「翼、治りきるまであと少し時間がかかりそうですね」
「そう言っただろう」
クアドルンの治りかけの左翼はパルから見ても疑似翼とはまだ干渉していなかった。
ここまで治るのに時間がかかっているとなると、やはりアルスをクアドルンが一人で止めるのは無理があったのだろう。
パルが内心そんな風に感じている事を見透かすかのように、クアドルンは目を開けてパルの方に視線をやった。
「治癒に関して特に焦る必要がなくなった。だから時間に任せているだけだ」
「あ、はい!失礼しました、ごめんなさい!」
翼の治癒に関しては何としても間に合わせていた、とクアドルンは主張を曲げない。
超常の力を持つ竜を自分の縮尺で測ってしまった事に気が付いたパルは焦って謝る。エルドラを守るという使命から来る矜持は並大抵のものではない。
「……この翼も悪くない、前にも言ったがな」
「あ!ありがとうございます!本当に光栄です!」
使命と矜持を帯びながら長い時を生きていたクアドルンは、これでも素直な方なのかもしれない。
パルが現実で接してきた大人の中には、血筋や立場がある事を前提にして考えたとしても悲しくなるほど冷たくなってしまった人が少なからず居た。クアドルンは長く生きながらも温かみを損なっていない、彼の感謝は不器用な物だったがパルにはそれでよかった。
「じゃあ、降りますね。失礼しました」
「……」
クアドルンはパルが彼の身体をよじ登って翼を見に行くときも、今降りようとしている時にもクアドルンはパルから目を離さないようにはしていた。そんな温かみのある仕草はパルにもしっかり伝わっていた。
パルが無事に自分の身体から降りるのを見届けてクアドルンはまた目を閉じてしまった。そしてすぐにパルが動く様子がない事に気が付く。
「……まだ何かあるのか?」
「えっと、ちょっと質問したい事があるんですが」
「何だ?」
クアドルンは目を開けてパルに問いかける。
パルは周囲にある召喚台を見て、ふと思いつく事があったのだ。
「あの、あんまり話したくない話題かもしれませんが」
「良い、言ってみろ。お前たちには大きな借りがある、答えれることは答えよう」
「はい、では――――」
クアドルンの協力的な言葉を得て、パルは踏み出す勇気を得た。
パルが聞きたいのはエルドラの古き民についてだ。
今から行う質問は答えてもらっても、イヴ復活の為に必ずしも役に立つとは限らない。はるか昔に有った戦いに関する話を思い出させてしまうかもしれないのは忍びないが、ヒロトの為仲間の為やれる事をパルはやっておきたかった。
「以前クアドルンさんに初めてお会いした時に話してくださった、電子生命体になる事を選んだ古き民についてお話を聞きたいんです」
「……?私が知る限りで話す事自体は構わない。しかし、なぜそんな事に興味を抱く?」
クアドルンが疑問に思うのは当然の事だ、パルもできるだけ分かり易く答えようと言葉を選ぶ。
パル自身はヒロトの過去を自己判断で全部話す気になれなかったが、掻い摘んで話す必要はあるだろうと判断する。
「ヒロトさんが、その古き民に会ってるかもしれないんです」
「何だと?」
パルの思いがけない言葉にクアドルンも流石に驚き、目を見開いた。
「今からお話しする事は僕たちの推測が混じっています、でも状況から見るにそうとしか考えられない気がするんです」
ここからパルが話した内容は自分達が普段過ごしている空間が電脳空間であること、その中でヒロトが出会ったイヴの存在、その消滅の間際にイヴが発したという星の導きという単語、そして今自分達が何を目指して行動しているかと言う事。
どれもここ数日で皆で一丸となり考えて来たことだけあって説明自体は淀みがなく、その上クアドルンもともかく全てを聞く姿勢をとってくれた、そうした気遣いも相まってかなり手早く話す事が出来た。
