私がヒカルの為に存在したのは純然たる事実です。ならばヒカルもまた誰かの為に存在しているのでしょう。ですが、私はヒカルともっと打ちたい。ヒカルと別れたくない。また虎次郎の時のように別れるというのですか? 私はまだ神の一手を極めてもいないというのに。それとも神は私の役目は終わったというのでしょうか? そんな事、断じて認めません!
「うわぁあああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
それに、こんなに泣いているヒカルを置いて成仏する事などできましょうか? 私には無理です。この道にヒカルを巻き込んだ私には責任がある。完全に消える前にどうにかしなければなりません。例え神に逆らう事になろうとも!
ヒカルの元を飛び出し、私は手段を探す為にあちこち飛び込んでいく。その内、気づけば何かに引き寄せられるように白い建物の中に入っていきました。そこには青みの掛かった銀色の髪の毛をした異国の少女がいました。
「……誰……?」
『貴女は私が見えるのですか?』
「……見える……お迎え……?」
彼女は驚いた事に身体から私と同じように出てきました。どうやら彼女も幽霊……いえ、生霊みたいです。
『お迎えではありませんよ。私は……成仏せずに身体を得る為の方法を探しているのです』
『……そう、なんだ……私の身体……使う?』
『いいのですかっ!?』
私は少女の提案に瞬時に返事をします。この際性別などどうでもいいのです。碁が打ててヒカルと喋れればそれで構いません!
『……病院の人達は……脳死だって言ってる……動かせるなら……お願いを聞いてくれたらあげるよ……』
『お願い、ですか?』
『……うん……お金……私の身体を使って……お金を稼いで欲しい……私のせいで家族に迷惑をたくさん……かけたし……』
プロになって碁でお金を稼ぐくらいしかありませんが……問題無いでしょう。
『家族の事ですね。他には何かありますか?』
『結婚くらいが心残り……』
『ど、努力しましょう。とりあえず試してもいいですか?』
『……どうぞ』
私は許可を貰ったので彼女の中へと入っていく。今までやった事はありませんでしたが、身体を掌握するというのは難しいです。ですが、頑張らないといけません。
『ぐっ、何かが足りない感じがしますね……』
『一緒に動かしてみる?』
『試してみましょう』
『うん』
私達は一緒の身体に入ります。すると、さっきまで足りなかった物が満たされたように簡単に身体が動きました。
『成功みたいですね……』
『うん……でも、これ……私達が溶け合ってる……』
『そうですね……お互いに足りない部分を補って一つになろうとしているようです。今なら抜け出せますが、どうします?』
『貴方が嫌じゃなければ、このまま一緒でいいよ』
『私に残された手段はありません。どうか私と一緒になってください』
『わかった。じゃあ、これからよろしくね、私』
『ええ、任せてください、私』
私達は一つの身体の中で溶け合い、一つとなりました。そして私は藤原かなでとなったのです。私の苗字と同じなのは何かの縁なのでしょうか?
藤原佐為と藤原かなで改め、藤原かなで+となった。私の年齢は現在12歳。ちなみにかなでの方にあった知識にあったゲームでは、進化したら+を付けるそうなので+だ。最終進化すると++です。それと私は佐為であって佐為ではなく、かなでであってかなででない。そして同時にお互いでもあるという不思議な状態。
「目覚めるなんて奇跡としかいいようがない……直ぐに親御さんに連絡を!」
「はいっ!!」
私が目覚めた事により、周りは大騒ぎになっている。それは仕方無い事だよね。十数ヶ月もの間、寝たきりだった私が目覚めたんだから。
「身体を動かすね。痛かったら言ってくれ」
「……は……」
「喋らなくていい。頷くだけでいいからね」
言われた通りにしていき、しばらく色々な検査がされた。弱った身体では碁を打つことも出来ない。検査が終わり、しばらくするとお父さんがやって来て私を抱きしめた。
「よかった、良かった……」
お父さんは泣きながら私を抱きしめてくれる。私はされるがまま大人しくしていた。お母さんは死んで、残されたのは私だけだからお父さんの好きにさせる。二人だけの家族だし。
数週間後、リハビリは順調で心の統合も問題無くなってきた。囲碁の時は佐為が強く出て、普段はかなでが強くなる。この数週間のリハビリの御蔭でどうにか身体を動かせるようになった。
「かなでちゃん、テレビみる?」
「ん……囲碁ってやってますか?」
「囲碁? また渋い趣味ね。えっと、これね」
テレビに映し出されたのは二人の少年。高永夏さんともう一人。その人を見た瞬間、心臓がドクンドクンと跳ね上がった。身体が勝手に熱くなってくる。もうその人しか目に入らない。
「……進藤ヒカル……ヒカル……」
無性に碁がしたくなってくる。私も彼と戦いたいと全身が訴えている。私の中の佐為の部分が歓喜に震えている。手順を読み、次々と情報が入って来る。
「……半目……」
『進藤初段の半目負けのようですね。序盤が痛かったですね……』
どうやらヒカルは立ち直って碁をしているみたいで心配ごとの一つは消えた。なら、これから私の復活を知らしめるだけ。
「この病院でインターネットってできる所はありますか?」
「あるわよ。案内してあげよっか?」
「お願いします」
「それじゃあ、車椅子を用意するわね」
「はい」
そわそわする身体を落ち着けながら少し待っていると、看護婦さんが車椅子を持ってきて乗せてくれる。まだ一人じゃ歩く事はできない。なので連れて行ってもらう。
「ここよ」
「ありがとうございます」
「使い方は……」
教えて貰ったあと、私はさっそくキーボードをおぼつかないながらも打って、上級者向けのネット碁にアクセスした。アカウントとパスワードは佐為が覚えている物を使う。すると、まだ残っていたのか、ログイン出来た。
「♪」
楽しくなってきた私はさっそく対戦を申し込む。相手が受けて、囲碁のページへと飛んだ。使い方はヒカルのを見ていたので分かる。そして……私の意識は佐為へと切り替わる。
「さぁ、行きましょうか。私の復活を知らしめるのです」
初手を天元に打つ。さあ、楽しみましょう。
緒方
なんだこいつは……まさか本物なのか?
