真っ暗で何もない空間でヒロトは佇んでいた。
ここはどこだ、当然そう考えながら、辺りを見渡す。
闇は深く、何も見えない。
それでも誰かいると感じた。
目の前を、歩いている。
知っている誰か、懐かしい誰か。
「イヴ?」
返事はない、だが確かにいる、前を歩いている。
彼女は自分に気が付いていないのか?どこに向かっている?
「イヴ、待ってくれ、どこに行くんだ!」
いつの間にか彼女との距離がグッと離れてしまった。
走って追いかける、追いつけない。
その先に進んではいけない、ヒロトは自然にそう感じた、もうすでに分かっていた。
「行くな!イヴ!この先には!――――!」
「!?……イヴ?う、わっ……」
ヒロトは冷や汗の不快感で目が覚めた。
背中がべっとりと濡れている、頭がぼんやりしてるのに奥の方が痛かった。
「……夢?」
随分生々しい夢だった、ヒロトは体を起こして頭をガシガシを掻いた。かなり昔に似たような夢を見た事がある、イヴが苦しんでいる夢だ。
「弱気になってどうする……!」
もう諦めないと決心し、行動して、ようやくグッと前に進むきっかけを掴めたというのに。
ヒロトは自分を叱咤しながら、立ち上がった。
洗面所へ向かおうとして歩き出す。ふいにぐらりと足の力が抜け、普段作業している机に身体を軽くぶつけた。
「痛っ」
机の上で立っていたコアガンダムがカタンと軽い音を立てて倒れた。
◆◆◆
「よぉ、ヒロト!」
「カザミ。機嫌がいいな」
その日の夕方、ヒロトがGBNにダイブすると、カザミが数秒と立たずに近寄ってきて声をかけてきた。
カザミは見るからにハイテンションで挨拶も機嫌のよい声だった。
「そりゃ良くなるって、当たり前だろ?」
「……何で?」
「あん?……お前コメント欄見てねぇのか?まぁ、見てみなって」
カザミがウィンドウを操作して件の動画のページを開きコメント欄を表示させて、ヒロトにグイっと押し付けた。
ヒロトが一歩下がってそのウィンドウを覗いてみると、コメント欄の流れが以前とは大違いだった。
『過去の動画見返したけど、ヒロトすげぇ、良くあんな立ち回りできるな』
『ガンプラは彼女と一緒に作ったんだろ?まさしく、愛(の結晶)だ!』
『イヴちゃん可愛い、お付き合いしたい』
『他のELダイバーはどう思ってんの?気になるんだが』
『チャンプは悩んでいる仲間をもっと早く見つけるべき』
『ELダイバーを助ける組織ってもうあるんでしょ?運営何してんの?怠慢じゃね?』
『動画ちゃんと見ろよアンチ勢、声がマジじゃん。聞けば妄想じゃないってすぐ分かるだろ』
『AVALONに入れたのなら素行に問題はないって証明できるな。今もチャンプが応援してるくらいだし、変なダイバーじゃないべ』
『ガンダムX大好き人間として、一途な男子はいつでも応援する。そんな俺の愛機は勿論ドートレス』
『(たかがオンラインゲームでガチの悲劇はいら)ないです』
ザっと見るだけでもこんな内容がヒロトの目に入った、しつこくヒロト達を否定・罵倒していたアンチはどこかに消えてしまったようだ。
AVALONとの同盟が結ばれて半日と少ししかたっていない、影響力があるのは分かっていたがまさかここまで。ヒロトは目を丸くして驚いた。
「すごいなこれは、うわ」
「だろ。……どうした?」
「いや、メッセージが凄い量届いてる」
大量のメッセージがヒロトのメッセージボックスを圧迫していた。
流石に全てを今確認する気にはなれなかったが、適当に選んで中身を読んで、それを十回ほど繰り返す。
ヒロトが確認した限り動画のコメント欄と雰囲気は一緒だった。
「応援メッセージばっかりだな」
「AVALONマジすげぇな、ってかホントにまだ一日経ってないんだよな……?あ、チャンピオンのコメント固定したほうがいいな」
カザミは驚愕と感動に包まれながらボーっとコメント欄を眺めている。
ヒロトも更に他のメッセージを確認し始めて、二人ともつい押し黙ってしまう。
受信メッセージの中に『イヴちゃんを紹介してください、お付き合いしたいです』などと書かれた物を見つけた。それを即削除したヒロトの指の動きに一切の迷いはなかった。
「ヒロト、カザミ」
「お待たせしました、コメント欄凄いですね!」
パルとメイが近寄ってくる。
パルは少し興奮した面持ちで、尻尾を嬉しそうに振っていた。
「こりゃ期待するしかねぇよな!」
