちんと教会のモチーフも独自のデザインになってることが多いものね」
「だから、教会っていうだけで十字架をそのまま使っているような世界観の作品の場合、作者的に教会はあくまで舞台設定のひとつであって、重要でも何でもないからそんなところ気にするなっていう無言のメッセージなのではないでしょうか?」
いつも黙っていることが多い出流原さんにしては珍しい長台詞。言っていることも何となく腑に落ちる内容であったため、僕と御神楽先輩は思わずと言った風に出流原さんへ称賛の拍手を送っていた。照れてノートPCの影に顔を隠す出流原さんカワイイです。
何となく解決ムードが漂ったので満足気に頷いた僕らは、また各々が読んでいたWEB小説の世界へと没頭していく。このゆるい感じのWEB小説トークと雰囲気が最近は実に心地良い。
「…………うん?」
だがしかし、再び読み返したWEB小説のある台詞に目が留まった僕は、どうしようもなく違和感を覚えて思わず眉間に皺を寄せてしまう。
『なによ! もう一回言ってみなさいよっ!?』
『何度でも言ってやらぁ! お前みたいな役立たずとパーティを組むのなんざ、もう”金輪際”ごめんだってなぁ!!!』
さっきまでなら気にもしなかった単語。
けれど、僕はまるで何かに急かされるようにグ○グル先生で”金輪際”という言葉の由来を調べ、そして釈然としない気持ちに唇を噛みしめながらそっとブックマークを解除する。
別にこのWEB小説を書いた作者が悪いわけじゃない。もちろん僕も悪くない。
「……やっぱりこの同好会に入ったの失敗だったかも」
諸悪の根源は御神楽先輩だと思う。間違いない。