久しぶりにネット碁をやろうとして、画面を開いたらsaiが居た。また偽物だろうと喧嘩を売ったのだが……俺が押し負けている。
「進藤なのか……いや、奴はいま北斗杯で日本に居ない。ならば、これは……やはり本物か」
確かに違和感はある。打つ手がゆっくりなのだ。前までのsaiなら即断していた所を時間をかけて打っている。それにたまにミスをしている。そこからのリカバリーは凄まじいの一言なのだが……まるで打つ場所を間違えてしまったみたいだ。
「これは他の対局もみてみないとわからんな」
saiは挑まれるそばから対戦して蹴散らしていく。そして、少しした後、確信した。この強さは間違いなくsaiだ。俺は携帯で連絡を入れる。
「アキラ、俺だ」
『国際電話なんてどうしたんですか?』
「saiだ。本物のsaiがネットに現れた」
『本当ですかっ!?』
「間違いない。ミスをされたのに俺が負けた」
『ミスをする時点で違うのでは?』
「それがまるでリハビリをするかの如く打ってやがるんだよ。進藤に確認を取ってみろ」
『分かりました。直ぐに!』
まだまだ伝説は終わらないってか?
楽しませてくれるじゃねえか。
塔矢アキラ
表彰式が終わった後、緒方さんから連絡を貰ったボクはこれから食事に行こうとしている進藤の下へと走った。
「進藤! 大変だ!」
「どうしたんだよ、塔矢」
「saiだ! saiがネットにまた現れた!」
「っ!? いや待てっ! ありえないって!」
「緒方さんが対戦して負けたそうだ。打ち筋からしてsaiだと確信しなきゃ緒方さんはこんな事は言わない!」
「saiだと!?」
「誰か、直ぐにパソコンをもってこい!」
「分かりました!」
僕の言葉を聞いていた他の人が直ぐにパソコンを用意させる。それを使ってサイトにアクセスする。そして、今も対戦が行われている。殆ど相手になっていない。
「進藤、君が一番詳しいだろう。どうだ!」
「嘘っ、だろ……確かにこれは佐為だ」
「でもミスしているぞ?」
「いや、これは多分パソコンに慣れていないか、身体が上手いこと動いてないんじゃないか? その証拠に直ぐに持ち返している」
「この打ち方、間違いない! 俺が断言するんだ! それよりも佐為は消えたはずだ……何故……って、まさか!?」
進藤がパソコンを操作すると画面にこのアカウントは現在ログインされていますと出ていた。
「おい、進藤まさか……」
「佐為のアカウントだ。これを知ってるのは俺と佐為しか知らない」
「やっぱりお前は……いや、消えていた?」
「塔矢、今はお前のアカウントを貸してくれ」
「わかった。後で話せよ!」
借したアカウントで進藤はsaiへと挑んでいく。そして、半目で返り討ちにあった。そして直ぐに進藤がチャットを送る。
塔矢アキラだと思って始めたのだけど、ヒカルだった。そのヒカルからチャットが飛んできた。内容は私の事だ。
『佐為だろ! 俺だヒカルだ。お前、急に消えてからどうなったんだ! 今どこに居る!』
「かなでちゃん、そろそろ診察の時間よ」
「は~い」
時間もないので簡単にメッセージを入れる。
『病院。入院中、なう。そっち、いけない。お金、ない。ヒカル、来る?』
『俺から行くから場所を教えろ!』
『ヒカルの電話、番号、書く……あとで、れん、らく……』
『わかった。090-****-****だ』
『じゃ、また』
メモした後、画面を閉じて後ろに待っていた看護婦さんと診察を受けて部屋に戻る。その日はベッドで眠りに就いた。
進藤ヒカル
変な言葉で返してきているが、これは佐為とは別の奴だろう。俺と同じことになっているのかも知れない。
「おい、saiの場所はどこだ!?」
「連絡待ちだ。それに先ずは俺だけで行くぞ」
「「「進藤!!」」」
「ああ、うるせえよ!! どう言われようが却下だ! 塔矢、悪いけど後は頼む。俺は今から日本に戻る」
「そうか……必ず後で知らせろよ」
「わかった」
とりあえず、急いで会場を出る。するとそこには塔矢の親父さんがいた。
