新居での生活が始まり、2ヶ月。ヒカルに世話をしてもらったり、したりしています。お風呂に一緒に入ったりもしています。ヒカルは嫌がっていましたけど、上目使いでお願いしたら何だかんだ言って一緒に入ってくれています。朋子さんが言ってくれた通りにしたのですが、効果は抜群でした。でも、ヒカルには悪いのでヒカルの好物を作ってご馳走しています。今はヒカルが外に軽い買い物をしに出かけています。明日、待ちに待った日なので準備しているのです。
「ただいま~」
「お帰りなさい、ヒカル。ご飯にする? それともお風呂?」
「誰にそれを聞いたんだ……」
「緒方さんだけど?」
「あの人は……絶対に嫌がらせだろ……まあ、ご飯でいい。風呂は後だな」
「わかった。もうすぐ出来るから待ってて」
「手伝うよ」
「うん。じゃあ、運んで」
お皿に乗せたハンバーグにデミグラソースを掛けて、ヒカルに渡します。私はサラダとかを持って台所のスロープを下がっていく。そう、スロープ。広めのキッチンの床を私でも使いやすいように敷物を敷いてあるのです。これによって、座ったままでも調理が可能です。一部収納スペースが埋まって居ますが、そこは広いので問題ありません。リビングにも追加の冷蔵庫と冷凍庫があったりしますし。
「これでいいな。それじゃあ、食べようぜ」
「うん。頂きます」
「頂きます」
私はヒカルが食べるのを待つ。ヒカルがまず一口食べる。
「うん、美味い。カナデの料理は美味しいな」
「よかった」
私もお箸を使って食べていく。この二ヵ月でようやく手は問題なく動かせるようになってきました。まだ碁石は上手いこと持てないのですけれど。
しばらくテレビの話や碁の事を話して食事を終え、食後のお茶を飲みます。皿洗いなどの後片付けはヒカルがやってくれますので、楽ができます。
「そういえば、今日久しぶりにあかりに会ったよ」
「あかりさんですか? えっと、確かヒカルの幼馴染でしたよね?」
「ああ。あれから高校に入ったんだが、元気にやっているようだったな。高校でも囲碁部をやっているみたいだ。アイツも忙しい時期が終わったみたいだし、今度会ってみるか? そろそろ、あかりに頼っても大丈夫だろうし」
「そうだね……」
なんだかモヤモヤしたような感じがしますけど、気のせいです。それにしても、昔から比べるとヒカルは大人になったみたいです。人様の事をちゃんと考えられるなんて小学校のころのヒカルとは大違いみたいです……逆に私は子供になりましたけど。
「じゃあ、今度アイツのとこの学校に指導碁しに行くし一緒に行くか」
「指導碁!? 行く行く! 絶対に行くからね!」
「わかったよ。相変わらずだな。ああ、それと明日のプロアマの大会だけど、俺はプロだからシード扱いなんだよ」
「そうなの?」
「ああ。それで解説とか指導碁とかしないといけない。会場には居るから何かあったり、終わったら携帯で呼んでくれ」
「わかった♪ 勝ち上がるから待っててね♪」
明日は楽しみです。
「院生も一般で参加するが……手加減しろよ」
「何を言っているんですか、ヒカル。私が手加減をしない時なんて……」
「テンション上がってる時とか、トウヤとの対戦の時だな。あれは最初の時か」
「あうっ!?」
確かになまじ強くて一刀両断してあげましたね。ええ、確かに大人気なかったです。あれ? でも、今の私は子供なのですから問題ないですねー。
「まあ、子供には手加減してやれよ。じゃないと潰れるぞ」
「わかってますよ。負けない限り大丈夫です」
「まあ、佐為の、カナデとしてのデビュー戦だからな。負けかけたら仕方無いか……」
「そうですよ。負ける気はありません」
「しかし、碁に関係すると佐為の方が強くなるんだな」
ヒカルが手を付きながらそんな事を言ってきます。確かにその通りですね。囲碁の魔力は恐ろしいです。私だけかも知れませんが。
「別にいじゃないですか、既に私達は一人ですから」
「まあ、そうだな。しかし、明日は早いから今日はさっさと寝ないとな」
「お弁当も用意しないといけませんね」
「まあ、簡単な物ならいいけどな。あと、塔矢先生も明後日には来るって言ってたんだよな?」
「そうですよ。あちらも私と同じ扱いなんですけど、向こうはシードです。おかしいですよね? 同じアマチュアなのに」
「いや、お前の実力でアマなのがおかしいんだって。しかし、塔矢先生にも困ったもんだ。お前が出るって言ったら結局自分も出る事になってるしよ」
「公式の場で戦った事はありませんからね。ヒカルの身体を借りた状態で互戦すらしていません。今度が本当の勝負です」
「世間の連中がどう思うか楽しみだな」
ヒカルがニヤニヤ笑っていますけど、世間の評価なんてどうでもいいです。私と行洋が勝負場で神の手を競い合うのですから。ここで打つのとは訳が違います。
「ヒカル、そろそろお風呂に入りましょう。戦う前に身を清めるのは当然の事です」
「そうだな。それじゃあ着替えからか」
「いい加減、いちいち着替えるのは面倒なんだけど……もう、裸でいいと思う」
「駄目だって」
「どうせ着せるのはヒカルなのに……」
「いいから」
「は~い」
ヒカルに服を脱がせてもらって、水着を着けて貰います。それからお風呂場で身体を洗ってもらいます。洗ってもらったらヒカルが洗ってくれない所を洗って、今度はヒカルの背中を洗います。それが終わったら、ヒカルが入った湯船に私も入って、背中をヒカルのお腹にくっつけます。
「ふぅ~気持ちいい~」
「そうだな。しかし、随分慣れたな……」
「何が?」
「色々とだよ。それより100数えるんだぞ」
「うん……1、2、3……16四、星」
「またか……まあ、いいか。いい時間になるだろうし。じゃあ……」
それから、私はいつもの通り、お湯に浸かりながら脳内で一局打ったあと、髪を乾かして貰って一緒にベットで寝ます。夜に一人は寂しいのでヒカルと一緒に寝れば安心して眠れます。何故かわからないですけど、一人で暗い所にいるのはとっても怖くて寒く感じてしまいます。暗い所は絶対に駄目です。泣いて泣いて取り乱したこともあります。それから、私はヒカルと一緒に寝ています。病院では少なくとも看護婦さんがいてくれましたのと、まだ身体に慣れていなくて平気でしたが、今は佐為の死の事とやお母さんの事故の事で深く繋がった今は特に大変です。一人だと悪夢にうなされる事もあるのです。そう、お母さんが無残な姿で……っ!?
「大丈夫か?」
「だっ、大丈夫です……」
「ほら、寝るぞ」
「うん……ありがと、ヒカル……」
ヒカルは私を強く抱きしめてくれます。ヒカルのどくん、どくんという心音と温もりは何より私を安心させてくれます。お陰で私は今日も無事に眠れます。