やはり俺の青春ラブコメはまちがっている(独)   作:あきカン

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彼らの夜はまだ終わりを見せない。

風呂上がりに体から湯気が出ているのを見たことはないだろうか。一説によると、あれは体に溜まった熱を外に出すことで体温を維持するための機能らしい。

俺もたまに長風呂をすると、結構長い時間湯気が出ることがあるのだが。

なんというか、女性の湯気を見ると妙に色気を感じてしまうのだ。

火照った体、白い吐息が肉眼で確認でき、思わずこっちまで体が熱くなってしまう。

これがまた世の思春期真っ盛りな少年達のハートを軽々と撃ち抜いてくる。ぐはあっ!

しかしかくいう俺も、その思春期な心を持つ一人ということなのだろう。不覚にも雪ノ下のパジャマ姿にどきっとしてしまった……。おそらく、小町が貸したであろうパジャマだろうが、いつも着ているものとは全く異なる。少なくとも、自分で着る用ではないはずだ。趣味が違いすぎる。

しかし雪ノ下がこういう格好をするのも珍しい。パンダのフードが頭に付いているモコモコしたやつ、いわゆるアニマルパジャマの一種だろう。

俺の勝手な想像だが、小町はこの状況を楽しんでいるのではないだろうか。

大いにあり得る。

 

「小町さん、お風呂、その……ありがとう」

「お礼には及びませんよ。体冷えちゃうと大変ですから」

 

優しく答える小町だが、雪ノ下を見るなりにへっとした顔になった。

……こいつ、雪ノ下で遊んでやがる。世間知らずなお嬢様を好き放題愛でてやがる……。

すると、雪ノ下が雪ノ下を見る俺を見る。

 

「何?」

「あ、いや……なんでも」

 

雪ノ下は「そう……」とそっぽを向く。

それ以外に何を言えと。

 

「……今日、本当に泊まるのか?」

 

なぜか訊いてしまった。

 

「ええ。申し訳ないのだけれど、この天気だと車も来られないでしょうし、それに……」

「それに?」

 

それに何だ?

 

「……なんでもないわ。忘れて」

 

いや、忘れる以前にまだ何も言ってないだろ。

 

「まあ、緊急事態だしな。一日くらいなら許してくれるとは思うが」

 

しかしまず親が帰ってこられるかが心配だ。

携帯を手に取り、メールが来ていないか確認する。

あった。

『今日は会社に泊まります。

小町のこと

頼んだ!』

何をだよ。

因みにこれは母親からのメールだ。

頼んだを一行空けて言う理由がわからない、!も意味不明だ。

ふざけているとしか思えないが、一応『了解』ともう一つの文章を添え返信しておく。

もしかすると、母親もこの状況を楽しんでいるのかもしれない。

 

「お母さんなんだって?」

 

何度か経験していることもあり、こういう時に俺がとる行動をわかっているのか、小町が訊いてきた。

 

「会社に泊まるだと」

「まあ仕方ないよね。それじゃあ雪乃さんと結衣さんは申し訳ないですけどお母さんの部屋で寝てもらっていいですか?」

「ええ、由比ヶ浜さんにもそう伝えておくわ」

 

やがて由比ヶ浜が風呂から上がった。雪ノ下とは違い、普通のパジャマを着ている。

いつも結んでいるお団子頭がばさっと下ろされていて、だいぶ印象が変わる。というかあのお団子が無くなっただけなのに、一瞬由比ヶ浜なのかわからなかった。

ほんの少しだが、大人っぽくなったように見える。

 

「気持ちよかったーっ!」

 

しかし性格はまったく変わっていない。いつも通り無邪気にはしゃいでいる。……やっぱ由比ヶ浜だな、こいつ。

 

「由比ヶ浜さん、ちょっと」

 

手招きされると、由比ヶ浜は雪ノ下の格好に気づいた。目を見開いてオーバーなリアクションをとる。

 

「ゆ、ゆきのん!? どどどしたのそのパジャマ!?」

「小町さんが貸してくれたわ」

 

「それがどうかしたの?」と目で訊かれると由比ヶ浜は興奮気味に、

 

「カワイイよ!ゆきのんめっちゃカワイイ!」

 

と雪ノ下を褒めた。

 

「小動物みたいなかわいさですよね」

 

突然小町が輪に入る。タイミングを見計らっていたのかしらん。

 

「うんうん、いつものきりっとしたゆきのんもいいけど、こっちも……」

 

なかなかいいらしい。まあ確かに、ギャップはかなりあると思う。材木座あたりが見たら卒倒するんじゃないだろうか。「ああ、神コス……」とか言いながら。それだけの破壊力があるように思える。

 

「それよりも──」

 

