広葉樹が葉を落とし、代わりに霜を付け始めた時節。守矢神社の境内では、巫女が神事の準備に追われていた。
否、厳密には彼女は巫女ではない。
「風祝(かぜはふり)」、東風谷早苗。
それは本来、荒ぶる風神を鎮めるための神職である。
しかし守矢神社には早苗以外に人間が居ないため、彼女が巫女の業務も兼任していた。
「──ふぅ。こんな感じかな」
「お、準備は進んでるみたいだね。ご苦労様」
「あ。諏訪子様、いらしたんですか」
茅草を使って輪を編んでいたところに声を掛けられ、早苗は顔を上げる。
いつの間に顕現したのか。彼女の前には、蛙を象った帽子を目深に被った神様が立っていた。守矢の二柱が一にして土着神の頂点、洩矢諏訪子である。
「それで、茅の輪の具合はどう?」
「もうすぐ完成しますよ。今年も盛大に催しますから、期待してて下さいね。
……もっとも、見物客は山の妖怪がほとんどですけど」
「そう。それは良かった。茅の輪潜りの儀は小祓のメインイベントだからねぇ。厳粛かつド派手に頼むよ」
早苗の返答が気に入ったのか。諏訪子はうんうんと頷き、完成間近の茅の輪を手に取った。
「この重量感、なかなか良いね。
うん、これなら潜る途中で輪が崩れる心配は無さそうだ」
「あはは、まさか。そんなことあるわけないじゃないですか」
「いや、それが前にあったらしいよ? 某麓の神社で」
(……ああ)
博麗神社の巫女は何でも適当にやるからなー、と早苗は納得する。
そんなだから神様に愛想を尽かされて信仰を失う羽目になるのだ。あの巫女を反面教師とし、自分はああならないように気を付けよう。表情には出さず、心の中で早苗はそう誓った。
「しかし、この強度なら大丈夫だ。
さすがは早苗、良い仕事してるね」
「えへへ、ありがとうございます」
「ふふっ。でもこういう輪っかってさ、回してみたくなったりしない?」
悪戯っぽく笑って、諏訪子は茅の輪をフラフープのように回してみせた。
「ああっ、駄目ですよ諏訪子様! まだ完成してないんですから、玩具にしないで下さい!」
「失礼な。玩具じゃなくて武器だよこれは。これなら錆びる心配も無いし、今度こそ神奈子の奴に勝てるかもねぇ? うふふふふ」
(ああ。諏訪子様がそんなだから、ミシャグジ様に善いイメージが根付かないんですよ)
昔のことを思い出したのか、不気味にほくそ笑む諏訪子。鬼に金棒、気狂いに刃物とは良く言ったものだと思いながら、早苗は彼女から茅の輪を取り上げる。
「はい、没収ーと」
「あーうー。ほんの可愛い冗談なのにー」
「笑えない冗談はやめて下さい。これ以上準備の邪魔をされるおつもりでしたら、幾ら温厚な私でも怒りますよ?」
「んー? そんなつもりは無かったんだけど、ねぇ」
けどぉ、と続けて。諏訪子は、ちろりと舌を出した。彼女はまるで悪戯を思いついた子供のように、にやにやと笑っている。
「早苗の成長記録、付けてみるのも悪くないかもねぇ?」
(はいドSモード入りましたよー)
「遊び」と称して誰彼構わず弾幕戦を挑みたがる、神様の悪い癖が出た。この状態になった時の諏訪子は、早苗にも止められない。解放されるのは、一通り遊び尽くして諏訪子が飽きた後……それまでに、およそ十種類ものスペルカードを耐え抜かなければならない。
(どう見ても無理ゲーです本当にありがとうございました)
「てなわけで早速いくよ! まずはコレから! 神具『洩矢の鉄の輪』ー!」
「──って、待って下さい諏訪子様! まだ心の準備ってものがー!」
早苗の制止の声も聞かず、諏訪子は茅の輪の原型となった輪状弾幕を上空へと放り投げる。咄嗟に早苗が身構えると、輪っかはぐんぐん上昇を続けていき──やがて、お星様になった。
「…………」
「……あれぇ?」
(ふっ。耄碌しましたね諏訪子様)
スペカが勝手にバグったとはいえ、これはクリアできたと見て良いだろう。早苗はほっと胸を撫で下ろし、次のスペルカードに備える。残りは九枚。これなら何とかなりそうだ。
「あ。落ちて来た」
「……って! ええっ!?」
(しまった、時間差スペル!?)
