異世界を巡った少年のヒーローアカデミア:Remake 作:白華虚
「……負けちまったのか」
心操が目を覚ました時には、見知らぬ景色が広がっていた。紫色のタイルの天井。横を見れば、仕切りとしての役目を果たす水色のカーテンや、白いシーツと掛け布団のシンプルなベッドがある。
取り敢えず、闘技場の場外でないところに寝転んでいることから、自分は負けたのだろうと彼は察した。
体に少しの気怠さを感じながら体を起こし、何となく周りを見渡すと……濃い水色の椅子に腰掛け、白い事務机に向かって書類をまとめているリカバリーガールの姿が目に入る。
彼女は心操の視線に気が付いたのか、回転式の椅子を回転させて体ごと彼の方を向いた。
「おや、目が覚めたのかい。さっきの試合……結果は残念だったけれど、よく頑張ったね。お疲れさん」
彼女が労りと励ましの言葉と共に向けた皺の刻まれた笑顔は、慈愛に満ちていた。彼女をさも自分の祖母であると思ってしまうような暖かさがあった。
この笑顔こそが、彼女が今でも看護師でありヒーローであり続けている理由なのだろう。
彼女が頑張ったご褒美だと言うように差し出した手に転がした、黄緑色の飴を受け取る。……芳醇な甘い香りがする。マスカット味の飴だろうか?袋にもマスカットの絵が
受け取った飴に対する礼を述べた後、心操は快い笑みを浮かべた。
「確かに負けてしまいましたけれど……自分の選択には後悔してないです。やりたくてやったことなんで」
「……そうかい」
リカバリーガールは、微笑みを浮かべるのみで深くは追求しなかった。試合を振り返ってみれば、轟の怪我も浅くはなかったはず。ここにいないということは一足先に治療を施され、観戦席の方に戻ったのだろう。
もしかしたら、彼女も彼とのやり取りの中で全てを察したのかもしれない。
「失礼します、リカバリーガール」
「っス」
「お疲れ、心操」
すると、ノック音の後に扉が開く音と声がした。声のした方を見ると、爆豪、耳郎、飯田、麗日の共に特訓を積んだ4人と出久がいた。
「いらっしゃい。5人揃って、友達のお見舞いかい?」
「はい、そんな所です」
リカバリーガールが尋ねると、麗日がニパッと陽光のように眩しい笑みを浮かべながら答える。
揃って見舞いに来てくれたのは正直嬉しいのだが……彼らも試合を観たいはず。心操はなんだか申し訳なくなった。
そんな心操の感情を察して、出久が答えた。
「心操君と轟君の試合で闘技場が大破損しちゃってね。それの修復も兼ねて、暫く休憩時間ってことになってるんだ」
「ああ、それでこっちに来たのさ。だから、試合のことは心配しなくて大丈夫!」
出久の説明に、飯田もサムズアップしながら付け加える。
「成る程……」
納得しながら、心操はホッとしたように息を吐いた。
直後、麗日が初めて実物の動物を見た子供のようなキラキラとした目をして、心操の手を握った。
心操とて、年頃の女子を相手にここまでの近距離で接した経験がない。明らかに見た目として可愛い部類に入る麗日に手を握られ、心操は自分の心臓が小さく跳ねたのを感じた。
そんな彼の状況など露知らず、麗日は興奮気味に語り始める。
「心操君!試合、凄かったよ!本気出した轟君と真正面から戦えていたのもそうだけど……魂の叫びっていうか、心の声っていうか……!熱かった!」
麗日は、可愛い物を好むだとか、おしゃれに興味を持つだとか……少女らしい感性も勿論持っているのだが、同時にどこか少年に近いような感性も持っているのだ。
例えば、男同士のライバル関係や、昔からの腐れ縁故の因縁だとか――端的に言い換えるなら、男(若しくは漢)同士の因縁というやつだ――に燃えるとか、真正面からの正々堂々たる激戦を心の底から楽しめる……というように。
魂の叫びを轟に届ける心操の姿は、まさに自分の殻に閉じ籠った生徒を連れ出そうとする熱血教師や、闇堕ちした親友を全身全霊で救け出そうとする少年のようであった。
彼女が興奮する理由は、彼のそんなヒーローらしい姿が己の感性に深く突き刺さったからであろう。