雪ノ下はさっきのことを由比ヶ浜に伝えた。由比ヶ浜も「おっけー」とあっさり了承した。

問題はある程度片付いたが、まだ一つ残っているものがある。

 

「お兄ちゃん、晩ごはんどうする?」

 

そう、夕飯だ。

冷蔵庫の中には何も入っていない。昼食の残りもない。菓子もない。あるのは──。

 

「まあこれしかないだろ」

「そだね」

 

俺はあるものを人数分手に持った。比企谷家では非常時の際にしか使用が許されていないため、こういう時は必ずといっていいほどある。

今ので無くなってしまったが、また補充すればいいだけのこと。

それよりもまず、腹が減った。

雪ノ下に確認をとることも考えたが、食べられるものがこれしかない以上、四の五の言っていられない。

俺たちとは住む世界が違うと日頃から思っていただけに、庶民的な印象の鳥団子スープには驚かされたが、いくら雪ノ下でもこれは食べたことがないだろう。

 

「じゃあ小町はこれ」

「俺もいつも通りこれだ」

 

俺たちは好みの味を選択した。二人には悪いが、俺は自分のリズムは崩したくないのだ。食べるものも、冒険より安定を求める。

 

「あとは俺がやっとくから、リビングで待ってろ」

「アイアイサー」

 

……高いな、テンション。

小町は敬礼しながら返事をした。間違いなく、この状況を楽しんでいる。

確かに、こういう時はいつも二人でしか食べないが。……にしても楽しみ過ぎじゃない?

準備を終え、俺はお盆の上に四つのそれを置き、ゆっくりと歩き出す。しかしこの時、俺はこの先に待っているリビングへの扉の存在を忘れていた。

両手はふさがっている。足を使えばバランスを崩すかもしれない。だが、その時はその時だ。扉が閉まっていれば戻ってこればいい。

そう考え角を左に曲がる。

小町がいた。

俺の方を見て変な含み笑いを浮かべながら、誘導するようにリビングへ腕を伸ばしている。

そんなにお盆を運ぶ俺が面白いのか?

少しムッときたが、冷静に対処する。

 

「そこいると危ないぞ」

「いやー、待ちきれなくってぇ」

「たった三分もおのれは待てんのか?」

「待てん!」

 

小町は楽しそうにそう答えながらも道を開ける。

リビングに出た俺に雪ノ下と由比ヶ浜の視線が向く。

 

「ヒッキーそれ何?」

「見たらわかるだろ。カップ麺だよ」

 

カップラーメンではない、カップ麺。うどんと蕎麦も種類に入っている。

 

「夕飯の食材が無くてな、悪いが今日はこれで我慢してくれ」

 

どうしようもない事実を伝える。それで、「なんでー?」と聞かれても、「嫌だー」と言われても仕方ないが、これしかないのだ。そんなときは銀さんばりに「世の中にはな……」と説教をかましてやるつもりだ。

しかし──。

 

「へー、カップ麺なんて久しぶりー」

 

思ったより、反応はいい。というか、喜んでいるように見える。

雪ノ下はというと、何かしらこれは、という目で俺が机の上に置くお盆の上のカップ麺を見ている。

さらに近づいて見る。

 

「……雪乃さん?」

 

突然小町に呼ばれ、雪ノ下は一瞬肩を震わせた。

 

「 ……何、小町さん」

「……もしかして、カップ麺、食べたことないですか?」

 

小町が訊ねると、核心を突かれたように雪ノ下は「ええ」と少し力無く答えた。

 

「カップ麺、おいしいですよ!」

「そ、そうなの……」

「はい!」

 

ジャンクフードの神とも言えるカップ麺。俺も小町もこれは好きだ。

小町は純粋に、おいしいものを共有したいと思って言っている。だからこそ、雪ノ下が想像したようなことにはならない。

カップ麺も知らないなんてと、嫌な気持にさせると思ったのではないだろうか。想像でしかないが、そういったことがあったように思えた。

四人が席に座ると、俺は真っ先に自分が選んだ『甘辛七味うどん』をお盆から取った。

 

「あっ、ヒッキーずるい」

「これは俺専用なんだよ。これしか俺は食えない」

 

少し嘘は混じっているが、致し方ない。

箸をスープにつけ、麺を啜る。

 

「うん、うまい」

 

一口目は七味を入れずに、かやくと粉末スープだけの味を楽しむのが俺流だ。そして二口目から七味を入れる。

 

「じゃあ小町もたーべよっと」

「あ、じゃああたしも……」

 

小町と由比ヶ浜が各々カップ麺を取る。

なぜか固まって動かない雪ノ下の前に、小町が残ったカップ麺を置いた。

 

「はい、雪乃さんも」

「……ええ、ありがとう」

 

あまり顔色はよくなかったが、蓋を開けた途端、驚いた表情に変わる。

立ち上る湯気、食欲そそる粉末スープの匂い。初めて見るジャンクフードの王様を、雪ノ下は興味津々という目で見つめていた。

やがて箸を取り、「いただきます」と手を合わせた。俺たちの食べる様子を見て一、二本麺をすくい、ちゅるんと啜る。

口を手に添えた。

 

「……おいしい」

 

本来のラーメンと遜色ない味に雪ノ下が驚く。……だろ?

