【児童襲来】
こうして留守番を開始してから一週間ほどが過ぎた。
その間、何度かの人間相手のツアーを乗り越えてきたアオイ。
時に大きな失敗をすることもなく、客の人間たちからも「アオイちゃんのガイドは丁寧ね」と好評だったのが、
「はぁ……。また挨拶の時に声が裏返ってしまいました…・…。それにスピーチのあそことあそこに差し掛かった時、息継ぎのタイミングをミスしてしまいました……。こんなんじゃ私、いつまでもダメダメ子さんなのです」
夜にその日の些細な失敗を振り返っては、意気消沈してしまい、「私こんなんでやっていけるのでしょうか」と寝る前も自問自答。その繰り返しで、日々自信を失っていくのだった。
また朝がやって来た。
憂鬱な気分の中、ベッドから億劫に起き上がる。軽い朝食をとった後、鏡の前で身だしなみを整えたアオイ。
優しいエルフの森の日差しが、家の外に出た彼女の長い前髪を透かす。
「ああ、今日もこの日がやって参りました……」
重い足取りで彼女が向かうのは、エルフの森と人間の街の境界線。人間たちとの待ち合わせ場所だ。
やはりエルフの森のツアーなのだが、今日は「エルフの森が初めての人が多いから、こちらの方まで迎えに来て欲しい」とリクエストを受けていのた。
おかげで随分と人間の街の方にまで来てしまった。
道中誰と会うわけでもないのに、大勢の人が集まる街の方に近づくというだけで、人見知りのアオイの身体にプレッシャーがのしかかる。
事前の案内では大人たちのグループと聞いていたから、また萎縮してしまうアオイ。森の外周を抜け、とっくに話し相手になる草木もいなくなっていたから、1人でおずおずと待ち受けるしか無い。
視線を向こうにやれば、すぐそこは街の壁。この向こうに大勢の人々が根付き、日々暮らしているのだ。そんな彼らといつかお友達に……。
そんな思考を頭に巡らせるアオイの元に、定刻を少し過ぎて向こうからやって来たのは、
「わー。すげー格好いいじゃん」
「だな。エルフみたいな、いかす格好してるぜ」
「エルフみたいって本物のエルフだしー」
そんな無邪気な声をあげる子供たちの集団であった。
「ひゃっ!? 何なんですか!」
たちまち歓声をあげる子どもたちに周囲を取り囲まれ、素っ頓狂な声を上げてしまうエルフの少女。
「ねぇねぇ。お姉さん何さい?」
「背ー高いなー」
「その弓格好いいー。本物? 触っていい?」
「あっ、ずるー。俺の方が先に目つけてたのに」
「わっ、あわわわわ……」
口々に言い合う子どもたちに、どう対応するか困り果てたところで、
「ほら、みんな。ガイドの人が動けなくて困っているでしょう。少し間隔を空けてあげなさい」
「はーい」
「すみませーん」
ようやく助け舟が来た。
その若い女性の声の指示に従い、アオイを取り巻いていた子どもたちは、彼女から間合いを取るのだった。ただ、その表情は未だに好奇心に満ち溢れていたが。
声の主の金髪の少女は、アオイの前にやって来ると、
「少し時間に遅れてしまい申し訳ないですわ。ご覧の通り、子どもたちがみんな初めてエルフの森に行くというので浮かれていたのよ」
「い、いえ……。お気になさらず」
「えっと、貴方が今日森を案内してくださる、【フォレスティエ】のアオイさんでよろしいのかしら?」
軽く非礼を詫びた後、そうアオイに尋ねるのだった。
その振る舞いは実に堂々としたものだ。それでいてその頬に手を当てる何気ない仕草にも、上品な物腰が身についていた。
「あ……はい、そうですけど……」
思わず圧倒されてしまい、おずおずと答えるアオイ。そんな彼女に、目の前の金髪の少女は、
「良かった。私は【サレンディア救護院】のサレンですわ。今日一日お願いいたします」そう言って握手を求めた。
「は、はい! よろしくお願いしましゅ」
アオイも噛みながら何とか返事をし、握手を交わした。
「ほら、みんなも挨拶をしなさい」周りの子供達に呼びかけるサレン。
「わーい。よろしくー」先ほど弓を見せてくれとせがんだ少年が、元気に挨拶する。
「アオイお姉さん。よろしくお願いしまーす」利発そうな少女も、真面目な態度でお辞儀をした。
