異世界を巡った少年のヒーローアカデミア:Remake   作:白華虚

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あけましておめでとうございます。新年初めての投稿となりますね。
今年も拙作をよろしくお願いします!


36話 差し伸べる手

極寒の地――例えば北極や南極。そこには、荘厳な氷山が(そび)え立つものである。泰然自若というに相応しい様子で佇む、不動の巨体。天を衝く勢いで鋭く尖る角。そんな特徴を併せ持った獣だと例えてもいい。

 

それを見た瞬間、人々は間違いなく目を見開き、皿のように丸くすることだろう。

 

そんな極寒の地に(そび)え立つであろう氷山がたった今……雄英体育祭、その試合会場であるスタジアムに(そび)え立っていた。

 

日本と言えば、その多くが温帯に属する。いくら寒い北海道であったとしても、亜寒帯に属する。日本の場合、そこが限界だ。

一方で、氷山の場合は寒帯に存在するもの。常識的に考えれば、寒帯に存在するはずのものが温帯に存在するはずがない。ならば、何故それが今ここに存在するのか。答えは……人の手によって作り出されたからである。

 

スタジアム外に向けて僅かにその容貌の一端を現す氷山を作り上げたのは、轟だ。

 

()()()()()()()()()()によって、火山の奥底に眠るマグマの如くドロドロとして拭い去ることの出来ない怒りを抱えていた彼は怒りのままに右側の氷の力を解き放った。

 

そして、疾風怒濤。津波以上の勢いで瞬きする間もなく氷結が押し寄せ、それは荘厳な氷山を作り上げたのだった。

 

どうにかすれば、観客席にいる一般人やヒーロー、同じクラスの生徒達に他クラスの生徒達をも呑み込んでいたかもしれない。事実、轟の解き放った氷結は、観戦席の最前列に座る出久や爆豪、飯田、麗日の目の前を電車が通り過ぎるかのように冷気を撒き散らしながら過ぎ去っていった。

 

そんな末恐ろしい氷結の威力を見せつけた本人は、己の右半身をも覆っていた氷を、鎧を脱ぎ捨てるようにして半ば無理矢理に砕き散らすと、一歩一歩目の前の氷塊へと近づいていく。

 

彼は、申し訳ないと思うと同時に勝ちを確信していた。何しろ、彼の氷の生成速度は凄まじい。あのような巨大な規模の氷であっても、瞬きする間もなく瞬時に生成が可能なのだ。逆に言うと、瞬きした次の瞬間には氷に呑み込まれているということである。

 

常人ならば、どうにも出来ない。――そう、()()()()()

 

「『……まだだ』」

 

突如、相澤と出久が同時に呟く。

 

その時だった。

 

「――何、勝った気になってんだ?」

 

「ッ!?」

 

上空から轟に向けて声が降りかかる。

 

轟が咄嗟に顔を上げてみれば、声が聞こえた先には心操がいた。上空を舞う鳥さながらの様子の彼は、華麗に地面に着地する。

 

彼が着地した瞬間。――ピシッ、と何かがひび割れるような音がする。続け様に、雪崩のような轟音を立てながら荘厳な氷山が崩れ去っていった。

 

「な、何をした!?」

 

轟が取り乱しながら尋ねると、心操は淡々と答えた。

 

「上空に跳んで斬った。それだけ」

 

答えながら、心操はポケットから氷の欠片を取り出す。そのサイズは、ナイフなど――所謂(いわゆる)、短剣程の長さのものであった。

 

心操がやったこと。それは……轟が放った氷結が自分を呑み込むよりも前に、目の前にきた氷の一部を殴りつけて破壊すると、その欠片を握ったまま天高く跳躍。

そうして、霞の呼吸・陸ノ型 月の霞消を繰り出すことによって広範囲を覆う氷塊を、霞で包み込むようにして斬り刻んだのだ。

その分厚さ、強度の影響もあって、彼が斬撃を加えてもなお、瞬時に氷山が崩れ去ることはなかったということである。

 

「緑谷の攻撃は、もっと速かった。お前の攻撃も確かに速いよ。でも……それ以上を見慣れた俺からしたら、対処は無理な話じゃない」

 

言いつつ心操は(かたわ)らの氷塊を蹴り割り、それを両手で握れる刀程の大きさにしては、満足そうに頷いた。先は本物の刀の如く鋭く尖っていながらも、持ち手の方は柄のように丸みがあり、鋭利さはない。