 

「ですよね! じゃあ──」

 

小町が自分のカップ麺を雪ノ下に近づける。

 

「これも食べてみてください!」

 

カップの中にほうじ茶のような澄んだ色のスープが見える。小町が選んだのは『きつねうどん』だ。

 

「小町さん、でもこれはあなたの──」

「いいんですよ、シェアです。でも雪乃さんのも一口分けてくださいね」

 

小町が笑うと、雪ノ下も笑った。

 

「ええ、ありがとう」

 

雪ノ下はうどんを二本ほど掬うが、

 

「もっといっちゃってください」

 

小町から横槍が入る。

 

「そう? じゃあ──」

 

五本掬った。そして啜る。

 

「きつねうどん……」

 

飲み込んだ後、雪ノ下がそう呟いた。想像通りのリアクションに俺と由比ヶ浜はなぜか顔を見合わせて微笑を浮かべる。

 

「これ、私が一番好きな味なんです」

 

小町が雪ノ下の方をみて笑う。

 

「あっ、あたしも!」

 

突然、雪ノ下の前にいる由比ヶ浜が身を乗り出した。

 

「じゃあ三人でシェアしましょう!」

 

小町がそう提案する。

すると三人は各々のカップ麺を交換し、食べ始めた。

 

「結衣さん、これおいしいですね」

 

由比ヶ浜が選んだカップ麺を啜った小町が感想を述べる。

由比ヶ浜は、雪ノ下からカップ麺を受け取ったのだが、その中身を確認すると、雪ノ下をちらりと見た。

それでも箸を取り、麺を啜る。

んっ、と目を開き、口を押さえる。

……マズい。

俺は席を立ち、急いで水をコップに入れ、由比ヶ浜の前に置いた。

すると由比ヶ浜はそれを手に取り一気に飲み干す。

 

「ぷはっ!」

 

涙目の由比ヶ浜が「危なかったー」と呟く。

 

「ゆきのんこれめっちゃ辛いよぉ」

 

目を瞑った由比ヶ浜が舌を出してアピールする。

 

「そう……?」

 

雪ノ下のカップ麺は『激辛豚骨ラーメン』だ。

今まで、これをうまいと言った人間を俺は一人しか知らない。正直なところ、雪ノ下が激辛ラーメンを取ったことに気づいていたのは俺ぐらいなんじゃないだろうか。

本人も出されたものをただ食べようとしていただけのように見えた。

 

「雪乃さん、辛いのもイケる人ですか?」

「それほど苦手ではないわ」

 

意外な発見だ。俺もそこそこの辛さなら好きだが、このラーメンは比企谷家一辛いもの好きの母親が好んで食べるもので、一度興味本意で食べた小町がそこから丸一日由比ヶ浜のように舌を出し続けていたことを覚えている。……笑ったら殴られたが。

 

「……こ、交換っ!」

 

由比ヶ浜が俺の前まで激辛豚骨ラーメンのカップをスライドさせる。おい。

しかし断れる雰囲気ではない。だが既に箸をつけた俺の七味うどんを、そのまま由比ヶ浜に渡すのも違う。

おそらく由比ヶ浜も、タイミング的に交換する相手が俺しかいないとわかり、あまり先のことなど考えずに行動に移したのだろう。だとしても許すつもりはないが。

俺は立ち上がる。

 

「どしたの、お兄ちゃん?」

「皿がいるだろ。女子同士ならともかく、男が箸をつけたものをそのまま渡すってのは……」

 

そう言い淀んでいると、

 

「じゃあ小町の分もおねがい」

 

我が妹ながらあっさりしている。

へいへい。

 

「じゃあ二枚だな──」

「いえ、三枚よ」

 

雪ノ下の方を見ると、三本指を作っている。……食べたいのかよ。

 

「了解」

 

だいぶいつもの雪ノ下らしくなった。

俺はおぼんにカップ麺を乗せて台所に行き、皿ではなく小さめのお椀に移す。 美的にその方がいいという判断だった。───結果。

無くなったじゃねえか。

まだ5口ほどしか食べていないのだが、均等に分けようとした結果、自分の分が無くなるという結末になった。

はぁ……。

諦めてうどんを移したお椀を運ぶ。

三人に配り終えると、由比ヶ浜が気づいた。

 

