オタクとは、えてして誤解されやすい生物である。聖地は秋葉原、職業はおっかけ、などという偏った誤解を受けることも少なくない(本当にそうだろうか)。
しかしオタクとはそういうものではないと俺は思う。
例えば、カードゲームをしている人達の中で、ポケ○ンカードを集めている人(子供も大人も)をオタクと言うだろうか、言わないだろう。
しかしアニメやゲームが原作のカード、特に少女キャラを集めている人達は、仮に一枚でも持っていればオタクと悪い意味で呼ばれることもあるのだ(これこそ俺の偏見かもしれないが)。
実際に、俺もそういう目で見られることが嫌でそういった趣味を捨てた時期もあった。
しかし何が違うのだろう。ポケ○ンも美少女もフィギュアも何も、全て同じテーマの先にあるものじゃないか。
──だからこそ我はオタクであることに誇らしくいようと決めたのだ、八幡。
いつかの材木座が言っていた台詞だ。
あの時は珍しくまともなことを言うなと思った。
だからこそ、あいつにそういった趣味に通ずる知り合いができたことは素直に嬉しいと思った。
「まだかしら」
「もうすぐだろ」
休日のショッピングモールの喧騒に紛れながら俺たちはその時を待つ。
何列もイスと机が並べられているフードコートの端の方で、遠くの席に腰掛ける材木座を見守っている最中だ。
他にもちらほらと人が座っているから簡単にバレることはなく、メニューで顔を隠すなど怪しい行動もしない。あくまでも一般人を装う。
このフードコートは、俺たちが予め指示していた彼らの集合場所だ。
材木座には相手を都合の合う日に呼び出すことだけさせ、あとはその日にやりたいことなど詳しく話を聞いた。
先に呼び出させたのは、後になって嫌だと言わせないためだ。
「その人とは普段どんな話してるんだ?」
「趣味についてのものが多い。彼女も我も、似た趣味を持っているから互いが互いに興味があるのだ」
そう聞いた時は、思ったよりちゃんとしてるんだなと思った。てっきり何もしゃべれず黙り込むコミュ障の集いを開いているのかと思ったが、相手のお陰なのだろうか。
「へー、いいね」
「それで、あなたは彼女と会うなら何をしたいの?」
雪ノ下の問いに、材木座は真剣に考える。
「我はいつも通り、趣味の話がしたい」
「初めはその方がいいと思うわ。恋心が裏目に出て、相手に気づかれると下心があると思わせてしまうかもしれないから」
実体験なのか妙に説得力がある。まあ、モテそうですもんね、二人とも。
「それでもそこから告白まで持っていくというのなら、趣味の話題だけではダメだと思うわ」
「何故だ……!?」
「突然告白するわけにもいかないだろ。相手にとっては楽しく会話してる時に突然重い話するようなもんだ。最悪逃げられるぞ」
脅迫のようだが、こちらも真剣だからここまで言うのだ。でなければ協力なんてしない。
「……そ、それは嫌だ!」
「だったら、どういう状況だと相手も話を聞いてくれるか、自分で考えるしかないだろ」
俺たちは恋愛のエキスパートじゃない。由比ヶ浜はともかく、雪ノ下もおそらく(ほぼ間違いないだろうが)告白されたことはあってもしたことはないはずだ。
だから今回のことに限っていえば、俺と雪ノ下はほぼビギナーと言ってもいい。恋愛経験が未知数の由比ヶ浜だが、男から告白するとなると女子という目線からしか分からないだろうから、告白のアドバイスなどは俺たち三人ともに、満足にはできないのだ。
「そ、それはそうだがな。八幡……」
言い淀む材木座に俺は言う。
「いざって時はメールでも何でもすればいいだろ」
力になれないわけじゃない。俺たちは分を弁えているつもりだ。だから下手に前には出ず、後ろで支えることが望ましい。
「そうね、私たちはそれぞれ知識の分野が違うから、その方が力になれると思うわ」
「うん、さすがヒッキー」
何が流石なのかわからないが、俺たちの意見はまとまった。あとは材木座の覚悟が決まるかどうかだ。
そう思っていると、急に材木座が立ち上がり、俺の名前を呼んで抱きつこうとしてきた。
「お、おお……、八幡っ、はちまーん!」
鼻水っ、鼻水出てるっ!
