やはり俺の青春ラブコメはまちがっている(独)   作:あきカン

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始まる前に、比企谷八幡は全てを終わらせている。

彼との関係が一か月ほど続くと、彼も緊張が取れたのか、普通に話すようになった。

 

「勢いはあるんだけど、こう、それしかない……みたいな」

「ええ……、そこまで酷いのコレ……」

 

今まではカレーでいう激甘口の総評だったけれど、彼の姿を見届けると決めてからは中辛くらいの厳しさでコメントしている。「なんか急に辛辣になってない?」と聞かれたけれどその通りだ。最近はダメ出ししかしていないから、彼の顔色は連日よくない。

 

「百人が聞いたら君以外は全員同じ感想を言うと思うよ」

「ぐっ……!」

 

彼は悔しそうに歯噛みすると、メモ帳を握る手に力を込めた。

正直に言ってしまえばその勢いもただの勢いで、「なんのこっちゃ」と首を傾げる人の方が多いと思う。腐女子という外面を維持し続けるために流行のBL小説を片っ端から読んだ私でようやくその感覚の僅かを感じ取れるくらいだ。つまりは全ボツなわけだけれど。

 

「基本的な描写力をつけたいなら、ラノベよりかは純文学小説の方がいいと思うよ」

 

すると、彼は露骨に「うへぇ」という顔をした。この顔だけで、小説=ラノベという間違った認識をしているのがわかった。広く一般に知られているのがライトノベルだからそういった考えになってしまうのはわからなくはないけれど、文学界隈では純文学=小説という認識のほうが強い。どちらが先に生まれたかを考えてみれば、圧倒的に純文学の方が古いのだ。

この両者の対立はきのこ派とたけのこ派並みに溝が深い。ちょっと言い過ぎかもしれないけど。

 

その中でも最近の流行りの横文字バンバン小説ばっかり読んでいるであろう筆頭の彼には、ぜひともその認識を改めてもらいたい。

 

「嫌なら別にいいけど。この先今言った描写力の壁を乗り越えないと前には進めないと思うけど」

 

ちょっと意地悪に、実際は他にも色々と方法はあるけれどもそう言う。これで折れるならそれまで。けれど私は、できるなら折れないでほしいと思う。

すると彼がおずおずと聞いてきた。

 

「ラブコメとかは……」

「そんなものはない」

 

即効で切り捨てる。昔の恋にはラブはあってもコメはない。現代で言えば純愛。その類だ。

これはヤバいかも、と不安になっていると彼はまたしても聞いてきた。

 

「異世界とかは……」

「ありえない」

「ファンタジーとかは……」

「それはまぁ、あるかもね。SF、現代ファンタジーのジャンルになると思うけど」

「まあ、それなら……」

 

なんとか、と自信なさげに彼は頷く。

 

「じゃあ、買いに行こうか。さっそく今日」

 

言うと彼は「へ?」と口をそのままへの字にした。

 

「あ、もしかして予定あった?」

「いや、そういうわけではないが。──これはもしやデートなのではないかっ……!」

「いや、全然違うけど」

 

一人で盛り上がる彼に私は冷静に言葉を挟む。ただ本を買いにいくだけ。私たちの関係は、いわば編集と作者。その間に、恋愛感情などありはしない。

 

「あ、はい……」

 

彼は急にしゅんとなる。現実を突きつけたからか。妄想の世界に生きる者たちのことはよくわからない。

 

「じゃあ、待ち合わせとか面倒だから、現地集合でいい?」

「いや、我場所知らない」

「あ、そっか」

 

平淡な口調になった彼に私はポケットからスマホを出した。

 

「ほら、君もスマホ出してよ」

言うと、彼は慌ててスマホを出す。なぜ内襟。

 

「LINEやってる?」

「いや……」

「じゃあメアドは?」

「それなら……」

 

そうしてアドレスを教えてもらい「あとで場所の位置情報送るから」とだけ言い残して、私は屋上を後にした。

 

×××

 

私は本を買う時、常に場所に注意している。普段利用している本屋は二つで、一つは見られても良い用。もう一つは見られてはいけない用の本屋だ。

 

今回は学校近く。見られても良い用の本屋を見て回るわけだけど、実際に寄るのは純文学コーナーだから、カモフラージュに一冊、BLの本を買っておいた。

 