諏訪子の呟きに、慌てて早苗は空へと目を戻す。確かに、何かが落ちて来ていた。始め豆粒程にしか見えなかったそれは、今や人間大にまで成長し──。
(えっ? 人間大?)
早苗が疑問に思った時には、轟音と共に着地していた。
「むきゅー。酷い目に遭ったわ」
涙目でこちらを睨み付けて来る、それは少女の姿をしていた。いや、人の形をしているからといって人間だとは限らない。常識の通用しない場所、それがここ幻想郷なのだ。
ともあれ、彼女が空から落ちて来た事実に変わりはない訳だが。
「もう、何なのよコレ? 硬いし痛いし重いし、最悪な気分だわ」
紫色の髪に同じく紫色の服、更には紫色の帽子まで被ったその少女は、忌々しげに身体に絡み付いた鉄の輪を指差し言って来る。何か見覚えがあると思ったら、それは先程諏訪子が投げた輪っかだった。
つまりはこういうことか。一見あらぬ方向に飛んでいったように見えた弾幕は、その実彼女を捉えていたのだ。何故かまでは分からないが、恐らくは「仕様」みたいなものなのだろうと、早苗は無理矢理自分を納得させた。
(にしても、運の悪い方ですね)
「ちょっと貴女。ぼさっと見てないで、外すの手伝ってくれないかしら?
重いし絡み付いて訳が分からないわ。眩暈がしそうなのよ」
(しかも尊大不遜なのに非力で不器用で虚弱体質ときましたか。どんだけ属性増やせば気が済むんでしょうこのヒト)
「? 何よ? 私の顔に何か付いてる?」
「いいえー。別に何もー」
何も考えていない振りをして、早苗は全身紫ずくめ少女から鉄の輪を外してあげた。確かに重いが、両手で持てない程ではない。
「ふぅ。ありがとう、助かったわ。貴女、見かけによらず力持ちなのね」
「いえ、多分人間の女子の平均くらいだと思いますけど」
「あら、そう?
それにしても、一体何だったのかしら。飛んでたらコレがいきなりぶつかって来たのよ。不意打ちにも程があるわ。危うく事故死するところだったんだから!
犯人見つけたらタダじゃおかないわ。一生残る傷を身体に刻み込んであげる……!」
「うーん。本人に悪気は無かったというか全く想定外の事態だったと思うので、できれば穏便に済ませていただきたいのですが。
ちなみにその犯人、今正に事故死しそうな感じだったりしますけどねー」
そう応えて早苗は、少女の足下を指差した。
「あーうー」
たまたま着地地点に居たのだろう。或いは、自業自得の報いを受けたのか。
彼女の真下には、諏訪子がぺしゃんこに潰れて倒れていた。ヒキガエルならぬ、轢かれ蛙の完成である。
「…………」
「どうします? トドメ刺しちゃいます?
私で良ければ、消極的に協力させていただきますけどもー」
「……やめとくわ」
◆
それはそうと、と改めて少女は切り出した。
「洩矢諏訪子が居るってことは、ここが守矢神社なのかしら?