 

「さてと、命に関わるようなのは流石にないけど……多少の怪我くらいは覚悟しておいた方がいいぞ。俺は全力でいくからな」

 

手にした氷のように鋭く……しかし、それとは反対に炎のように熱く。闘志と想いを宿した心操の双眸(そうぼう)が、轟のオッドアイを射抜く。

 

『し、心操!呆気なく轟のとんでもねえ氷結に呑まれてしまったのかと思えば、無事だったァ!それに加え、結果的に氷山になったそれをぶった斬りやがったぞ!?』

 

鋭利な氷を構える心操を見たプレゼントマイクが、英雄の凱旋を待ち侘びた市民のように叫んだ。同時に、観客達も歓声を上げながら湧き上がる。

 

それを一種の合図としてか、心操は地面を一蹴りし、猛然と肉迫する。

 

対する轟の選択は、後退して距離を取ることであった。バックステップで後退しながら、右腕を振るう。

 

瞬間、心操の元へと形成された氷が迫る。まさしく猪突猛進。氷は、対象を見定めて突進する猪のように一直線に迫り来る。

 

「霞の呼吸・弐ノ型 八重霞」

 

心操は、地面を揺らすかのような勢いでもう一歩力強く踏み込むと同時に、霞を粉々に斬り裂くかのような勢いで、幾重もの連撃を繰り出した。

 

それも、単なる連撃ではない。力を加えるべき方向と氷を振り抜く方向とを完璧に一致させ、氷が一欠片も砕けることがないように細心の注意を払っているかのような動きで繰り出されたのである。

 

(奴は剣の達人なのか……!?)

 

余程の手慣れでなければやれない動きを見ながら、轟は動揺した。何せ、相手がこの2週間近くでここまで強さを磨き上げてきたのだから。自分の優秀さを少しでも分かっていると、格下の相手がそのレベルに差し迫ってくるようなことになれば焦るものである。轟の動揺はある意味当然だ。

 

「ッチッ……!」

 

轟は舌打ちしながら、心操の左右に氷を形成する。それによって彼の逃げ道を塞いだ上で、もう一度、彼に向けて一直線に氷を形成した。

 

先程と変わらない勢いで、心操に向けて氷が迫る。

 

迫る氷を、心操は手にする鋭利な氷以上に鋭い目で睨みつけた。

 

「フゥゥゥゥゥッ……」

 

辺りに漂う霞を彷彿とさせる音の呼吸を行うと、心操は地面を蹴る。そして――

 

「霞の呼吸・伍ノ型 霞雲の海」

 

氷に対して突き進み、辺りを霞で覆い尽くすようにして次々とそれを烈断していく。

 

バキバキと結晶が砕け散る音を立てながら、氷が次々と粉々になって道が拓けた。

 

心操は、ひたすらに氷が砕けることで拓けた道を駆ける。戦火の中を勇猛果敢に突き進む兵士のように。

 

「はあっ!」

 

心操の接近を阻止する為に、轟が形成し続ける氷。それをも、霞の呼吸・弐ノ型 八重霞で粉々にした心操は……。

 

「霞の呼吸・肆ノ型 移流斬り!」

 

地面を滑るようにして轟の懐に潜り込み、氷を振るって彼を斜めに斬り上げた。

 

「っぐうっ!?」

 

立ったままでいられる範囲で首を逸らした轟だったが、心操の攻撃は彼の頬を掠る。

 

(駄目だ……!こいつ、やっぱ強えッ……!)

 

轟の頬を汗のようにして鮮血が伝う。頬に針を刺されたかのような鋭い痛みを感じながら、轟は歯を食いしばった。

 

「まだまだ」

 

呟きつつ、心操は轟の鳩尾に向けて洗練された正拳突きを繰り出す。霞の呼吸の壱ノ型、垂天遠霞だ。

 

鳩尾は人間の急所。急所を攻撃された際、人間は反射的にそこを守ろうとするものだ。目を潰されかけた時に咄嗟に目を瞑るように、轟は鳩尾を攻撃されまいとして、反射的に後退する。

 

しかし、心操は彼を逃さなかった。あろうことか氷を持ち替え、尖っていない持ち手の方を彼の方に向け、突きを繰り出したのである。

 

「がっ……は!?」

 

