異世界を巡った少年のヒーローアカデミア:Remake   作:白華虚

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39話 夜嵐イナサ:バックグラウンド

雄英体育祭、その最終種目の会場である闘技場にて雷光が迸る。

 

その雷光は、雲を焼き、空を裂かんとして発生する電撃によるものである。

 

雷の発生点。その中心には――

 

(100万Vの……)

 

(300万V……!)

 

「「ボルテック・バーストォォォ!!!」」

 

現在進行形で二回戦の第一試合を展開している上鳴と出久の姿がある。

 

放射状に飛び散る雷と、遥かに性能が増した''帯電''によって龍が如く迫る雷。それらがぶつかり合って拮抗する――かと思われたが。

 

『おおっと!?互角かと思われたが、緑谷の放った電撃が上鳴の電撃を破ったァァァァァ!緑谷が上鳴の''個性''を使えるのは、彼奴の個性因子を本人に影響がないレベルに微量で取り込んだ影響らしいが……本人超えとかチートじゃねえか!』

 

出久の放った電撃の方が、蛙を丸呑みにする蛇のように上鳴の放ったそれを呑み込んだのだ。

 

放たれた電撃を防ぐものがなくなれば……それは、必然的に電気を纏うことの出来る上鳴本人の方へと一直線に向かう。

 

「ウェッ!?」

 

戦闘中だとは思えない程に気の抜けた声を上げた上鳴は、脱兎の如く駆け出した。迫る電撃から死に物狂いで逃げ、野球のベースに滑り込む勢いで地面を踏み抜いて滑り込み、地面に伏せた。

 

次の瞬間。地面を震撼させんとする勢いで地鳴りのような轟音を響かせながら、先程まで彼がいた場所に出久の放った電撃が炸裂する。――威力的には、最早雷のようであるが――

 

「ひええ……」

 

電撃を浴びせられた時のことを想像したのか、顔を引き攣らせた上鳴が恐怖に満ちた声を上げる。相手から受けた電撃だろうと、自身の耐えられるW数を超えた場合は自身の脳がショートすること間違いなし。

 

一度脳がショートすれば、彼はしばらくの間「ウェーイ」しか言えないアホ面のロボット状態になってしまう。そうなったら詰みだ。

 

「ちくしょう……俺の相手、ハードすぎるぜ……!」

 

汗をかいた影響で額に張り付いた髪をかき上げながら上鳴は言う。その頬には、()()()()によってかいた冷や汗が流れ落ちていた。

 

クラスメート達の女子を(おとし)めた天罰であると考えれば、この対戦カードは非常に納得がいく。荒れた息を整えながら、自分の愚行を反省しまくっていたが……そんな暇はない。

 

「でりゃあっ!!」

 

「ひいっ!?」

 

この試合で敗北することがお前への裁きだ、という神のお告げのようにして無慈悲な一撃――出久のブローが迫る。

 

右肩側に首を曲げてギリギリで避けたものの、出久のブローは見事に上鳴の頬を掠った。その拳の速度で見事に皮膚が切れて、彼の頬から鮮血が垂れる。

 

既に頬がヒリヒリとするのだが、痛みに悶える暇さえもない。

 

「ウェイッ!?」

 

出久の放った上段回し蹴りが正確に上鳴の頬を捉え、穿った。残念ながら、プロ選手に蹴られたサッカーボールのように吹き飛ぶ上鳴には空中で体勢を立て直す術がない。

 

「悪いけど……ここで終わらせるよ、上鳴君」

 

出久の、狙った獲物を追い詰めた時の獅子のような鋭い瞳が上鳴を射抜く。それを向けられ、狙いを定められた兎のような気分になった上鳴は、未来予知なんぞなくとも己の未来を察した。

 

「ちょっ、緑谷……!いくらでも土下座して謝るからさ……!だから……公開処刑はやめてくれぇぇぇぇぇ!!!!!

