「……GBNのプログラマー?」
ヒロトがトーリの発言に驚愕を隠せずオウム返しにする、キョウヤはこの場に居る全員から強い困惑を感じトーリに説明を促す。
「……トーリさん、ともかく何をする為に来たか説明してください。皆困惑している」
「そうね、でもとりあえず」
トーリは金色の鳥の姿をしている事から顔やしぐさがない、声色もごく落ち着いた様子でまるで緊張していない様だった。トーリがブリーフィングルームの入り口に目を向けると、入り口が青い光に包まれていった。
「GMに察知される前に私の部屋に案内するわ、あの扉に入って」
「……皆、着いて来てくれ」
トーリの発言から、キョウヤは彼女がどうやら今回の件は味方に付いてくれるらしいと判断し先陣を切る。
他の全員は急な展開に困惑したままであったが、キョウヤがトーリの言葉に従った事でともかく言われたとおりにすることに決めた。
変質した扉をくぐったさきは、大きな止まり木がある書斎のような部屋だった。
トーリはその止まり木に移動し、全員に着席を促す。
「ここはGMに関与されず、会話ログも残らずに話し合う事ができる、私個人の空間よ。どうぞ座って」
席の数より入ってきた人数の方が多かったが、椅子と机の配置と数が一人でに切り替わって部屋に入ってきた全員が窮屈さを感じずに座る事が出来た。
キョウヤが説明を視線で促し、トーリが話し始める。
「ミスター・キョウヤの指摘の通り、私はあなた達BUILD DiVERSがアップロードした動画を見ていました。……ELダイバー・イヴの復活、協力させてもらうわ」
「!?」
突然の登場、そして当然のような協力宣言にヒロト達は驚いてばかりだ。
キョウヤはそれも当然の反応だと、一人皆の様子を見ながら苦笑しトーリがどのような立場であるのかを補足する。
「トーリさんはGBNの開発者、メインシステムを作り上げたプログラマーだ。ELダイバーにまつわる最初の騒動の時も、彼女はリク君たちに付いてサラ君を助ける為に動いていた」
「……そういう人もいたんですね」
ヒロトはキョウヤの話に感心の様な、そしてほんの少しだけ羨む様な、複雑な声を出した。
件の動画を見たり今回の情報交換を聞いていたトーリは、ヒロトに対し憐憫と申し訳ない気持ちを抱かざる得なかった。もっとGBNの隅々に気が付いておけば、と彼女はどうしても考えてしまう。だが、謝ったとしてもそれは私なら救う事が出来たと、まるで神を気取るような傲慢な発言にしかならず、彼の慰めには決してならないだろう。今できるのは彼らの目指す奇跡を手助けする事だ。
「貴方たちの話を聞いて必要があると感じたのは、まず彼女の身体。データを再構築するにしても、集まるポイントが有った方が良いでしょう」
トーリの指摘は正しい物だった。
イヴが復活した後の保護策としてモビルドールを作ってはいるが彼女が言っているのは恐らくGBN側での身体の事だろう、と予想しながらヒロトは答える。
「俺たちにできる事としてモビルドールは作成しています」
「なるほど、それも確かに後で必要になりますね。そちらがお任せできるなら、GBNでの身体、つまりアバターを今作ってしまいましょうか」
「今?」
トーリが部屋の空いた空間に目を向けると、空間が切り取られた様に立方体があらわになり、そこにキャラメイク時の女性アバターの素体が浮かび上がってきた。
「あの写真を見る限り、背はもう少し低い、髪はこのくらいの色で長め、顔も少し幼い、目はこう。服装は……ああ、GBN初期の頃から有ったドレスですね」
トーリが言ったこと全てが次々に女性の素体アバターに反映されていく。
背の高さが調整され、髪がぐっと伸びて二つに纏められて色が切り替わる、輪郭が調整され、目の形と色が変わる。服装に関してはGBN内で着用できる種類が膨大になっている為、彼女も一瞬戸惑ったがすぐに見つけ出した。
「ミスター・ヒロト、イヴの外見・服装に何か気になる点はありますか?件のイヤリングは勿論ありませんが、それ以外はこの通りかと」
「……ぁ」
出来上がった『イヴ』を見て、ヒロトが思わずふらりと立ち上がる。
ヒロトに見え易い様に移動させられたアバターは間違いなくイヴだった。
その目には何も映っておらず、何の表情もなかった、今はまだ抜け殻でしかない、そんな事は分かっていた。でももしかしたら、今にもまた笑いかけてくれるかもしれない、そんな思いがヒロトの中に沸き上がって止まらなかった。
自然に手を伸ばし、頬に触れてみて、そして何も変わらない事を実感して彼は手を下した。
ヒロトの複雑な感情を込めた行動はこの場に居る全員の胸を打った。
男性陣とメイは固唾をのんで見守るしかなく、エミリアは見ていられなくなり俯いてしまった。
ヒロトは感傷的な気持ちを切り替える為に、首を振ってトーリに答える。
「……イヴの外見はこれで間違いないと思います」
「ありがとうございます。……辛い事をさせてしまって、ごめんなさい」