腕を伸ばした距離に刀の長さも加わり、当然ながらリーチは伸びる。そして、見事轟を捉えて鳩尾に突きを叩き込んだ。

 

肺の中の空気が気道という名の穴から、ボールから抜けてゆくそれのようにして吐き出させられる。

 

酸素を失い、身動きの取れなくなった轟。心操は彼に向けて銃弾の如く迫り、ドロップキックを繰り出す。

 

心操の蹴りは轟の体を穿ち、後方へと大きく吹き飛ばした。吹き飛びながらも、轟は右腕を振るって、自分の後方に波のようにうねった氷を形成。その上で辛うじて体勢を整え、滑りながら氷のように冷たい瞳で心操を見据えんとしたが――

 

(居ねえ……!?)

 

既に、視線の先には見据えるべき相手が居なかった。轟は戸惑い、忙しなく首と目を動かす。

 

「探し人はここだぞ」

 

そんな彼の様子を見兼ねてか、心操は声を掛けながら轟の目の前に現れ、氷の刃を振り下ろした。

 

間一髪というところで、轟は右腕を振り上げて氷壁を築く。正直に言えば、それで心操の体を呑み込むところまで狙っていたのだが。バックステップで距離を取られ、通じなかったようだ。

 

戦闘における勝利の秘訣。それは、如何に自分の得意を押し付けるかである。

 

轟は、自分の得意な遠距離戦に持ち込むために距離を取ろうとする。一方、心操もまた自分の得意な近距離戦に持ち込む為に、距離を詰めることを考え、正拳突きで氷壁を打ち砕いた。

 

先程、轟は心操が氷の刃を振り下ろした際、氷壁を築いてそれを防いだ。それが出来た理由は、氷壁を築けるだけの距離と余裕があったからだ。

 

自分の攻撃を防ぐ余裕を無くすにはどうすればいいか。……単純な話だ。それだけの距離と余裕を与えないように攻撃を叩き込み続ければいい。

 

「ッ!?」

 

「悪いけど、距離は取らせないぞ」

 

心操は、ほぼゼロ距離と言っても過言ではない程に轟との距離を詰める。そして、氷の刃を幾度にも振るって連続斬撃を繰り出した。

 

轟も全く戦闘技術がない訳ではないため、心操の繰り出す斬撃を受け流すなり、防ぐなりして対抗しようとする。しかし、いくら身体能力が良かろうと人間の素の身体能力と、全集中''常中''によって不死性や人間を超える身体能力を持つ鬼とも渡り合えるレベルに引き上げられた身体能力とでは、大きな差がある。

身体能力を強化する術を持たない轟が、それを強化する術を持つ心操と張り合える訳がなかった。

 

避けることも出来ず、ただ腕をXの形に交差させて防ぐしかない。体育服は所々斬り裂かれ、轟の肌にも切り傷が増えていく。血を流しながら攻撃を防ぎ、反撃の隙を(うかが)う姿は非常に痛々しい。

 

『心操の連撃が炸裂!流石の轟も反撃に転じる暇がない!』

 

『徹底的に自分の攻撃を当てにいくことで、轟に距離を稼がせない寸法か。確かに、彼奴の得意とする攻撃は遠距離からの速攻。合理的な戦術だ』

 

プレゼントマイクと相澤の声を耳に挟みながら、周囲も固唾を呑んで戦いの行く末を見守っていた。

 

そして。攻撃を叩き込む心操は、もう一つ気が付いていることがある。

 

「……なあ。必死で取り繕ってるけど、寒さで体限界なんだろ?震えてるぞ」

 

攻撃を止めてから放たれた心操の指摘に、轟は肩を跳ねさせた。

 

そう。轟の体は、最初に大規模な氷結を放ったあの時点で限界まで冷えきっていたのだ。事実、彼の体には霜が降りており、攻撃を防ぎながらも彼は小刻みに体を震わせていた。

 

低体温症においては身体機能も著しく低下する。高度のものになれば、筋が硬直してしまう。つまり、自分の思うままに体を動かせなくなるのだ。轟が心操の攻撃に対して回避を選択しないのは、それも理由なのだろう。

 

体温の低下に耐え切れず、寒さで体を震わせる轟の姿は……彼が救けも求められず、夢を忘れたままで歩いてきた、孤独な人生を示唆しているかのようだった。

 

「気の、せい……だろ」

 