やいのやいのその抱擁をなんとか手で押さえ込む。
「っ、だから当日はお前一人だけだからな。手助けとかはできないからな!」
「ああ、わかっているとも」
ごしごしと目を擦る材木座。あの時はああ言ったが、しかし───。
「あ、来たよ。手振ってる」
由比ヶ浜が気づいて声を上げる。俺たちに背を向けて手を振っているのは材木座の方で、まだ相手の姿は見えないが近づいているということだろう。
それでも少しずつ、輪郭がおぼろ気に見え始める。
カジュアルな麦わら帽子をかぶり、青の横縞のラインが入った服を着た少女が現れた。顔はまだ見えない。
「彼女は……」
さらに近づいてくると、一番初めに雪ノ下が反応を示した。しかし言葉を発した雪ノ下だけでなく、俺たち全員がその相手に動揺を隠せなかった。特に俺は、相手のことを二人よりも知っていることもあり、というか今まで色々と相手が誰なのか予想していたが、こいつのことはまったく予想できなかった。
───私、比企谷くんとならうまくつき合えるかもね。
そう言った彼女の姿を俺は鮮明に覚えている。
しかしまさか……。
「な、なんで姫奈が……」
海老名と普段から仲良くしている由比ヶ浜もかなり動揺していた。無理もない、材木座は以前告白された戸部とはまったく違うタイプの人間だ(だからといって戸部が海老名のタイプとは限らないが)。
しかし、いざ向かいあう二人を見ると、わりと違和感はないようにも思える。趣味が合うという材木座の発言にも納得はできる(BLだが)。
これはこれで、会話の内容が気になる組み合わせだ(絶対BL)。
「思ったよりいい感じじゃないかしら」
二人が会話している様子を見ている雪ノ下が微笑み交じりに呟いた。
確かに、海老名は海老名で楽しんでいるように見える。
今思えば、戸部と話していたあいつは楽しそうではなかったのかもしれない。どこか御淑やかさを無理に出そうとしていた所があった。
すると、二人の様子に変化が現れた。
「ん?あの人リュックから何か出してるよ」
由比ヶ浜の言葉通り、材木座が隣の席に置いていたリュックから何かを取り出した。
「あれは……手紙かしら」
俺から言わせれば、随分ぶ厚い[[rb:手紙> ラブレター]]だな、ということだ。
「小説だろ」
「小説? この前読んだ?」
お前読んでないだろ。知ってんだぞ。
目だけで訴えてみるが、伝わらなかったらしい。諦めて相槌を打つ。
「かもな」
「でも、なんでそれを彼女に」
「感想でも聞かせてほしいとかじゃないか?」
もう立派な作家病だな。
「でもそのわりには嬉しそうに受け取ってるけど?」
あれをどう修正したのかわからないが、あの意味のわからない文章を読んだ相手は必ず疲れを見せるはずだ。
そう思っていたが、うんうんと頷いた海老名は材木座に何かを言っている。……マジか。
「あれ、アドバイスしてるんじゃないの?」
「らしいな、材木座のやつもメモ帳取り出してるし」
つまりあの二人の関係は、作家と編集者のようなものだということだ。
そして材木座は、自分の作品を熱心に読み、初めて的確なアドバイスまでしてくれた海老名のことを好きになったというわけなのだろう。
「あ、立った」
「どこかに行くようね、私達も行きましょう」
振り向かれないように、少し遅れて席を経つ。
三人で歩くのも変な注目を浴びそうで、横に距離を保ちながら尾行することを提案した。
「おっけー」
「万が一何かあれば連絡してちょうだい」
「おう」
俺を真ん中、雪ノ下と由比ヶ浜が左右に3メートルほど離れて追跡している。
前を歩く二人は、横に並ぶというよりかは、縦に並んでいるように見える。見えるのは海老名の背中と、それを覆うように先頭を歩く材木座の大きな背中だ。
『なんかボディガードみたいだね』
由比ヶ浜からそんなメールが来た。
三年になって携帯をスマホに変えたのだが、それを知った由比ヶ浜が、奉仕部のグループラインを作りたいと提案してきたのだ。
『あいつらしいな』
材木座流に言えば「姫の御命、我が守ってみせましょう(キラーン)」みたいな感じだろうか。
しかし形はどうあれ、海老名は付いていっている。
男の背中というものは、そんなに頼もしいものなのだろうか。
背中を見せる相手がいないことにやや劣等感を抱いていると、再び携帯が振動する。
『これ以上の尾行はあまりよろしくないと思うわ』
突然、雪ノ下からそんな連絡が入った。
確かに、これ以上あいつらのことを付けるのは野暮というものだ。
しかし───。
『ちょっと待ってくれ、最後に材木座に連絡を入れてみる』
『わかったわ』
『おっけー』
そうして俺は材木座にLINEを送った。
『どんな調子だ?』
するとすぐに既読がついた。
『八幡……』
『我、生きててよかった』
なんと大層なことだろうか。今、俺たちのずっと前を歩いている材木座の顔は、おそらくとんでもなく緩い笑顔を浮かべていることだろう。
『それは良かったな』
少し悔しい気もしなくはなかったが、素直におめでとうと送っておいた。
『これから映画を見に行く予定だ』
映画か。まあ定番だが、この二人がそうするとは思わなかっただけに、少し意外だ。
それに材木座の性格からして、あいつが映画に誘うとは考えづらい。とすると海老名の方から誘ったと考えるのが普通なのだが。
そう考えると海老名はこの手のデート的なことに慣れているという結論になる。三浦が言うように顔はいいから彼氏の一人や二人はいたのかもしれない。
『何を見るんだ?』
『それを我に聞くのか? 八幡よ』
そう返してきやがった。もしかするともしかするかもしれないが、誘ったのは材木座の方からかもしれない。それほど本気ということだろうか。
世間一般の付き合っている男女という構図からは随分と逸脱しているのかもしれないが、そもそも形などは意味がないものだと最近思うようになった。
オタクも厨二もBLも、ふとしたきっかけで混ざりあったりするものなのかもしれない。
『なるほどな。まあせいぜい頑張れよ』
『無論だ。明日には貴様らに彼女を紹介してやろう』
随分と大きくでたな。
『なら楽しみにしとくわ』
既読はついたが、返信はなかった。
俺は奉仕部のグループを開き、メッセージを送った。
『活動終了』と。
☆1貰ってショックです(でもやっぱり原作が至高)。