飯田や耳郎も、しみじみと頷きながら彼女に同意を示した。
「麗日君の言う通りだな。俺達には詳しい事情は分からない。だが、君が何らかの理由で轟君に手を差し伸べようとしていたのは理解出来た。皆が自分の将来を夢見て頑張っている中で、他人に手を差し伸べるというのは、そう簡単に出来ることじゃない」
「うん……。ウチらの心にグッとくるものがあったよね。あんた、やっぱりロックだよ、心操。イカしてた!それに、轟もいい顔してたし。ちゃんとあんたの言葉は通じたみたいだよ」
麗日達の言葉もあって、心操の中に自分のやったことが無駄ではなかったのだという実感が湧いてきた。
自分の中に満ちる暖かい活力。それをしっかりと感じ取りながら、心操は笑い返す。
「ありがとな、皆」
話にひと段落ついたのを見兼ねてか、リカバリーガールは心操達に観戦席へと戻るように促す。
確かに、じきに闘技場が修復される頃だろうし、いつまでも保健室に留まる訳にもいかない。リカバリーガールにも色々と仕事があるだろうし、彼女にはこの後も怪我をした生徒達の治癒という仕事がある。こうした空き時間を有効に使って休憩したりする時間も必要に違いない。
それもあって、彼らは素直に保健室を出て観戦席の方に戻っていく。
5人揃って観戦席に戻っていく中、出久は微笑みと共に、心操に労りの言葉を送った。
「本当によくやったよ、心操君。君は僕の誇りだ」
出久に頭を撫でられながらそう言われた本人は、目を見開いたまま、彼を凝視した。
「誇りって……。大袈裟だろ。それと、撫でるのをやめてくれるとありがたい……」
数秒後に目を逸らしながら言った心操の顔は、熟れかけた林檎のようにほんのりと赤くなっていた。
「大袈裟なんかじゃないさ」
心操の頭から手を離し、微笑んだ出久にはどこか大人の余裕じみたものがある。
(緑谷はとことん不思議な奴だよな……)
微かに
彼に続き、爆豪も心操の肩に腕を乗せながら笑みを向ける。
「お疲れ。彼奴を相手によくやったわ。轟の奴もようやく全力を出しやがったからな。見ているこっちもせいせいした」
本人の言う通り、その笑顔は非常に清々しいものであった。
(まあ……あんな風な魂の叫びをぶつけてた訳だしな。そりゃそうなるか)
心操も爆豪が放った魂の叫びを間近で聞いた者の一人。自分の行動で彼のモヤモヤを晴らせたのなら、自分の行動に更なる価値が出てくるというものだ。
試合に負けはしたが、得られたものは大きい。ある意味、怪我の功名だろうか。
直後、爆豪はいたずらっぽくも不敵な笑みを浮かべる。
「ところでお前……
「ああ、あの発想はなかった」
心操も流石は爆豪だと言わんばかりに笑みを浮かべて、彼の肩を軽く小突く。
爆豪もまたフッ、と幼稚園児同士のじゃれ合いを見守る大人のように笑うと、心操を肘で小突き返した。
そんな少年らしいじゃれ合いをする二人を傍に、出久はふと思い出した。
「そういえば、心操君。剣の類の扱い方は教えてなかったのによく氷や炎を斬れたね。刀代わりに扱ってた氷の刃にも、刃こぼれは一切なかったし。それに、霞の呼吸は本来風圧を巻き起こせる程の威力はない流派のはずだけれど……」
出久の疑問も当然である。心操が彼らに見せてくれた、刃こぼれ無しに氷の刃を扱う芸当は刀を扱い慣れた者でなければ披露出来ない芸当なのだ。
言うなれば、サッカーの初心者がプロ選手並みのプレイを披露しているようなものだ。与えられた天賦の才によって、経験も無しにそのような芸当が出来る人間など、そうそう居ない。出久もそのような人間は精々三人くらいしか知らない。
それだけではない。全集中の呼吸における流派の剣技には、剣士達のオーラや気迫が可視化されることで、剣技を見ている者に対して各流派ごとに名付けられた呼吸や型の名に因んだ光景を幻視させるという特徴がある。端的に言えば、フィギュアやプラモデルによくついてくるようなエフェクトとして可視化されるようになっているのだ。