「えへへ。こちらこそ。よろしくお願いします」子どもたちに照れくさそうに挨拶をしたアオイは、隙を伺いサレンの元にすり寄ると。
「あのー……」そんな中、怪訝そうな表情を浮かべながらおずおずと尋ねた。「確か今日エルフの森を訪れるのは、大人の団体さんって聞いていたのですが……」
「えっと。それなんだけどね」質問を受けたサレンは答えた。「アオイちゃんは知っての通り、ミサト先生が夏の間海の学校に出張に赴いたでしょう。で、出立する前にミサト先生に頼まれていたのよ。『ぜひ夏の間サレンディア救護院の皆さんに、エルフの森に訪れて欲しい』ってね」
「そうだったんですか?」
「しかもね。予約する時は普通の団体の名義を名乗って、子どもたちを相手にすることは、当日まではアオイちゃんに内緒にして欲しいって頼まれていたの」
「何でミサト先生がそんなことを!?」
何故ミサトがその様なことをしたのか意図が全く分からず、アオイは驚きの声をあげてしまう。
「さぁ……。あの人の事は時々私も掴めないこともあるから……。そう言えば彼女たちとあなたは顔見知りだったのかしら」
そう言って後ろを振り返るサレン。
今までパニクっていて気が付かなかったのだが、引率する幼児たちの集団の後方から手を振るのは
「ちーっす。相変わらずのようで。今日一日しくよろ」
「ちぇるーん♪ アオイちゃんおひさ~」
「やぁ、アオイくん。息災にしてたかね」
「み、皆さん!? どうしてここに?」
アオイにとって馴染み深い顔ぶれであった。
アオイに挨拶をする3人。
どす黒いオーラを纏っていそうな、ダウナー系エルフのクロエ。
絶えず笑顔を浮かべる、愛らしい雰囲気でいっぱいの少女チエル。
メンバーの中で最も幼女体型だが、その実最年長の博学少女ユニ。
良家の子女が集うお嬢様学園の異端児にして、ヤベー奴らの集まるギルド。
「【ユニちゃ」【聖テレサ女学院(なかよし部)】の一同である。
かつてアオイが聖テレサ女学院に編入した時。皆に馴染めるか自信がなくて心細い思いをしていた時のこと。
やはり学院で異端とされる3人組と邂逅した。それが彼女たち【聖テレサ女学院(なかよし部)】である。
最初ははみ出しもの同士の共感。「放っておけないから」と、ボッチのアオイのことを構っていた3人であったが、じきにアオイの誰にでも偏見の目を持たない優しい心はなかよし部の皆に伝わり、そしてそれはある出来事をきっかけに、じょじょにクラスメイトたちにも伝播したのだった。
「ほら、みんな。お姉さんたちは向こうのお姉さんとしばし再会の挨拶してくるんで。ちょいと大人しくしときー」
クロエが面倒を見ていた子どもたちにそう言うと、渋る彼らを置いてアオイのもとに近寄った。チエルとユニも同行する。
「み、皆さんん。どうしてこちらにー。い、いらしたのですかー?」
不意の再開に挨拶を交わすのも忘れ、いの一番にそんな甲高い声で口から質問が飛び出す。
3人はアオイのきょとり体質はとっくに承知だから、
「ちぇるーん。実はだね、我らなかよし部の3人は、学園の慈善活動の一貫で、休暇中を利用してサレンディア救護院の子どもたちの面倒を見ることになったのだー」
一同を代表してすぐに誰とでも打ち解けられるコミュ強者のチエルが、アオイに優しく絡みながらそう答えるのだった。
「はわわ。チエルさん。顔が近いですうぅ」
「うむ。我らのギルドの目的である奨学金の獲得には、対外的な活動での貢献をアピールするのが、最も効果的であると推察されるからな」
「先輩ー。アオイちゃんの前でそれ言っちゃいますー?」ユニのぶっちゃけトークにチエルが口を尖らせた。
「早い話がボランティアっつー訳。あっ、言っとくけどボランティアっつーても『バ』のつかないボランティアなんで。そこんとこよろしく」相変わらず低いテンションのクロエ。
「あ、アハハ……」そんなクロエのローテンションから繰り出される冗句に、苦笑いを浮かべるアオイ。
「それにしてもアオイちゃん。聞いたよー」やや眉を潜めてしかめっ面を作り、チエルが語りかける。「アオイちゃんってば、ずっと1人でギルドの仕事を任されているんだってねー」
