二人で変わる約束をして少し落ち着きを見せて来た時、ヒロトは彼女に声をかけた。
「結局ここはどこなんだろう?」
「分からない。……私が目を覚ました時、なんだかすごい大きな声を聞いたけどあれは?」
「ああ、それは多分、皆の。……いろいろ説明したいけど、先にここから出ないと」
ヒロトはウィンドウを弄ろうとするもそもそもウィンドウが出ない事に気づく。
イヴは辺りを見渡しているが、真っ白な世界に二人以外誰も居ない。
「ゲーム的な操作ができない、コアガンダムの呼び出しもできないな」
「コアガンダムも一緒に来てくれたの?っあ」
ヒロトの現状確認の言葉の一部にイヴは食いつくも唐突に左の方を向いた。
彼女の様子にヒロトが首を傾げる。やっぱりそうだ、と確信したイヴは自身が感じた事を話す。
「近くで待ってくれているわ、黙ってたみたい」
「……気を遣われてたな」
ヒロトが苦笑いすると、イヴは嬉しそうに笑う。
「口数の少ない子なのよ、私とヒロトが話してる時は昔から殆ど話さないわ」
「へぇ……」
「コアガンダム、おいで、こっちよ。貴方にも謝らせて」
白い空間にコアガンダムが浮き出てくる。
ネプチューンアーマーは圧壊して殆ど原形を止めておらず、コアガンダム本体にも亀裂の様なものが入っていた。
ボロボロだな、とヒロトは素直に思う、こんな状態になってでも無事イヴの元に送り届けてくれたのだから、我ながら自慢の相棒だ。
イヴはその傷ついたコアガンダムに目を見張ると、悲痛な面持ちで恐る恐るコアガンダムに歩み寄った。
「ごめんね、コアガンダム……!酷い事してごめんね……!」
痛ましいコアガンダムの惨状に、膝から崩れ落ちたイヴを咄嗟にヒロトが支える。まるで懺悔の祈りの様にコアガンダムに両手を添えて心を通わせる彼女に、ヒロトは静かに寄り添った。
「ありがとう、コアガンダム」
ヒロトの感謝の言葉に対して、傷だらけの無表情な相棒から満足げな雰囲気が感じ取れたのは、きっと気のせいではない。
コアガンダムから手を離したイヴの表情は暗いままで、再び涙が零れ落ちる。そんな彼女をヒロトはそっと抱き寄せながら慰める。
「何て言ってる?」
「ヒロトが自分の言いたい事を言ってくれたから話す事ないって、凄く怒ってる……」
「ああ……それは……」
最終的に彼女に止めを刺したのはコアガンダムだ。カザミ曰く育ての親にそんな事を強制されれば、臍を曲げて怒っても致し方ないとヒロトも思う。ヒロト自身はイヴの謝罪を受け入れて許したが、相棒の意思ばかりはビルダーの彼でもどうこうできる問題ではない。
どうやって謝ったらいいだろうかとイヴは縮こまったまま、コアガンダムが話したことをヒロトと行う為に彼の手を引っ張る。
「コアガンダムに乗れば出してくれるって」
「ああ、じゃあ行こうか」
コアガンダムに乗り込むと、光の空間からはいつの間にか抜け出していた。
星の大海のディメンションに戻り、ヒロトが周囲を確認するとGN粒子の殆どが霧散していたが、ちらほらと星雲を彷彿とさせる光景が広がっていた。
イヴの瞳に映った幻想的な煌めきに、彼女はヒロトと再会出来た理由を悟る。
「皆の想いの欠片を感じるわ。あの時の奇跡に似てるみたい。ヒロトがもう一度起こしたの?」
「君ともう一度会う為に、色んな人と相談して、知らない人に話せる事を話した。皆、力を貸してくれたよ。君の言う通りだった、皆の大好きだという思いが集まれば奇跡だって起こせるって」
ヒロトが微笑みながら話すと、イヴは思わず彼の手を握りなおしていた。
自分との思い出を忘れていなかったヒロトの目を見つめながら、イヴは首を傾げる。
「覚えていてくれたの?」
「覚えてるさ」
ヒロトはイヴの言葉を迷いなく返した。
「ありがとう、ヒロト」
イヴはへにゃりと笑う。
彼女は心底幸せそうな笑顔で、それを向けられたヒロトは胸が強く脈打つ程の鼓動を自覚する。イヴの仕草の一つ一つに 受ける衝撃が依然とは比べ物にならず、その理由は彼自身も良く分かってはいるが、これではまともに話せない。
