また一緒に笑い合えるように   作:ハルノブ

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大切で、悲しい記憶

 各々の休憩が終わり、再度三人が席に着く。カザミがいったんホワイトボードに書かれたことを画像として残し、ボードを初期状態に戻した。

 

「イヴのブレが起こって、しばらく後、イヴにフォースに入ることを勧められたんだ。時期は、大体第一次有志連合戦より少し前だ」

「AVALONか?」

 

 メイはアルスとの決戦前に行った大規模シミュレーションを思い出しつつ、続きを述べた。

 

「ああ、そうだ」

「やっぱり、元AVALONだったんだな。……いきなりすげぇフォースに入ったもんだ」

「俺も当時はまさかとは感じたよ」

 

 ヒロトはAVALONに入った時の事を思い出して、少し苦笑する。

 コアガンダムがキョウヤの眼に止まったのは、プラネッツシステムが状況に合わせて進化するAGEシステムと重なる要素が多くあった事が大きい気がしたのだ。振り返ると、ヒロトはキョウヤがチャンピオンになる以前からAGE系のMSを使い続けていたとカルナに聞いた事がある、大規模シミュレーションの時も一貫してそこは変わらなかった。よほどAGEに思い入れがあるのだろう。

 

「それで、その事をイヴに報告しに行って、イヤリングを渡して、写真を撮ったんだ」

 

 イヤリングの話に、メイは自分の腕に巻き付けてある物を意識せざる得なかった。

 同時にパルは写真の方に興味を示す。

 

「写真って?」

 

 ヒロトはパルに目をやると、席に備え付けられた端末を使い、イヴとの写真をホワイトボードに表示する。

 その写真にはコアガンダムの元にイヴがヒロトの腕を引く形で走り出している様子が写されていた

 

「彼女がイヴ姉さんか?」

「彼女が、イヴだ」

 

 仲間たちはイヴの姿を知らない、三人とも息をのんだ。

 自然と三人はヒロトに目を向ける、机の上に置かれたままの彼の手が固く握りこまれているのが見えた。この先の話はヒロトの深い傷そのものだと肌で感じる。

 

 これ以上話を聞けば、ヒロトを追いつめる。

 分かっていた事だった。

 

「私たちがエルドラに居たあの時ヒロトから聞いたのは、イヴ姉さんの存在と、消えてしまった事、その後の有志連合戦の撃たなかった選択、この辺りを細かく話すのは苦しい事だろうが……」

 

 三者三様にヒロトがイヴの事で未だ思い悩んでいるのではないかと気が付き、各々がマギーに相談を持ち掛けた。それは自分では上手く切っ掛けを作れないと判断しての事であった。

 メイは、人の気持ちがいまだ上手く判断できず、助けるどころか傷つけるかもしれないと判断したから。

 パルは、ヒロトの傷を開く事でより深い傷になるのでは、と恐怖を感じて自身で切っ掛けが作れそうになかったから。

 カザミは、口が過ぎてしまう自分では、さらに傷をつけるのではないかと思ったから。

 

 だから、ヒロトからイヴを助けたいという意思が確認できるまで動くことができなかった。

 マギーはそんな三人に臆病と叱咤する事はなく、意を汲んで動いてくれた。きっかけは作られた、ならば三人に引き下がる道などない。

 引き下がれば、やると決めたヒロトの想いは無駄になる。

 

「続きを話せるか、ヒロト?」

「ゆっくりでいいぞ、落ち着いて───」

 

 優しく言葉をかけるメイとカザミ、パルは心配そうにヒロトを見ている。

 そうして三人が続きを促すまでのほんの数秒で

 

 彼の記憶の蓋は、もう開いていた。

 

 ヒロトの情報処理能力は、同年代の人間に比べたら極めて高い部類に入る。

 ある程度自動化は仕組んでいるが操縦の複雑なシステムと機体の制御を行い、同時に状況を確認して戦い方を考え、それに応じて仲間に指示を飛ばす。エルドラや騒動が終わった後のミッションでも遺憾なく発揮されていた能力。それが自分の内側へと向かい、固く閉じられた記憶の蓋をこじ開けた。

 

 イヴが居なくなった後、1年程は何をしてても空虚だった。あの時と同じような状態になるかもしれないと分かっていながら、それでもヒロトは踏み出した。

 なぜなら、今引き下がれば自分を助けると言ってくれた仲間の想いが無駄になるからだ。

 

 彼女が消滅するとき何を言っていたのか。なぜあの時諦めてしまったのか。気になる発言はなかったか。なぜ見捨ててしまったのか。それはイヴを救う時に役立つことか。なぜ裏切ってしまったのか。

 

 高い処理能力を持ち合理的に考える能力に富みながら、同時にヒロトは感情を持った一人の人間だった。

 ヒロトは考えと感情がせめぎ合い、脳が熱を持つのを感じた。

 