「は、はい。そうですけど……」単刀直入に問われ、口ごもるアオイ。
「上司が職場ほっぽりだして『はい、後はワンオペよろしく~』とか。はっきし言って、バイトでやられたら即ぶっち案件」
黒いオーラを醸し出しながら、そんな恐ろしいことをさらりと言うクロエ。だけど本当は彼女がとても優しい、今だって自分の気持ちを思ってそんな事を言ってくれている人だということを、アオイは知っていた。
「よさないか、2人とも。アオイくんが困っているじゃないか」
アオイがどう反応を示したら良いか困り顔をしていたところで、一行で最上級生のユニが口を挟んだ。
「あ……」
今のアオイの境遇に対して、彼女自身の不満を煽るような事を言うのは、流石に悪いと気付いたのだろう。ユニの指摘にバツの悪い顔をする2人。
「ごめんね。ただちょっとアオイちゃんのこと大変だなー、って思っただけで、アオイちゃんのギルドのことを悪く言うつもりはなかったんだ……」
「悪い。言い過ぎた」クロエも率直に謝った。「まぁその。ミサト先生? っていう人も、アオイに意地悪するつもりじゃなくて、当然何か考えがあったんだろうな」そう考えを述べる。
「うむ。ギルドマスターのミサト女史が、アオイ君に単独での留守番を差配したのは、この一夏の経験を通して、アオイくんに一皮剥けて欲しいと目論んだ。まさに、彼女の勇躍を希求していたのであろう。さすれば此度のサレンディア救護院の稚児たちの到来も、ミサト女史に何らかの意図が有ったと洞察するのも実に容易だ。よろしい。ここで会ったのも何かの縁だ。我々もアオイくんが与えられた試練を攻略する、その一助となろうではないか」
「ユニさん……」
アオイに無謀とも思える単独での留守番を仕組んだ【フォレスティエ】のギルドマスター、ミサトの意図を洞察。「決してアオイに意地悪している訳ではないんだ」と説得力のある論拠をもって諭してくれる。
更には自分たちも手助けをすると宣言するユニに対して、アオイは感激の表情を見せた。
「ってユニ先輩さらりと良いところ持っていきましたねー」
美味しいところを持っていかれたチエルが、意地悪そうに言った。
「いいえ、チエルさんもクロエさんも。私の事を思って言ってくれて、本当ありがたいです」
そんな風に4人で再開の喜びを祝していると、
「ねー。まだ~?」
「早く森を案内してよー!」
「お姉さんを独り占めしないでー」
待機していた子どもたちが、しびれを切らしてとうとう不満の声を漏らし始めたので、
「はいー。ごめんなさいー! 今私がご案内致しますー」子どもたちに向かって叫ぶアオイ。「それじゃあ皆さん。私は仕事に入りますんで。積もる話はまたおいおい」
話を切り上げて仕事に就くのだった。
「がんば。そんじゃうちらは後ろで見守ってるから」
「頑張るのだ。ちぇるーん」
「うむ。頑張り給え」
3人は先頭に立つアオイを見送った。
【フォレスティエ】のガイドの務めを午前中いっぱい果たすアオイ。
分別のつかぬ盛りである好奇心旺盛な子どもたちを引き連れての森の案内は、いつもとはまた勝手が違うものであった。
「あー、駄目ですよ~。そっちに行ったら」
そう注意しながら、慌てて列の中央に駆け寄るアオイ。
というのも森の小道を移動中にも関わらず
「お、何か光るモン発見」
そんな事を言いながら、好奇心旺盛な子供の1人が、列を外れて茂みの生い茂る木立の中に足を踏み入れようとしていたのだ。
「えー。ちょっと離れて見るくらい良いじゃんー」
渋る子供に対してアオイは、
「ちょっと足を踏み入れただけのつもりでも、戻る道が分からなくなって、どんどんと奥に迷い込んでしまうかも知れません。それに森の草木の中には葉に虫がついていることもあるので、刺されたりするとお肌がとても痛く腫れ上がってしまうこともあるのですよ」
優しく注意した。
「はい……。ごめんなさい」
森を知るエルフに注意され、子供は素直に謝った。
そんな風に勝手に列からはぐれてしまう子供もいれば、
「わー、美味しそうなキノコ」見るからに毒々しい赤色の傘を持つ、その見た目通り毒キノコを掴んで採ろうとする少年。