堪らない気持ちを何とか理性で手懐けつつ、ヒロトは僅かにイヴから目を逸らす。
「……どういたしまして」
ヒロトは声が裏返らない様に必死で抑え込んで、仲間とトーリに通信を繋げようとする。
通信はまだ繋がらない。原因になったかもしれないイヴの精神はもう安定している。ヒロトは釈然とせず首を傾げた。
「通信が効かない。でもコアガンダムにこれ以上の負担は――――あ、」
「あら?」
瞬く間にコアガンダムが修復され、完全なネプチューンアーマーが再装着された形に戻った。
事前のトーリとの打ち合わせの際、カザミが今回の計画について星の大海のディメンションに拘る理由を事細かく熱弁していた。この施しはその熱意に中てられた彼女からの粋な計らいであろうと、ヒロトはすぐに思い至る。
ここに来て、まるで別種の緊張がヒロトに襲い掛かる。
ともかくヴォワチュールリュミエールを展開して、徐々に加速し始めるとネプテイトの背中が何かに押し出されたかのように進み始めた。エクスヴァルキランダーに後押しを受けた時の様な爆発的な加速力程ではないが、それでも十分に速い。惑星間航行を目的とした性能は伊達ではない。
イヴはコアガンダムに今装着されているアーマーに知っている様な、知らない様な不思議な感覚を覚えた。ヒロトと過ごしていた時には間違いなくこの『着替え』はなかった筈と、彼女は記憶を確かめる。
「この着替えは?」
「ああ、惑星間航行用のネプチューンアーマー。最初に使った時イヴにも助けて貰ったと俺は感じたけど、分からないか?」
ヒロトはエルドラでの大気圏離脱の瞬間を思い出しながら、イヴに問いかける。
彼女は暫く考えていたが、弱く首を振った。
「……良く分からない、知ってるような知らないような。ねぇ、本当に私がヒロトを助けたの?」
「俺はそう感じた。それ以前にも同じような事が何度かあった。……イヴの意識は今まで殆どなかったんだろうな。――――それでも、ありがとう、イヴ。君のお陰で此処まで来れた」
イヴが意識を完全に取り戻したのは、今回起こす事の出来た奇跡の後の話だ。
イヴの魂が霧散しているお陰で、自分を消滅させる力が無い事が寧ろ幸運だと感じた事があったが、それ踏まえると今まで自分を助けてくれたのは、イヴの幽かに残った想いの力なのかもしれないと、ヒロトは思う。
過程はどうあれ何度か窮地を救われた事は彼にとって紛れもない事実で、エルドラの大気圏を離脱した際と同じ感謝の言葉を、その時以上の想いを籠めて彼女に贈る。
「ヒロトが助かったなら、お礼なんて……」
イヴは自分を卑下しそうになるが、先程のヒロトとの約束を思い出し、言葉を言い切る前に飲み込んだ。
ヒロトはその素早い適応に感心する。
「凄いな、イヴは」
『自分だったらそのまま言い切っていただろうな』と自覚していたヒロトだからこそ、惜しみない称賛を贈る。
イヴはくすぐったさを覚え、ちょっと期待を含ませながらアーマーの用途ついて質問する事にした。
「惑星間航行用って、あの話も覚えていてくれたの?」
「ああ、君が居なくなる前に作ろうとはしていたんだ、でも俺だけだと作れなかった」
「色んな人意志を感じるわ。ヒロトと……三人?」
「本当に良く分かるな、仲間たちの紹介はまた後でするよ」
「仲間。――――そっか」
彼女のガンプラから心を読み取る能力は昔から目を見張るものがある。同じELダイバーでもここまでガンプラの心を読み取れるのは、それこそサラくらいじゃないだろうかとヒロトは感じた。
イヴはヒロトの仲間、という言葉に長い時間が経ったことを実感する。ヒロトを置いて行ったのは自分の方なのに、彼の隣で時間を共にした仲間たちが羨ましくて、なんだか少し寂しくて、そう感じる自分が嫌だった。
コアガンダムはそれなりに早いペースで星の間をすり抜けて、イージスナイトたちが待つ場所に戻りつつある。
「ヒロト、このまままっすぐ行ったら……!」
