「なー、おっちゃんこの山なんだ?」
「使い道が分からない遺物をここに集めてんだよ、どれもこれも大したカラクリもないガラクタさ」
「ふーん」
「お前さん達にはいろいろ恩があるしな、好きに持って行ってくれていいぞ」
「え、これ全部おっちゃんの物なのか?」
「違う」
「おい!」
「でもなくなったところで誰も気にせんわ!」
「そりゃそうか、なんせどれもこれもガラクタだしな!」
カザミと熊の様な見た目をした山の民はガハハ!と大声で笑い合い、男の方はそのまま何処かへと立ち去って行った。
ガラクタの山を目の前にしてカザミは全体にザっと目を走らせる。カザミから見ても機械仕掛けの様なものは確かに見当たらず、小さい椅子の様なものや、テーブルのような物、材質不明の板や箱がわんさと積まれている。
彼がボケーっとしながらガラクタの山に見入っていると、呆れたマイヤが肩をすくめた。
「私、買い物したいんですけど!」
「お、すまん。行こ――――ん?」
カザミはガラクタの山の一部に目をつけると、テーブルと言うには歪に中が凹んでいる物を組み上げた。
「これってもしかして」
「どうしたのよ?」
「なぁ、網どっかにないか?網の板みたいなやつ」
「えっ?うーん、あ!これ?」
二人でガラクタの山を見つめると、マイヤの視界の端に山から少し飛び出た場所にカザミの言う物があった。
思わず声を上げて、山からヒョイと引っ張り出す。彼女がカザミにその網の板を渡すと、彼はなんだかすごく喜んでいる様だった。
「やっぱりあるじゃん!なぁマイヤ、炭ってどっかで手に入るか!?」
「この町のどこかで売ってると思うけど」
「おお、いけるかもしれん!後肉と野菜と――――」
テンションが上がり切ったカザミに押され、マイヤは戸惑いながらもともかく話を聞くことにした。
◆◆◆
そんなカザミとマイヤのやり取りが行われる少し前の日。
今日もテーブルを囲っているBUILD DiVERSではパルは手を上げて皆に意見を伝えていた。
「そろそろクアドルンさんの偽翼、取り外してもいいと思います」
最近はエルドラに行く度にパルはクアドルンの翼がどの程度治っているか確認している。クアドルンはまだ余裕があると言っていたが、そろそろ窮屈になってくるだろうと目途が立った。
メイも彼の提案を妥当と感じた。
「そうだな。……あの翼を取り付けてからもう四カ月程度だ、十分役目は果たしただろう」
「あー、もうあの時から四カ月もたったのか、時間過ぎるのってはえーよな」
アルスとの戦いが決着したのが春の事で、いつの間にかもう真夏になってる。カザミの言う通り時間の流れを改めて感じたヒロトはリアルでの日差しの強さを思い出して、心の底からボヤく。
「外は暑い」
「わかるー!」
「ヒロト、いっぱい汗かいてたよ。皆も、熱中症だっけ、気を付けてね」
「ありがとうございます、気を付けます」
リアルでは基本気温を感じる事の出来ないイヴだが、オサムやユリコと一緒にテレビを見ているとその手の注意報は良く目につく。三人への注意喚起は当然の事で、パルはうんうんと頷いていた。
メイがボードに適当に表示されている現在GBNで表示されているイベントを改めて見ると、変わった物ではガンプラスキー大会で涼もう!inキリマンジャロイベントや真っ当に海でのレイドボスイベントなど夏に染まっている。
「エルドラもそれなりに暖かくなって来たな」
「確かに。あー、夏らしい事がしたい」
「なんだそれは?」
「決まってんだろ、泳ぐ」
海の男カザミ、ならば泳ぎは当然得意、と言う訳ではない。小さいの頃は何でもできる優秀な子供として持て囃されてきたが、水泳が上手くできない事起点にして燻ってしまった過去がある。