 ヒロトの異常に気が付いた三人は思わず声をかけようとしグッと口をつぐんだ。

 

「イ、イヴは……、俺の住む世界にはいない、ここで生まれて生きてると言っていた。定着できない身体?いやこれはもっと後だ。星の導きがきっかけ?どこでもない場所に居た?バグが、いや、GBNが大事で。バグ、私が巨大なバグになる前に、助け……?違う、俺が消したんだ、それで彼女を助けれるって、でも、俺は、彼女は妹を守ってと、それを、俺は」

 

 ヒロトの発言は支離滅裂だった。

 涙をぼろぼろとこぼし、呼吸はかなり荒い、座っていても身体はがたがたと震え、今にも崩れ落ちそうだ。

 隣に居たメイがヒロトの背中をさする。

 

「もう十分だ、ヒロト」

 

 ヒロトは、メイを見た。

 彼は力なく首を横に振った。

 

「お、俺が、考え、ないと、俺がやった事、だから、俺が、救わないと」

「ヒ、ヒロトさん!後は僕たちで考えますから!今日はもう……!」

 

 今までのヒロトの様子とその悲痛な声は、パルの身体を貫いて思わず声を上げさせていた。

 これ以上は見ていられない、三人の気持ちはすぐにそろった。

 

「そうだぜ、ヒロト、あとは俺達で考えっからよ、今日はもう休め!」

「でも、俺が考えないと」

「ヒロト、姉さんを救う前にお前自身が壊れては意味がないんだぞ。あとは任せるんだ」

 

 メイの言葉は少し強めのものであったが、一刻も早くヒロトを休ませたいという思いがあったからだった。

 ヒロトの脳内は未だ荒れたままだったが、三人に任せろと言われ頷く。

 

「じゃあ、頼む」

「うちの車、迎えに行かせます。自分で歩かないで、席でゆっくり待っててください。ログイン場所はいつものところですよね?」

 

 ヒロトは頷くと、そのままログアウトする。

 

「ごめんなさい、すぐ戻ります」

「すまん、頼む!」

 

 パルはカザミの声に頷くと、ヒロトを追ってログアウトした。

 

 メイとカザミ二人きりになって、カザミは大きく息を吐いた。

 

「まずったなぁ、オフ会の方がよかった。そうしたらすぐに送って帰せたってのに……」

 

 カザミは思わず頭を掻く、リーダーとしての段取りの悪い自分に嫌気がさした。

 自分を落ち着かせ、ふとメイに目をやってみると、どこにも視線をやってなさそうに前を見て座っていた。

 

「メイ、お前は大丈夫か」

「私は問題ない、ただ大事な人が居なくなった時のエルドラの人たちを思い出してな」

「ああ……」

 

 カザミにとっても、仲間の誰にとってもあの瞬間は強く焼き付いている記憶だ。

 崩壊した村、泣く声、涙、涙。

 ヒロトはあの瞬間をもっと身近な人物で先に経験していたのだ。

 

「ヒロト、あいつ、あんな重いもん、ずーっと抱えてたんだなぁ」

 

 にじみ出ていた自己嫌悪と罪悪感。堪えに堪え、誰にも吐き出せず。

 それはどれ程の痛みだったのか、彼の様子を直で見ただけの自分ですらもう辛いというのに。

 エルドラに居た時は彼の負担を軽くさせる手伝いをするには手が足りなかったが、それなら落ち着いた時点で気を回すべきだったと後悔する。

 

 カザミは自分の頬を両手で挟むように叩いた。

 

「さ、やることやっちまおう。今日の相談内容、あとで見直せるように録音してたから、これ使ってさっきの文章化するぞ」

「なんだ、カザミも録音してたのか」

「も、ってことは、メイもか」

「恐らく目的も同じだ」

 

 カザミは、今回の相談がヒロトの負担になる事くらいは予想していた。二度と話したくない事もあるだろうと考え、先んじて録音しておいたのだ。

 結果としてはもっと入念に準備すべきだったが、ともかく録音しておいて良かったと二人とも感じていた。

 

「パルが戻る前にやるぞ、あいつも途中から震えてたしな」

「……パルは優しいからな、気持ちをそのまま受け止めたんだろう」

 

 カザミは録音を完了させて、先ほどのヒロトの発言を再生できる時間に合わせる。

 そうしてる時に、少し手が震えてる自分に気が付いた。

 

「話し方が無茶苦茶だったし、自動書記は使えねぇだろうな」

「自分で打ち込めばいいだろう」

「わーってるよ、自分達だけ楽できるかってんだ」

「……私がやるか?」

「いーや、一緒に一回で終わらせるぞ、タイピングよーい、ドン」

 

◆◆◆

 