 

彼は、何処ぞの肝心な時にしか役に立たない金髪のヘタレ剣士を思わせる、汚い悲鳴を上げながら抗議の姿勢を示した。極端な例えだが、「死ね」と言われて言われた通りにする人間はそうそういない。生きたいからこそ、それには従わないし、足掻く。上鳴の抗議の姿勢は当然のものだった。

 

しかし、それは出久にも言えることであり――

 

「上鳴君。君は絶対に敵わない相手が立ち塞がったとして、立ち向かうことをやめるのかい?」

 

「ウェ?い、いや……やめねえ、けど……」

 

()()()()()()()

 

問いかけを経て、上鳴はまたも察した。出久の答えはたった一つ。自分に対する罰の執行なのだと。

 

「い''やああああああああああああっ!!!!!!」

 

上鳴は地面をゴロゴロと転がると、汚い悲鳴を上げながら目の前の脅威から逃れようとする。今の彼は死に物狂いだ。今50m走のタイムを測定すれば、きっと新記録が出ることだろう。

 

無論、彼を逃がす出久ではない。逃げる上鳴の外側を、弧を描くようにして疾駆すると彼の目の前に回り込んだ。

 

突然、出久が目の前に現れたことで上鳴は必然的に足を止める。その一瞬の隙を狩人は逃さない。

 

出久は、1000万Vもの凄まじい電気をその体に纏わせると、それを右拳の一点に集中させていく。そして、必殺技と言うに相応しい渾身の一撃を放った。

 

「雷皇鉄鎚!!!!!」

 

「あばばばばばばばばばばばっ!?」

 

神の裁きとも言うべき雷そのものの威力を持った電撃が出久の放つコークスクリューブローに乗せて放たれ、上鳴の体を貫く。

 

上鳴は、見事に感電しながら場外の方へ向けて一直線に吹き飛んでいく。そのまま彼はなす術なく場外へと転がり落ち、場外に到達した時には……。

 

「ウエ……ウェーイ……」

 

情けないアホ面を晒しながら唖然としていたのであった。

 

「上鳴君、場外!緑谷君、三回戦進出!」

 

鞭を掲げて出久の勝利を宣言する主審のミッドナイトを他所に、上鳴はアホ化したままで担架に乗せられ、保健室へと運ばれていく。

 

人差し指を立てたまま腕を掲げ、天を指す勝利のポーズをしたまま出久は上鳴を一瞥。

 

「上鳴君、君の敗因はたった一つ。たった一つのシンプルな答えだ。君は俺を怒らせた

 

担架で運ばれていく上鳴に向けて放った承太郎をリスペクトした一言は、しっかり上鳴の心に突き刺さる。

 

「ウェーイ」としか言えないロボット状態の彼が、彼なりに身振り手振りで謝罪をしていると思ったのは出久の気のせいではあるまい。

 

『うわあ、凄えアホ面……。ありゃ、ある種の公開処刑だな……。な、何はともあれ……don't mind、上鳴!』

 

『除籍されないだけありがたいと思え』

 

プレゼントマイクと相澤の間でも対応が分かれた上、周囲の観客席からドンマイコールも聞こえてきた。

 

通常、誰かを励ますものであるはずのドンマイコール。それが、今回は上鳴にとってただの嫌味でしかなかったのは言うまでもない。

 

――因みにだが、A組の中には誰一人として上鳴に同情する者はおらず、全員が出久を称賛していた。

 

 

 

 

『そうだ、言い忘れてたが……トーナメント表の関係で二回戦免除って奴もいるからな!二回戦がある奴は油断なく熱いバトルを見せてくれよ!んでもって、免除の奴らは三回戦に備えてしっかり休め!』

 

そんなプレゼントマイクの補足から始まった、二回戦の第二試合。試合を展開する選手達は、切島と夜嵐。切島は''硬化''、夜嵐は''旋風''。両者揃ってシンプルだからこそ、使い方でどんな風にも化ける''個性''の持ち主である。

 

