イヴが戻ってきて仲間内で自己紹介を済ませたり、エルドラで起きた事を話している内に二週間が過ぎた。
ヒロトは体を覆うローブを着て目深にフードをかぶった彼女の手を引いて、ある場所へと向かっていた。
イヴ復活計画の準備段階で派手に動いた余波がまだ冷めず、イヴはGBN内のどこに行っても人目を浴びる。しばらく顔を隠していた方がいいだろう、と判断したのはヒロトだった。
賑やかな催しに参加する時は二人とも楽しめるが、二人を中心にしてまるで知らないダイバーたちが騒がしくなるのは避けたいという気持ちは彼ら二人に共通する感覚だった。
ヒロトは随分久しい気分で『本日貸し切り♡』の札を見る、このバーのマスターが所望している話が自分達にできるかは分からないが、感謝の形の一つとして今日は約束を果たしに来た。
ここ?と首をかしげるイヴに頷いて、ドアを開けて中に入る。
「お邪魔します」
「いらっしゃーい、ヒロト君」
「お久しぶりです」
「元気そうでよかったわ、でも久しぶりって言うほど時間たってないわよ」
色んな事があったし、気持ちは分かるけど。そうマギーは朗らかに笑い、バーカウンターから出るとイヴの前まで移動する。イヴは自分の身体を覆うローブを解除して、いつものドレス姿に戻った。
「初めまして、マギーよ。会えて嬉しいわ」
「イヴです、初めまして」
イヴの手を取って握手しながら、マギーは彼女の目や表情を観察する。
マギーは二人を自分の店に招くこと際、事前にメイからイヴの様子について聞いている。そんな理由から今日の話題は出来るだけ明るい方向にしようと決めていた。
マギーは飲み物を取りに行く前に二人に席を勧める。
「さぁ、お好きな所にどうぞ」
「じゃあ、テーブルの方で」
ヒロトはイヴを連れてテーブル席の方へと移動して隣に並んで座った。
マギーが見てない間に野暮ったいローブから解放されたイヴがこっそりとヒロトに寄り掛かっていたが、飲み物を持ってきた時には姿勢が戻っていた。
ヒロトに渡された飲み物は前にも飲んだブルーハワイ。
イヴに渡されたのはレモンティーだった。
対してマギーの飲み物は透明で味の想像ができないもので、ヒロトは多分お酒だろうなと予想した。
乾杯して三人が一口飲んで会話が始まる。
「アップデートが今までも色々あってその中じゃ些細な変化だけど、味の表現が深まって地味に差が出てるのよね」
マギーは目を細めて自分が飲んだ飲み物に感心する。
イヴもマギーの言葉に同調して頷く。
「昔はもっと甘い物は甘い、辛い物は辛い、みたいに分かり易かった」
「ああいう雑な時代に戻りたくなる時ってあるのよねー」
そんなに昔と違うだろうか?とヒロトは内心思いつつも、その疑問は口に出さずにとりあえず頷いておく。
イヴはそんなヒロトをチラリと横目で見て、ふふっと小さく笑った。
「頷いてるけどヒロトはあんまり分かってないでしょ」
「何でそう思った?」
「そういう顔してる」
「なるほど、これがまさしく愛ね」
マギーからすればヒロトはいつも通りの振る舞いだったが、イヴには通じないらしい。
照れ隠し代わりに彼がぺたぺたと自分の顔を触ると、見ている二人は声をそろえて笑った。
GBN内での食事について話している内に、マギーはここでヒロトを抜いた三人がイヴの復活手段を模索していた時の事を思い出す。
「食事・昔といえばGBNの初期の頃からある月面都市の喫茶店ソレル・カフェね、二人は知ってる?」
「ああ、行ったことありますよ。二人で遊んだ後最後にそこに行くのが少しの間定番になってました、ケーキが美味しくてイヴが夢中になってたんです」
「あらそうなのね、また行ってみるといいわ。あそこは少し設備が変わって個室に入れる様になったから、貴方たちも気が楽でしょうし」
