なんて思いながらすするコーンポタージュが最高です。
受験期になると急に親が優しくなる現象がある。去年の今頃、一日中暖房をつけるぐらいしないと布団からすら出られないような寒い日。部屋で暖房をつけて良いのは夜ぐらいだと決められていた。温まりたいならリビングに下りてこいと、無理難題を言われて布団にくるまりながら階段を下ったあの頃を懐かしく思う。
今は、勉強が捗るならと朝から晩まで、勉強している間は暖房をつけてもいいという許しをもらい、受験生としての本分を果たしているところだ。暖房をつけ続けるために朝から机にへばりついていると言ってもいい。しかし、その神懸かり的な集中も長くは続かなかった。
「……」
溺死体のようにぐったりと身体を仰向け、椅子に体重をあずける俺を見て、扉を開けた小町が一瞬凍りついた。
「どうしたのお兄ちゃん……」
その、心配も戸惑いもない、奇行種に遭遇したような目を向けてきた小町に俺は呟く。
「ん……死んだフリ」
「そりゃあ見てればわかるけど。ずっと勉強してたの? 朝から?」
「受験生だからな」
受験生に勉強する以外の選択肢はない。推薦やら何やらで一足早く進路を決められる奴もいるが、それは成績が優秀な一部の人間だけだ。あいにく、国語と社会しか得意でない俺では、そのクラスに入る余地がない。だからこうして、反復に反復を重ねて、やり方を身体に覚え込ませるしか方法がないのだ。
と、そんなことを小町に言ってもわからないだろう。親だけでなく、受験期では身内もなんだかよそよそしくなる。俺が小町に対してそうだったように、声を掛けづらくはなるのだ。
ということは、何かしら理由があるのだろう。ぐったりしたまま俺は尋ねた。
「それより、どうかしたのか?」
「あ、うん、えっとね。勉強に疲れてるお兄ちゃんに提案なんだけど」
「俺の気分転換は昼寝しかないんだが」
「あ、じゃあただの提案」
すぐさま建前を捨てて本題に入ろうとする。ごめんね、無駄な気遣いさせちゃって。
内心謝る俺だったが、次の瞬間目の色が変わる。
「一緒に遊園地行かない?」
「え、二人で?」
「なわけないじゃん」
上げて落とす。落とし方が尋常じゃないが。何を見る目ですかそれは……。少なくとも、人間じゃない。
気を取り直した小町が言う。
「大志君がね、最近沙希さんが勉強で忙しいみたいだから、たまには遊びに行くのも良い息抜きになるって言ったみたいなの」
「それで川崎が遊園地に行きたいって言ったのか?」
意外に女子らしい面もあるじゃないか。そんな風に感心していると、小町はううん、と首を振った。
「京華ちゃんがそれ聞いてたみたいで。それで決まったんだって」
なあーんだ、それなら納得。
「よし行こう」
「早っ!」
あまりの切り替えの早さにドン引きする小町。しかしやり慣れたリアクションのようにすぐさま真顔に戻った。何、演技?
「で、いつなんだ?」
「ん、明日」
当然のように答える。週末とはいえ急すぎじゃないですかね……。俺の戸惑いは何のその、小町はるんるんと携帯を取り出した。
「じゃ、おっけーってメールしとくね」
「ん、頼む」
ところで小町さん、いつあのクソガキとメール交換なんてしたんですかね……。手の早いこって。
打ち終わると、ぱたぱたと引き返していく。
「じゃ、勉強がんばってね」
「え、用件それだけ?」
「そうだけど。何かあるの?」
いや無いとおかしいわけじゃないが。こう……あるでしょこういう時は。その……ね?
「差し入れ……とか」
「ああ、みかんならあるよ。ほしいなら下りてくれば?」
そう言って、平然と部屋から出て行く。数秒扉が開けられ、その際に侵入した冷気が肌に伝わり身震いした。
「さみい……」
見ると、淹れていたコーヒーも底が見え、すでにもとあった温かさはなくなっている。また淹れるためだけに下りるのも億劫でしかない。
「休憩するか……」
静寂の甦った空間で、また机にへばりつこうとした俺だったが、とうに失った集中力を復活させる術もなく、潔く暖房を切った。