「いくぜぇぇぇぇぇ!!!」

 

如何なる時と場合であっても男らしさをモットーとする切島は、試合開始早々に夜嵐に向けて真正面から立ち向かっていく。

 

「おおっ、真正面から……!熱いっスね!俺、そういうの大好きだ!」

 

姑息な手も無しに立ち向かってくる切島の男らしさと熱さに感動し、グッと拳を握る夜嵐だが、彼もまた、真正面から吹き付ける烈風を発生させて迎え撃った。

 

「っぐうっ!?風……!」

 

切島は体の全身を硬化させた上で十字に両腕を交差させ、その体で風を受け止める。

 

夜嵐の巻き起こした風の風力は、常人が受ければ確実にふらついて踏鞴を踏むレベルのものであるが、切島は一切動じない。こうして耐え続けられるのは、彼の''硬化''があってこそだ。

風に耐え凌ぐ切島の姿は、動かざること山の如しという風林火山の一部を彷彿とさせる姿であった。

 

自身にとっての好機が訪れるまで耐え凌ぐことも戦術において大切なことだ。しかし、今回の場合は耐え続けていれば劣勢に陥る。

 

そもそもだが、切島は''個性''発動の際に力み続ける必要がある。今回のように全身を硬化させている場合は特に、である。人間が長い時間力み続けることが出来るかと言われると……答えは否だ。

 

力んだ状態を維持するには、維持するだけの集中力と体力が必要である。それらは人間である以上無限にある訳ではない。それに等しい程の者もいるが、それは大抵人間の領域から遠いところにいる例外ばかりだ。

切島が力み続けられる時間は、最大で10分程。夜嵐によって発生している烈風を耐え続けていれば、10分などあっという間に過ぎてしまう。

 

それに切島自身、自分の課題は持久力や機動力にあることを理解していた。

 

(このまま耐え続けてりゃ負ける!攻めねえと……なっ!)

 

「うおおおおおおおっ……!負ける、かぁぁぁぁ!」

 

だからこそ、男切島――遂に動いた。

 

踏ん張りを利かせながら、一歩ずつ地面を踏みしめて夜嵐に近づいていく。その様は、嵐の中で荒れに荒れ果てた海の中を突き進む冒険家を思わせ、夜嵐の熱意を更に燃やすこととなった。

 

「俺の風に立ち向かう……!これこそまさにヒーローっスねェ!」

 

「おっしゃあ、熱くなってきたァッ!!!風力……上げていくっスよォォォォォ!!!!!」

 

喉を震わせながら上げた雄叫びは喜びに満ちている。夜嵐の感情に呼応するようにして風の勢いが更に増した。

 

「ぐわあっ!?」

 

台風が間近に近づいた時並みの風力となった風は、硬化した上で踏ん張りを利かせた切島を大きく後退させる。

 

後退させられる瞬間に体中に込めていた力も抜けてしまい、''硬化''が解ける。慌てて体勢を立て直して再び''硬化''を発動させようとした切島だったが……夜嵐の熱意に満ちた三白眼は、彼の''個性''が解けた瞬間を見逃さなかった。

 

「隙あり!ここまで俺の風に耐えるなんて……熱いっスね、切島ァ!!!!!」

 

「ごふっ!?」

 

まさに疾風。鳥が飛び立つ一瞬の光景を写真に収めるかのように、素早く――強風が鞭のようにして切島に叩きつけられた。

 

鞭のように叩きつけられた風は、''硬化''が発動していない生身の切島の腹部を直撃。肺から空気が一気に吐き出される感覚、本当に鞭が叩きつけられた時以上の痛みを切島に与え、彼を勢いよく吹き飛ばす。

 

吹き飛んだ切島はスタジアムそのものの壁に叩きつけられて意識を失い、項垂れてしまったのであった。

 

『おおっと、早々に決着がついた!B組夜嵐、流石は推薦入試の首席!つか、何した!?』

 

ここにきて、夜嵐が推薦入試を主席合格したことが公にも明かされる。

 