「また行こうね、ヒロト」
「うん」
懐かしい話を聞いてイヴは嬉しそうにヒロトと約束を交わす。
昔の話をするくらいなら特に問題なさそうだ、と彼女の様子を見て判断したマギーは兼ねてから聞きたかった事を二人に質問する事にした。
「貴方たち、どこで最初に会ったの?」
「俺がGPDからGBNに移行してすぐです、コアガンダムの試運転中に一回飛べなくなってそこにイヴが」
「へー、なら練習用のディメンションで会ったのね。やだもー懐かしいわー、最初は練習用ディメンションも種類全然なかったわよね」
話している内にヒロトは頭に気になる事が沸き上がった、イヴに聞いてみたいとは思うが一方で彼女の心の状態が常に気になっている。
ヒロトと一緒に居る時は罪悪感からくるイヴの自己嫌悪は基本的に鳴りを潜めているが、どの程度安定しているか彼にも判断は難しい。彼女の過去を深く掘り返す質問はストレスになると判断したヒロトは気になった事を黙殺した。
そんな過保護とも取れる彼の判断の意味は、マギーにたやすく砕かれてイヴに質問が向かった。
「イヴちゃんは何でそこに居たの?」
ヒロトが気になっていた事がそのままマギーの口から出てしまった。
イヴはヒロトの方に目を向ける。
「一目惚れしたとか?」
マギーはその視線に何を思ったのか、そう尋ねる。
ヒロトはイヴとの初対面のやり取りを思い出して、それは違うだろうと感じた。
イヴも首を振って否定する。
「コアガンダムに惹かれたの」
「……そうだろうな」
会った当初イヴはコアガンダムを作った俺に興味はあったが、俺自身にはさほど興味があったようには思えない。過去を思い返してヒロトは感想を浮かべ、同時になぜだか少し悲しくなった。
少し凹んだ彼には目をくれず、イヴはコアガンダムに惹かれた理由についてぽつぽつと話し始める。
「私、その時は何処から来たのか分からなくて、自分が地球の人じゃないって確信だけは持ってた」
エルドラの事はもうすでにイヴに話してある。
ヒロトは今はまだイヴをエルドラに連れて行っていない、古き民が残したシステムを介してエルドラに向かう関係上彼女にどんな影響が出るか良く分からないからだ。イヴからは大丈夫だと思うと所感を告げられているが、そこまで急ぐ必要はないというのが彼と仲間の総意で決まった。
「気が付いたころには何でここに居るんだろうってずっと考えてた。そうしてる間にGBNがどんどん広がっていろんな思いが集まって、ここはそういう好きな気持ちが集まってできたんだって思えて――――」
ヒロトとマギーはイヴの話を聞いて、彼女はGBNが開発されている時のどこかで迷い込んできたのだなと何となく理解した。
ガンダムやガンプラについて理解していたのはGBNの開発時のデータを取り込んだのではないか、とヒロトは更に予想を深めた。
「GBNには夢みたいな世界だって、何でもできる世界だって、そう感じた。それで思ったの、私には何ができるんだろうって」
「――――!そうか、君は」
「うん、そう。コアガンダムも自分に何ができるのか、ずっと探していたもの。だからあの子に惹かれて、ヒロトとコアガンダムの近くに出てきた」
「なるほどねぇ……」
三人の雰囲気がしんみりとしたものに変わる、過去にイヴの拠り所のなさに当てられてしまったようだ。
それを感じ取ったマギーは話を変える事にした、今日は楽しい話甘い話を聞きたいのであって、今の質問の答えは興味深くは有れど自分の目的とずれていた。
「じゃあ、イヴちゃんはいつからヒロト君が好きだったの?あ、まって先に最初の印象から聞きたいわ」
「んぶっ」
「最初の印象……?」