彼は本棚をまじまじと見つめて呟く。私は隣、といっても肘と肘に五個くらい拳が挟まるくらいの距離を保ってその様子を眺めていた。

 

「ううむ、わからん」

 

だろうね。

初めて純文学を見た人たちは大抵そう言う。ただそれは彼らの理解力のなさとかそういうものではない。ただの表示一つとっても、ラノベとこれではまったく異なる。

 

「何かいいのあった~?」

 

それでも私は彼に本を買わせようとする。あの拙い文章が変わったときの物語が変わり様を見たいのでは決してない、むしろみたいのは、過程の方だ。

 

「ううむ……」

 

両腕を組んで思案する彼に私は重要なことを教える。

 

「本の裏表紙に簡単にあらすじが書いてあるからちょっと見てみたら?」

「……ふむ」

 

彼は指貫グローブの慣れない手つきで本を掴み、私の言うとおりに裏表紙のあらすじに目を通す。

そして何冊か確認、うち一冊をちょっと開けて見てみて違うと思ったのか棚に戻す。これを繰り返すこと数回。

 

私には一つだけこれは確かだと思うことがある。どれだけ本が苦手な人だとしても、必ず一冊は読める本が存在する。それは後に、色んな本を読みだすきっかけになる運命の本。

彼はまだ、それを見つけられていない。これで見つかるかどうかはまだわからないけれど、ラノベとはいえ本を読んできた経験のある彼なら、自分の肌にあった本を見つけ出せると私は思った。

すると、とある本のあらすじを確認し中を開いてみた彼の口から、ぽつりと溢れる。

 

「いい……」

 

長めの小説は苦手なのか、ずっとページ数の少ないものばかり手にとっていた彼の選んだ本は、結局のところ三百ページにも満たない薄いものだった。

しかし、この反応は思ったよりいい。

 

「これにする?」

「うむ、我、これにするっ!」

 

そんな子供のようなはしゃぎ様でるんるんレジに駆けていく。正直ちょっと気持ち悪かった。

彼の買ったものを棚から取り出してみると、私の読んだことのないものだった。

数ページぱらぱらと捲って流し読んでみると、なるほどこれは彼にぴったりだ。

既に会計を済ませた彼の後に続き、私も会計を済ませて店の入り口付近で少し話をした。

 

「どれくらいで読めそう?」

「ううむ、ちょっと目処は立たない。だが、たぶん一週間くらいでなら……」

「おっけー。じゃあそれまで私は君の原稿は読まないから」

「えっ」

 

目を点(メガネの曇りで見えないけど)にする彼の反応に応えて私は言う。

 

「屋上にはもちろん行くよ。けど、君のやるべきことはなによりそれを読むこと。たった一回でもいいから、とりあえずよんでごらん。明日確認するからね」

 

ちょっと早口で捲し立ててしまったけれど、彼は「ら、ラジャー」と敬礼の仕草を見せる。ま、これなら大丈夫かな。

 

「じゃねー」

 

そのまま彼と別れて、私は一人、また海老名姫菜に戻る。

 

×××

 

屋上とか校舎裏とか、男子はなぜみんな決まった場所を告白する聖地みたいに設定するのだろう。見られにくいからとか言う理由なら、そんなチキンな奴とは付き合えないと笑っていってやってもいいものの、女子の方も似たようなものだから、笑うに笑えない。

 

「あ、あの海老名さん……」

 

私を校舎裏に呼び出した知らない男子()もまた、その一人であるけれど。告白する勇気を持っていることに関しては、少し尊敬しないといけないのかもしれない。

 

「ごめん。私彼氏いるんだ~」

 

そんな嘘を、言わないとまた彼は来る。

正直なところ、私と付き合おうとする彼のことが理解できない。そんな物好きが、何人もいることが。

「うっ……!」

 

私に付き合う価値なんて、ありはしない。

だから断ることにも、なんの戸惑いもなかった。

もっといい人がいるから探してみそ、とちょっと先輩面して目で伝えてあげる。

彼もまた、泣いている。告白に失敗した悲しさだろうか。それとも、いもしない私の彼氏に対する恨みか。

 

ごめんね。

 

 

「うん、前よりよくなったよ」

「ほ、本当か!?」

 