「素敵なお花ね。持ち帰ってお土産の押し花にしましょう」サレンディア救護院でいつもお世話になっているドジっ子メイドに、今日のお土産を見せて喜んでもらおうと考えている、純朴な女の子。
「わー! 駄目ですー。森の草花を勝手に採っていかないでください~」
そんな道中のあちこちで見つけた珍しいものを、採取して持ち帰ろうと企む子どもたちのところへ、アオイは慌てて駆け寄り注意するのだった。
エルフの森の草木の中には、医薬品の材料として用いられる貴重な薬草がある。当然それらの採取にはエルフ種族の許可が必要であった。
そうでなくても勝手に持ち帰って下手な扱いをすると、人体に有害な影響が起きる恐れがあった。
アオイ自身、エルフの森に自生していたマンドラゴラを学園に持ち込み、土地の環境の違いからちょっとした騒動を引き起こしてしまったことがある。
それにである、
アオイはそんな迂闊な行為をした子どもたちの顔を覗き込むと
「良いですか。エルフの森の草木も、決して喋ったりはしませんが、紛れもなく生きているのです。そんな彼らを人間の勝手な都合で摘み取ってはいけませんよ」
アオイから諭された子どもたちは、自分が森の植物に対して酷いことをしていたことに気が付き
「ごめんなさい……」
「もうしません」
素直に謝った。
彼らの行いは、もちろんのこと引率者のサレンもちゃんと見届けていた。タイミングを見て注意するつもりであったのだが、先んじてアオイが注意したこともあり、
「うちの子達が森を荒らしてごめんなさい」あらためて皆を代表してアオイに詫びるのだった。「後で私からも子どもたちに注意しておくわ」
「いえ、お気になさらず」アオイは頭を下げるサレンに言った。「みんな一度注意したらすぐに気がついて止めてくれる良い子たちなのです。きっと普段から礼儀正しい子たちなのですね」
「ありがとう。そう言って貰えると嬉しいわ」サレンはアオイの方を見て微笑んだ。
とは言え好奇心旺盛な子どもたちだ。直接注意した子については以後勝手な採取をしなくなるが、それ以外の子どもたちは身の回りの珍しいものといったものに気を取られ、その子に対してしたアオイの注意を聞き止めはしない。
だから勝手に草木を持ち帰る子がいないか常に気を払い、発見次第その都度注意する必要があった。
当然子どもたちを誘導しながらの移動中も、常に後ろを見て子どもたちに視線を配らなければならない。
「ほれ~。ちゃんとエルフのお姉さんの後ついていき~」
「ってクロエ先輩もエルフですけどね~♪」
最後尾でなかよし部の面々が目を光らせてくれているとは言え、あくまでも彼女たちはお客様。ガイドの引率者として、自分が全て気を回さなければ。そう責任感を持つアオイである。
まったく。いつもの様に、目的地へ正面を向いてお客の視線をやり過ごすという手は使えないのだ。
困難はそればかりではなく。
「隙あり!」
「ひゃう!」
後方に目を見張らせるアオイの背中側に回り込んだわんぱくな少年。
アオイの背中をタッチする。不意打ちを食らいアオイは可愛い悲鳴をあげた。
「もう。何するんですか~」
人見知りのアオイである。子供からの悪意のない攻撃とはいえ、やはり少し涙目になってしまう。
街で暮らす子どもたちにとって、如何にもエルフ然としたエルフ、彼らの前に現れたアオイは、まさに好奇の対象であった。
そんなエルフがどこか大人しげで親しみやすいときたら、子供は子供でちょっかいをかけてみたくなるのは必然だ。
「アオイさんって普段からエルフの森に住んでいるんですか?」
「お姉さん、さっきは驚かせてごめん」
「アオイお姉さんが今被ってるのと同じ帽子って、どこで買えますか?」
「よぉねーちゃん~。今度街でタピチェルしようぜぃ」「タピチェルって何!?」
「帽子の羽もーらい」
「お姉さん森のエルフって木登りも早いの?」
「木登りじゃなくてかけっこで競争しようぜー」
「ねぇ。あそこの動物さんたち何してるの?」
「後で弓を射るところ見せてよ~」
移動中にも、子どもたちからの問いかけやちょっかいが、ひっきりなしにその身に浴びせられ、アオイは慌てふためくしかない。
それらの応対に追われ、目をぐるぐる回す恥ずかしがり屋の少女。
