【アオイと下心】
明くる日。サレンディア救護院の子どもたちの世話から解放された休憩時間中。
浮かない顔をして食事をとるアオイの様子を見て、やはりお弁当を食べていたチエルが傍らに寄り添って話しかけた。
「ねぇねぇアオイちゃん。さっきから暗い顔をしてどうしたのかなー?」
「何ならうちらに話してみー。相談にのるから。まぁ力になれるかは分からないけど」
さっきからアオイの方をチラチラ伺っていたクロエも、チエルの行動を見てすかさずアオイの傍らに寄り添った。
「あはは。先輩は相変わらずアオイちゃん相手には分かりやすいですね~」
そのクロエの所作を目ざとく認め、チエルはからかって見せる。
「あっ。何だとてめぇいっぺん殴るぞごるぁ」
「ほら~。今もこうしてムキになっていますー」
なかよし部の2人の(残る1人は向こうで子どもたちと一緒に、ママサレンの庇護を受けてお昼寝タイム中)掛け合いを眺めつつ、アオイはおずおずときりだした。
「実はこの前こんなことがありまして……」
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その日もガイドが終わり、別れ際のことである。
「あのさ、アオイちゃん」
見送りをするアオイにそう話しかけてきたのは、大人しそうな男。
「は、はい。何でしょう」
「本当は今日のガイドを担当するのって、ハツネちゃんだったでしょう。事情で替わったみたいだけども、彼女が帰ってくるのっていつ頃になるかなぁ……」
どうやら男はハツネが帰ってくる日を尋ねているようだ。
アオイは答えた。
「あ、そのことでしたか。実はハツネさんは、急遽海の学校で講師をする事になったミサトさんのお手伝いをしに行くことになったのです」
「そういえば言ってたな。ミサトさん、夏の間海の学校に転勤することになったって」
男と連れ立った、強面の筋骨隆々の相方の男が、そう思い返して口を挟んだ。
「転勤というか特別講師みたいなものだそうですね。……そっかー、やっぱりハツネちゃんも一緒に行くことになったのかー」
「ですね……。ですので、夏の間は帰ってこられないかもです」
それを聞いて、ちょっと残念そうな表情を見せる大人しそうな男。
その表情を見咎めた筋骨隆々の男が、
「へへへ。こいつな。随分とハツネちゃんにお熱でな。今日のガイドも随分と前から『今度もハツネちゃんに案内してもらうんだー』って言いふらしてたんだ」そうからかって見せる。
からかわれた男も、
「何だ。お前だってミサト先生が夏の間出張する話を聞いた時、ずっと転勤するのかと勝手に勘違いして『ヤダー。ミサト先生と会えなくなるなんて辛いよー』ってベソかいてたじゃないか」
柄にも合わず、ムキになって負けずと言い返すのだ。
「ああ。ミサト先生。今頃何してるだろうなぁ……」
相手の告げ口を気に留めず、遠い目をしてつぶやく筋骨隆々の男。
「やっぱり海の近くだから水着に着替えていたりするのかなぁ……。くぅぅ。見てみたいなぁ……。ミサト先生の水着姿」
何気ない呟きは、いつしか握りこぶしをつくっての熱い語りに変わっていた。
筋骨隆々の男の願望を聞いて呆れるハツネ推しの男。
「はぁ? 海の近くの学校だからって水着とか、随分思考が短絡的ですね」
「いんや、そこは夢くらい見ても良いだろうが。ああ~、ミサト先生の水着姿。ぜひとも拝みたい」
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「クスン」
くしゃみに合わせブルンとたわわな胸が揺れる。
「あらいけない。こんなに暑いのにくしゃみが出ちゃったわ~。どうしたのかしら~。風邪じゃないと良いのだけども。心配だわ~」
そんな様子を見た部員たちは、
「ごくり……」
「じゅるり……」
生唾を呑み込んだ。
グラウンドの部員たちの視線が、ベンチの一点に釘付けになった。
「おい、ボールがそっちに飛んだぞ! よそ見すんな!」
グラウンドの外に気を取られた部員たちに向かって、バッターボックスに立つバッターの握ったバット(?)から罵声が飛ぶ。
しかし部員たちは警告に関わらず、あらぬ方を向いたまま硬直し続けた。