いつもの特別棟の日陰、座り込んだ私の隣で二週目に突入していた彼の手が止まる。

はいはい止めないでー、と軽く言ってから、私はその質問に答えた。

 

「うん、文章全体のバランスはよくなったよ。やっとまともに読める文章になってきた」

「え、じゃあ今までは?」

「読めるとこだけ読んで、意味わかんないとこは飛ばしてたかな。正直テーマとかわかんなかったや」

「なぬぅ」

 

彼は呻き声をあげた。けれどこれでようやくちゃんと読むことができる。世界観のめちゃくちゃさとか横文字の多さは依然残っているけれど、そこは彼の個性でもあるから無理に言わない。

 

「まぁ1ヶ月ちょっとだったけど、随分進歩したじゃん。よかったよ」

 

私は思っていたことをそのまま伝えた。

 

「うむ、それも全部海老名殿のおかげだ」

「ま、それはあるかもね」

「えっ、そんな当たり前みたいに言っちゃうの?」

 

ちょっと意地悪なことを言うと彼は戸惑った顔をした。否定して「君が頑張った成果だよ」と言ってほしかったらしい。

 

「嘘だよ~、君が頑張った成果だって」

 

肩をバンバンと叩いて言うと、彼は顔を歪ませて「うっ、うっ」と叫ぶ。そんなに強く叩いたつもりはないんだけどなあ。

 

けれど私が本当にすごいと思うのは、彼がこれまで本を読む期間以外で休まず小説を書き続けたことだ。私がここに来てまず見る光景は決まって彼が踞り小説を書いている姿で、そのひたむきさは認めなせればいけない。

彼は変わらなかった。貫いたのだ。自分を。

 

その姿を見てきて、私は何を見つけられただろう。今一度考えてみて出てきた答えは。

 

──わっかんないや。

 

何もなかった。

 

「それなら後は一人で大丈夫そうだね」

「えっ、でも……まだ読んでもらいたいものが……」

 

彼はバッグの中身を見せてきた。そこにはまだいくらか原稿の束が入っている。……まだあったのか。ここに来て新事実。

 

「ま、それはまた今度ね。こっちにも用事があるから、まあどうしてもって時は連絡してよ」

 

立ち上がって言う。すると彼は何か思うような顔をして「うむ」と小さく頷いた。

 

「じゃね」

 

手を振って私は屋上を去る。

その間ずっと、彼は私を見続けていた。

 

それから数日後、自室で私が勉強しているとき、彼から電話がかかってきた。

この一か月の間にLINEのインストールをさせてはいたけれど、電話をしてきたのは初めてだったからこれは何かあるなあと思いながら応答する。

 

「やっほー、なに?」

『あ…明後日など……、海老名殿は暇をもて余してはいないだろうか』

 

その改まった口調と緊張したような息遣いから、私は容易に彼の心理状態を察せた。そうして今の状況はどのようなものかを、瞬時に理解する。

 

あ、これはそうか──そういうこと(・・・・・・)なのだろう。

 

冷めたように気持ちが冷静になった。彼も彼らと変わりない一人の男だ。そんな当たり前のことに気づくと、途端にどうでもよくなった。

これでもう終わりにしようと、私は了承の旨を伝える。

 

「空いてるよ、続きできたの?」

 

そう訊ねると、彼は少し間をあけた。

『……うむ、それで場所は──』

 

×××

 

当日になって確信した。彼は告白するつもりなのだと。服装に違った様子は見られない。もうすぐ夏休みだというのに、冬服のような分厚い上着を着ているのはいつも通り。けれど、彼から伝わってくる緊張に、私はそう断言できた。

 

「じゃあ早速見せて」

 

そう言うと彼は「うむ」と頷いて鞄から原稿を取り出した。いつもながら思う。彼は本気なのだと。コミケで知り合った人達にも、ここまで分厚い原稿というか長い文章を書ける人はいなかった。

 

「……うーん、超紅蓮波動砲(アルティメットスカーレットバースト)はちょっと長すぎるんじゃないかな。スーパー何々とかもっと短い方がいい気はするね──ざっとこんなところかな」

「なるほどなるほど。ふむふむ」

 

メモを書き追えると彼はそのまま席を立とうとして、ひゅっと止めた。私に向き直り、メガネの逆光で見えない中の目を私に向けながら、彼は訊いてきた。

 

