やはり俺の青春ラブコメはまちがっている(独)   作:あきカン

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彼らは新たなる日常を迎え入れる。

三年になって変わったことを挙げていこう。

1.クラスが変わった。

詳しく説明すると文系のクラスだ。

2.小町が後輩になった。

非常に嬉しいことだが、懸念材料が無いわけではない。

突然、小町が一人で自転車に乗り出したのだ。

今までは毎朝俺の後ろに乗っていたが、高校に上がり遂に兄離れをしだした。兄としては嬉しいが、寂しい気持ちもある。

 

「お兄ちゃん、先行ってるよー」

 

いつもは食べ終わると待ってくれていた小町だが、最近はこうして先に家を出ることも増えてきた。

 

「おーう」

 

居間にいるのは、俺とかまくらだけ。

静かな時間は嫌いじゃない。こうして朝のひと時に浸りながら、ゆっくりとみそ汁を啜るのも存外悪くない。

一足先に朝食を済ませたカマクラが、年中常備のこたつから顔だけ出して微睡んでいる。やだなにこれ激レアすぎ!……カメラカメラ!

などと脳内メモリに保存する余裕があるほどゆっくりしている。だがあまりにゆっくりしているわけにもいかず、俺はぱぱっと朝食を済ませ、足元に置いていた鞄を持ち上げた。

その時、くあ、と年中惰眠を貪るカマクラが口を開けたかと思いきや目を開けてこちらをじっと見つめてきた。

「はよいけ」と目で威嚇され、この家の裏の支配者に言われるがまま俺はいそいそと家を出た。……因みにくあ、もしっかりとメモリー済み。

 

学校に着くのは、だいたい遅刻の五分前くらい。だからなのか、たまに遅れる時もある。その時はまたもや担任となった平塚先生から拳の制裁が下される。ぐはあっ! 国語教師だから可能性はなくはなかったのだが、まさか二年連続で担任になるとは思ってもいなかった。だがまあ嬉しいは嬉しい。

遅刻ギリギリで教室に入ると、教壇の隣で平塚先生が腕を組んでいた。

 

「比企谷、また遅刻ギリギリだな」

 

遅刻したわけじゃないから怒れない。しかし注意はする。

そんな平塚先生に対抗してか俺は持論を語った。

 

「先生が出欠で俺の名前を呼んでからが俺の遅刻です」

「そんなのは知らん。もう少し早く家を出ることもできるだろう」

 

なんでそんなことを俺が。というか、この人毎日俺の遅刻チェックしてんのか? いくらなんでも俺のこと好きすぎだろ。

 

「無理です。ある意味これが俺の毎日のルーティンですから」

 

何気に日常用語のルーティーンから本来の発音に直す。これ重要。

しかし先生は、はあぁぁと深いため息をついて額をおさえた。

 

「少しは君の妹を見習ったらどうだ。毎朝八時前に学校には来ているそうじゃないか」

 

この人どんだけ調べてんだよ。ある意味俺より小町のこと詳しいじゃねえか。

しかし先生が小町を評価してくれている点は素直に嬉しい。

 

「妹は優秀なんで」

「君はどうなんだ?」

 

そんな質問がぶつけられる。

 

「俺はあいつとは別の分野で優秀ですから」

「……否定できないのが少し悔しいな」

 

ため息交じりに苦笑を浮かべる。ふっ、勝ったな。

 

「まあいい、くれぐれも遅刻の無いようにな」

「わかってます」

 

 

そうしてなんとか先生の説教を乗り越え、俺は自分の席に向かう。

 

「おはよう」

 

自席から三列前の机を横切る時、突然声をかけられた。

 

「お、おう……」

 

突然だったのと、それをした相手のことを知っているせいか、俺は驚いてしまう。

三年になったクラスには、意外と二年の時のクラスメイトがいる。葉山や戸部、三浦などを筆頭とするリア充組も健在。特に嬉しかったのは戸塚が同じクラスだったことだ。

しかし何より気になったのは、三年から一緒のクラスになった奴らの存在だ。中でも材木座を引き当てたことは、戸塚とのプラマイを考えて若干のプラスだが神を恨んだ。

そして大方の予想を裏切り、誰もが理系に行くと予想していた雪ノ下が文系に進み、同じクラスになったことはもう先生の策略と考えていいと思う。由比ヶ浜も変わらずなのだ、いい加減おかしいだろ。

しかしその由比ヶ浜だが、まだ来ていない。

 