冷たい瞳のまま、心操を睨み返して轟は答える。しかし、声は依然震えており、何も隠せていない。

 

――見た目の痛々しさと合わさって、とても悲しく、憐れまずにはいられない姿だ。心操には、目の前に立つ轟の姿が小さく、惨めなものにさえ見えた。

 

ロシア遠征時に凍死したナポレオン軍の兵士も、このように寒さに震え、孤独に息絶えていったのだろうか。

 

「お前……そんなんで将来さ、他人(ひと)を救けられるのか?自分の''個性''のデメリットで震えるヒーロー見てても、守られてる方が辛いだけだろ」

 

轟を憐れむ瞳を向け、心操は言う。氷の刃を強く握りしめ、その先を轟に向けた。

 

「その寒さ。左の炎を使えば、全て解決するだろ?使えよ。お前は……これから守るべき人を、救けるべき人を悲しませるのか?人に笑顔を振りまくべきヒーローが、不安を振りまくってのか?

……ふざけんなよ。甘ったれるな!彼奴みたいに……緑谷みたいに、ヒーローは他人(ひと)の心も救ってこそだろうが!

他人(ひと)を救うはずのヒーローが、救うべき人を追い詰めちゃ、本末転倒だろうが!」

 

轟の境遇を知っている。自分には、心を救ってくれたヒーローがいる。だからこそ放たれた、魂の叫びだった。

 

轟は、歯を食いしばりながら心操を睨みつける。寒さで体が震えているせいで歯と歯が当たって、ガチガチと小さく音を立てていた。

 

「煩え……!お前に何が分かる!?親父に金でも握らされたか!?」

 

激昂しながら、轟は憎しみの炎を宿して大きく踏み込む。そして、弧を描きながら右腕を振るってきた。

 

普段ならば脅威になり得る攻撃かもしれない。しかし、身体機能が衰えて筋が硬直し、思ったように体が動かない状態で繰り出されたそれは、脅威にならない。熱風の温度が涼風にまで低下したようなものだ。

 

動きが鈍い状態で繰り出された拳を、心操は易々と払い除ける。腕を払い除けられたことで轟は大きく体勢を崩し、よろけて蹈鞴(たたら)を踏む。

 

蹈鞴(たたら)を踏んだ彼の鳩尾に、心操もまた怒りを露わにしながらミドルキックを叩き込んだ。

 

『諸に入った!轟、先程から動きが鈍っているが大丈夫なのか!?』

 

轟は蹴り飛ばされ、咳き込みながら闘技場の床を転がる。腹部から鳩尾にかけてを強打された故か、呼吸が上手く出来ず、涎が溢れ出る。気分は地面に貼り付いたスライムのようだ。

 

「金を理由に人救けなんか誰がするか!全員が全員、金目的でヒーローやってるなんて思うなよ!俺は、自分の意志で救けたいと思った!だから、手を差し伸べているんだ!」

 

痛々しく、惨めな姿で辛うじて立ち上がる轟に歩み寄りながら、心操はなおも叫ぶ。

 

「全部じゃなく一部だけだとしても''個性''を嫌う気持ち、分かるよ……!俺だってそうだった!なあ、轟!()()()"()()"()()()()()()()()()!?()()()()()()()()()()()()!?」

 

心操の叫びをもう聞きたくないと言わんばかりに、轟はかぶりを振りながら答えた。

 

「んなもん……!クソ親父を否定して――」

 

「違うだろ!!!」

 

己の言葉を遮るようにして更に張り上げられた声に、轟は再び肩を跳ねさせた。

 

「本当にそうだったか!?ヒーローに初めて憧れた時から、ずっとそう思っていたのか!?自分の''個性''で誰かを救けたいって思ったことは一度もなかったのか!?()()()()()()()()()()()は……今の自分の姿だったってのか!?」

 

「なり、たかった……自、分……?」

 

''なりたかった自分''というワードが、轟の腑に落ちた。

 

――昔、誰かが言ってくれた気がする。「なりたい自分になっていい」って。

 

何かを思い出しかけるが、思い出せない。心操の言葉は、無意識のうちに忘れ去られ、憎悪という名の氷の棺に閉じ込められた、轟の大切な記憶を、言葉を解き放たんとしていた。

 

しかし、それはまだ小さな(かがり)火。棺を燃やす為には、まだ足りない。

 

「そうだよ、なりたかった自分だ……!」

 

心操は轟の前で立ち止まると、少しずつ熱を込めながら、力強い言葉を紡ぐ。

 

「なあ、轟。()()()()()()()。それと同じだよ。お前の''個性''だって、お前の''個性''だ。両親から受け継いだとしても、全く同じものじゃない。本当になりたい自分になればいい。''個性''を使って誰かを救けるのは、お前の母親でもエンデヴァーでもない。お前なんだから」

 

「ッ……!」

 

(俺は、俺……。''個性''も、俺の……力……!)