「す、推薦入試首席!?じゃあ……轟君やヤオモモより上ってこと!?」

 

A組の観戦席でも、葉隠が忙しなく首を振って轟と八百万を交互に見ながら信じられないと言わんばかりに声を上げた。

 

「推薦入試首席……か。そりゃ強いわ……。切島の''個性''が解けた瞬間を見逃してなかったもんなあ……」

 

「熱血漢……。しかし、それだけではなく明晰な戦術眼と頭脳も持ち合わせている訳か」

 

瀬呂が冷や汗を垂らして頬を掻きながら言い、常闇も腕を組んだまま寡黙に分析する。

 

周囲の観客達もA組の生徒達のように驚いてザワザワとしている中、相澤がプレゼントマイクの疑問に答えた。

 

『やったことは単純だ。強風によって切島を仰け反らせて、力んだ状態を解かせる。つまり、''個性''を解除させた。''硬化''無しの状態じゃ、切島の耐久力も普通の人間と同じ。そこに、鞭みてえにしならせた強風を叩きつけたんだろう』

 

『''個性''の制御力高くねえ!?推薦入試首席は伊達じゃねえな、おい!そんな相手に奮闘した切島にも、クラップユアハンズ!』

 

相澤の出した答えは全て合っている。出久も、自分自身の目で夜嵐が強風を叩きつける瞬間を目にした。

 

「''個性''の制御もバッチリ……。やるな、夜嵐君」

 

物間の件を謝ってきた辺り彼にはヒーローらしい志や態度があるようだし、''個性''の方も、同年代の中では軍を抜いていること間違い無しであろう。

 

両腕を掲げて拳を握り、ガッツポーズをする夜嵐を見ながら、彼は立派なヒーローになるに違いない、と出久は思った。

 

それと同時に彼のヒーローを目指す理由やら、好きなヒーローやら……何気ない話をして、彼のことをもっと知りたいと興味を示していた。

 

(夜嵐……?……!)

 

「思い出した。彼奴……推薦入試で俺を抜いた……!」

 

そんな中。心操との試合で変わったことで視野の広くなった轟も、ようやく夜嵐の顔を思い出したようであった。

 

「?轟君、どないしたん?」

 

「……いや、なんでもねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

――夜嵐イナサ。繊細なコントロールで無数の風を操れる''個性''……''旋風''の持ち主。

 

その性格はまさに熱血で、典型的な体育会系。更に、嫌いなものは包み隠さず嫌いと言ってしまえるような馬鹿正直な面もある。

そして、恐れ知らずで何でもお気に入りにしてしまう質だった。――例えば、大半の人が嫌うであろうゴキブリでさえ――

 

そんな彼もまたヒーロー志望の少年の一人な訳だが、彼の思うヒーローにとって大切なものは、「熱さ」だ。言い換えるのなら、「熱血さ」。まさに彼自身をよく表したかのような自論を持っているのが、この夜嵐イナサという少年だ。

 

恐れ知らずな夜嵐だからこそ、ヒーローの存在を知るや否や熱狂した。目の前のピンチに全身全霊を懸けて挑むその熱さには、語り尽くせない程の魅力があった。そうした熱さが人々に希望や感動を与え、伝える。彼は長年そう考えてきた。

 

ヒーローの「熱さ」に熱狂したからこそ、夜嵐はあるヒーローを長年毛嫌いしている。

 

そのヒーローの名は――エンデヴァー。

 

正体など言うまでもない。轟の父親だ。

 

轟々と己の強さを誇示する為に燃え盛る髭や目元を仮面のように覆う炎。炎の化身と言っても過言ではない程に身を包んだエンデヴァーは、熱血なヒーローらしい見た目をしている。一見すれば、夜嵐のモットーにドストライクな一球を投げ込めるヒーローだと言えるかもしれない。

 