少し焦った表情のイヴが指し示す先に視線を向けると、一つの星があった。
直進してもすり抜けられるとヒロトは知っていたが、彼女はその事を知らないのだから当然の反応だった。
そんな表情も可愛らしいと不謹慎ながらも微笑ましく思いつつ、ヒロトは笑って答える。
「ああ、すり抜けられるから大丈夫。……でも気になるか」
ヒロトは操縦桿を使ってまだ先にある星の真横を抜けれるよう、ネプテイトの軌道を調整する。
イヴはネプチューンアーマーだけでなく、このディメンションそのものにも疑問を抱いていた。銀河の向こうに行きたい、あの話をヒロトは覚えていてくれた。この星の大海はきっとその話があったからこそ何らかの手段で誂えてくれたのだろう、アーマーの話を含めて考えると、ヒロトは自分を喜ばせようとする為にあらゆる手を尽くしてくれたのではないかと、どうしても考えてしまう。
「ヒロト、あのね」
「ん?」
呼びかけると、自分を助けて、許してくれた、愛しい人は優しく答えてくれる。
「――――迎えに来てくれてありがとう」
「ああ」
イヴは自分の聞きたい事を飲み込んでしまう。
助けてくれて、許してくれて、彼は自分の言葉を忘れずにいてくれて、自分の夢を叶えてくれた。
彼女は幸せだった。彼からこんなにもたくさんの幸せを貰ったのだから、『これ以上』は望み過ぎだと自分を戒める。
ヒロトは彼女が嬉しそうにしている事に、心の底から喜びを抱いた。
彼は心の中で一息吐く。
イヴの為の言葉と想いはもう出し切った。此処からは、自分の為に彼女に伝える事があった。
仲間たちとの会話を思い出す。
イヴとの夢である星の大海、そこを泳ぐネプテイトガンダムの中に自分達は居る、他には誰も居ない、仲間からの通信も気を遣われているのか掛かって来ない。
彼女に想いを伝えるなら、今ほどの機会はない。想いを伝える時の言葉も、色々考えて来た。
ヒロトは緊張を滲ませてイヴに声をかける。
「あのさ、俺――――」
「うん、なに?」
ヒロトに呼びかけられて、イヴは彼の目を見る。
彼女の目がヒロトは好きだった。このGBNに来た当初、いろんな事に馴染めなかった自分が世界を好きになる事が出来たのは、いろんな事に輝きを感じる事の出来る彼女の目を通して、『色』を見つけられたからだ。
彼女の目を見て、彼は思った事を素直に告げようと決めた。
「イヴが好きだ、これからもずっと一緒にいて欲しい」
「……ぇ?」
飾り気のない、それでも真っ直ぐなヒロトの思いの丈に、イヴは自分の耳を疑った。
自分を戒めたばかりの彼女が思わず身を引こうとすると、恥じらいを捨てた心境のヒロトはすかさずイヴの肩を掴む。
「――――私は」
ヒロトとずっと一緒に居たい。夢を話した時からずっと、そう思い続けてきた。
でもそれはどこから来たかもわからない、どこに行くのかも分からない身ではっきりと言う事は出来なかった。
別れの時も、最後まで自分勝手で、酷くヒロトを傷つけた。
イヴの中の冷たい自分が彼女を咎める。
――――烏滸がましい。
――――自分は相応しくない。
――――上手く行く訳がない。
――――足手まといになる。
あの真っ暗な世界に居た時、何度も何度も自分を咎める声を聞いた。
「わたし、は」
「イヴはどうしたい?」
暗い思考に囚われて、言葉を失ったイヴに、ヒロトは穏やかな表情で問いかける。
「どう……?」
「自分が嫌いとか、関係ないんだよ。やりたい様にやればいいんだ。だから今、俺はイヴを好きだって言ったんだ」
ヒロトの脳裏に蘇ったのはフレディの言葉だった。
彼は自分が嫌いだとか、自分には無理だとか、そんな考えに捕らわれないイヴの本心が聞きたかった。
自分の為に、願わくば彼女の為にも。
イヴの目に、再び涙が溢れてくる。
「やりたい様にやっていいの?」
「うん」
「また馬鹿な事するかもしれないよ?」
「その前に止める、今度こそ絶対」
「私は地球の人じゃないよ?」
「そんな事関係ない」
イヴは思う。全部受け止めてくれた事がどれほど嬉しいか、彼は分かっているのだろうかと。