「うん、あ、エミリアさんからもメッセージが来てるな。経過順調、このまま待機されたし。らしい」
カザミがパルの言葉に笑って返事をし、ヒロトがエミリアから来たメッセージを見つけ出して読み上げる。
彼女からの簡単なメッセージに疑念の余地もなく、三人は頷いた。
パルは首をかしげて、今日の予定を問う。
「今日はどうしましょうか」
「待機してる間に奇跡について、もっと方法を詰めておきたいが……」
メイは答えながら、何ができるかを考え始めた。
ヒロトは今日見た夢の事が気になっていた。彼は学校に居る間もあの夢に何らかの意味があったのではないかと考えてはいたのだが、妙に生々しい感覚を覚えたが同時に良く分からない夢であり結局自分だけでは冷静に分析できずに終わった。
「ちょっと相談したい事がある、皆聞いてくれるか?」
「あ、やっぱり様子が変だとは思ったんだよな」
悩んでいることを打ち明けたヒロトに、カザミは自分の感覚が正しかったと確信を得た。
ヒロトの方もカザミから何かを伺うような目線を向けられている事に気がついては居た。
パルとメイは迷いなく頷く。
「では、そうしましょうか」
「いつもの場所でい――――」
「BUILD DiVERS、応援してるぞー!俺も探してやるからな―!」
「おぉ?おう、応援感謝するぜー!」
メイの言葉を打ち消す形で大きな声で四人に見知らぬダイバーから声援が届く。
カザミは一瞬戸惑ったが、大きく手を振ってこたえた。
「行くか」
「ああ」
メイが少し嬉しそうにしながら三人を促し、ヒロトが頷いた。
会った事の無いダイバーだったが、その声はBUILD DiVERSの背中を力強く押してくれた。
四人がいつもの様にブリーフィングルームに移動し、それぞれが定位置に着く。
三人がヒロトに視線を向けると、彼もどう話したものかと戸惑いながらではあるがともかく説明を始めた。
「実は妙な夢を見て」
「夢?姉さんの?」
「ああ」
ヒロトの頷く様子に、メイは首を傾げた。たかが夢か、と笑う人間はここにはいない。
以前ヒロトにはイヴに関してのみニュータイプじみた感応能力があるかもしれないという話があった、今回の夢もこれからの行動のなんらかの助けになる可能性がある。
彼が説明しにくそうにしているのを見て、メイはともかく最初の切り口になればと思いつく質問をしてみる。
「何が見えた?」
最初の質問にヒロトは首を振る。
「何も見えなかった、暗すぎて。でもイヴは居た気がする」
「暗い、か。姉さんはどんな風だった?」
カザミはボードに暗い場所にイヴが居ると感じるような夢を見たと書き込む。
パルが真剣な顔で見守る中、メイの質問はさらに続く。
「歩いて行った、奥の方に。……そんな風に感じただけなんだけど」
「止めたか?」
「……声はかけた、でも俺が居る事に気づいてないと思った。走って追いかけたんだけど、追いつけないままで。目が覚めた」
カザミは更にイヴは暗闇の中、奥へと進んでいった。ヒロトには気付かず、追いつけなかった。とボードに書き込む。
ヒロトは眉根を揉みながら、三人に申し訳なさを感じた。
「すまない、このくらいしか分からない。でもなんだか嫌な感覚がして」
「構わねぇよ、なんか如何にも意味ありげじゃねぇか」
「……例えば、イヴさんからのヒロトさん当てのヘルプコールであるとか」
パルが首をかしげながらではあるもののともかく仮説を立てる。
メイがその仮説に首をかしげ、疑問点を突いた。
「そうだとしたら、ヒロトの声に応じるなり、止まるなりするのではないか?」
「……確かに、じゃあ今の仮説は無しですね」
メイに仮説をすぐに打ち崩されたパルはすぐに引き下げた。カザミはイヴさんのヘルプコール説×とボードに書いた。
四人はしばらく押し黙ったが、メイがふと口を開いた。
仮説が思いついたわけではなく、彼女がしたいのは今の状況の確認つもりだったが、有る事に気が付いた。
「誰かがこの夢をヒロトに見せたとする。だが状況からすると見せたのは姉さんじゃない。……姉さんが危機だとヒロトに伝えているのか?」
「ってなると見せたのはイヴさんのこと知ってる誰かって事か?」
カザミは首をかしげて今の状況からくる疑問を浮かべた。
パルは顎に手を当てると、更に仮説を立てる。
「動画を見た人は多すぎるので考えないとして、イヴさんが危ない事に気づく人。サラさんとか?」