麓の巫女に聞いて来たんだけど、山に登ったこと無いから場所が曖昧だったのよね」
「はいいかにもここは守矢神社ですよ。
でもって私が巫女の東風谷早苗です。これでも神の眷属なんですよっ」
少女の質問に、胸を張って早苗が応えると、
「そう──貴女が、東風谷早苗なのね。
どうりで、博麗霊夢と似たような服装をしている訳だわ」
口端に薄っすらと笑みを浮かべて、彼女は言った。
「はじめまして。私はパチュリー・ノーレッジ。紅魔館の魔法使いよ。
東風谷早苗。今日は貴女に用があって来たの」
「ふぇ? 私に、ですか?」
パチュリーと名乗った彼女の言葉に、早苗は面食らった。
今まで神奈子や諏訪子を訪ねに来た人間や妖怪は沢山居たが、自分目当てに来る客はほとんど居なかったからだ。ましてや、紅魔館に知り合いなどは居ない。
「そうよ。貴女でないと困るの。
ねえ早苗。私の言うこと、聞いてくれるかしら?」
寒風に飛ばされそうになった帽子を押さえながら、パチュリーは静かに尋ねて来る。
その透明な紫色の瞳からは、いかなる意図も感情も読み取れない。まるで鏡を見ているかのように、早苗自身の姿だけが映し出されていた。
季節は冬。
誰もが過ぎ逝く秋を惜しみながら、遥か遠い春を待ち焦がれる季節。
寒空の下、守矢の巫女と紅魔の魔女は、運命的な出逢いを果たしたのだった。
◆
守矢の魔女
◆
所変わって守矢神社社殿。
早苗がお茶を淹れて戻ると、パチュリーと神奈子が向かい合って何やら話していた。
「──だからアレはやり過ぎだと」
「いやぁ、まさかあんな大袈裟なことになるなんて思ってもいなかったのよ。
……しっかしあんたもしつこいねぇ。あの件についてはこの間謝ったじゃない」
「魔理沙にはね。私は聞いてない」
「嘘つけ。無線で連絡取り合ってたくせに。
いいだろもう。温泉も沸き出したことだし、垢と一緒に水に流してよ……っと、早苗」
「粗茶ですが、どうぞ」
「ありがとう。早苗の淹れてくれたお茶はいつも美味しいわね」
湯呑みを差し出し、早苗は神奈子の後ろに控える。
触らぬ神に祟り無し。あまり楽しい話じゃないようだし、無理に会話に参加する必要も無いだろう。
「むきゅ……私、どちらかと言うと紅茶派なんだけどね。
でも、これはこれで美味しそうだわ」
「お茶菓子もありますから遠慮なくどうぞ。生憎と和菓子しかありませんが」
「あ、それは大丈夫。私、紅茶のアテに和菓子食べたりしてるから」
「ああ、そうなんですか……」
言いながら、パチュリーは湯呑みに手を伸ばした。
触れた瞬間「熱っ」と悲鳴を上げ、それから「何でコレには取っ手が無いのかしら? 客人を火傷させる気?」と文句を零す。
その後ふーふーと息を吹き掛け、十分に冷ました上でようやく湯呑みを手に取った。
「──ぬるいわね」
「ぷっ……!」
一口飲んでパチュリーが漏らした当然の感想に、とうとう我慢できなくなったのか、神奈子がお茶を吹き出した。早苗は慌てて、布巾を取りに台所に戻る。
「汚いわね」と神奈子を一睨みしてから、パチュリーは再びお茶を口に含む。音を立てずに飲むのは、紅茶のマナーを遵守してのことだろう。
「だけど、口の中にじんわりと染み渡っていく味わいだわ。これが侘び寂びの精神ってものかしら」
「おっ、あんたも理解したかい? 西洋の魔女さんには難しいだろうと思ってたんだけどね。
紅茶の甘い香りも良いが、緑茶に込められた和の心もなかなかオツなもんだろう」
「そうね。混ぜたらすごい飲み物になりそう」
(いやそれはどうかと思いますがっ)
胸中でツッコミを入れながら、早苗は床を拭き始める。畳敷きの床は染みが付き易い。この間も諏訪子が居眠りした際に垂れた、涎の痕ができたばかりだ。
そんな早苗の様子を見て用件を思い出したのか、パチュリーは「むきゅっ」(←※ポンッ)と手を打った。
「そうだ、こんなことしてる場合じゃないの。
そこの巫女さんの手を借りたいんだけど、構わないかしら?」
「駄目だ、と言いたいところではあるけどな。
早苗が良いなら構わんよ。言いたいことはもう言ったし、後は二人で話すといい」
(えっ? 神奈子様?)