当然そうした応対に追われているさなかも、
「あー、そっちに行っちゃ駄目ですー!」
「そこ! 勝手に草を引っこ抜かないで!」
常に後ろへの注意を怠ってはいけないのだ。
「ねぇねぇ」アオイのズボンの裾を遠慮なく引っ張って、何かを訴えたがる幼児。
「わー、ズボンを引っ張らないでください。ずり落ちちゃいます。……どうしましたか?」
幼児の顔を覗き込んで問いかける。
すると幼児は瞳を潤ませて
「おちっこしたい……」
「ここで!? あわわわわ……どうしましょう」
慌てて辺りを見回すも、ここは森の中。あるといったら茂みくらいしか……。
アオイが狼狽えているところでサレンがやって来て
「ここは私に任せて」
そう言って幼児を抱えこみ、適当な木陰に向かった。
「わー! サレンさんありがとうございますぅぅ」
ともかくアオイは終始てんてこ舞いであった。
「はぁ……ようやく一息つけました……」
一行は休憩地点に辿り着いた。
子どもたちの見張りの重圧から解放されたアオイは、木陰に座りほっと胸を撫で下ろす。
好奇心旺盛な子どもたちはなおもアオイに付きまといたがったのだが、
「いい加減お姉さんも休ませてあげないと駄目でしょ」とサレンがたしなめたため、ひとまずの解放と相成ったのだ。
なので今は彼女となかよし部の面々が、子どもたちを構っている。木の幹に背を預け、今は傍観者のつもりでそんな情景を見つめながら、アオイは思いを巡らせた。
「それにしても皆さん。お子さんのあやし方が達者でいらっしゃいます」
サレンディア救護院のギルドマスターのサレンは言うまでもないが、なかよし部の皆も、子供の面倒身が実に見事なものだった。
「クロエさんは普段から弟さんたちの世話をしていらっしゃるのですから、当たり前ですよね。怖そうに見えるけど、本当は弱い人達に手を差し伸べる。とっても優しいクロエさん。それにチエルさんも普段は私なんかが近づけない位リア充オーラをバンバン発散して。こういった時も何でも器用にこなせて凄いです……。それにユニ先輩。えっとユニ先輩……」
子供の相手をするユニの方を見て、賞賛の言葉を紡ごうとしたアオイ。はたと止まる。
クロエとチエル。先の2人が年長者として振る舞い子供を構っているのに対して、ユニの場合は何と言うか混じってる? 年少の子供と。
「皆の者。ついて来い。吶喊だ! ふぉおぉぉぉぉぉぉ!」
子どもたちを従えてごっこ遊びをして、何かの役になりきっていらっしゃる。
どういうこと? いや、どういうことなのかは全く分からないけども、きっとユニ先輩にはユニ先輩の心づもりがあるのだろう。
アオイは無理やり納得した上で、「子どもたちの心を掴むには、自分が子供の気持ちになること。本当ユニさんは賢明です!」そう1人感動するのだった。
休憩時間が終わってガイドを再開した。
ある程度注意がまわったので、休憩前のように横道に逸れたり草木を勝手に摘む子どもたちはいなくなったので、その分は楽だった。
ただしその代わりに、休憩時間の前以上に、子どもたちがベタベタと付き纏うのだった。
(ひぃぃぃぃぃ。こんなに沢山の人にくっついて囲まれたのって、人生で初めてかもしれませんんん)
実際にはかつて聖テレサ女学院で特別講座を開いた時、講座の後でアオイを取り巻いた女生徒たちの方が多いのだが、当時は緊張もあったし、慎み深い女学生に比べれば、かしましさにおいて子どもたちの方が遥かに上な分、そんな風にアオイを錯覚させてしまうのだ。
どんなに慌てていても、本職であるガイドの役目は果たさなければならない。
だからアオイは深呼吸をして、子どもたちの前で誠実に説明を続けるのだ。
「はい。この様に光化学反応による化学合成を、光合成と呼ぶのです」
森でもひときわ大きい木の前で、そんな説明をするアオイ。
「…………」
聴衆の顔を伺うと、聞いている子どもたちは神妙な顔つきで黙りこくっている。
考えてみればそれもそうだろう。アオイの説明を聞く相手は、まだ年端もいかぬ子どもたちなのだ。
専門的な言葉を使われて説明をされても、理解するのは難しいのだ。
