やはり俺の青春ラブコメはまちがっている(独)   作:あきカン

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彼らの変化はある意味小さくもあり大きくもある。

千葉県を代表するような有名進学校ではないにしても、ここは下からよりは上から数えるくらいには優秀な人材が集まっている高校だと言える。

 

中でも特に優秀の中の優秀、ベストオブ優秀は間違いなく彼女(こいつ)だろう。

 

「比企谷くん、なぜこちらを見ているのかしら」

 

雪ノ下雪乃───全てに於いて高スペックを持つ、国語が唯一……いや、特に得意である俺でもこいつには勝てない。

 

「いや別に、たまたま偶然目がいっただけだ」

「そう。ならいいのだけれど」

 

いいのかよ。

 

「そういえば、由比ヶ浜は?」

「彼女は来れないそうよ。補習らしいわ」

「おいおい、まだ三年になったばかりだぞ」

 

あいつはどれだけ馬鹿なんだよ。

 

「そういうあなたは、数学の補習は無いのかしら」

 

少し馬鹿にしたように雪ノ下は訊ねてくる。

 

「なんで俺がテスト失敗したことになってんだよ」

「……違うの?」

「違うわ! ……まあ危なかったとは思うが、赤点じゃない」

 

 

そこまで誇れる点数じゃなかったことは、こいつには絶対に知られたくない。

事実だけを言いながらも、重要なところは濁しておく。

 

「……ねえ比企谷くん」

 

小さな声で俺の名前を呼ぶ雪ノ下。

 

「週末は……予定はあるのかしら」

「いや、別にないけど」

「そう……」

 

なんなんだ、これは。

 

「実は、土曜日に由比ヶ浜さんと勉強会をすることになっているの」

「それで俺にどうしろと」

「あなたさえよければ、その……来てくれないかしら」

 

少し恥ずかしそうに雪ノ下は言う。当然だ、今までそんなことを言ったことは一度としてない。前に一度ばったりと会ってしまったが、その時は雪ノ下と由比ヶ浜と戸塚(いいな~)の三人だった。

 

「……そういわれてもな。一つ聞きたいんだが、勉強会って何するんだ?」

「それは……勉強をするのよ」

 

雪ノ下にしては珍しく要領を得ないな。まあ前のあれを見ている感じだと、雪ノ下が由比ヶ浜に教えるのが普通なんだろう。

 

「言いたいことはわかったが、そもそも俺が参加する必要なんてあるのか?」

 

雪ノ下は国語、日本史においても俺より順位が高い。そんな彼女が、俺に何をしろと。

 

「あるわ」

 

はっきりと言った。

 

「実は……その……由比ヶ浜さんに、国語を教えてあげてほしいの」

「なんで俺に」

「私だと、うまく教えられないみたい。彼女、暗記とかはあまり得意ではないようだから」

 

 

まあ、確かに。

 

「──だから、あなたならもしかしたらと、そう……思ったのよ」

 

まあ予定もないし、断る理由もない。あれだ。断れそうな時ほど断りにくい、今はまさにそんな状況。

 

「期待に沿えるかは知らんが、まあ……了解」

 

雪ノ下は少しポカンとしてこちらを見る。

 

「なんでこっち見んだよ」

「……え? あ……ごめんなさい。少し意外だったから」

 

意外……ね。まあ確かに、俺もそうは思う。昔なら雪ノ下の反撃に怯えて仕方なくOKしていたかもしれないが、さっきのは少し違った。

 

「それで、どこでやるんだ」

「特に場所は決めていないけれど、……そうね、比企谷くんのお家でもいいかしら」

 

とたんに悪い目をしやがる。といっても、これが普段の雪ノ下だ。悪い目というより、強い目か。

 

「俺の部屋以外でなら、別にいい」

「さっきのは冗談……というのは失礼ね。なら週末、いつがいいかしら」

「いつでもいい。なんなら俺が寝てる時でもいいぞ。小町がいるはずだからな」

 

あわよくば(仮)眠をとって逃げようという素振りを言葉で示す。

 

「その時は、小町さんに頼んで無理やりにでも起こしてもらうわ」

「……それは止めてくれ。わかった、11時くらいからならたぶん俺も起きてる」

「あなた、週末はそんな遅くに起きてるの?」

 

雪ノ下が怪訝そうに訊いてくる。

 

「別に普通だろ。健全な週末を送ってる高校生なんてそうそういない」

 

あくまでも持論だ。

 

「そうね、忘れていたわ。あなたがそういう人だということを」

 

わかってくれてなによりだ。怠惰=人間、それが俺の考える人間の真理だ。

 