……現実はそうでなかった。エンデヴァーは、夜嵐にトラウマを植え付けてしまった。だから、夜嵐は彼を毛嫌いしているのだ。

 

忘れもしない。時が経とうと、その出来事は夜嵐の中に千年間もの間生き抜いた大樹のようにして残り続けている。

 

別に幼い頃からエンデヴァーが嫌いな訳ではなかった。炎の化身のような見た目や、敵を打ちのめす圧倒的な強さ。彼は、夜嵐が熱血を感じとるような要素を少なからず持っていた。

夜嵐はそんな要素を持ち合わせるエンデヴァーのことが好きだったし、尊敬していた。

 

だが。

 

「退け。邪魔だ」

 

周囲に目を向ける余裕が一切なかったエンデヴァーは、サインをねだった幼い夜嵐をその残酷な一言で一蹴してしまったのだ。

 

幼い彼からすれば、ヒーローはサインをして当たり前なものだと思っていた。サインのような些細なファンサービスにも熱意を持って、誠心誠意で施してくれる。それが当たり前だった。

 

エンデヴァーはその常識を覆した。無論悪い意味で。

そして、歳を重ねたことで気が付いた。あの時、自分を拒絶したエンデヴァーは……自分のことを一切眼中に置いていなかったことに。その目には冷たい怒りだけが宿っていたことに。

 

更にもう一つ。自分が嫌いなのは、エンデヴァーの遥か先を憎むような目だということに。

 

良く言えば、遥かな高みを目指す孤高の戦士。悪い言い方をすれば、周りを全て蔑ろにして野望を果たそうと覇道を歩む覇者。

 

夜嵐からの捉え方は後者であり、エンデヴァーに対する評価はその見た目に反して、「冷たい男」へと急転直下したのであった。

 

この際、はっきりと言ってしまおう。彼は、その息子である轟――轟焦凍のことも嫌っている。

 

夜嵐と轟の初対面は雄英の推薦入試。当時の轟が、エンデヴァーに似た冷ややかな目をしていることもあって、夜嵐は轟がエンデヴァーの息子であることを知っていた。いや、察していたと言う方が正確だろう。

 

それでも、轟の実力は入試を通して認めていたし、この機会に轟と関わることでエンデヴァーを好きになれるかもしれないと考えた夜嵐は彼に対して好意的に話しかけようとした。――「彼奴が嫌いだ」で終わるのではなく、彼なりにもう一度好きになる努力をしている点は、彼が真っ直ぐ育ってきた少年だということを裏付けているだろう――

 

推薦入試の結果は夜嵐が轟を僅差で追い抜くという形になっており、夜嵐は轟に勝利したことを喜ぶ一方で彼の"個性"を褒め、エンデヴァーの息子であることを察してはいるものの、知らないふりをして言った。

 

「あんたって、エンデヴァーの子供かなんかか?凄いな!」

 

いくら嫌いになろうが、エンデヴァーが「凄い」という事実は変わらない訳であり。夜嵐の言葉は、嫌味も悪意も何もないただの賞賛だった。

 

エンデヴァーの話題を挙げられたことで苛立ったせいもあったのかもしれない。それがエンデヴァーを見返したい一心の轟の心を乱して災いした。結果から言えば、轟もまた夜嵐の期待を裏切った。

 

「黙れ。試験なんか、合格すればそれでいい。別にお前と勝負しているつもりはねえ。……邪魔だ」

 

その轟の他者に興味を示さない態度と遥か先を憎むような目は、夜嵐の嫌うエンデヴァーのそれと重なってしまった。

 

一切自分のことを見ようとしない轟。彼の態度は、夜嵐の心に深く傷をつけてしまった。

 

エンデヴァーの遥か先を憎むような目は、夜嵐にとってのトラウマになっていたのだ。

トラウマになった出来事は、実際に体験したのが何年も前であったとしても、ふとした時にフラッシュバックしたり、悪夢として観てしまったりするのだとか。

 