あっさりとそう告げて、神奈子は席を立つ。
早苗にとっては意外な展開だ。妖怪が突然神社に押し掛けて来た上、巫女を貸し出せと要求してきたのだから、神として苦言の一つも呈するだろうと思っていたのに。それがまさか、無条件で了承するとは……。
それは、パチュリーにとっても想定外だったのか。
お茶が気管に入りゴホンゴホンとむせた後、彼女はおもむろに口を開いた。口の端にお菓子の粒が付いているが、気にする余裕は無いらしい。
「少し驚いたわ。てっきり無理難題を押し付けられるか、ハナから話を聞いて貰えないかも知れないと覚悟してたんだけど?」
「あんた程熟練の魔法使いがわざわざ山を登って頼みに来たんだ。余程困った状況なんだろう? そんなあんたの悩みをウチの巫女が解決したとあればほれ、紅魔館に大恩が売れるってもんだろ。ウチにとっちゃ、麓にシェアを広げるまたとない契機って訳だ」
「……ふむ」
(な、なるほど。さすがは神奈子様、そこまで考えて)
「それに──早苗」
「は、はい?」
「お前にとっても、この魔女の力が必要となる時が来る。そう遠くない未来に、な。
だから今の内に手伝っておくといい。こいつは魔女だが、受けた恩を仇で返すような性悪じゃない」
「はぁ……」
それだけ言って、神奈子は本殿の奥へと姿を消した。
奥には諏訪子も控えている。きっと二人して聞き耳を立てているに違いないと、早苗は溜息をついた。
神様連中が揃って引っ込んだ以上、自分一人で対処するしかない。早苗は諦めて、パチュリーの対面に正座した。
◆
「さて、それでは本題に入るけど。
その前に呼び方、早苗で良いのかしら? 私としては、緑青(みどりあお)巫女ってのも捨てがたいんだけれど」
「嫌ですよそんな霊夢さんのパチモンみたいな呼び方。早苗で結構です」
「ふむ。それじゃあ早苗。早速だけど、これを見て頂戴」
そう言ってパチュリーが取り出したのは、一冊の分厚い本だった。
黒地に幾重にも装飾が施された表紙には、早苗には読めない文字でタイトルが書かれている。恐らくは魔導書の類だろうが、内容までは分からない。
「あの。この本が何か? 正直、魔法の類は専門外なんですけど」
「ああ、違うの。これじゃなくて、この中に挟んで……よっと」
(!? こ、これは!)
パチュリーが本を開くと、ページの間に別の冊子が挟まっているのが見えた。
魔導書と比べると随分薄い。本と言うより雑誌のようだ。見たところ30ページも無さそうだが。
それよりも早苗の目は、表紙に描かれたイラストと、「ぱちぇ×こあ!」とギャル文字で書かれたタイトルの方に釘付けになっていた。
「この間書籍を整理してたら見つかったの。一体いつ、どこから紛れ込んだのか……外の世界の書物だとは検討つくんだけどねぇ」
「ま、まあそうでしょうね」
(思いっきり同人誌だし。しかも成人向けの)
表紙にはパチュリーと、赤い髪の悪魔が全裸で絡み合っている姿がフルカラーで描かれていた。早苗がかつて女子●生だった頃、外の世界の同人誌即売会で良く見かけた系統の絵だ。絵柄の錬度からして、かなり古参の絵師が描いたものだろう。
にしても、多感な年頃の乙女には少々刺激がきつい絵だ。早苗は直視しないよう注意しながら、震える手でページをめくっていく。
「酷い内容だと思わない? 私と小悪魔が性交してる様子を延々と、赤裸々に描写してるのよ。
──ああ、小悪魔っていうのは私の使い魔なんだけどねぇ? 彼女とはあくまで主従関係にあるし、当然恋愛感情なんてものは無い。全く、事実無根も良いところだわ!」
憤懣遣る方無い様子で、パチュリーは「むきゅっ」(←※ドンッ)と畳を叩いた。
同じ女性として、彼女の怒りは理解できる。自分だって勝手に漫画に出されるのは嫌だし、それがエロ漫画なら尚更だ。早苗はうんうんと頷きながら、更にページをめくった。
「大体、私はこんな貧乳じゃないわよ!」
「えっ、そこですか!?」
「当たり前じゃない! 胸は女の最終兵器なのよ!?」
(そーなのかー。まあ、自分で言う分には自由ですけども)