パルが説明を終えた後、クアドルンはしばらく何も言わずに情報を咀嚼していたが、数分で飲み込んで見せた。
「つまり、お前が聞きたいのはそのイヴという娘を再構築するための手段もしくは手助けになる事か?」
「はい!仰る通りです!ただ、どちらかというと手助けになるような事が知りたいと思って居ます」
「ふむ、なるほどな……。再構築の当てはすでにあるのか」
パルからの肯定を受け、クアドルンは身じろぎして召喚台の方へと視線を向け話し出す。
「悪いが、手助けにはなれそうにない。思い当たる術がないのだ」
「……そうですか」
「すまないな、何かしてやれたらよかったのだが」
「いえ!」
クアドルンが心苦しい気持ちで謝罪する様子を見て、どういう答えでも責めるつもりは微塵もなかったパルは焦ってしまう。
「えっと、例えば、その召喚台でイヴさんを呼び戻す!とかはどうでしょう?」
「それは考えた、だが無理だ。……私は古き民からこの星に未だ生きている古いシステムにある程度は介入できる様に配慮されている。しかしそれは彼らの旅の足跡を追える程度で、彼らに対して深く干渉出来るものではない。アルスをシステム面から止める事が出来なかったのがいい例だ」
「……ぁ」
クアドルンの複雑な感情が込められた説明に、彼の謝罪に驚いてパルは焦って手段を上げてしまったが、考えてみれば聞くまでもない事だったと言われてから気が付いた。
パルが縮こまる様子を見て、クアドルンはあまり気にしない様にと自分の言いたい事を言い切る事にした。
「彼らが二つの道に分かれて旅立っていた後も、私はこの星で残り続けた。彼らがどこかで生きていて、いつか帰って来た時にはそのシステムを介して私に合図が送られ、その合図を起点にこの地まで安全に導く約束だった。彼らは私が深くシステムに対して干渉させることができると言っていた。……だが彼らの提案を私は断った、お前たちの声を待っているだけでいいと、そう伝えた。すべて私が考えた事だ」
「……はい」
だから気にするな、とクアドルンはわざわざ最後までは言わなかった。
パルは長い時を過ごして友人達を待っていたクアドルンの気持ちがほんの少しだけ分かった気がした。彼が生きていた時間は長く、自分では想像もできない苦難とそれに対する心境があっただろうと、感じたのだ。
パルが途方にもない長い時間をほんの少し実感していると、クアドルンは少し唸った。
「むぅ」
「どうかしましたか?」
「私から話せることは今話した、そして私もいずれお前たちに言わなければならないと考えていた話がある。今までの話とは凡そ関係ない話だが」
クアドルンがなんだか歯切れの悪い会話の切り出し方をしているとパルは感じ、もしかして言いにくい話題なのかもと察する。パルはどんな話か不安にはなったが、いずれその話は聞かざる得ないのなら今聞いてしまった方がいいと判断した。クアドルンに話しにくい事を話させてしまって、自分だけが逃げるわけにはいかないという気持ちもあった。
「聞かせてください」
「……いいだろう」
クアドルンはパルの答えを確認してから話し始めた。
「星の導きと、娘は表現していたな。お前は私たちがほんの偶然、星の導きで出会い今こうやって話し合っている事を得難い奇跡と思うか?」
クアドルンの質問に対して、パルは迷いなく頷く。
「それは勿論、そう思いますが」
「そうか。では、この奇跡が何時まで続くか、考えた事はあるか?」
「え……?」
パルはクアドルンの言っていることが一瞬理解できない言語の様に感じた。
そしてそのように感じた理由をパルはすぐに理解した。
「……考えていませんでした、いえ、考えたくなかっただけかも」
「今日や明日にも別れの時が来るという話ではない、現状道は安定している。だが努々忘れるな」
クアドルンが付きつけた言葉は、厳しい現実を示す言葉であった。