「……映画など、見に行かないでござるか」

「……いいよ」

 

私達は立ち上がった。

 

映画館に向かう途中、会題が尽きたのか、海老名殿は何を見たいのだ、と彼は訊いてきた。

私が選んでもいいの? と訊ねると、彼はもちろんだとも、と自信げに頷いた。

 

そこから少し歩いて映画館についてすぐ、私は宣伝ポスターを指差した。

 

「じゃあ、こういうのかな」

「なるほどなるほど、スポ根であるか」

 

彼はそれを、ふむふむと眺めている。

 

「何か小説のネタになるやもしれぬ。あいやわかった! スポ根にしましょうぞ!」

「おっけ~」

 

そうして私達は券を買い、映画を見た。内容は本当にスポ根だった。よくある野球の無名チームが頑張って強くなる系の、いわゆる泣けるスポ根。けれど私は、それをなぜかメモ帳を片手に見る彼の姿にばかり終始目線を向けていた。

視線はほとんど彼にありながらも映画を見終わって思ったのは、あれは本当に私が見たかった映画だったのか、ということだった。ただいつもみたいに、そういうのを選ぶ自分を演じていただけかもしれなかった。

 

見終わってすぐ、私達は近くのカフェでお茶をした。彼は私がホットコーヒーを頼むと、同じものを、と厨二病満載の仕草で店員に頼んだ。

 

「──ね、君はさっきの映画、面白かった?」

 

店員が去ってすぐ、私は彼に訊ねた。

 

「もちろんだとも。おかげでいい小説のネタが浮かびに浮かんで、我溺れそう……」

「あ、そう……」

 

笑いを取りにきたのか、そもそもそういう人だからか。どっちにしてもこれは笑顔では返せない。

手を伸ばし、机に顔を付ける彼を無視して、私は手をパンと叩いた。

 

「外も暗くなりそうだし、そろそろお開きかな」

そう言うと、溺死寸前のフリをする彼の動きが止まった。お、おうっ、という声も止め、視線を私に向けてくる。

私が ? という表情をすると、彼は俯いて私に言った。

 

「……まだ少し、我に時間をくれるわけにはいかないだろうか」

「、何?」

「いや、ここではちょっと……」

 

言い淀む彼に、少し冷静さを取り戻した私は言った。

 

「じゃあどこ行こうか。あまり遠くならないとこがいいよね」

「……そ、それはもちろん……。だが人気のないところというのもなんというか──」

「何か関係あるの?」

「いっ、いや全然っ!? まったく関係などないに決まっておるではないかっ!?」

 

少し意外だった。どうやら彼は、告白することに状況や空気感(シチュエーション)を重要視するらしい。単にドラマとか漫画の観過ぎなだけかもしれないけど。

 

「じゃあ公園でいい? それなら近くにあるから」

「もっ、もちろんだとも!」

 

私達は方向を変え、公園に向かった。

 

「──それで、話って何?」

 

日も暮れ始め、普段は朝からジョギングなどをしている人をよく見る、時間帯からか人通りの減った公園のベンチに私達は座っている。

 

「え、あ、いやその……」

 

ここぞという時になると、急に気弱になる彼に私はだんだんと苛つきを覚えた。

ぐっと下を向き拳を握る彼は、きききき、と言葉を詰まらせて私に言う。

 

「海老名殿は今日、楽しかっただろうか……」

 

どう答えるべきか。正直に言えばまったく楽しくはなかった。普段はよく遊びに行ったりして、それで疲れることはないのだけれど、今回は色々と疲れた。戸部っち()の時よりも。

それでもこういう時に答えるべき言葉は私の中で決まっている。

 

「楽しかったよ、もちろん」

 

笑顔まで疲れてきて、ほとんど瞼を閉じるだけになった。笑ってたっけ、この時の私って……。

 

「そ、そうなのか……」

 

楽しかったと答えたのに、彼の表情は曇っている。いや、少なくとも楽しそうではない───どうしてなのか。

 

「それで話って?」

 

我慢するのもちょっと面倒になり、私は少し声量をあげた。彼もそれを感じ取ったのか、さらにぎゅっと拳を握った。

 

「その……いつも我の小説に意見を出してくれ申したり、今日も我のわがままに付き合ってくれるなどして……本当に感謝しているのだ」

 