「由比ヶ浜さんは休みよ」

 

周りを眺める仕草をすると、雪ノ下が見透かしたように言った。

 

「そうか」

 

一昨日の一件が原因なのかもしれない。

 

「それで、今日……」

 

何かを言い淀む雪ノ下。わかってる。

 

「行くよ」

 

そう答える、それが義務なのだから。

 

「そう……」

 

にしても、雪ノ下の様子が何かおかしい……。

 

やがて放課後になると、俺はちらと雪ノ下の方を見る。するとさすがは雪ノ下さん、意図を理解して小さく頷くと先に席を立って行かれました。

雪ノ下が教室を出るのを見計らって俺も席を立つ。

いつもは由比ヶ浜と雪ノ下が先に席を立ち、その後ろを俺がステルスヒッキーするのが普段の構図。……ストーカではありません。

しかし今回は由比ヶ浜が休んでいるからどうしてもこういった形になる。仕方ないとばかりに扉を開けると、雪ノ下が壁に背を預けていらっしゃいました。……いやおっかしいなあ。

その意図を確かめるべく声をかける。

 

「なにやってんの」

「あなたを待ってた」

 

え、アレ先に行くって合図じゃなかったの?

と俺が内心驚いていると雪ノ下は壁から身体を離して、鞄を肩にかけ直した。

 

「行きましょ」

「お、おう……」

 

なぜこんなことになったと自問自答を繰り返しながら俺は雪ノ下の隣を歩く。爽やかなシトラスの香りが鼻腔をくすぐり思わず半歩間を開けると、無言でその間を詰めてくる。……いやなんで?

確かに廊下は狭く生徒の行き来も激しいため離れて歩くのは危険なのはわかっているが、にしてもこれは近すぎやしませんかね? 肩と肩が触れ合ったりした場合には思わず八幡ときめいちゃいそう!

 

と冗談は脳内だけにしてなんとか苦行に耐え俺たちは部室に向かう。途中鍵を受けとりに職員室に出向き、中で雪ノ下が手早くこなしている間俺は外でじっと終わるのを待つ。

 

「お待たせ」

「おう」

 

幸い肩が触れ合うこともなく、誰かにぶつかったりもしなかった。

鍵を開けガラガラと扉をスライドさせる。そうして現れた空間に、俺たちは無言で踏みいり、静かに座りこんだ。

 

会話の無いまま、時間だけが過ぎていく。こうして知る事実を噛み締めるように、俺たちはふと隣に視線を向けた。

そこにいつもあった姿がないことに、言い様のない違和感を感じ、そして由比ヶ浜結衣という存在が俺たちに与えていた影響が確かなものであったと、俺たちは改めて理解した。

そうして俺たちは俺たちのいつも通りを演じ始める。文庫本を取り出し、栞の挟んだページを開けた。

そうして訪れる、静寂──。

 

空気が凍りつくような静けさというよりかは、時が止まっているように感じた。ページを捲る音と、微かに窓の隙間から入ってくる春風の音だけがいつもより確かに聞こえる。

またガラガラと音が鳴り、教室の扉が開けられた。

静寂が揺らぐ。

吸い寄せられるように、あるいは求めるように、俺たちは音の方に視線を向けた。

そこにいた存在に驚きと、安堵の気持ちを覚えた。

 

「……由比ヶ浜」

 

休んでいるはずの由比ヶ浜が、扉を開け、立っている。聞いていたより体調は良さそうに見えた。

雪ノ下の方を見るとなぜか戸惑った表情をしていた。

 

「やっはろー」

 

どことなく元気のない挨拶、風邪を引いているからとは思えなかった。

 

「……風邪は大丈夫なのか?」

 

少し思う所があったので聞いてみる。

 

「風邪? ──あ、うん大丈夫だよ。寝たら治った」

「そうか」

 

これは、確定だ。

由比ヶ浜は嘘をついている。そして、雪ノ下も何かを隠している。朝、俺が聞く前に雪ノ下は由比ヶ浜が休んでいるといった。それは学校に来ないとわかっていたからだ。

 

「座ったらどうだ?」

「う、うん……」

 

小さく頷いて、由比ヶ浜はいつもの場所に腰を下ろす。

だが、いつものように雪ノ下に近づこうとせず、下を向いている。雪ノ下は雪ノ下で、今まで定期的に聞こえていたページを捲る音がしなくなった、目線は本にいっているが、集中できていない。