例えばGBNがサービス停止になればエルドラに来る手段は当然なくなる、他にもエルドラのシステム側に不調が起こればメンテナンスできるわけもなく道は閉じる。
あえてその現実を示したのはクアドルンなりの配慮があっての事だろうと、パルは感じた。
「皆でよく話し合うようにしておきます。……すぐには受け入れられないかもしれませんが」
「時間はある」
パルの返事に、クアドルンはただ事実のみをもう一度示し、また楽な姿勢に戻っていった。
「でも、道が途切れたとしても僕たちは皆さんの事忘れたりしませんから……!」
「……」
「それに、絶対もう一度道が繋がらないか色々試します!やれるだけやります!」
「……ふっ、お前たちの好きにするがいい」
パルの諦めの悪い言葉に、クアドルンは本当にわずかだが笑うのだった。
そしてパルは感傷的な気持ちを振り切り、再度何かに使えるかもしれない事がないか考えて、召喚台周りなど古き民が残した物のスナップショットを取る。
写りを確認して、目を閉じたクアドルンにぺこりと頭を下げて、三人に追いつこうと愛機に近寄る。
「お前たちなら、成し遂げる事ができるだろう」
「っ!はい!ありがとうございました!」
ふと後ろから来た優しく温かい竜の激励にパルは喜び、場を後にした。
◆◆◆
「へぇー!そんなことをしていたんですね!」
フレディはヒロトから今行っているイヴ復活計画の事を聞いて、感嘆の声を上げていた。
彼はヒロトの言ってる事すべてを理解する事は出来なかったが、成功してしまえば間違いなくヒロトにとっていい事であり、ヒロトが喜ぶなら自分にとってもいい事なのだと感激していた。
カザミはそんなフレディの様子を見て、ヒロトの肩に腕を回して後ろを向かせ屈んで小声で話す。
「おい、フレディに言って良かったのか?いろいろあるだろ、ほら」
フレディの身内も含めて多くの人が亡くなってしまったあの悲劇からさほど時は立っていない。彼の事を思うと、復活という単語が死を連想させて良くないのではないかとカザミは思ったのだ。
だがそう思いながら、大事な仲間に隠し事をしたくないという気持ちも相反してあった。なので、ヒロトが伝えてしまった事を強く咎める気はない。実際フレディ自身少しも気落ちした様子は見せていないし、結果としては問題なかったのだろう。
「いや、やりたい事を隠す方がフレディは怒りそうだから」
「まぁ、それは一理あるけどよ」
カザミが複雑そうにうなずくと、ポンポンと後ろから腕を叩かれる。
感触で分かる、明らかにフレディの手だった。カザミが確認してみるとフレディは一転して不機嫌そうな顔でムスッとしていた。
「きーこーえーてーまーすーよー!」
「ぎゃあ!」
「勝手な思いやりで自分達がやりたい事を誤魔化さないでください!全然嬉しくないです!」
フレディは鼻息荒くフンフンと怒りを見せている。
カザミは自分勝手な事をしたのは俺だったな、とその姿を見て感じ取り、両手をパン!と合わせた。
「ごめんなさい!」
「はい!許します!」
「ほら、怒るって言ったじゃないか、カザミ」
「俺は俺なりにだなぁ!いえ、なんでもないです、はい、ってあれは!」
そんな話をしていると、ウォドムポッド+とエクスヴァルキランダーが飛んできていた。
ウォドムポッド+は小型の乗り物を手に持ってそのまま村の中に着陸し、エクスヴァルキランダーはヒロト達の近くへと着陸する。
「お、あいつらも戻ったな」
「パルさーん、こっちですよー!」
フレディがぶんぶんと機体から降りたパルの方に腕を振ると、パルは小走りでこちらに近づいてきた。
「やぁ、フレディ。元気そうでよかった」
「パルさんもお元気そうで何よりです!」
相変わらずのフレディの様子にパルは思わず笑顔になり、すぐに表情を曇らせた。
三人がパルの様子に気づいて、フレディがすぐに心配の声を上げる。
「どうかしました?」