例えば、水の呼吸ならば水、雷の呼吸ならば雷、炎の呼吸ならば火といった具合である。仮に、これが実際に出ているのならば鬼はもっと早くに滅びていることであろう。かつて鬼殺隊には、日の呼吸を扱う剣士がいた。その呼吸のエフェクトは陽炎。太陽から放たれし炎だ。実際に炎が出ようものなら、鬼達の体がそれによって灰と化すまで焼かれているに違いない。
因みにだが、霞の呼吸は気迫やオーラをエフェクトとして可視化させる流派だ。一部の例外として、実際に剣技で風を巻き起こす風の呼吸、エフェクトの出ない岩の呼吸や獣の呼吸がある。
そこを鑑みれば、霞の呼吸を使用する彼が風圧を巻き起こせる訳がない。何か仕組みがあるのは間違いないだろうが……。
出久の発言を受け、心操は手品のタネを明かす瞬間の手品師のように口の端を吊り上げ、ニヤリと笑った。
「少し細工をしたんだよ。この2週間近くの特訓の成果……自己暗示的な方法でな」
自己暗示。自分で自分にある観念を繰り返すことで、理性を超えた行動や力を生み出すことを言う。
例を挙げるならば、大事なテストの時に「自分なら満点を取れる」と何度も言い聞かせて満点を取ることが出来たり、試合の時に「自分達ならば勝てる」と言い聞かせることで最大のコンディションを発揮出来て勝利に繋がったというような事例だ。
そもそも、心操が自己暗示を行うという考えに至ったのは、爆豪のひょんな一言からだった。
「なァ、心操。お前の"洗脳"は
「え?」
「"洗脳"とは違うが、似通ったもんあんだろ。自己暗示とか。それさえやりゃ、お前は化けるんじゃねェか?」
その一言を聞いた心操は、雷撃で撃ち抜かれたかのような衝撃を覚えた。
自分自身を洗脳することによって、驚異的な力を生み出す。確かに名案だった。やり方によっては、思うがままの自分になることも可能ではないのか。
自分の新たな可能性を見出した心操は期待に満ちながら、早速それを試してみることにした。
――しかし、問題点があった。他人に施した洗脳は心操自身の意思で自由に解除することが可能なのだが、果たして自分に洗脳がかかった状態で可能なのかという確証がなかったという点と、それで解除出来ない場合、ある程度の衝撃が与えられるのを待つしかないという点だ。
自分の意思で解除が出来ないのなら、後々の行動に支障をきたす。衝撃を待つしかない場合、自分が相手の思うままに蹂躙される可能性だってある。それでは使う意味がない。実戦で活用するためには、早急に問題点を解決する必要があった。
その問題点を解決するにあたっても、爆豪は大きく貢献した。
解除出来る保証がなければ、
予め制限時間を超えたら洗脳が自動で解除されるように設定しておくことで、衝撃を待つことなく洗脳の解除を行い、次の行動に移ることが出来るのだ。
例えば、「ボールに蹴りを加える1秒間、兎の脚力を発揮出来る」とか「これから10秒間、相手の攻撃を必ず
因みにだが、この暗示は本人が具体的なイメージを持てば持つ程に発揮出来る力が増す。
武道の練習を行うにあたって、口で説明されただけでは体の動かし方やコツが分からなかったものの、経験者の動きを実際に見ることで自分の中でのイメージが確立され、理解が深まるのと同じである。
そして、心操の"洗脳"を発動するトリガーは、洗脳する意思を持っての問いかけ。
故に、「俺にはこうすることが出来るか?」という問いかけに対して「出来る」と答えることで己を洗脳し、暗示をかけるのである。
「――だから、氷に関しては『ここから3分間、氷の刃を刃こぼれさせることなく、轟の放った氷を斬れるか?』って問う。炎に関しては、『刃を振るう次の2秒で、氷の刃を溶かすことなく炎を斬れるか?』って問う。んでもって、最後の風圧に関しては『刃を振り抜く5秒間、オールマイトのようなパワーを発揮出来るか?』って問いかけた訳だ。
ただし、俺の体で物理的に出来る範囲だけ。流石に炎を出すとか、他人を浮かせるとかは無理だ」
「成る程……。確かに自己暗示そのものだ」
細工の詳細を聞いた出久は、感心しながら頷く。
(やっぱり、"洗脳"も使い方って訳か)