前置きはいらないんだけどな。早く終わらせてほしい。

 

「……その、よかったら、我と恋び……いや友達からでも──」

「ごめん、私、好きな人がいるんだ」

 

彼が恋と口にした頃には、これを言うために私は息を吸っていた。三年になって告白されることが増えていたから長引かせるのも疲れてきて、返事はいつもこれだ。

告白してくる人は皆私と違って純粋なのか、誰かとは訊かない。そうですか、と言葉を残して去っていく。

 

「そうなのか……」

 

彼も、似たような言葉を発した。けれど──、

 

「……だがそれは、何か漫画のキャラとかではないのか?」

 

力なくも、彼はそう訊いてきた。今までの人たち(彼ら)とは少し違い、彼はなぜか諦めない。というか、私がそっち側の人間であると知っているからか、発想がオタクのそれだ。

 

「それは訊いちゃダメだよ……」

 

答えたくないことの裏返しだったけれど、彼は素直に謝った。

 

「それは申し訳ない……。だがしかし! 我の方が海老名殿を想っているのは間違いない!断言できるっ!」

 

そう言い放ち、彼は頭を地面につけた。

 

「初恋の人なのだっ! どうか、どうか───我と付き合ってくださいっ!」

私はこれをみっともないとは思わない。むしろここまでして気持ちを伝えてくる彼に嘘をつき続けている私の方がずっとみっともない。

 

「ごめんね、それでも無理かな……」

 

それでも言葉はそれしか思い付かなかった。薄っぺらいごめんを何度繰り返しただろう。ため息が出た。

 

「……ごめん、帰るね」

 

そう言い残して、私は頭を地面につける彼を置いて帰った。

 

×××

 

全てを話終えたとき、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。

 

「あーあ、もう時間か。まあ話はもう終わりだから、私は帰るね。比企谷くんも早く戻ったほうがいいよ」

 

そう言って、踵を返し一歩踏み出した時だった。後ろから薄ら笑いが聞こえてくる。

 

「──海老名、お前に一つ良いことを教えてやる」

 

目の前にいる比企谷くん()が、そう言って薄気味悪い笑みを浮かべた。

 

「何かな?」

「お前はオタクってものを全然わかっていない」

 

何を言うかと思えば、そんなことか。まあ私には分かり様がないってのは確かだけど。

 

「へぇー、それと今に何の関係があるの?」

「オタクっていうのはな、自分が惚れたものには気持ち悪いくらいに執着するんだよ。フィギュアとか、好きなキャラを全種類集める奴なんてザラにいる」

「だから何だっていうの?」

 

私の問いに、彼はさらに深い笑みを浮かべた。私は少し苛立ちを覚える。

 

「材木座はお前が思ってるよりずっとオタクなやつだぜ。俺でもしょっちゅう小説を読んでほしいって頼まれてたしな。──だが、最近はかなり減ったよ」

「私のおかげって言いたいのかな?」

「いや、あいつはそれだけで簡単に諦めるほどやわなオタクじゃないってだけだ」

 

誇っていいものじゃないと思うけどな、と彼は笑って付け足す。

 

なんで君がそんなこと言えるのかな、と訊いてみたかったけれど、彼の悪役のような笑みについ言いそびれた。それでも笑顔は崩さない。

 

「でも彼は今日休んでると思うけど。まるでここに来てるみたいな言い方じゃない?」

 

私がそういうと、彼はずっと手を入れていたポケットから手を抜いた。同時に、携帯を持って。

 

「ああ、実はさっき連絡があったんだよ」

 

そう言い彼は私に携帯の画面を見せた。

 

『助けてくれ、八幡ンンンっ!』

そう綴られたメールの本文の上に、特別棟の上より、という件名が確認できた。

 

「フラれてたった一日でこれだ。お前に会いに、朝からここで待ってたんだろ」

「ふーん。それで、君は彼がどこにいるか知ってるの?」

「まあな」

 

そう言い彼は私の前をスタスタと通り過ぎる。

 

「知ってるか? あの柵の下に降りられる場所があること」

 

彼は柵に手をかけ、下を見下ろす。

そしてそのまま視線の先に誰かがいるように、彼は声をかけた。

 

「早くあがってこい、お前待ちなんだよ」

 




約束は守りました。
次回最終回です(もう毎日更新はこりごり……)。
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