夏休み中の暇があればGBNにダイブしつつ、彼は他にも水泳に対する特訓を行っていた。仲間たちと出会う以前に彼に染み付いていたかっこいい自分であり続けるという固執や力みが抜けて、最近の大きな計画を成功させる元となった『やれる事をやってみる』という精神が関与したのか、彼は短期間のうちにするすると人並みに泳ぐ事が出来る様になっていた。
好調な彼はいろんな場所で泳いでみたいと考え、GBNでの水泳を試してみるがこちらではリアルと感覚に差があって微妙に馴染まない。それについては最近考えている事があった。
「向こうなら気分よく泳げるんじゃねぇかな、どう?」
「エルドラか……」
「私もやってみたい!」
ヒロトがエルドラで泳ぐことを考え始めると、イヴは期待に満ちた表情で答える。
そんな彼女を思わずヒロトは止めてしまいそうになる。
イヴが泳げる・泳げないという話ではなく、まずエルドラに行く事が彼女にとって初めての事になるからだ。
「ヒロト」
「うーん」
エルドラからGBNに来たことはまず間違いないイヴがあの星に戻ったらどうなるかヒロトには予想が付かない。
イヴが帰って来てからしばらくは彼女の精神状態が不安定な事も考慮してエルドラには近寄らせない事にしていたが、そろそろその理由で遠ざけるのも限界が来ていた。
加えて以前やりたい事をやればいいと伝えておいて、危ないからと彼女の意思を無碍にする訳にはいかない。
「ダメ?」
ヒロトがダメって言うなら我慢する、そう思ってしょんぼりしながら未練がましく上目遣いをするイヴ。
自分に対してはとてつもなく厳しい彼の理性だが、彼女に対しては十秒もかからず白旗を上げる。
「わかった」
「やった!」
心からの喜びを携えて身体を寄りかからせてくるイヴをヒロトが受け止め今考えた条件を伝える。
「泳ぐこととクアドルンさんの翼の取り外しを一日でやる必要はないだろう、それに翼の取り外しは時間がかかる。先に翼の取り外しを行う前にイヴをエルドラに連れて行って、異常が無いか確認する、いい?」
「うん」
また一つ願いが叶ったイヴは機嫌よく頷いた、その事をヒロトは確認して
「皆もそれで――――」
他の仲間に目をやるとすごく生暖かい目がヒロトに集中していた。
完全にイヴに視線と思考が持っていかれていた彼は仲間たちがやけに静かにしている事に気が付かなかった。
「いいかな?」
その確認に気恥ずかしい気持ちは籠っていない、少なくとも表面上には無い。
ヒロトがイヴを見る眼はカザミに言わせれば『もうお前誰だよ』くらい優しい物であるが、この切り替えの早さが何より凄いのかもしれないとカザミとパルは思った。
彼の提案は妥当な事で、まるっきり空気になっていた三人はそのまま無言で頷いた。
「じゃあ行こうか、エルドラ」
「うん!」
「「「おー」」」
メイはいつも通り淡々とした返事で、カザミとパルは何となくその調子に合わせて腕を突き上げた。
エルドラに行く前に、クアドルンの偽翼を取り外すために必要な多彩な工具を精密に扱えるハロフィッターを利用出来る様にパルがハロになった。
ハロになると転がったり跳ねたりして移動する事になる。ハロになったパルを移動しにくいだろうと気を効かせたメイが腕に抱えて運ぶ。
堪らず妙な声を上げそうになったパルは必死に我慢して大人しくすることに徹した。
路地裏に着いて、少し佇んでいると黒いウィンドウが浮かび上がってきた。
もしイヴに何かあったら、そう思うと不安を感じずにはいられないヒロトの手をイヴがギュッと握る。
「大丈夫、ね?」
「うん」
パルがウィンドウに触れる前に、クアドルンに声をかける。
「今日はもう一人います」
「……確認した」
いつも通り深みのある落ち着いた声が短く返ってくると、五人の転送が始まった。
「――――!」
イヴは目を見開きクアドルンを見上げる。
クアドルンもイヴの事をジッと観察し、どう声をかけるか迷っている様だった。
ヒロト達は固唾を飲んで見守るしかない。