咽そうになったヒロトを置いて、イヴは首をかしげる。
「ヒロトもコアガンダムと一緒で何ができるかを探していたから……」
「同志みたいな?」
「そうかも。あと、なんだか手を引いてあげたくなって」
「手のかかる弟みたいな?」
「むしろ大人し過ぎ?」
「完全に姉目線ね!」
イヴに実際に手を引かれたり、あれこれと意見を貰ってGBNを巡っていた身として口が挟めるわけもなく、ヒロトは黙って二人の会話を聞いていた。話を振った方のマギーは完全に面白がって合いの手を入れながら聞いている。
「名前もなかったの」
「……?」
「どこから来たのか分からなくて、何をすればいいのかも分からない、名前も分からない」
イヴは隣に座るヒロトの手をギュッと握る。
その仕草から不安に近い物を感じ取ったヒロトは彼女の顔を見る、イヴはほほ笑んでいた。
「君は誰?ってヒロトが聞いてくれた、だから私はイヴになれた。ずっと一緒に居て、いっぱい名前を呼んでくれた、そうしてると、いつの間にか」
マギーはほぉ、と息をついた。
いつから好きだったのかはハッキリとしないが、そのきっかけになったのは出会いの時だった。
答えになってる?とイヴが首をかしげると、マギーはうんうんと頷いた。
「素敵ね」
マギーの感想は端的な物だったが、満足感に満ち溢れていた、感謝代わりの話としては十分だ。
一方でヒロトは彼女の今の話を少し考えて、イヴの不安の源がようやく見えてきた気がした。
見当違いならむしろそのほうが良い、話さないと、そう感じたヒロトはバーを出る事にした。
「今回の事、協力本当にありがとうございました」
「どういたしまして、いいお話だったわ」
バーに来てそう時間は経っていないが、ヒロトが会話を切り上げたいと思ってる事を察したマギーは彼に合わせる事にした。最後にこれだけは、とマギーはイヴにある感謝を伝える。
「イヴちゃん、この世界を守ってくれてどうもありがとう。おかげで今楽しめてるわ」
「――――!」
「なんて言われても、まだ色々思う所が有るでしょうけど。それでも私は貴方たちの幸せを祈ってるわ、どうか自分を大切にね」
「ありがとう、ございます」
「……そこは胸張ってどういたしまして、でいいの。イヴちゃん、貴方のやり方がベストだったと私は思わない。自分を責める気持ちをすぐに無くせなんて言わないわ。でもね他人の為に頑張って、なのに自分を褒めれないのは、とても悲しい事よ。世界一つ守って、今こうして再会して二人で居る。それでいいじゃない、他人に恥じる事なんてないわ」
やだもー、説教臭い。そう言いながらマギーは立ち上がる。
ヒロトはイヴと一緒に立ち上がってマギーにもう一度頭を下げた。
マギーは店先まで出てきて、またおいでなさいねー!と気軽に声を上げながら二人を見送った。
イヴは手を引かれながら、ヒロトに声をかける。
彼の足取りはいつもより少し早い、普段から彼女の歩くペースを基準にしている彼のこの行動は滅多にない事でイヴは不思議に思った。
「ヒロト、怒ってる?」
変わると約束したのに、マギーの感謝を受け止めれなかったことで怒ったのかもしれない、と彼女は考えた。
ヒロトはイヴの方を見て首を振る。
「まさか、怒ってないさ」
「そう?」
二人はそのままミッションカウンターに移動すると、ヒロトが手続きを素早く済ませて練習用ディメンションに移動する。星空が見える夜の平原、二人にとっては色々と思い入れの深い場所。
湖の近くに現れると、ヒロトはイヴと向き合った。彼の目を見て、彼女は一見何でもなさそうに首をかしげる。
「どうしたの?」
「誰かの為に頑張れる俺でいて欲しい」
「――――!」
ヒロトの過去を思い出させる言葉に、イヴは驚いて目を丸くする。