そもそもアオイ自身研修の際に習った言い回しを文言として記憶しているだけで、実際説明の中に紛れ込んだこれらの単語に、どの様な意味が込められているのか、理解した上で使っているとはとても言えない。
いや、『本当』の自分は、かつてこれらの言葉をどこか別の場所で学んでいた。ちゃんと理解していたという遠い記憶があるのだが、それを手繰り寄せようとするとすぐに深い霧の中。はて、『本当』って何だろう。今はそんな事を考えている場合じゃないか。すぐにこの疑問も世界の改変力で消失する。
何れにせよ、説明を聞く子どもにちゃんと理解してもらえるようにせねば。そう試みるエルフの少女。
(説明をする時は相手の立場になって、どうしたらこちらの言葉を受け止めてもらえるか、心がけるのが大事でした)
そう、かつての「講座」での経験を思い出し、ごほんと咳払いをすると、
「つまりです。私たちが日光浴をして元気になるように。お日様の光を浴びた植物さんは、お日様のエネルギーを吸収して、もりもり元気になるのです。同時に汚い空気を吸い取って浄化して、綺麗な空気を吐き出してくれるから、植物の周りの空気が綺麗になるのですね」
身振り手振りを交え、何故陽の光を浴びた植物がすくすく育つのか。森の空気が新鮮なのか。子どもたちに分かりやすく解説する。
この辺りの機転も、実際に講座を行った時の経験が生きた。
「へ~。そうなんだ~」
「だからお屋敷の鉢植えもお日様に向けて置くのですね」
「あははー。もりもり~~」
アオイの分かりやすい説明とひょうきんな仕草に、ギャラリーは大盛りあがり。
「ふむ。難解な事象に対してあえて象徴的な比喩を用いて市井の民を啓蒙するとは。取ってつけた専門用語を開陳するしか脳のない頭の固い理系の老人共とは一線を画しているな。よろしい。実にセンスがある。アオイくん。君も文系の素養があると言えよう」
アオイの説明には、博学少女のユニもご満悦であった。
「あ、ありがとうございます……。あはは……。これで良いのかな……」
地平の向こうへお日様が沈みかけ、赤々とした夕焼けがランドソルの空を染めあげる。
ガイドを終え、森の外まで子どもたちを案内したアオイ。
「今日のガイドは以上になります。皆さん、今日一日ありがとうございました!」
深々と頭を下げた。
「お姉さん。今日は1日ありがとうございました!」
「色々と教えてくれてありがとうー」
「お姉さんの説明がすごく分かりやすくて楽しかったー」
「アオイさんとお揃いの羽、大事にします」
「今度街に来たら、忘れずにタピチェルしような」「本当タピチェル何ですか!?」
子どもたちは今日一日自分たちの面倒を見てくれたエルフの少女に、口々に別れの挨拶を述べ、サレンに伴われて街のある壁の向こうへと帰っていく。
「えへへ……皆さん。またよろしくおねがいします。出来れば……今度はお友達に……」
アオイもそんな彼らを、手を振りながら最後まで見送った。
「ふぅ……」
子どもたちの最後の1人が見えなくなって、ようやくアオイは重圧から解放され肩を撫で下ろした。
そんなアオイの元に、
「ちぇるーん♪ アオイちゃん。今日はめっちゃ頑張ったね~。ご褒美だよ~」待ちわびたとばかりにチエルがアオイに飛びついた。そのまま腕を首に回して顔を寄せ、スリスリ頬ずりをしてみせる。
「わっ、わわ……。チエルさん、顔近いですよ~」
「ほんと。以前と比べて見違えるようで、お姉さん感激。いや、マジで」相変わらず低いテンションだが、自らの感激を率直に伝えてみせるクロエ。
「アオイくんの成長を祝そうではないか」ユニも自分のことのように得意げだ。
「それにしてもアオイちゃんさ」アオイをようやく抱きつきから解放。にっこり笑みを浮かべたチエルが目の前の少女に問うた。「今日、子どもたちを案内してみてどうだった?」
「どうだった……って言われましても」意図の掴めぬ問いかけを不意に受け、怪訝な顔をするアオイ。
「アオイちゃんのことこんな風に言っちゃうのも悪いんだけども、いつもみたいな『失敗しちゃったらどうしようー』とか『こんな私で大丈夫なのでしょうかー』みたいなネガティブな感情が、頭からぶっ飛んじゃってたんじゃないかな?」
チエルは自らの問いかけの意図を説明した。
