今日は待ちに待った全日本アマチュアプロ大会。お弁当のサンドイッチを用意して、ヒカルとともに会場に行きました。移動はタクシーなので楽チン。ヒカルがプロなので交通費を運営の方が出してくれたらしいの。もちろん、支給額は決まっているらしいけれど、タクシーは値段変わらないから大丈夫。
「さて、ここが会場だ」
「おっきいね」
市民会館の何フロアかを借り切って行われるの。ここ意外でも全国で開催されているの。予選を突破して、プロも混ざる本線に出場。そこで勝ち上がると他県で勝ち上がって来た人達と戦う事になる。
「行くか」
「うん♪」
今からでも体がワクワクして震えてくる。そんな私をヒカルが車椅子を押して中に連れて行ってくれる。中に入ると直ぐに日本棋院の男性が声を掛けて来た。
「進藤君、おはよう」
「渡辺さん、おはようございます」
「おはようございます」
一応、私も挨拶をしておく。何時もヒカルがお世話になってるしね。
「おや、その子は?」
「今日の大会に参加するんです。もちろん、アマなんで予選からですけどね」
「そうなのかい。あそこが会場だよ。3階に指導碁のコーナーがあるから進藤君はそっちだね」
「助かります」
「もうすぐ締め切るから急いだ方がいい。君も頑張ってね」
「はい。任せてください。行洋にも勝つつもりですから」
「ははは……進藤君、大丈夫なのかね?」
「大丈夫ですよ、なんせ俺の師匠ですから。では、失礼します」
ヒカルが渡辺さんとの話を切り上げて私を会場に連れていく。
「え? 師匠? 彼女が……あ、ありえないだろう……」
後ろから声が聞こえて上を見上げると、ヒカルは笑ってました。
「頑張って来いよ。今日がデビュー戦だからな」
「はい♪ 任せて、ヒカル。全てねじ伏せます」
ヒカルの言葉に途中から意識が棋士である佐為に切り替わっていく。
「いや、ねじ伏せるなよ……手加減しろよ。若い芽を摘むことになるぞ」
「……仕方ありませんね。ああ、ヒカル。扇子を貸して下さい」
「扇子か? それぐらい買ってやるけど?」
「ん~~ヒカルのがいいんです」
「そうか、わかった」
ヒカルが鞄から扇子を取り出して渡してくれる。これを持っているとヒカルと一緒のような気になれて安心できる。
「あった。受付はここだな」
「そうですね」
中に入って直ぐの所にある受付へと並ぶ。人が拓三並んでいるけど、入れ替わりは早いので直ぐに私達の順番が来たの。でも、結構な人が注目してる。まあ、ヒカルが一緒で車椅子の私が居れば当然だと思う。
「進藤プロ……」
「うわ、本当だ……」
「あの子って誰だろ?」
などなど、興味津々。受付の人もそうだけど、とりあえず仕事はしてくれている。しかし、北斗杯でヒカルは有名人になったんだね。少し寂しい気もするけれど、直ぐに追いつくから大丈夫だよね?
うん、きっと大丈夫。
「こちらに参加する方の名前を書いてください」
「ヒカル、書いてください」
「ああ、わかってるよ」
ヒカルがペンを取って書いてくれるので、私は名前を告げる。
「進藤かなでで」
「おい」
「あっ、間違えた。藤原かなでで」
「だよな」
郵便とか進藤になってるから間違えちゃった。でも、一緒に住んでるから違和感は別にないかな。
「藤原かなでちゃんですね。はい、これを失くさないようにしてくださいね」
受付のお姉さんがネームプレートを渡してくれる。ネームプレートには名前と番号が書かれている。それを胸に付けてくれる。今の私の格好は白いワンピースに青色のジャケット。ネームプレートはジャケットの方につけてくれた。
「後はここに居ればいいのかな?」
「はい。最初は番号順ですので、席で待っていてくだされば問題ありません」
「わかった。ありがとう」
「いえ、それでは頑張ってください」
「ありがとう」
お礼を言って私の番号の所に向かう。車椅子なので席と席の間に苦労しながら進んで私の席に着きました。私の対戦相手はまだ来ていないみたいです。とりあえず、ヒカルが椅子を退けて畳んで壁に寄りかからせて私の車椅子を入れてくれます。
「かなで、俺は上にいくから後は大丈夫か?」
「うん、平気だよ。係員の人に手伝って貰うから」
「わかった。じゃあ、また後で」
ヒカルが鞄から水筒とひざ掛けを取り出して渡してくれる。それを受け取って、ひざ掛けを掛けて水筒を車椅子に引っ掛けておく。
「うん、またね」
「……いいか、絶対に手加減をしろよ?」
「わかってるよ、大丈夫だよ。うん」
「本当に」
「……たぶん」
「はぁ……気を付けろよ」
「うん」
ヒカルが去っていくと寂しさが湧いてくるけど、ヒカルの扇子のお陰でなんとか大丈夫。それにヒカルも私が心配なのか、何度か振り返って係員の人に話してた。たぶん、私の事をお願いしたんじゃないかと、思う。
「ふぅ……」
目を瞑って意識を集中する。意識的に切り替える。これから戦うのは戦場。それもハンデを付けた状態での戦い。しかし、このままじゃ楽しくない。
「碁を楽しまないのは駄目です」
なら、やることは一つ。最初にハンデを与えて常に調整していきます。私の目標は決まりました。
「おっ、あんたが俺の相手か……って、なんだよ、女の子じゃん」
私が目を開けるとそこにはツンツン頭の男の子が居ました。いつの間にか開会式も終わり、試合開始の時間となったようです。
「よろしくお願いします」
「よろしくな。俺は院生だから全力でかかってこいよ!」
「ええ、分かりました。全力、ですね」
院生の今の実力を測るのに丁度いいでしょう。
「そっちが選んでいいぜ」
彼が握って私が答えます。そして、先行は私になりました。
「では、16の四、星」
「へ?」
「ああ、すいません」
自分で碁石を持つのはあまりありませんでしたから、何時もの癖が出て扇子で場所を示してしまいました。反省は後です。とりあえず自分の碁石を持って置いて行きましょうか。ちゃんと置けませんがつまんでなら問題はないレベルまで回復していますし、練習していきましょうか。