「ありそうだけど、だったら直接言うだろ」
「……ですよね、僕も言った瞬間にそう思いました」
カザミの筋の通った反論に、パルは苦笑いした。
ヒロトはそんな会話を聞いて、とりあえずイヴの事を知っている人を並べていこうとしたが、また新しい事に気が付く。
「イヴを知っていて。……ん?俺の事もよく知っている人だな、じゃないとおかしい」
「あー、言われてみればそうだな、お前に見せてるくらいだしな」
「カザミ、メイ、パル、ヒナタ、フレディ、マサキさん、リク達の誰か、キョウヤさん、カルナさん、エミリアさん、トーリさん」
「全員直接言えばいい人間ばっかりじゃねぇか、夢で伝えるってなんでそんな回りくどい真似を」
カザミの発言にヒロトは何か引っかかりを覚えた。
「……直接言えばいい?夢で伝える?」
「どうしたよ」
「いや、もしかして話せないんじゃないか、その誰かは」
「だから夢で教えて来たって?そんな知り合い俺たちに居たか?」
話せない誰かで、イヴとヒロトの事をよく知っている、イヴの危機を夢で伝えてくる程心配してくれている。その条件に当てはまるように考えた時、ヒロトの背筋にゾワッとした感覚があった。
心当たりが一つだけあった。そうだとしたら、強い危険がイヴに迫っているかもしれないと感じた。
「コアガンダムだ」
「あー!」
パルが思わず声を上げた、今までの話が全部繋がって一気に納得がいったからだ。
メイとカザミは思わず首をかしげるが、すぐに納得して頷いた。
「そりゃあ、ヒロトの事もイヴさんの事も良く知ってる訳だ。心配してるのもおかしくねぇな」
「ならコアガンダムからの警告か、これは」
「コアガンダムはイヴが危険な状況だと俺に教えてくれたのかもしれない」
パルはコアガンダムが伝えたい事を理解するべく、もう一度状況を確認する。
「……イヴさんどこかに歩いて行ったんですよね、その先が良くない?」
「先に何があったか分かるか、ヒロト?」
「いや、暗すぎて何も見えなかったから……、でもイヴが危ないという感覚はあった」
「なぁ、警告とか置いといてコアガンダムもなんかしたいって思ってるんじゃねえのか?」
カザミは気持ちの赴くままに動かせずにいるイージスナイトの事を考えながら、予想を立ててみる。
コアガンダムはヒロトの手によって作られたが、更にその完成度を高める事が出来たのはイヴと過ごした過程があっての事だ。
「育ての親みたいなもんだろ、イヴさんって。コアガンダムからしたらよ」
「……ぁ!」
ヒロトの脳裏に蘇ってきたのは、イヴが最後にコアガンダムに自身を撃たせた瞬間だった。
あの時苦しかったのは、戸惑ったのは、自分だけではない。コアガンダムだってそうだ。
「今更気づくなんて……!」
「何言ってんだ、今気づけたじゃねぇか。上等だろ」
ヒロトが思わず自分を責めると、カザミは呆れた様に首を振った。
「ガンプラの気持ちに気づける奴ってそう居ないと思うぞ」
「……コアガンダムも活かせる手段か、考える事が増えたな」
メイはそう呟いて、顎に手を当てた。
パルの方は奇跡を起こす時の事を考えながら、その具体的な手段がまだあまり決まっていない事を前提にしてコアガンダムを活かす事の出来る環境を考える。
「コアガンダムが居るなら、広い空間じゃないとダメですよね」
「……広い空間。宇宙とかか?」
「奇跡についても人の想いを乗せたGN粒子かサイコフレームを集める話はしたが、どうやって粒子を散布して集めるんだ」
「あー!その辺全然考えてなかったー!」
カザミは言われてから初めて思い至ったのか大きく叫んだ。
パルは苦笑しながら、頬を掻く。
「僕達奇跡を起こすって目標はありましたけど、具体的な手段考えなかったですね」
「AVALONの力を借りれた以上、もう現実味が出てきている。今になって何のプランもありませんとは言えないだろう」
「その問題もあるが、コアガンダムの事も考えてやりたい」
「うおぉおおおおぉ」
三人とも次々に問題や要望を上げていき、どれもこれもが結構切迫していることにカザミは大きく呻いた。
「奇跡の計画もコアガンダムの事も必要ある事は全部やりますオフ会!決行するぞ!おー!」
「おー!」
「「おー」」
やる事の多さとその複雑さに半ばやけくそになったカザミからの提案に、三人はともかく腕を突き上げた。