アニキとか親分とか、なんか昭和のノリでもてはやされるのは案外嫌いではない。
面倒見の良いキャラってどの物語でも必ず上位にランクインするし、無難にそこを狙った方が主人公キャラよりも性に合っているのではと最近気づいたどうも俺です。
しかしながら、世話を焼いた覚えのない後輩が突然そう呼んできた時の答えは一つだ。
「帰れ」
「イヤっす」
それもこんな廊下の真ん中で、人目につく場所でのことなら尚更だ。
頭を下げたまま姿勢を崩さない青髪の少年、川崎大志に向けて俺は言う。
「今は
「そう言って毎回相手にしてくれないじゃないすか!」
だっておまえの頼みごととか一つしかないだろ。それを聞くことは奉仕部として以前に兄として認められない。
「だいたい弟子にしてくれってなんだよ。昭和のアニメか」
「北斗の拳とか好きっす」
聞いてねえよ。しかしまあ、なんとなくはわかる。川崎とか読んでても不思議じゃないしな。
「悪いな、弟子はとらねえ主義なんだ」
どこかの漫画のワンシーンさながらに、断りの手をいれて颯爽と去ろうとした瞬間。
「待ってください!」
背中越しに服を掴まれた。BLのワンシーンみたいでなんか嫌なんだが。
「おい、離せって。昼飯に遅れちまうじゃねえか」
「もう食ってきたって言ったじゃないすか!」
そりゃ突然「昼飯一緒にどうっすか?」とか聞かれたらそう答えるだろ。というか普通に怖い。
俺はなんとかその拘束から逃れようとするがこれがなかなか難しい。
「いや、マジで制服破れるからやめて?」
なんかミシミシ言ってるし。いやぶちぶち? いやほんとマジで。
「だったらちょっとくらい話聞いてくれてもいいでしょ!」
大志は踏ん張っているからかその顔は赤い。そこまで頑張られると、遠ざけてきた俺が悪者みたいじゃねえか。いや実際そうなんだけどね? 妹のためなら悪魔にでも魔王にでもなってやりますよ俺は。
それでもこれ以上は、制服も、わずかに残った後ろめたさも保たないと思ったこともあり、俺は諦めて力を抜いた。途端ずっと力を込めていた大志の方に引っ張られ、俺は大志の上に乗っかる形で倒れた。
「……ってえ」
「お兄さん重いっす……」
下敷きになっている大志が呻き声をあげた。そのまま数秒くらい動けないふりでもしてやろうかと思ったが、やめておいた。
「悪い」
俺はすぐにその上から退き、大志を引っ張りあげる。大志は制服やズボンについた埃を払うと「全然良いっす」と首を振った。
「その代わり、話だけでもいいんで聞いてください」
まだ諦めてなかったのかよ。そう思いながら、俺は真っ直ぐ視線を向けてくる大志に返事を返す。
「部室じゃなんだから、別のとこでいいか?」
「はいっす」
大志は大きく頷き「じゃ、放課後よろしくっす」と何事もなかったかのように去っていく。
気づくと、周りにはさっきまでの押し問答のような俺たちを見ていたらしいギャラリーが集まっていた。
──フフフ、このネタ使える使える……。
その中に見知ったシルエットを視界に捉えた気がしたが、気のせいだと思い俺はすぐに立ち去った。
放課後、誰にも気づかれることなく秘密の話ができる場所で、俺の考えうる所は一つしかない。
「……あの、なんで此処なんすか」
「決まってんだろ。誰にも見られる心配がないからだ」
「だとしても男子トイレっていうのはさすがに……」
ちょっとヤバイっす、と大志はやや引いた目線を向けてくる。しかし考えてみてほしい。
「いいから、さっさと話せ」
ずっといてはさすがに不自然に思われるだろうと、俺は話題を急かした。大志は意外にも、普通に用件を言ってきた。
「比企谷さんのことで、協力してほしいんすけど」
やはりそうか。そこを素直に言える部分を、俺は少し羨ましく思った。返答はもう決めていたが、気づくと俺は別のことを言っていた。
「なあ……。お前っていつからその……小町のこと……」
語尾は自分でも聞き取れないほどもにょもにょしていた。大志が「え、何すか?」と聞き返してくる。
「だから、あれだよ。いつ……そういう気持ちになったんだよ」
「ああ、まあ一目惚れっすね」
生意気な奴め。しかし思う、確かに小町は世界のKOMACHIだ。一目惚れするのもわからなくはない。いや全人類が瞬殺されてもきっと俺だけは驚かない。しかしならばもっと緊張するはずだろうが。何「っすね」で済ませてんだ。……間違いない。コイツは陽の方だ。俺たちとは生きている世界の違う、限りなく陰に近いオーラを持ったあっち側の人間だ。
そんな風に格付けしていると、大志の方から話しかけてくる。
「ちなみにお兄さんは雪ノ下先輩とどうやって付き合ったんすか?」
突然そんな質問をされてしまい、今まで勢いよく出続けていた俺の膀胱が急に
「あー……」
どうだったろうか、成り行きと言えば成り行きな気もするが、ちゃんと考えたことはそういえば無かった。何か特別な決め手が会ったわけじゃない。ただ日常を過ごしていったなかで、自然と会話をするようになり、そしていつしか、知らぬ間に惹かれていた。そのきっかけとなったのは俺の今も変わらないボッチである矜持なのだが、それを話しても無駄だろう。言ったところでわかりはしない。俺でさえよくわかっていないのだ。
「さあな、俺もよくわかんねえよ」
そう呟いて、流水のボタンを押した。これ以上此処にいては誰かに見つかってしまう危険もある。そうなる前に、早く退散した方がいい。しかし、何も答えないのも先輩としてどうなのか。兄である立場との葛藤の中、もっともふさわしい言葉は何か、ジャーキングに体を震わせている間俺は考え、「まあ……」と一呼吸して、ファスナーを閉めた。
「協力はできないが、応援だけはしといてやるよ」
これぞ先輩の威厳。そう確信し、俺はトイレを去った。