当然、その出来事を夜嵐が簡単に振り切れることもなく……。轟との一件で彼と関わりを持つことに嫌悪すら覚えた夜嵐は、一時は推薦入試をトップで合格したというのに、入学を辞退しようかとも考えていた。

 

では、何故夜嵐は轟に対する嫌悪を振り切ってまで雄英に入学することを決意したのか。その理由は他でもない、出久にあった。

 

轟に対する嫌悪と雄英に対する憧れ。その二つに板挟みになって葛藤する日々を過ごした夜嵐は、ある動画を見つけた。

その動画は……無論、出久が単騎で(ヴィラン)を撃退した件の動画。夜嵐自身も同い年の中学生がたった一人で、情けないヒーローに代わって(ヴィラン)に全力で立ち向かったその姿を何度も見ており、画面を通して出久を尊敬していた。

 

「熱いなあ……。やっぱ、この人は雄英に行くんだろうな」

 

その少年が雄英を目指すことは言うまでもなく察している。偉大な志を持つ彼が、雄英以外に行くのはあまりにも勿体ない。偉大な志を持つからこそ、多くの人に知ってもらうべきだ。

 

夜嵐にとって、出久は最も身近な憧れなのだ。そんな憧れの背中を追ってもっと熱い男になりたい。「熱さ」を以って人々に笑顔や希望を与えられるヒーローになりたい。夜嵐は、己の目指すものを再び思い出した。

 

そして。

 

((ヴィラン)に対しても真正面から向き合う……。なんて熱い奴なんだ……!)

 

敵対者であるはずの(ヴィラン)を相手にしていても尚、誠実な対応を捨てない出久に心の底から感動した。(ヴィラン)を一辺倒に悪だと決めつけて撃退……で終わらせるのではなく、罪を重ねた彼らの苦しみを背負って先に進む。この少年はそういう男なのだと直感した。

 

同時に、夜嵐は(ヴィラン)を相手にしても誠実な対応をする出久と自分とを重ねた。

 

――果たして、自分はどうだったろうか。エンデヴァーや轟。彼らの嫌いな一面を見て、この少年のように誠実に向き合おうとしただろうか。ほんの少しでも彼らの他の面を見ようとしたであろうか。自分は……二人を冷たい男だと断定して、突き放してしまった。彼ら自身が他人に興味のない素振りをしていたとは言え、一方的に。

 

こうやって突き放していては、本当に熱いヒーローにはなれやしない。真のヒーローとは、他人に余計な世話を焼くものだ。例え、相手が望んでいなかったとしても。今の自分はその手を差し伸べないと言っているも同然。

 

それに、一方的に相手を嫌うことは理不尽だと思った。まるで、ヒーローであることを利用して、他人に復讐する為に暴力を振るっているかのような。相手が嫌いな人間だからと言って、ヒーロー志望の人間がそうしていては話にならない。ヒーローが力を使うのは人々を救ける為。私利私欲の為ではない。

 

(熱いヒーローを騙ってばかりの嫌な奴にだけは……絶対になりたくねえ!)

 

夜嵐は、自分自身が自分にとって最も嫌なものになりかけていたことに気がついた。何より自分の雄英への憧れは、ヒーローになることへの熱意は……こんなことで揺らぎ、燃え尽きるものではなかったはずだ。

 

葛藤という風に曝され、消えかかっていた熱意が木を焚べられたことで再び勢いを増して燃え上がる。

 

他の誰でもない。緑谷出久という少年のおかげで、夜嵐は迷いを振り切って雄英に入学することを決意したのだ。

一度嫌いになったものを好きになるというのは、今まで一切手をつけていなかった物を初めて好きになるより遥かに難しい。

 

それでも逃げずに真正面から向き合う。それこそがヒーローを目指す者としての行動だと思うから。

 

そして、雄英に入学してから早くも1ヶ月が経過。自分のクラスに例外がいたものの、やはり雄英には自分の望む「熱さ」を持った者達が多かった。それを嬉しく思うと共に、入学早々から多くのことを学び、USAでの襲撃を乗り越えたA組を尊敬し……。あっという間に、雄英体育祭がやってきた。