これこそまさに、セレンディピティー……偶然の発見だ。
出久自身、"洗脳"を他者ではなく自身に向けるという使い方は思い付かなかった。
この使い方をそれとなく思い付く辺り、爆豪のセンスと柔軟性は流石だ。
柔軟性は、凡ゆる職業において必要な要素だとよく言われるが、それはヒーローにおいても同じこと。言わずもがな彼の柔軟性は尊敬し、見習うべきものだ。必ずやその柔軟性は将来のヒーロー社会を築くにおいて役に立つことだろう。
「……緑谷、勝てよ。俺の分まで。お前に託すからな」
「ああ、託された。任せてよ」
感心しながら顎に手を当て、哲学者のようにして''個性''の新たな使い方を模索する出久。心操は、笑みを向けながら彼に向けて拳を突き出す。出久も彼に応えて拳を突き出し、彼らは拳を合わせた。
「おいおい、俺らのこと忘れられちゃ困るぜ」
「そうだよ!心操君の想いを背負うのは、これから戦う私達も同じ!ねっ?」
「ああ、その通り。君が上にいくことと引き換えに大義を成したのはよく分かっているとも。同じ高みを目指した友の想いを背負うのも当然のこと!」
更に爆豪、麗日、飯田の3人も割り込むようにして1人ずつ、心操と拳を合わせていく。
想いを背負うだとか……そんな暖かみのあることを言ってくれる友を、心操はこれまで本格的に持ったことがなかった。雄英に入るまで、出久たった1人しかいなかった。
出久と出会ったあの日、心操は自分のことを受け入れてくれる友の暖かみを知った。彼は、その暖かみをここにきて改めて思い知らされた。
人は一人で生きているのではないだとか、皆で支え合って生きているとは聞いたことがあるが、強ち間違っていないかもしれない。こうして支えられていることで人生を生き抜く為の不思議な活力が溢れてくるのだから。
(ったく、負けちまったことが信じられねえよ)
試合に敗北したのには間違いないのだが、暖かい心を持った友達のおかげでそんな気分が一切しない。
これも、ある種の暗示なのかもしれない、と心操は思った。
「分かった分かった……。それじゃ、お前ら皆に託す。頼んだぞ」
彼が白い歯を見せ、満面の笑みを浮かべながら言うと、後から拳を合わせた3人は笑顔とサムズアップで返した。
心操の戦いっぷりを思い起こしながら、アニメ好きが自分のアニメの魅力を他人に伝えるかのような勢いで熱弁する麗日に、そんな彼女を微笑ましく見守る出久、爆豪、飯田。
彼らの背中を見守りながら、耳郎は言う。
「……試合に負けたんだけどさ、清々しいよね」
「ああ、分かる」
「ま、まだまだ体育祭は終わらないし……ウチらも最後まで見守ろうか」
「他人の戦いを見て勉強って訳だ。取り敢えず、耳郎もお疲れ」
「ありがと。あんたもね、心操」
何度か会話を交わし、耳郎とも拳を合わせる。労りの意味を込めたグータッチだ。
(そうだ、まだ終わっちゃいない。体育祭は、通過点。ここからが本番だ)
実力を示す機会のみならず、他人から何かを学び、盗み取る機会でもある。それが雄英の体育祭だ。
生涯勉強だとはよく言ったもんだ、と思いながら、心操は観戦席の方へと歩みを進めた。
「……ところで耳郎。見事な公開処刑、ご愁傷様」
「…………やっと落ち着いてきた頃だったのに、言わないでほしかったなあ……」
「全国中継だもんな。長らく残るぞ」
「あー、うん……。まあ、出久をウチのものだって見せつけられたって考えたら、いいかなって思ったり……」
「前向きだな、おい」
「そうだ。……ウチを抱えて素っ気ない顔してたけどさ。出久ね、心臓バクバクさせてたの。可愛いなって思った」
「ギャップ萌え?つか、惚気って捉えてもいいのか?」
「…………ごめん、そうかも」
「末永くお幸せに。結婚式の時には呼んでくれ」
「ちょっ!?」
晴れやかな気分になった直後に交わした会話によって漂う、甘い雰囲気。それを紛らわすように心操はリカバリーガールからもらった飴を口に放り込む。
口に放り込んだマスカット味の飴は、彼の想像以上に甘く芳醇な……青春の味がした。