「いえ」
トーリが沈痛な声で謝ると、ヒロトは微笑んだ。
「こうやって力を貸してもらえてありがたいと思って居ます」
強い子だな、とトーリはその言葉を聞いて心の底から思った。
あと一つできる事がある、日の目を見るかどうかはともかく伝えなければとトーリは考えていることを話す。
「奇跡の反動についても当時の第一次有志連合戦のデータ、もう一度洗ってみるわ。対策を講じれるかはわからないですが、全力を尽くします」
「……ありがとうございます、でもどうしてここまで?」
トーリの献身的な手助けは本当にありがたい物と感じてはいたが、ヒロトに返せるようなものはない。
そんなヒロトの言葉にトーリはキョトンとしながら答える。
「命を救う事に理由が必要でしょうか?」
ともすれば子供っぽい理由に全員が一瞬答えあぐねたが、キョウヤは変わらないなと小さく笑う。
「彼女はそういう人なんだ、生まれる命を祝福し、助ける事を厭わない」
「私は聖人を気取るつもりはないわ、ミスター・キョウヤ。彼女はGBNを身を挺して庇ってくれたのだから恩返しも兼ねています。この件の報酬があって然るべきだというなら何か……ああ、イヴの在り方に興味がありますから、彼女が落ち着いた後に少しお話させていただければ充分です」
「それでいいなら」
報酬が有った方が納得しやすいならと、今とってつけただけの様なトーリの要求はほんの些細な要求でしかなかった。
キョウヤはトーリの報酬に対する表現が気になり、質問を投げかけた。
「トーリさん、イヴの在り方に興味というのはどういう事でしょう?」
「分かり易く言うのであれば……、サラとイヴはモビルドールという保護枠を持たなかったELダイバーという同じ立場でありながら随分と違う点があります。サラは子供の様に未熟で、スポンジの様に感情を学び、記憶を得て、それがブレイクデカールを抑え込んだ奇跡と相成ってGBNを圧迫するという原因になった」
トーリは一呼吸置いて続ける。
「でもイヴは同じ様な存在でありながら、確固とした自我を最初から備えていたように思えます。ミスター・ヒロトの動画に有ったイヴ本人が自分からバグを抑え込んだという発言、それは自分が何者であるか何ができるかを知らなければ打てない方法でしょう?その行動の根幹は貴方たちが話していたイヴがエルドラに過去存在した古代文明人のである事を示しているのかもしれません、仮にこの推測が正しいなら異星に住んでいた文明人と会話できるというのは――――」
トーリは好奇心旺盛な人間であった、サラに目を付けたのもこういった知的好奇心からくる面があった。
彼女はここまで話して質問した当人のキョウヤも周りの人もついて行けてない事に気が付き、つい興が乗ってまくし立ててしまっている自分を少し恥ずかしく感じ始めた。
「得難い……。ああ、ごめんなさい、つい。とは言え彼女が話したくない事であれば無理に聞くつもりはありません」
とってつけたような要求を装いながら内心かなり興奮していたトーリからは明確な彼女の考えが次から次に出てきた。
無理に聞くつもりはないと自分の好奇心を抑え込んでしまうあたり、好奇心旺盛な性格ながら根っこから善人であることも同時に示していた。
金色の鳥という表情のないアバターで居るが、不思議と表情が見えた様にヒロトは感じた。
「ともかく、私の出来るかぎりで貴方たちを助けましょう」
「ありがとうございます」
トーリが改めて協力を宣言すると、ヒロトは強い信頼と共に礼を述べた。
キョウヤは顎に手を当て、何事かを考えてからトーリに声をかける。
「GMはどう動くかな」
「あら、想定はできてるんじゃなくて?」
「まぁ、そうだが」
「カ……GMは目先の問題解決に尽力する人よ。今回の件少し文句は言うでしょうけど、うまく動けば逆に引き込めるわ」
「トーリさんもそう思うか」
「……そもそも今回のAVALONの強引な動きはそれを狙ったものでしょう?」
トーリはここまでのキョウヤの発言と様子でなんとなく思惑を見抜いた。
GMを巻き込む話に場は騒然となった。AVALON側のカルナ・エミリアも聞いていない展開に流石に面を食らってキョウヤに食い掛る。
「……どういうことっすか隊長!?」
「奇跡の反動の話が出ただろう、それに関して私なりに対抗策として考える事があったんだ」
「GMを巻き込むことがその対抗策になると?」
エミリアの疑問に、キョウヤは頷く。
「ああ、これは僕自身の経験から考えたGMの癖を利用する作戦だ。GMは目の前にある問題に実直に対処する、時には非情な判断を断固実行する覚悟もある、敵にすると厄介だ。奇跡のリスク、この一点に対しGMは遅かれ早かれ苦言を呈しに来るだろう、もしかするとやりたい事を妨害されるかもしれない」
キョウヤが予想するGMの動きに一同が頷く。