 

そこで、夜嵐は轟の過去を知った。実のことを言うと、彼もまた心操と同じように人知れず轟の話を聞いていたのだ。

真正面から向き合うのなら、まずは轟のことを知らなくてはならない。それに、彼の何かを憎むような目についても何か分かるかもしれない。

 

そんな思いを胸に聞かされたのは、轟の壮絶な過去。轟の憎しみに満ちた目はエンデヴァーへ、エンデヴァーの憎しみに満ちた目はオールマイトへ向けられていたことが分かった瞬間であった。

 

思わず言葉を失う夜嵐。親とは思えない仕打ちをするエンデヴァー。その酷さは全く印象が変わらないのだが、轟に対しての印象が変わった。

 

轟は、憐れむべき悲しい宿命を背負った男だったのだ。父の野望を実現する為の道具として扱われ、母や自分を蔑ろにする彼を憎むようになった。救けを求めようにも求められない。他人に興味がないから関わりも浅く、他人から手を差し伸べてくれることもない。

 

彼が憎しみに囚われ、孤独に生きてきたことを知ると、どうしようもない後悔が溢れてきた。何も知らずに轟のことを一方的に嫌った後悔が。

 

はっきり言ってしまえば、夜嵐が全てにおいて悪い訳ではない。轟の対応は、夜嵐の存在すら認識せずに無視しているも同然。今回に関しては、彼の対応の方が十中八九悪い。逆に言えば、夜嵐の対応は当然なのだ。

 

自分を無視して眼中にすらないような対応をする相手を誰が好きになるだろうか?関わりたいと思うだろうか?答えは簡単。誰もそんなことは思わないはず。余程のお人好しか何かでもない限り。

 

夜嵐がこう思えるのは、彼が馬鹿正直だからだ。馬鹿正直に自分の悪いところを見つめ、正そうとするからだ。

 

それと同時に、右側の力だけを使うことに固執する轟に対して真正面からぶつかりにいく出久と爆豪のことを尊敬した。

 

迷いを振り切って雄英への入学を決意したことが良かったと、心の底から思った瞬間だった。

 

 

 

 

雄英に入学するまでの過去を振り返りながら、夜嵐はB組の生徒達の座る観戦席へと戻った。

 

「おおっ!お疲れ、夜嵐!塩崎に続いて、しっかり爪痕残してくれたな!」

 

真っ先に夜嵐の背中を叩きながら声をかけたのは鉄哲。仲間思いでひたすらに真っ直ぐな彼の性格は、熱血を好む夜嵐と相性がいい。

 

「おう!ありがとな、鉄哲!こっからもクラスの皆の分まで頑張るっスよ!俺の次の相手は……塩崎か。よろしく頼むっス」

 

「はい、こちらこそ」

 

白い歯を見せながらニカッと笑い合って鉄哲とグータッチを交わし、やる気に満ちた凛々たる笑みを浮かべた塩崎と握手を交わした。

 

クラスメート達に称賛されながら、夜嵐はチラリとA組の観戦席にいる轟の方を見やる。

 

自分の左手をじっと見つめる彼の雰囲気は、かつてとは大きく変わっていた。彼を覆い尽くしていた憎しみの氷が完全に溶け、夜嵐の求めるヒーローとしての熱さが静かな炎として揺らめいている。そんな印象があった。

 

その瞳からも、先を憎む冷たさが消え去っていた。

 

今の轟になら歩み寄ることが出来そうだと夜嵐は思う。

 

(でも……そいつは後だ。全部終わってからにしよう。今は、自分の試合に集中だ)

 

とは言え、轟も自分も後々の試合に集中したい状況。体育祭が終わってからでも何も遅くはないはずだと思い直し、夜嵐は少年らしい熱意の籠った瞳で拳を握り締め、トーナメント表に目を通すのであった。

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