全力のフルスイングでノックされた打球は、鋭い弧を描いて部員1目掛けて飛んでいく。
ゴチン
豪速のボールは、外野で立ち呆けていた部員1の頬にモロに激突した。
「ハラホロヒレハレ」
打球を受けた部員1はたちまちノックアウト。その場に崩れ落ちてしまった。
ポロリ……。ゴトゴト。頬にめり込んだボールも、時間差で地面にこぼれ落ちる。
「お、おい大丈夫か」
「しっかりしろー!」
部員1に起こった悲劇にハッと気づいて、慌てて駆け寄る部員たち。
「うわ~。大変だ~」
「ほれ見ろ。言わんこっちゃない」
部員1の末路に驚きの声を漏らすバッターボックスの少女。彼女の握ったバットも悪態をついた。
「大変~。大丈夫かしら~」
顧問のミサトがベンチから飛び出すと、駆け寄って、彼のことを優しく介抱するのだ。
「うん、良かった。ボールが頭には当たっていなかったみたい。でも急に起き上がったら危ないから、しばらくこうしてじっとしていましょうね~」
後頭部に感じる柔らかさに部員1、感涙する。
「ミサト先生の膝枕……。我が生涯に一片の悔い無し。ガクリ」
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森の入口で人間たちを見送るアオイ。
ハツネに合格を出されるまでマンツーマンで徹底的に訓練され、彼女から「うん。やっぱりアオイちゃんは可愛いのだ」と太鼓判を押されたスマイルを見せながらも。頭の中では先ほどの男同士の語り合いを振り返りつつ、
「そうですよね。私、ちょっと仕事が上手くいって皆に褒められたからって、調子に乗っていました。
皆さんミサト先生やハツネさんのことが大好きで、こうしてエルフと交流に訪れているのです。所詮ボッチの私なんか、皆さんからしたらお邪魔虫の無視の助さんですよね」
そんなことを考えナーバスになる。
やがて人間たちが向こうに見えなくなると、アオイは表情を曇らせた。
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「はぁ……。なるほどね……」
アオイの話を聞いて、渋い表情をつくるクロエ。
「はー。何というかですね……」チエルもいつもの成りは潜めややマジな表情。「ははー。その男の人達は、ミサト先生やハツネさん目当てで、エルフの森の観光に訪れていたわけですな」
「ていうか下心剥き出しでやって来た相手にマジになるのも馬鹿らしいっつーか。その辺どうなのよ」
「それでも私は皆さんをがっかりさせてしまいました。私はいらない子さんなのです」
自分の悩みを告白して言語化したことで、却って自罰的になったのかしょげ返るアオイを
「ちょっと待てっつーに。それ短絡的に過ぎるからね。いやマジで」クロエは慌てて諌めた。
「でもね。アオイちゃんは偉いと思うんだよー」
お弁当のチキンナゲットの最後の1個を、味わい深く飲み込んだチエルが、真面目な顔をして語りかける。
「ほら。前にユニ先輩も言ってたけど、アオイちゃんってさ。誰とでも仲良くなろうとするでしょう」
「わ、私がですか!?」
「目の前にいる人に別け隔てなくっていうかさ、人を色眼鏡で見ない。優しい視線を注いでいる」
日頃から引っ込み思案で、自称ボッチのアオイ。
そんなアオイだからこそ、誰に対しても偏見の目がない。門戸が開かれている。だから学園で異端とされていた「なかよし部」の皆とも、こうして友誼を結ぶことができたのだ。
学園の皆も、そんな優しい彼女を受け入れ、取り巻いたのだ。
「しかも今話したみたいに相手に注意深く関心を払ってさ、その人の気持ちを汲んでしまうじゃん。それって凄いことだよ。私でも絶対ムリ!」
「うう……」
「それで相手の気持ちまで慮っちゃう。それがどんなにくだらない下心であったとしてもだよ」
「くだらない……。ですか」
「そうそう。それでそいつらが観光に来なくなるっつーなら、所詮エルフに対してその程度の思い入れしかなかったっつー訳で。そんな奴らそれではいサヨナラ~で、気にする必要ないし」バッサリ切り捨てて見せるクロエ。
「ですよねー」