イヴはおずおずと自分よりはるかに巨体の竜へと言葉を伝える。
「イヴです、初めまして」
その自己紹介を聞いたとき、クアドルンはほんの少しだけ沈黙する。
「私の名はクアドルン、好きに呼べ」
納得の様な諦めの様な、複雑な感情を込めた返答だった。
イヴは目を伏せると少しだけ頭を下げた。
出会った事も言葉を交わしたこともある、そういう懐かしさだけがイヴに湧き出てきて、それでも彼の名前は思い出せなかった。イヴとしてではなく古き民の誰かとしてのせめてもの謝意だった。
「二度と会えぬ事も覚悟して別れた、何処かで生きてくれればいいと望みながら」
だから気にするな、望みは叶っている。クアドルンは言葉の外でそう伝えていた。
「――――ありがとう、クアドルン」
「それでいい。――――ここで過ごすなら下手にあの様な石板に触るな」
「うん、わかった」
クアドルンが視線で示したのは、ヒロト達がエルドラに召喚される時の全てを司っているシステム、その端末と思われる石板だった。イヴも今自分に異常は起きていないと確信しているが、クアドルンに示されたあの石板には『今』触れたくないという感覚がある。
「イヴ、大丈夫か?」
「うん!」
「よし、じゃあ俺は一度戻ってハロに変わってくる。……カザミ」
「はいはい、目は離さねぇよ」
「ありがとう、クアドルンさん、手間ですがよろしくお願いします」
「翼の件か、いいだろう」
パルがこの球体になっている事からクアドルンは今から彼らが何をしたいのかを手早く把握した。
ヒロトがエルドラから出ていく間に、イヴは自分の手を握ったり開いたり、身体をもぞもぞと動かした。
メイはイヴのその仕草から、エルドラに来た当初の自分と同様の事を感じているなと判断する。
「今感じているのは多分リアルの感触と言う奴だろう」
「そっか、さっきヒロトの手を握ってた時もなんだか違うなーって思ってたの」
メイの表現にイヴは少し感動したように頷く。
いつの間にかメイの身体に密着する形になっていたハロパルは、その話を聞いて彼女に抱えられている状況に気恥ずかしい物を感じていた。
「あのー、メイさん、そろそろ降ろしてくれませんか」
「ん?ああ、すまない」
パルが今身体の後ろ辺りに感じてる感触は大の男ならお金を払う位に心地良い柔らかさがあったが、まだ幼さを残した彼にとってはどうしても気恥ずかしい気持ちが湧き出てきて我慢できない。
パルのあのポジションは絶対役得だろうなぁ、とかカザミは思ってたが流石にそれを口に出すほど愚かではなかった。
そうこう言っている間にハロになったヒロトが戻ってくる。
その瞬間イヴが目を輝かせて、ふらふらと惹かれる様にハロヒロトに近づいて返事も待たずに抱き上げた。
「かわいい!」
「ちょっ、イヴ!」
手も足もない身体ではイヴをはねのける事も出来ず、ヒロトはされるがままイヴに頬ずりされていた。
エルドラとGBNでは感覚に差があり、こうして露骨に彼女の身体を感じてしまえば彼も当然落ち着きを失う。
普通ならもうすでに顔が真っ赤になっていただろうが、ハロの姿ではそういう感情表現ができない事が彼にとっては功を奏していた。
「と、ともかく!降ろしてくれ!イヴ!」
「や!ちょっとくらい良いでしょー?」
カザミはそんな二人に肩をすくめると、以前二人がハロになった時の事を思い出す。
「マイヤに会って、休憩がてら食えるものないか聞いて来るわ」
「暇そうならフレディを連れてくると良い、イヴに会いたがっていただろう」
「そうだな、オッケー、じゃあ作業は任せたぜー」
騒がしくなったな、とクアドルンが呆れた五分後にようやくヒロトが解放されて作業開始となった。
◆◆◆
「泳ぐなら水着が要るな」
「そうね、メイは泳いだことあるの?」
「GBNでやれる事は一通りやった、泳ぎ方もまぁ通用するだろう」
メイはイヴに母さんはどうなんだ、と目線で問う。