「あれ、ヒッキーは?」

「腹いっぱいだからいい」

 

そう強がるが、実はまだまだ腹が減っている。

他に食べられるものがないという現実が、なかなか腹を満足させてはくれない。

そう思っていると、カップ麺がスライドされ俺の方にやって来た。押す手の先には雪ノ下。

お茶を啜り終え、口を離したところだった。

 

「あげる」

 

そう言うと再びお茶を啜る。……似合うな、この絵面。

 

「じゃあ小町も!」

 

カップ麺がもう一つ送られてくる。

 

「じ、じゃああたしもっ……!」

 

三人分のカップ麺、いや、少し量は減っているため二人分ほどのカップ麺が結果として俺に送られた。

俺はむむむ、と麺を睨む。まずは小町のから。

普段料理を食べているため、お互いに非常時でしかこういったものを食べず、そういう時に限ってなかなかシェアできないのが俺たち兄妹だ。ゆえに小町のきつねうどんを食べるのはこれが人生初である。

粉末とは思えないほどしっとりとした深みのあるスープ。関西と関東では味付けが異なるということを聞いたことはあったが、確かにかつお節でとられた出汁だ。

次に由比ヶ浜のカップ麺。

これは父親が好きな味なのだが、『野菜ラーメン』といってその名の通り、かやくに数種類の野菜が含まれている。

しかしこの二つはあくまでも前座だ。ラスボスと戦う前の準備運動にすぎない。

 

「最後の一つね」

 

雪ノ下がそう言う。こいつが食べれば万事解決という思いが無いわけではないのだが、周りの空気がそれをさせてくれない。

 

「……ヒッキー」

「……お兄ちゃん」

 

由比ヶ浜と小町までもが俺を見つめる。

ええい…!

こうなったらなるようにしかならないっ。

そう覚悟を決め麺を啜る。

 

──辛い。

 

素直にそう思った。

舌が焼ける。ヒリヒリとした刺すような痛みを感じた。

コップを取ろうと台所に向かおうとすると、隣にいる由比ヶ浜がコップを差し出してきた。

 

「ヒッキー!これ」

 

舌の痛みで正常な判断ができていなかったからか、咄嗟にそれを掴んでしまう。

ぷはっ……!

全て飲み干し、次第に舌の痛みにも慣れてくると俺は「……あ」と声を漏らした。

何をかは、うん、言わないでおこう。事故だからね、あくまで。

 

×××

 

翌朝、雪ノ下と由比ヶ浜が少し駆け足で家を出た。互いに短く挨拶を済ませ、しかし目線だけはどうにも合わずに二人は扉を閉める。

 

「お兄ちゃん、また雪乃さんと結衣さんに何かやったの?」

 

なぜか俺よりもわかっているような口ぶりで、鍵を閉めた小町がジトっと睨みながら聞いてくる。ここは知らばっくれるしかない。

 

「いや、何も」

「ふーん」

 

……なんだよ。

しばらく小町のふーんな空気が俺の周りをフーンフーン漂って、俺はそこから動けなかった。

その沈黙を破ったのは、鍵が開けられる音だった。

母親が帰ってきたらしい。

 

「ごめんねー、昨日帰ってこれなくて」

「ううん大丈夫。それよりお母さん、その袋なに?」

 

腹を空かせた小町と俺は、帰ってきた母親よりもその右手に捕まれたレジ袋に視線を集中させていた。

 

「あーこれね、昨日この子から言われたのよ『朝飯買って来て』って」

「おおーっ、やるじゃんお兄ちゃん」

「まあな」

 

 俺はドヤ顔で胸を張る。時にはやるのだ、お前の兄も。

 しかし小町はすっと視線を母親に移す。

 

「それで、何買ってきてくれたの?」

 

この際何でもいい。食えるものなら食う。

しかし──。

 

「……えっ」

 

小町から驚きの声が出る。そして同様に袋の中を見た俺も顔を強ばらせる。

 

「会社でカップ麺食べてたんだけど、なんか余っちゃって」

 

買いに行かされたのがこの人だとはっきりわかった。……もう、おわかりいただけただろうか。

 

『激辛豚骨ラーメン』オンリー……。

 

前言を撤回する、これだけは無理だ。

 

「……小町」

「……何、お兄ちゃん」

 

ほぼ俺と同じ盛り下がったテンションになってしまった小町が訊ねる。珍しく思っていることが同じだとわかった。

 

「……朝飯、買いにいくか」

「……そだね」




次回新シリーズ「オタク、初めての恋」。重そう、めっちゃ重そう。
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