「とにかく、土曜日11時から勉強会。それでいいかしら」

「ああ」

 

雪ノ下はパタンと本を閉じる。

 

「由比ヶ浜さんも今日はこれないようだし、用も終えたから今日はこれで解散にしましょう」

「そうだな」

 

 教室を出て、廊下へ。

ガラガラと扉を閉めると、俺たちは挨拶をかわす。

 

「それじゃあ……」

 

雪ノ下が手を振る。それが、いつかの記憶に重なって見えた。

 

「また明日」

「……また明日な」

 

俺は雪ノ下が後ろを向くのを見届けて、後で同じように後ろを向く予定だった。

しかし、突然彼女が足を滑らせた姿が目に映り、とっさに。

 

「……っとと」

 

腕を掴んでしまった。間違えて力を込めると、すぐにでも折れてしまいそうなほど細い。

 

「……大丈夫、か?」

「……ええ、大丈夫、よ。ごめんなさい、迷惑をかけたわ」

 

ゆっくりと起き上がり、雪ノ下は俺を見る。

 

「ごめんなさい、比企谷くん。少し、肩を貸してくれる?」

 

雪ノ下は荒い吐息をはく。熱を持ったように、顔が少し赤い。

は……?と状況を理解できていない俺に、雪ノ下は強引に肩を掴んだ。

吐息が、すごく近くから聞こえる。手から伝わる熱が、雪ノ下の状態の危険度を俺に知らせる。

ドッキリでもなんでもない、逆にそれがひどく怖い。

ここで待っていてもどうしよもなく、俺は雪ノ下を一時保険室に運ぶことに決める。

 

「悪いわね」

 

ゆっくりとベッドに下ろすと、雪ノ下はいつもの雪ノ下らしからぬ姿を俺に見せた。

 

「その……大丈夫……なのか?」

「ええ、少し熱っぽいだけよ」

 

そんなふうには見えない。

 

「なんでそんなになるまで残ってんだ。休んでいいだろ、普通に」

「そうね、あなたの言うとおりよ」

 

くそ、調子狂うな。

 

「とりあえず───ほら、薬」

「ありがとう」

 

いつもの俺らしくもなく、水まで持ってきてやる。どうも、ほっとけないという思いがあるようだ。こんなことするなんて、小町以外にはいないと思ってたんだが。

雪ノ下は薬を飲んでからベッドに横になった。

俺は上から掛け布団をかける。

 

「比企谷くん、あなたって、意外と優しいのね」

「変な誤解すんな、病人には優しくしろって、母ちゃんが言ってただけだ」

 

雪ノ下の口元に笑みが浮かぶ。

 

「こんな時まで、冗談言わなくていいのに」

「冗談じゃねえよ、いいからさっさと寝ろ」

 

照れ隠しであることを隠す。

だが雪ノ下は黙ったまま、しばしの沈黙が続く。

それを破ったのも、雪ノ下だったのだが。

 

「ねえ比企谷くん」

「……何だよ」

「一つ、お願いをしてもいいかしら」

「俺ができることなんて、何もないと思うんだが」

「そうね、少し頼み難いのも確かね」

 

いったいなんなんだ。

 

「なら、この前のマラソンのこと、覚えてる?」

「忘れてるって言ったら、どうすんだ」

「私は覚えているからいいのよ」

 

なんと横暴な……。

 

「……覚えてる、けど」

「なら、あの時の借りを精算する機会をあげるわ」

 

そんなことを言われると、何か不当なことをさせられるのではないかと考えてしまう。例えば──。

 

「金をよこせ──はないか。なら……このことを黙っておけ、とかか? そんなこと言われなくてもいわねえ──」

「少しだけ、このままでいてくれない……?」

 

………よ?

 

「………」

「ダメ………かしら?」

 

本気か?

 

「……そんなんで、いいのか?」

「ええ、今はこれが最善よ」

 

何が最善だ。んなことより保険の先生呼びに行けとかあるだろ、普通。

 

「……わかった。このままほっとくのもあれだしな」

「……ありがとう」

 

そうして、雪ノ下雪乃は目を閉じた。

 

明日になったら、いつもの雪ノ下に戻っていることだろう。寝息を聞いたか、寝顔を見たか、とか色々言ってくる未来が目に浮かぶ。

当然全て否定するつもりだ。何を聞かれても何も見ていないし聞いていないを貫く。

今彼女の寝顔を見ていることも、ス──とおよそ寝息とは思えない何かの響きのようなやはり寝息を聞いていることも、彼女は知らない。

 

──しかし、気持ちよさそうに寝てやがる。

 

それが妙に嬉しかったことだけは、必ず墓場まで持っていくことに決めた。

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