先程鉄の輪を外す際に触れた感じからすると、パチュリーは着痩せならぬ着太りするタイプのようだった。特にある部位においてはそれが顕著で、PADでも入れているんじゃないかと邪推したくなるくらいだ。
もっとも、胸の大きさに関しては自分も自慢できる程ではないので、早苗はそれ以上突っ込むのはやめておいてあげた。
「……って、問題はそういうコトじゃないの。
早苗。見ての通り、この書物は悪意と変態的な性的思考に満たされているわ。危険だと思わない?」
「はあ。まあ私にはいささか刺激が強すぎる内容ですけどね。さっきから鼻血が出そうで困ってますがー」
「そう。この本の存在は危険過ぎるのよ。
特にここ、幻想郷ではね」
「?」
パチュリーの語りが始まる。
早苗は無意識にページをめくろうとする自分を抑え、目の前の魔女へと視線を向けた。先程まで透き通っていた紫色の瞳は今、不安の色で濁っている。
「早苗。貴女は、この幻想郷に『少女(ヲトメ)』が多いと思ったことは無いかしら?」
「──っ──!?」
「そう。どういう訳だか、この世界には『少女』が多い。
巫女を始め、強力な妖怪のほとんど全てが『少女』。偶然とは考えにくいでしょう。
となれば、こうは解釈できないかしら? すなわち、この世界は『少女で形作られた世界(ガールズ・ブラボー)』なのだ、と」
「そ……それは、つまり」
「そうよ。彼女達の『少女性(ヲトメゴコロ)』がこの世界存続の鍵。もし何らかの要因でそれが失われてしまったなら。幻想郷は、消滅する」
パチュリーの言葉に、早苗は絶句する。
もしもそれが本当であるのなら、今こそ正に危機的状況にあると言えるからだ。
……厚さ10mmもない、たった一冊の同人誌。
そのもの自体は何の脅威にもならない。ただの紙切れだ。
だがそれがコピーでもされ、人里にばら撒かれたとしたら──。
「早苗。正直に答えて。
この本読んで、少しでもムラッとしなかった?」
真剣な眼差しを向けられ、早苗はごくりと唾を飲み込んだ。
「う……しました」
「やっぱり。貴女もそうなのね。私も性的衝動に駆られたわ。収めるのに時間が掛かっちゃった」
苦笑いを浮かべ、パチュリーはぺろりと舌を出した。
恥ずかしいのか、僅かに紅潮した頬が妙に扇情的だ。実物も本に描かれているように乱れるのだろうかと想像し、早苗は慌てて首を振った。
(だ、駄目よ私! いやらしいことを考えたら、この世界が……何より、パチュリーさんに失礼だわ!)
「? どうしたの早苗?」
「い、いえ。でもそんなに危険なモノでしたら、処分してしまえば宜しいのでは?」
「分かってる。私だって何度も燃やそうとしたわ。……でも、できなかった」
「どうしてですか?」
「──切ないの。この本が消えてなくなるのかと思うと……もう二度と読めなくなるのだと思うと、胸の奥が苦しくなるのよ」
(パチュリーさん)
それは十分中毒ですよ、とは早苗には言えなかった。
パチュリーは今にも泣きそうな顔で「ぱちぇ×こあ!」本を見つめている。事実無根、酷い内容だと罵りながらも、心の奥底では必要としているのだ。そして、そんな感情を抱いている自分に戸惑いを覚えている。
それが理解できたからこそ、早苗はパチュリーに協力する気になれた。世界の危機とか、紅魔館に恩を売るためとか、そんなことは関係無い。ただ純粋に、共感できたから。
「だから私、どうしたら良いのか分からなくなって。
麓の巫女に相談しても、まともに取り合ってはくれなかったし……気が付けば、貴女を訪ねてた。
お願い早苗。貴女の力で、この淫らな気持ちを浄化して」
「それは」
早苗の専門は風祝。本来それは、風の神様を鎮めるための神事である。
だから厳密な意味での浄化能力は本職の巫女に劣る──のだが。
「分かりました。やってみましょう」
救いを求める者に手を差し伸べてこその神。
それができなくて、何が現人神か。
早苗は力強く頷き、パチュリーの手を取った。
「私に任せて下さい、パチュリーさん。
この異変、必ずや私が解決してみせます!」