『やりたい事をやれるように』と、『自分を好きになれるように』と、『一緒に変わろうと誓い合った約束』も、『また一緒に笑い合えるように』と、それらの全てが彼女を戒めから解き放つ。
自分を咎める冷たい彼女でさえも、溢れんばかりの彼への愛まで咎めることは出来なかった。
「ねぇ、ヒロト」
「ん?」
返事はもう、決まっていた。
「大好き、ずっと一緒に居ようね」
ヒロトはイヴの言葉と笑顔を深く心に刻み付けた。
この瞬間を一生忘れない。二人の想いは言葉を交わさずとも一つであった。
イヴはぽつりと呟く、その言葉は幸せを噛み締める様な響きだった。
「やりたい事をやっていいのよね?」
「うん」
「――――ならもう我慢しない!」
「えっ?」
イヴが急に奮い立ち、ヒロトは驚いて目を丸くする。
その瞬間、ヒロトの視界がイヴの愛らしい顔に覆われる。
「っん」
「!?」
イヴは自分のやりたい事をやると、その幸せを味わう様に微笑んだ。
「えへへ、やっちゃった」
「ちょ、イヴ!」
「我慢しなくていいって、ヒロト言ったもん」
満足げに笑うイヴの頬が赤いのは気のせいではない。ヒロトの方は突然の不意打ちに冷静な判断力を失っていた。
先程までの躊躇いなど無かった様に、彼女は尚も上機嫌のまま。
「初めてだね」
イヴが幸せを確かめる一方で、ヒロトはイヴの大胆な行動に驚きの方が勝っていた。
呆然としたままのヒロトを見て、イヴは少しだけ寂しくなり、悲しくなり、不安げな眼差しで問いかける。
「……嬉しくない?嫌だった……?」
「……そんな事はないけど」
「そう?」
どこか不満げなヒロトの様子にイヴは首を傾げるが、得心が行ったのか両手を小さく打ち合わせた。
「私もやっぱりちょっとだけ複雑かな」
「何が?」
「初めてはヒロトからの方が良かったなぁ、なんて」
イヴは上目遣いでヒロトの顔をのぞき込む。
いじらしい仕草は、ヒロトからの愛が欲しいと甘える可愛らしいわがままで。
「イヴ」
ヒロトの顔が近づいてくると、イヴは待ち焦がれたように目を閉じる。
「んぅ」
イヴは縋るようにヒロトの身体にしがみつき、ヒロトは彼女の身体を抱きしめた。
時間の流れを忘れる程の幸福感が二人を満たし、お互いに名残惜しそうに離れる。
「初めてだね」
「さっきやったろ」
「いいの、二人とも嬉しかったから今の方が初めて」
「……無茶苦茶だなぁ」
はにかみながらも笑い合う二人は、幸せの余韻に浸るように抱きしめ合う。
お互いの心臓の鼓動が聞こえてしまいそうな静寂の時間。温もりを分かち合う二人の視界に入ったのは、星々が煌めく大海に揺蕩う美しい『花』であった。
見覚えがある筈のその花の違和感に首を傾げたヒロトは、イヴを抱きしめながらも片手で望遠カメラを起動する。
「色が変わってる?」
ELSの花をモチーフに作られたオブジェクトは色も同一で黄色を基調としていたはずだ。
いつの間にか、雪のような純白に染まっていたそれは、二人の思い出の花のようで――――。
「――――綺麗」
『この世界』を想うダイバー達からの『大好き』という気持ちを感じ取り、それらに救われたイヴはうっとりと目を細める。
そんなイヴの様子に、彼女があの花に込められた想いを感じ取ったと確信したヒロトは、文字通り命懸けでこの世界を守ってくれた愛する人に、無限の感謝を伝える。
「GBNを君が守ってくれたお陰だ。――――ありがとう、イヴ」
「――――そっか……。ねぇ、ヒロト」
「ん?」
「GBNはどんなふうに変わったの?サラはどう過ごしてる?ヒロトは、どうしてた?」
「そうだなぁ、どこから話そうか」
長い話になるなとヒロトはそう思った、自分の方からもイヴに聞きたい事がたくさんある。
「イヴ」
「なに?」
「俺もイヴに聞きたい事があって」
「そっか、一緒だね」
イヴはヒロトに抱き着いて、幸せそうに笑う。
その笑顔につられて、ヒロトも笑った。
陽気なリーダーの声が飛び込んできたのはその直後だった。