その表情がヒロトの思う通りの意味なら、いきなりこの話をした事の驚きではなく、有る事に気付かれたのではという驚きだろう。
「――――誰でもない自分より、か?」
あの言葉の前は、こうだったんじゃないのか?とヒロトが告げると、イヴは困った様に頷いた。
「うん、ごめんね。……でも今はそんなこと思ってないから、大丈夫」
「嘘だ」
イヴの表情を見て悟ったヒロトは断言する。
「平気じゃないんだろ?」
「……言ってどうにかなるの?」
ヒロトが居てくれるから今まで目を逸らしてきたことを彼に突き付けられ、暗いイヴの心が表面に出てくる。
「平気じゃないって言ったら、ヒロトはどうするの?」
今までも溢れるほど彼に優しくしてもらった、それでもイヴの不安はなかなか消え去らない。
ヒロトはグッとイヴを抱き寄せた。
「イヴはここに居るって、何度でも言う。イヴが不安を感じる度に伝える、何百回でも、何千回でも!」
「……そんなに頼ってばかりしてると、いつかヒロトに嫌われちゃう」
「そんな心配はいらない」
「でもヒロトに嫌われたら、私は何もないわ……!」
なぜイヴは自分を頼ってくれなかったのか、ヒロトはいつか聞きたいと思っていた。
その答えは彼の胸に身を預け震えるイヴが示してくれた。ヒロトはイヴの頭を少し撫でた。
「なら同じくらい何度もイヴが好きだって伝えるよ」
「ヒロトは、優しすぎだよ、なんでそこまでしてくれるの?」
イヴは震えた声で、ヒロトに問いかける。
彼は優しく微笑んで、迷いなく答えた。
「誰かの為に頑張れる自分でありたいと思ってるから、だけど君の為ならもっと頑張れる」
「うぅうう!もぉ!もぉ!もぉ!」
イヴは彼から無上の愛を感じ、どう返せばいいのかすごく困った声で唸る。
大好きとか、愛してるとか、そんなことを言うだけではまるで返事にならないと彼女は思った。
ヒロトはそんなイヴを愛おしく思い、約束通り言葉にすることにした。
「好きだよ、イヴ」
「もー!私の方が好きなんだから!」
イヴはヒロトにキスをする。
心を精一杯込めて想いが少しでも伝わる様に。
どんな世界に生きる人よりも、二人は誰よりも幸せを感じ取っていた。
◆◆◆
「ただいま」
「あら、おかえり、メイちゃん」
「それは写真か?ヒロトと姉さん?」
「うん、そう。もうちょっと落ち着いて撮れたらよかったんだけど」
「いい写真だな」
「そうかしら、もっとしっかり横に並んでくれた方が私としては良かったんだけど」
「いや、これで良い、ほら」
「あ、確かに!私もまだまだね」
「不思議だ」
「何が?」
「ママは二人と同じくらい喜んでるように見える」
「そりゃあ、晴々とした人の表情見る為に、悩み相談とか初心者支援やってるんですもの」
「謙虚だな」
「えー、他人の人生をつまみにお酒飲んでるんだから、強欲もいいところだと思うけど」
「万事上手く行く様に取り計らって、よく言う」
「そんなの出来る範囲での話よ、頑張ったのはあの子達だわ。ま、それはそれとして誉め言葉はありがたく受け取っておくわ。さぁ今日は戻って祝い酒よー!」
「ほどほどにな、また吐くぞ」
「……それは言わないでよぉ」
二人が帰っていくときに、マギーはすかさず二人の後ろから写真を一枚とっていた。
ヒロトがイヴの手を引いて、どこかへと連れていく。
イヴがヒロトの手を引いたあの写真とは自然と対になっていた。
写真はヒロトとイヴがまたマギーのバーを訪れた時に渡されて、二人にとって大切な思い出の一つになった。
―また一緒に笑い合えるように―
完
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