 

その時。心操の言葉が、焚べられた木々によって大きく燃え盛る業火と化し、記憶を封じ込めた氷の棺を彼の父親と血筋の呪縛諸共燃やし尽くしていった。

 

同時に、轟の脳裏には、忘れていた言葉と記憶が蘇ってくる。

 

――俺が親父に連れられ、無理矢理鍛練を始めたばかりの頃だったか。

 

ある日のこと。日々憔悴していた在りし日の彼は、母親に縋りつき、「お父さんみたいになりたくない!お母さんをいじめる人になりたくない!」と父親を否定しながら泣きじゃくっていた。

 

そんな轟を慰めながら、母は慈愛に満ちた声で言ってくれた。

 

「でも、ヒーローにはなりたいのでしょう?いいのよ、お前は。強く想う将来があるのなら――」

 

そして、父に対する憎悪に囚われた轟は、いつしかその先を忘れ去ってしまった。

 

――そうだ、思い出した。お母さんだ。お母さんが言ってくれたんだ。

 

しかし、今。心操の言葉によって、その先を思い出した。

 

「――血に囚われることなんかない」

 

 

 

 

――なりたい自分に……なっていいんだよ。

 

 

 

 

遂に、轟の呪縛と棺が砕け散る。彼の左半身から激しく炎が噴き出した。

 

『こ、これはぁぁぁぁぁっ!?』

 

今まで使う素振りを見せなかった炎を使ったことに誰もが驚く。何mも離れた轟から発生する熱風に晒されながら、観戦席の出久は、大義を成した戦友を見守るかのような微笑みを浮かべていた。

 

「轟が……左を使ってる……!?」

 

そんな呟きが聞こえて振り向いてみれば、そこには耳郎がいた。少し息が上がっているところからして、試合を見届ける為に急いで戻って来たのであろう。

 

「お帰り、響香さん。丁度いい時に来たね」

 

「あはは……。みたいだね。ただいま」

 

微笑みで耳郎を迎える出久。彼に苦笑しながら言葉を返して、耳郎は椅子に腰掛けた。

 

そんな中で、爆豪は不敵な笑みを浮かべている。

 

「わざと使わせたってか……!初めからこれが狙い……か。やるじゃねェか、心操……!」

 

(本番はこっから……!どこまでやれるか、見せてみろや、心操!)

 

不敵な笑みを浮かべつつ、2人の繰り広げる戦いに期待を寄せる。体の底からある種の衝動のようにして込み上げる楽しさにゾクゾクとした感覚を覚えながら、拳を握りしめていた。

 

 

 

 

「ちくしょう……何だってんだ……。勝ちてえんじゃないのか……?」

 

半身を覆う氷が溶け、身体中の冷えが消え去っていくのを感じながら、轟はまた一つ思い出していた。

 

(そうだ、俺の憧れた人は誰だった?……オールマイトだ。あの人の在るべくしてヒーローで在る姿に憧れた!)

 

蘇るのは、母と共に視聴したオールマイトの特集番組。そこでだって、彼が言っていた。

 

''個性''というものは親から子へと受け継がれていくが、本当に大事なのはその繋がりではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。それもあって毎度のように「私は来た!」と言っているのだと、彼は語っていたではないか。

 

母だけでなく、憧れの言葉にその対象まで忘れてしまっていた。まさに、自分は復讐鬼そのものではなかったか、と轟は思う。

 

それでいい、と言わんばかりに笑う心操に向け、自分も自分なりの笑顔を向ける。

 

しかし、他人に笑顔を見せるのはいつぶりなのだろう。笑うにしてもぎこちなく、憧れのような笑顔にはまだ程遠いのではないだろうか。

 

朱色の炎に照らされながら、そんなことを考える心の余裕が出来たことに1人感謝した。

 

「焦凍ォォォオオオッ!!!!!」

 