「……いや、その、そう!クアドルンさんに。あ、いや、ヒロトさんフレディは?」
パルは三人から見てかなり不審な様子のままカザミ一瞬視線を向け、そしてすぐにヒロトに質問する、言葉は短縮されていたが彼が聞きたい事をヒロトはすぐに理解して頷く。
「もう知ってる、大丈夫だ」
「ああ、えっと、なら、話しますね。クアドルンさんにイヴさんの復活で何か手掛かりがないか聞いてみたんですけど、思い当たる事は無いって、あとヒロトさんの事色々勝手に話しちゃいました。ごめんなさい」
「それは構わない。わざわざ聞いてくれてありがとう、パル」
ヒロトがパルの行動に感謝すると、パルはヒロトを見て小首をかしげる。
心なしかヒロトの纏う雰囲気がより明るくなっているとパルには感じられた。
「ヒロトさん、もしかして何かありました?」
「……ああ、フレディに怒られたり、いろいろ」
「ええぇ!?いったい何やったんですか!?」
「お前何やったんだよ!?」
パルとカザミはヒロトの衝撃発言にものすごく驚いた。
ヒロトはフレディに説教された内容を掻い摘んでパルに伝える。
「簡単に言うともっと自分がやりたい様にやれって怒られた」
「……なるほど。それは良かったですね」
「あー、なるほどなぁ」
「ああ、少し気は楽になったよ」
ヒロトが明るい顔をするのを見て、パルはとりあえずホッとする。
そしてパルはすこしこめかみを引きつらせた、そんな様子の変化を正面から見ていたヒロトは不思議に感じた。
「どうかしたか、パル」
「いえ、まだ足りない様なら僕も怒りますよって、それだけ」
「……冗談?」
「冗談に思います?」
ニコッとパルが笑顔になり、ヒロトは息を呑んだ。
そんな時カザミがポンとヒロトの肩を叩く、当然の様に笑顔だ。
「ちなみにその時は俺も怒る」
「ぅ、急にはできそうにないんだ、努力はする」
「あんまり焦らせちゃだめですよ、お二人共!」
「……しゃーねぇな、フレディ先生に免じてゆっくり見ててやるよ、ん?」
カザミは一番最初にヒロトに強く言葉で伝えたらしいフレディの発言に、偉そうに頷いた。
パルもうんうんと頷いている。
そうしている間に、今度はウォドムポッド+が飛んでくるのが見えた。さっきと同じ要領でフレディが呼びかけてメイが答え、すぐに寄ってくる。
そうしているほんのわずかな間に、ヒロトにメッセージが届いた。
「なんだ?……カルナさんから?」
「おう、おつかれ、メイ。結局運んでたやつは何だったんだ?」
「壊れた乗り物。積み荷は話を聞く限り無線機だな、最近使い方が分かった遺物だ」
「無線機!それがあったらエルドラの人たちもすごく助かりますね!」
「おお!」
話を聞いたカザミとパルはその便利さを現代人としてよく知っているので思わず興奮してしまう。
フレディは首をかしげると
「無線機って言うのはなんでしょうか?」
「遠距離に居る者同士が、距離を無視して会話できる機械だ。今は良く分からないかもしれないが、使えば便利さに気が付くだろう」
「……?なるほど、なんだかすごそうなのは分かりました!」
フレディはメイの説明にカザミとパルが力強く頷いてるのを見て、ともかく凄い物であるのだなと判断する。
そんな時、会話に参加していなかったヒロトの方から声が上がった。
「えぇっ!?」
ヒロトが驚きで大声を出す事は滅多に無い、他の四人はギョッとして視線を送ると、ヒロトはメッセージをもう一度読み返している様だった。
当然他の四人も気になって、メイが声をかける。
「ヒロト、何があったんだ?」
「いや、それが、今カルナさんからメッセージが来て――――」
答えながらヒロトはメッセージを再度読み終えて、こんな事がありうるのかという感情をにじませる。
「AVALONが俺達と同盟組んでイヴ復活の事手伝ってくれる、かもしれないらしい」
「「ええぇー!?!?」」
カザミとパルの大きな叫びは村にまで木霊した。