「アオイはアオイで、そんな下心じゃなくてさ、純粋エルフの森に関心を寄せてくれる良い人たちを見つけて。その人達に優しさを振りまけば良いっつーか、むしろその人達の為に頑張るべきじゃないの」
クロエはそう諭すように語った。
「うう……。頑張ってみます」
「ほんと善処されたし」
2人の説得で少し気を取り直したアオイ。
「そうですよね。私の仕事はエルフの森やエルフの文化に関心を持っている人たちをガイドすることでした。こんなことでしょげ返って、本末転倒になっていては駄目ですよね」
そう、決心。気持ちを奮い立たせるのだった。
「んで。そろそろお昼タイムも終わりだし。うちらはとりま午後の準備をしますか」
「はい。相談に乗って頂きありがとうございました」
「そうだ。先輩も起こさないとですねー」
「だな。あの人うちらが起こさないと何時まで寝ているか分からないし。……というか子供相手に布団の占有領域ガチになって争う人、初めて見たし」
後半はアオイに聞こえないよう、ボッソリ呟く。
「あれ。そう言えばユニ先輩の姿が見られませんでしたね」
「あー、何つーか。あの人は向こうで予習をしているっつかー。……そうですよ、この子。ユニパイセンの二面性知らないんでした。アレを目撃してショック受けられても困るから、ここは黙っておきますか」
言いづらそうにするクロエの態度に、不思議なものを感じるアオイなのであった。
そして頑張って仕事を続けていた後日のことである。
ガイドのさなか、休憩中に木に登り枝に腰掛け、やって来た小鳥たちと戯れていたアオイ。
ふと樹の下にいる、今日も訪れていたハツネ推しとミサト推しの男たちの会話を耳にした。
「でもさ。アオイちゃんも偉いよなー」
「本当そうだよなー」
(私ですか?)
2人が自分の事を話題にしているので、アオイは思わず緊張で身を固くしてしまう。
今更出ていく訳にもいかず、木の上で身を潜めているしか無い。彼らの会話は嫌でも耳に入り続ける。
(どうしましょう……。怖いことを口に出されたら。私一生立ち直れないかも知れません……)戦々恐々のアオイである。
だがアオイの不安をよそに、2人の会話は彼女に対して好意全開のものなのであった。
「そうだぜ。考えてみろよ。夏の間ずっと、あのミサト先生の代わりを務めているんだぜ。どんだけ凄げぇことだと思う?」
そうまとめたミサト推しの筋骨隆々の男が、腕組みをして深く頷いた。
「本当そうです。しかも1人で仕事をこなしているとか。そんな状況でプレッシャーもあるでしょうに、逃げずに頑張っているんですから本当凄いですよね」
「だよなぁ……。大勢の人の前で喋るとか、俺ならビビってぶるっちまうぜ」柄にもなくそんな事を言う筋骨隆々の男である。
ふとハツネ推しの男が語りだす。
「実は私、ハツネさんが出立する数日前に、彼女から頼まれていたのですよ。『私が留守にしている間にアオイちゃんが1人になるの心配だな~。私がいない間にエルフの森に来ることがあったら、あなたからも後輩のアオイちゃんのこと気にかけてあげて欲しいなー』と。そうしたらあの日ハツネさんの代理でアオイちゃんが立っていました。なのでその時のお願いを思い出して、ハツネさんがいない間もこうしてエルフ村の観光ツアーに顔を出していたのですよ」
ここだけの話、実はハツネは自分が出発する前、馴染みのお客さんや森のエルフの仲間たちに、アオイを気にかけてくれるよう、お願いして回っていたのだ。男もその中の1人だったのだ。
「お、何それ。くーっ、羨ましい」
「貴方だってミサト先生の手助けが出来たらとか考えていたでしょう」
「そうだぜ。いざとなったらアオイちゃんに助け舟を出して。後でミサト先生に『いい子いい子』してもらうつもりだったんだがなー」
「ほれ見なさい」
2人の話を聞いているアオイは表情を曇らせた。
(そうですよね。皆さんハツネさんやミサト先生が好きだから、2人の為になろうと思って、私なんかを気にかけてくれているに決まっているのです)
意気消沈するアオイであったが、
「だけどですよ」ここで男たちは神妙な顔つきをして続けた。「ひたむきに仕事をこなすアオイさんの事を見ていたらですね。ハツネさんに頼まれたからとは無関係にですね。個人的にもアオイさんを応援したいと思えてきました」
(え?)