「となれば、逆に復活させることがすでに決まった事としてGMに対処させたらどうなるか。運営は復活のリスク軽減に努めるはずだ、そうなれば私たちとよく話し合って方策を練っていく方がよっぽど合理的だと判断するだろう。GMは味方にするとこれ以上ないバックアップになる」
「AVALONの決議、かなり急いでるなと私も思いましたが、それは運営に関与させる隙を与えないため?」
エミリアはここ最近のキョウヤがやりたい事を決めてから行動する速さには違和感を感じていた。
「うん、彼らはどこで聞いているかわからないね。今はまだBUILD DiVERSの声が下火でアンチの声も大きいから見逃しているのか、気が付いていないだけかどちらかは分からないが、ともかく彼らは油断している。そこで我々の影響力の高さを利用して一般ダイバーを味方に引き込む、皆がELダイバー・イヴの復活を望むとなれば必ず運営はその声を無視できない。そうしてGBNを守る事とダイバーの大きな一つの声両方を天秤に乗せて考えたくない運営は、さも好意的である様に私たちの手助けをするだろう、リスクを少しでも軽減する為に。それともうすでに始まってしまった事、多くのダイバーの意思だからと言い訳を使って、それでもなお全力で対応したと言い張れるように」
「……おお、流石チャンピオン」
カザミはキョウヤの周到な説明に感激した。
しかしキョウヤが珍しく黒い計画を実行しているのを見て、彼を知っているトーリ・カルナ・エミリア・ヒロトはそろって首を傾げた。四人は感じていた、やけに準備が良すぎると。
そんなキョウヤエミリアはおずおずと質問する。
「隊長、今までの話自分で考えたんですか?」
「……何の話かな?」
エミリアの質問にキョウヤは一瞬頬を引きつらせて、すぐ笑顔に戻った。
その様子で彼女はこの作戦を考えたのは誰かを何となく察して、ホッと溜息をついた。
「……ですよね、まったく驚かせないでください」
「何も言ってないじゃないか」
「ああ、分かっちゃったー、なるほど、びっくりした」
「だから何も言ってないじゃないか、私が考えたことかもしれないだろう……!」
「はいはい、かもしれないかもしれない」
カルナとエミリアがこめかみを引きつらせる様子を見て、キョウヤは頭を掻くと
「黙ってて悪かった、でもさっき言った通りどこで運営が聞いてるかわからなかったんだ、今日はトーリさんが来てくれてよかったよ」
「もう察したから言わなくていいのに、隊長はこれだからなー……」
「世話が焼けますね、ホント。ああ、BUILD DiVERSの皆さん、ダイバーの取り纏めの事は私たちに任せておいてください。誰とは言いませんがかなり頭の回る人が動いてくれてるみたいです、万事うまくいくでしょう」
「お、おう、お願いしていいなら」
カザミが身内にチクチク言われているチャンピオンに少し夢を失いながら頷く。
エミリアは一つため息をつき、今日の情報交換の締めに入った
「色々驚くことはありましたが、同盟前の情報交換はこれで終わりにします。以降は運営の動きに注意しながら誘導して、あちらを引きずり込んでからですね」
「……本当にいろいろお世話になります」
BUILD DiVERSとしては結局AVALONに頼りきりになってしまう事実に、ヒロトは深く頭を下げた。
同調して他の三人も頭下げる。
エミリアはそんな四人の様子にクスリと笑うと
「いいのよ、気にしないで。私たち真剣だけど楽しんでるから」
「でかいイベントってわくわくするよなー!ねぇ、隊長もなんか言ったらどうですか?」
「ん?そうだなぁ。……君たち以外誰も聞いてないしログにも残らないんだ、同盟への決意表明代わりに言ってしまおうか」
キョウヤは周りを見渡して、小さく笑った。
「私が言える事ではないけどね。僕は実は、大の為なら小を切っても仕方ないって考え、好きじゃないんだ」
チャンピオンとしての考えではなく、クジョウ・キョウヤ個人の考えを聞いたのはヒロトは初めての事であった。
第二次有志連合戦でサラを切る決断をした事について、キョウヤは未だに思う所があった。すべてが終わった後も彼女は彼の事を責める事はしなかった。
イヴを救い、あの戦いの裏で犠牲になっていたヒロトを救いたい。コーイチの話を聞いてすぐに考えていた事だ。何より二人の為にもなる、そしてそれができた時あの事件はようやく自分の中で決着する気がした、カルナとエミリアの二人も偶には我儘を言えばいいと、背中を押してくれた。
「だから精一杯応援させてもらうよ、ヒロト、BUILD DiVERS。一緒に奇跡を起こして見せよう、道は困難だが私たちには必ずできる」
「はい、一緒に頑張りましょう……!」
ヒロトが力強く返事をすると、キョウヤはその手をガシッと掴んで握手の形に持っていく。
手を掴んでくると思ってなかったヒロトは目を白黒させ、カルナはその様子に呆れて言う。
「隊長、そこはカザミさんと握手すべきでしょうに」
「あ、間違えた」
そんな締まらない最後から数時間後、BUILD DiVERS=AVALON同盟が正式に結ばれた。