なんだよこの空気……。

二人の間に見えない壁ができたようだった。どちらがそれを作ったわけじゃない、どうすればいいかわからないから、互いに何もできないでいる。

そして結果、二人は壁を作ってしまったのだ。

この壁を壊すことは俺にはできない。そして幾度となくこの部室に足を踏み入れたあの人にしか、この壁は壊せないと俺は思った。

ここで平塚先生が現れてくれれば、都合の良いときしか信じない神の存在を毎日信じると神に誓おう。

そんな俺の願いが通じたのか、ノックなしで扉が開けられた。

先生だ、間違いなく先生だ。一色とかなら追い返す、葉山なら依頼を聞いてから断る、戸塚はとりあえず話を聞いてから考える。今必要なのは平塚先生ただ一人。

 

「平塚先生、ノックを──」

 

言いかけた雪ノ下の言葉が止まる。

顔を上げた由比ヶ浜の目が開かれる。

角度的に俺には見えないが、未だ教室の中に入ってこない誰かの存在は、この二人にここまでの影響を与えられるものらしい。

一体誰が……。

 

「我だ」

 

弱々しく放たれた一言に、俺は普段のそいつを思い出していた。オタクで、オタクで、オタクなオタク、材木座義輝。

度々登場してはその都度心のそこからウザいと思わされてきたが、今そこにいる材木座はそのどれでもなかった。ただ純粋に助けを求めているような、見たことのない姿だった。

 

「材木座、何があった」

 

訊ねると、材木座はとぼとぼと歩みを進め、その巨体を目一杯丸めて目の前のパイプ椅子に座った。

材木座の真ん前、位置的に由比ヶ浜が顔を上げた。今まで幾度となく依頼を遂行してきた彼女だからこそ、自分のことより人のために行動する奴なのだと分かっている。

ぱんっと両頬を叩き、背筋を伸ばした。

 

「よしっ」

 

俺も、雪ノ下も、それを見て驚いた。

 

「ゆきのん、依頼来たよ」

 

突然名前を呼ばれ、雪ノ下は「え、ええ……」と頷く。

その姿を見て、材木座はやっと決心がついたようだった。丸めていた背筋を伸ばすと、ギラリと眼鏡が光る。

 

「それで、依頼は何かしら」

 

本を閉じた雪ノ下が材木座に訊ねる。俺も、気づいたら文庫本を閉じて三人の会話に目をやっていた。

 

「……実は我、好きな人ができたのだ」

「……それで?」

 

まず飛び出した今日イチの新事実に驚くかと思った雪ノ下と由比ヶ浜だったが、静かに話を聞いている。窺うように続きを促した。

 

「告白をしたいとは思っているのだが、勇気が出ない。相手も我のことを好きでいてくれているとはとても思えず、今のままの関係でいてもいいのかもしれないと思う我もいるのだ」

 

訥々と語られる材木座の本音。

最後の言葉を聞き、俺は二年の時に海老名と葉山がしてきた依頼を思い出した。

 

「あなたは結局どうしたいの?」

 

ズバズバと切り込んでいく雪ノ下。いつもの材木座ならここで果ててもおかしくないものを、耐えているというよりは質問に対して真剣に考えている様子だった。

 

「無論、付き合いたい。しかし──」

歯を食い縛る。だが───、

 

「なら、手伝うわ」

「うん、全力でサポートする」

「えっ」

 

即答した二人に材木座は圧倒されていた。

 

「いや、でも──」

「あなたの気持ちは、否定的に片付けていいものではないわ」

「……っ」

 

こういう状況になった時に思うのだが、どうして女子はこういう時に限って決断が早いのだろう。バーゲンセールの時に必死で品定めしていたり、洋服選びに何時間も時間をかけたり、男には理解し難いところで足を止めるのに。

しかし言えるのは、こういう時に男が口で勝てる方法を俺は知らない。ましてや雪ノ下だ、決断をするしか道はない。しかも今は、諦めるべきではないとまで道を示されている。

眼鏡の縁から涙が零れている。ふるふると震えながら、材木座は唇を噛み締めた。

そして、まるで神の啓示を与えられたように、二人の前に頭を落とす。

 

「何卒、よろしくお願いします!」

 

こうして、俺たちが三年になって初めての依頼が始まった。




雪ノ下の香水の香りってシトラスでしたっけ? なんとなく爽やかなイメージで書いたんですが。由比ヶ浜だったような気も。……教えてくれると助かります。
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