「本当そうだよなー。別に俺たちなんかが手伝わなくったって、アオイちゃんはしっかりやっているし。下心ありきアオイちゃんのサポートをするんだ、なんて、勝手に思ってた自分が恥ずかしくなって来たぜ……」
「全くです。それにアオイちゃんの誠実なスピーチを聞いていたら、あらためてエルフの森についてもっと深く知りたいとも思えてきましたしね」
「俺もだぜ」
(ううう、皆さん……。ありがとう……)
2人が立ち去った後も、アオイは木の上で1人感激していた。
純粋に、自分の頑張りを彼らが認めてくれたんだと、喜ぶという気持ちもある。
それにだ。
あの時親身に相談に乗ってくれた、いつも優しいクロエさんとチエルさんには言わなかったこと。
ハツネやミサトに良い顔を見せたいからという男たちの気持ちを、チエルさんは『下心』と言った。
その上で、2人はそれをバッサリ切り捨ててみせた。それでアオイのことを激励してくれた。
だけどもだ。
「私だって……。本当はそんな気持ちがないとは言えないんです。全くの無心で今の仕事を頑張っているのかと言われれば、実際のところ違うのですから」
アオイはそっと胸に手をあてる。
「今もお友達をつくりたい。皆さんとお友達になりたい気持ちに変わりはないのですが……。それでも、どうしたことでしょう。あの人と特別のお友達になりたい。そんな事を考えている自分がいるのです」
頭の中で顔を思い浮かべる。
自分自身そう言う『下心』があったから、これまで頑張ってこれたのだ。
あの人と仲良くなりたい。
言葉には出来ないがそんな気持ちがどこかにあったアオイ。
【フォレスティエ】に入隊してからのスピーチの練習中も、エルフの森と街を繋ぐ結界について説明する時、自分と彼の種族、エルフと人間が仲良くなるところを思い浮かべながら言葉を紡いできた。自然スピーチにも身が入り上達していく。いつしか緊張もどこかに置いていた。
朗読が上達したのを褒められれば、自身がついて他の箇所の朗読も上手くなった。
苦手だったスピーチがクリアできれば、他の研修だってクリアするのは不可能ではない筈。そうやって研修を乗り越えてきたのだ。
そして練習の成果を披露する舞台で、エルフの森の文化に関心を持って、そのスピーチを聞いてくれる人たちがいる。
皆がエルフと人間を繋ぐ架け橋となる彼女のことを讃えてくれる。
そもそも下心がなければ、ここまで上手くいかなかっただろう。(優しいミサト先生なら「アオイちゃんならキッカケが何であったとしても、どの道上手くいっていたわよ~」と、褒めてくれるかも知れないけど)
あの2人だって、確かに初めはミサト先生やハツネさんに気に入られたいという下心で、アオイを気遣ってくれたのかもしれない。
だけどもそれから純粋にアオイの頑張りを認めてくれ、更にはあらためてエルフの森について深く知りたいと言ってくれた。
それで良いのじゃないだろうか。
自分が良くて、他の人のそれは駄目というのでは、それはワガママさんだ。
初めはどんな『下心』から始まったとしても、
本当の何かを掴めれば良いのではないだろうか。
「えへへ……。こんなこと考えて、私はずるい子さんなのです」
自分の裡に秘めていた気持ちを前向きに捉えることができるようになり、少し大人になったアオイであった。