「泳いだ事はないわ、着替えた事ないから」
「……そうか、なら水着はどんなものがいいか、ママに聞いてみようか」
衣装に関してはマギーのセンスに任せて問題ないだろう、メイは自分で考える事をすぐに投げた。自分達だけで考えて母親に妙な水着を着せてしまっては申し訳ないし、だからと言ってアヤメに聞けばモモが付いてきて無駄に時間がかかりそうだ。
「ヒロト、可愛いって言ってくれるかな?」
「なんだ、言われたことないのか?」
親子にも姉妹にも見える二人の会話はそれなりに弾んでいた。
それなりに騒音を出しながらの作業で普通なら二人の会話は聞き取れないはずだが、仲間の声が良く聞こえる様に通信回線を開いているハロヒロトとハロパルは二人の会話が良く聞こえていた。
「ヒロトさん、手が止まってますよ」
パルは笑いをこらえながら指摘する。
「あ、すまない」
「泳ぐの楽しみですね」
イヴが着替えているところを見た事がないヒロトは、勿論彼女の水着姿を見た事が無い。
そもそも肌の露出があまりないイヴが水着を着るという事に男子としては色々考える事があり、集中が途切れてしまった。
「……パルは泳げるのか?」
「昔は泳げてましたから、大丈夫だとは思います」
パルは気楽に答えながら、深い所に行き過ぎず、浅瀬で遊ぶくらいなら問題はないだろうと判断する。
ヒロトも彼なら自分のやれる事をはっきり把握できていると信頼しているので、過剰に心配しすぎないようにした。
「ここ頼む」
「はい。……ヒロトさんは泳げますか?」
「人並みには、よし外すぞ」
「はい!クアドルンさん外します」
「分かった」
のんびり話しながら作業は順調に進んでいた。
そうしてしばらく作業を続けていると、イージスナイトが戻って来てカザミが下りてくる。
彼はバスケットに片手でつまめる軽食を入れていたが、フレディは来なかった。
「ただいま。フレディは村の手伝いだってよ、井戸がどうのこうのらしい」
「おかえり、そうか、なら仕方ないな」
「この後もどうせ暇なんだし、これ終わったらあっち行くか?」
「ふむ、おい、二人共休憩だ」
メイが声を上げると、作業の音がすぐに止んだ。
偶然ではあったがヒロトやパルから見てちょうどキリの良いタイミングで声がかかったお陰だった。
ハロローダーとハロフィッターそれぞれからハロヒロトとハロパルがスポンと抜けてくると、待ち構えていたイヴにヒロトが捕まった。そうして抱きかかえられたまま、彼女がメイと一緒に座っていたマットの上にまで連れていかれる。
もはやヒロトは無言でされるがままだった。
そして軽く跳ねながらパルがマットの上まで来ると、何を思ったのかメイがパルを捕まえて膝の上に乗せてしまった。
「えーっと、なんでですか?」
「なんとなくだ」
ヒロトを膝に置いたイヴの横でパルを膝の上に置くメイ、母親の真似をする娘の図。
気恥ずかしそうなパルに、カザミはニヤリと笑みを向けながら彼を慰める。
「まぁまぁ我慢しろよ」
嫌な気分がしてるわけでもあるまい、とカザミは確信している。
「笑って言わないでくださいよ……」
「前だってヒロトと一緒にメイにあーんってされてたじゃん、大差ないって」
「えぇ、結構違うと思うんですが」
「てかあれ何で食えるんだろうな、味したんだろ?」
「まぁ、確かに、どうなってるんでしょうね、この身体」
パルの気恥ずかしい気持ちは話が逸れて行くにつれて少しずつ削がれていった。
イヴはそんな会話の流れに少しだけ眉を上げる。
「あーんって、食べさせてもらったの?」
「ん?まぁ、手が無いからな」
「ふーん」
ちょっとだけ不機嫌そうな声を上げるイヴにヒロトは少し焦るも、努めて冷静にその時の事を説明する。
「……メイに、だけど?」
「それとこれとは別なの」
この後イヴからのあーん攻撃が連続で行われたのは仕方のない事だった。