「あれ……言われてみると……。何だろう……。今日一日ずっと振り回されて大変だったのに。だけどもそれを苦しいとか、失敗したらどうしようとか。そうしたネガティブな想いをは無縁でいられたような……。不思議です……」
そうなのだ。
突飛な行動をしでかす子どもたちを監視し通しで、更には周りを取り囲む子どもたちの応対に大わらわのアオイではあった。
しかしそんな大変ずくめの1日を過ごしながら、「失敗してしまったらどうしよう」。「今のはまずかったんじゃないか」そう振り返ってネガティブな感情に囚われることは、決してなかったのだ。
クロエがふっと息を吐き、アオイに語りかける。
「アオイってさー。ほら、何でもやる前から不安がったり、今のは不味かったんじゃないかーとかどうでも良い失敗を振り返って、勝手に1人悩んでウジウジしちゃうじゃん。いや、それも内省的で決して悪いことではないんだけどさ」
腕組みをしたユニが頷いて口を挟む。
「僕も学園に来る前に里で1人勉学に励んでいた頃は、そうした内省に囚われることしばしであったな。端的に諌言すると、ユニちゃんセンシティブ」
クロエは続けた。
「だけどさ。何かが起こる前から勝手にアレだコレだ悪いイメージばっか思い浮かべたって、良いことないんじゃないかな。たまには我を忘れてマジになる。そんな局面があっても良いんじゃないか。ってゆーか。そう言うときのアオイってむっちゃすげーの、うちら知ってるし」
「あ……あ……」クロエの言葉に感激するところがあったのか、言葉を継げないアオイ。
「いや、本当。自分より小さい子供の面倒を見ていると手がかかってしょうがなくて。自分の悩みなんてどこか吹っ飛んじゃいますよね~」チエルがあっけらかんと言った。
「ミサト先生っていう人も、それを考えて今日アオイに園児たちの面倒を見させたんだろうな。いや、どこまで計算通りなのか分からないけども。本当底が知れないわあの人」クロエなりの、半ば冗談めかした褒め言葉だ。
自分1人でやっていけるのかと不安になり、始まる前からまだしでかしてもいない失敗のことを考え、怯えていたアオイ。
でもそれは、全くの杞憂に過ぎないのだ。まずはやれることを全力でやって、それから後を振り返れば良い。
今日だって実際に何度か失敗をしてしまい、サレンの助けを借りることはあった。それで何だというのだろう。そんなこと誰も気にしていないじゃないか。自分で自分のことばかり、深刻に考えていただけなのだ。
それに気付いたアオイは、今まで肩に降り掛かっていた重荷が、すっと降りた気がしたのだった。
「んでさ。今日の成功を糧にしてさ。困難に直面して上手くやれるか不安になった時も、『私なんかで上手くやれるのか』ってネガティブな思考に囚われずに、『いや、本気を出せば今日みたいに何だって乗り越えられるんだ』って、ポジティブに行けば良いんじゃないかな」チエルがまとめてみせた。
「は……、はい。頑張ってみます!」一度大きく息を吸い、アオイは宣言した。
「さて、積もる話があるのは山々だが。いい加減日も沈んできた。我々も街に戻らねば。せっかくだ。アオイ君も一杯どうだね」ユニが冗談めかしてクイッと杯をあおる仕草をして、アオイを誘う。
「あっ……。残念ですが、私は明日の準備もありますので」
「そうでしたねー。アオイちゃん1人でギルドのお留守番なんでした。がっくし」
「まぁ仕方ないし。手が空いたらまた今度森にお邪魔させてもらうよ」
「明日はまた子どもたちのツアーで手一杯ですしね」
「えっ? 明日も子どもたちが来るんですか!?」
「そうだよー♪ ってクロエ先輩はエルフだからいつでも顔パスでずるいですねー」
「何ならチエルも同道されたし」
「えっ、良いんですか? ラッキー♪」
「ほう。フィールドワークとは興味深いな。僕も同道させてもらおう」
「何だい。結局いつものメンツかい」
「皆さん。本当に今日は一日ありがとうございました……」
アオイはあらためて深々と挨拶をすると、またの再会を祝してなかよし部の皆と別れた。
エルフの森の自宅に帰るアオイのその足取りは、朝とは違う実に軽やかなものであった。