「どうしたのだね、進藤君」
「直ぐに日本に戻りたいんです。佐為が見つかりそうなんです!」
「本当かね?」
「はい!」
親父さん、塔矢先生にはあれから何度か佐為との対戦ができないか聞かれたから、素直に消えたと答えておいた。でも、その佐為がまた現れた。
「ちょっと待っていなさい。日本への航空券が用意できるかも知れない」
「わ、分かりました」
それから少しして、塔矢先生が航空券を用意してくれた。これはおばさんのらしいが、俺のを代わりに渡しておいた。そして、俺は日本へと戻った。そして、次の日に連絡が来た。
『……ヒカル……ですか……』
『あ、ああ、そうです』
小さな女の子に驚いてしまうが、なんとか返事を出来た。
『……今から……いう場所に……来てください……N市にある○○病院、305号室が私の、部屋です……』
『わかった。直ぐにいくから待っててくれ。何か見舞いの品を持っていった方が良いよな』
『……なら、碁石が欲しいです……練習しないと、いけないので……』
『わかった。買ってくよ。それじゃあ、また』
『はい』
佐為とまた会える。佐為とまた会えるのだ。俺は直ぐに買い物を済ませてタクシーを使って病院へと向かった。以外に近くだったので、そこまで時間がかからなかった。そして、到着して聞いた場所に向かう。そこに居たのは銀髪の綺麗な少女だった。大きな金色の瞳でこちらを見詰めてくる。
「ヒカル……ヒカルですね」
「そうだ。そこに佐為は居る……のか?」
俺には全然見えない。でも、アカウントの事からして確実に佐為である事は間違いない。
「……それについてですが……ヒカルに伝えておきます……佐為と私は二人で一人です。この体を二人で融合して使っています」
「それじゃあ、佐為は……」
「佐為としては消えました。ですが、同時に私は佐為でもあります」
無表情で告げてくる女の子に俺は手っ取り早く分かる方法を取る事にした。
「一局打とうぜ。それでわかる」
「はい! でも、身体が上手く動かないのでヒカルが置いてください」
「わかった」
それから、打ったが気迫や打ち筋、何よりも俺の身体が佐為だと認めていた。確かに彼女は佐為だ。自然に俺の目から涙が流れてくる。
「ヒカル」
「佐為……」
「今はかなでです」
小さな女の子に慰められる俺はなんともいえず情けないが、それでも俺はベットに居る彼女に抱きついて泣いた。彼女も泣いている。それで、少ししてからお互いに椅子とベットに座って向き合う。
「じゃあ、結局佐為とかなでは同一人物になったって事でいいんだよな?」
「はい。前みたいにヒカルとずっと一緒にとは行きませんが、出来る限り一緒にいましょう」
「そうだな。だけど、これからはどうするんだ?」
「プロになってお金を稼がないといけません。入院費用とかが高いので。でも、生活がいっぱいいっぱいで、プロ試験を受けるお金もあるかどうか……」
「プロとアマチュアの大会に出て賞金掻っ攫えよ」
「それもそうですが、移動費も……」
「それぐらい俺が出してやるよ。そうだな、むしろ碁に関して欲しいのは俺に言ってくれ。金はあるから、出してやるよ」
「……援助交際みたいですね」
「チゲえよ! 俺は佐為……かなでに指導してもらいたいから、その代金だと思ってくれればいい」
「分かりました。もう少しで退院ですが、それまでここでよければ打ちましょう」
「ああ」
それから俺は手合いの無い日はほぼ一日中ここに居てかなで……いや、佐為と打つ。囲碁の時だけは佐為と呼ぶようにした。手合いのある日は基本的に見舞いだけだったり、あった事を話したりした。携帯も持っていないかなでに買ってやって持たせたので連絡も大丈夫だ。メールの文章だけを使った碁をしたりと結構楽しんだ。塔矢は五月蝿かったが、メールアドレスを教えてやって、ネットで対戦できるようにしてやったら大人しくなった。問題はかなでが途中退席するのがしばしばあって3時間の持ち時間のある本格的なのはできない事だ。