突如、轟の思考を中断させる、熱意と興奮に満ちた叫びが聞こえた。その声の主は、会場にいる者達――顔を伏せている轟以外――の注目を見事に集めた。これ程に声を張り上げられるなら、彼には自衛隊の長官も向いているのではなかろうか。

 

「やっと己を受け入れたか!そうだ、ここからがお前の始まり!俺の血を以って俺を超えていき、俺の野望をお前が果たせ!!!」

 

声の主が誰なのかは言うまでもない。その興奮と喜びに満ちた叫びは、ある種の息子に対する激励のようにも聞こえた。

 

「…………違え……!違え!」

 

父親の言葉に対し、声を張り上げたのは轟だった。震わせながらも張り上げた声。心操が目を凝らしてみれば、彼は目尻に涙を溜めていた。雨に濡れた後に雫が垂れるように、涙がそっと頬を伝う。

 

――涙の理由は図り知れないが、轟は泣いていた。

 

「俺はあんたの野望を果たす為の分身でもねえし、道具でもねえ!

()()()()()()()()()じゃねえ……!俺は、()()()()''()()''であんたを超えるんだ!

俺のなりたいヒーローになる為に!なりたかった自分を取り戻す為に!在るべくしてヒーローだった、あの人のようになる為に!!!」

 

エンデヴァーの瞳は、大きく揺らいだ。これまで生きてきた人生の中における、憎悪が一切乗っていない心の底からの反抗。轟の言葉は、彼の初めての人間らしい反抗だったからだ。

 

『えっと……エンデヴァーさんの唐突な激励かと思われたが……轟が反抗……?まあ、轟だって年頃のボーイ!今はそういう時期だからな。ドンマイです、エンデヴァーさん!つか、親バカなのね』

 

轟がこれまで歩んできた人生をほんのりと示唆する叫び。それは、会場の雰囲気を重くしてもおかしくはないものであったが……プレゼントマイクがジョーク混じりな実況を入れてくれたことで、そうなるかもしれなかった空気は霧散する。

 

轟の歩んできた人生を明確に知る心操は、プレゼントマイクの実況に感謝した。感謝しているのは彼だけに限らないだろうが。

 

「……(わり)ィな、横槍が入っちまった」

 

轟は、冷気の抜け切った右手で涙を拭いながら呟く。そして、炎が噴き出す掌を心操に向けた。

 

「確かにお前の指摘通りだ。俺の方が傷をつけられてばかりで、お前には何一つダメージがねえ。……お前の誘い通り、こっからは全力だ」

 

轟の宣言に、心操も嬉しそうに笑う。

 

「望むところだ。俺もまだまだ本気で行くぞ」

 

燃え上がる闘志と闘志。互いが本気で互いを迎え撃つことに、期待を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

再び幕が上がった、心操と轟の激突。これはまさに、第二ラウンド……いや、最終ラウンドというに相応しい、熾烈な激戦であった。

 

長年封じていた故、炎の制御はより拙いものであったが、片方の力の長時間使用によるデメリットを打ち消せたのは何より大きかった。

身体機能の低下を打ち消せた轟は、やはりと言うべきか……強かった。いくら親としては酷い所業を(おこな)っていたとしても、ヒーローとしての戦績や実力はある。No.2は伊達ではないということだ。

 

氷と炎が辺りを舞い散る幻想的な光景は、自分達がゲームの中に飛び込んでしまったのではないかと観客達に錯覚させる程だった。

 

炎と氷による多大な制圧力を見せる轟に、負けじと''個性''に頼り切ることなく、鍛え上げた技術と身体能力で迎え撃つ心操。両者共に、プロヒーローからはいい評価を得た。

 

そして、いよいよ決着の時が訪れる。

 

「はあっ……はあっ……。まさか、氷で俺の炎を断つとは……。お前、剣の達人かなんかか……?」

 

「はあっ……はあっ……。いや……()()()()()()()()を加えてるだけさ」

 

轟も心操も、互いに肩で息をしながら距離を取る。いくら天下の雄英生と言えど、人間なのだから完全に無尽蔵のスタミナを持っている訳がない。それに、ここまでの高レベルの戦闘を何度も行っている訳でもない為、消耗は大きく、息が荒れるのも当然だ。いくら走り込みをしたとしても、走り慣れていない距離を走れば、多少なりとも息が上がるのと同じである。

 

()()……か……。まあいい……どちらにせよ、次が最後だ。決着(ケリ)つけるぞ」

 

「ああ」

 

心操が呼吸を研ぎ澄まし、隙のない構えを取る。轟が右足で、地面を揺らすような勢いのまま力強く踏み込み、凄まじい速度と勢いで闘技場の全てを凍結させていく。地面が凍結するのみではない。地面からは、氷山が(そび)え立たんかのような勢いで巨大な氷柱が立ち始める。そして、彼の左半身は激しく噴き上がる炎で覆われた。

 

心操は、足に空気を溜め込み、それを一気に爆ぜさせることで猛進する。

 

その間も轟は氷を形成し続け、大気の温度をみるみる内に低下させていく。いつしか、辺りには氷河同然の景色が広がっており、氷柱は水上に現れた鯨が再び水中に潜る時のようにして、アーチを形成していた。

 

心操が迫る中、轟は炎を噴き上げる左腕を振るって、極限まで冷やした空気を瞬間的に加熱していく。

 

そして、炎に覆われた腕を(かざ)しながら呟いた。

 

「心操……ありがとな」

 

その瞬間。心操が出来るだけ距離を詰め、()()を加えた状態で氷の刃を振り抜くことで、大質量の風圧が。轟が左掌を眩く輝かせながら炎を解き放つことで、超爆風が巻き起こる。

 

例えるなら、二つの台風同士がぶつかり合うようなもの。何の障壁も無しに二つがぶつかれば、被害は甚大だというのは自明の理だった。

 

咄嗟に、セメントスが''個性''によって、五層のセメント壁を作り出すも……ぶつかり合った風圧と爆風は凄絶に爆ぜ、闘技場中に広がっていた氷柱諸共、壁を粉々にした。

 

二つの風が爆発したことによる二次的な事象で、観戦席の方にも凄まじい風圧が押し寄せる。仮に峰田が実況・解説席ではなく、観戦席にいたとしたら、確実に吹き飛ばされかけていたであろう。

事実、出久ですらも眉を(ひそ)めて微かに首を退け反らせたし、爆豪も目を見開いていた。麗日は目を開けられず、飯田に至っては眼鏡が吹き飛びかけた。

 

『……お前のクラス、何なの……?』

 

『散々冷やされた空気が瞬間的に熱され、膨張したんだ』

 

椅子から転げ落ちながら、唖然として尋ねたプレゼントマイクを他所に、爆風と風圧の威力に冷や汗をかきながらも、相澤は淡々と解説する。

 

『それでこの爆風って、どんだけ高熱なんだよ!?つか、巻き上がった煙で何も見えねえ!おい、勝負はどうなったんだ!?』

 

プレゼントマイクも、椅子に座り直すと共にサングラスを掛け直しながら目を凝らす。観戦席にいる皆も同じだ。

 

煙が晴れるのを待つのすら焦ったい。クリスマスにプレゼントを渡されたはいいものの、親に「まだ開けてはダメ」と何度も諌められ、中身を知ることが出来ない時のような気分を覚える。

 

そして、煙が晴れた先にあったのは――

 

「はあっ……はあっ……はあっ……!」

 

体操服の上、その左半分が炎によって焼け散り、息を荒くしながら鍛え抜かれた痩躯を晒す、轟の姿。

 

それと、闘技場の外。スタジアムの壁に寄りかかって項垂れている、心操の姿だった。

 

風圧を直近で受けたせいで、自分の乗っていた台諸共吹き飛んだミッドナイトがかぶりを振り、乱れた髪を直しながら目の前を一瞥する。そして。

 

「し、心操君場外……!轟君、三回戦進出!」

 

立ち上がり、腕を掲げながら轟の勝利を宣言した。

 

その瞬間、固唾を呑んで結果を待ち望んでいた観客達は一斉に声を上げる。

 

結果的に心操は敗退した。しかし、闘技場に残る、乱れた髪の轟の瞳からは……かつてのような憎悪の炎は、跡形もなく消え去っていた。

 

間違いなく心操は彼に炎の力を使う為のきっかけを与え、彼の心を救った。

 

()()()()()()()()は敗北したのかもしれない。だが――彼の心を救った心操は、()()()()()()()確かに勝利を掴んだのだ。

 

「……よくやったぞ、心操君」

 

彼が轟の話を聞いていたことも既に把握していた出久は、ただ一人誇らしげに呟くのであった。

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