「戻りました!」

「おーう、おかえり、パル」

「おかえり、パルは大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です。迎えも滞り在りません」

 

 返事をしながらパルがボードの方を見ると、単語や文の一部がばらばらに置かれていた。

 

「これは、先ほどの?」

「ああ、ヒロトの発言をそのまま文章にしたんだが、まぁ、滅茶苦茶だったからな、今から整理する所だ」

「……なるほど、じゃあ早速やりましょう」

「イヴ姉さんはGBNを守るために消えた、とエルドラでヒロトは言っていた。何か私たちの認識との違いもあるはずだ。あそこまで追いつめられるなら、やはりあの時すべて話されたとは思えない」

 

 ホワイトボードにある一つ一つの欠片を読んでいくと、程なくしてカザミが疑問点を上げる。

 

「イヴさんが異星人、要はELダイバーみたいなもんだって話だよなこれ?」

「僕にもそんな風に読めます、でも、この、最後の消したってどういう事でしょう?」

「助けるとも言ってたな、巨大なバグになる前に消した」

 

 カザミは思わずうなると、とりあえず分かる所から並べていく。

 

「えーっと、現実に身体がない、GBNで生まれた、そこで生きてる。ここまではELダイバーだな」

「星の導きが切っ掛けって、イヴさんはエルドラの古代文明に関りがあったのでしょうか」

「サラ姉さんより、イヴ姉さんの方が早くGBNに居た筈だ。そう言う事もあるのかもしれんな」

 

 二人の発言を受けたカザミは、イヴは星(エルドラ?)の導きを受けて来たELダイバー?、とボードに書き入れた。

 

「バグのせいでイヴさんが消滅したって事か?ブレが起きたのはバグのせいだよな……ん?」

 

 カザミは、ともかく思いついたことを言うが、それだとヒロトがあそこまで追いつめられる理由がない事にすぐ気が付いた。

 

「過去を思い出したくないってことは、嫌な事があったからだよな。……あんな追い詰められるんだから、相当」

「そうだな。ヒロトは取り返しの付かない事をしたと、自分で自分を長い間罰してるように思える。エルドラでアルスのアースリィーと戦った後、そんな風に話して泣いていたのはお前たちも見ただろう」

「自分が嫌いになるようなことで、罪悪感に包まれることかぁ……」

 

 カザミは唸りながら想像力を膨らませている。

 メイは今ある欠片や今までのヒロトにヒントがないか思い返している。

 

「あの時、感情をぶつけようとした、とも言ってましたよね。狙撃ライフルになにか良くない思い出があるようにも見えましたが」

 

 パルも当時を思い出して、ともかく呟くも三人とも考えが煮詰まりつつあった。

 そのまま十数分黙り込み、急にパルが立ち上がった。

 

「もしかして、いや、でも、だったら───」

「どうした、パル」

「いやでもこんな―――」

「おーい?」

 

 パルはぶつぶつと呟きながらホワイトボードの前に出ると、背伸びをして字を書き始めた。

 何度か主語や接続を確かめるように書き直されはしたが、そのうちに文の欠片が組み合わせって形を成してくる。

 

 半分ほど完成した時点で何が書きたいのかを理解してカザミは目を見張った。

 

 そうして出来上がった文章は

 

 イヴは俺の住む世界で身体がなく、星の導きをきっかけにして生まれてきたと言っていた。俺と一緒に時間を過ごす裏で彼女はバグに侵されつつあった、そうしてしばらく時間が経ちGBNに定着できない身体になり、そのまま巨大なバグになりかけていた。その時俺にGBNに致命的なダメージが入る前に私を消してと頼んできた、その時はその頼みに頷くしかない状況で、消える間際に妹を守ってと頼まれたのに有志連合戦で撃ちかけた。

 

 文章を書ききってパルはその場にへたり込んだ。

 出来上がった文章の中には三人にとっては先に知っていた事や想像がつく内容もあったが

 

「確かにこれなら全部つながるな」

「あいつ、自分でイヴさんを消したから何より自分が悪いと思ってるのか……」

「……消滅した理由は聞いたが、その過程が、これか」

 

 カザミは出てきた答えに慄いた。メイも目を見張る。

 蹲るパルは涙をこぼした。

 

「ヒロトさんとイヴさんは、なんでこんな目に合わなきゃならなかったんでしょう。ただ、そこで、生きてただけなのに……こんなの、あんまりですよ」

「……なら、俺たちのできることやって、二人を助けようぜ」

 

 カザミはパルの手を掴んで立たせると、改めて文章に注目する。

 そうしてカザミは、ふと考えついた。

 

「そもそもなんだが、いや思い付きだけどよ」

「なんでしょう?」

「先に身体作った方がよくね?イヴさん用の奴」

「……賛成だな、イヴ姉さんの身体は今消滅しているが、復元して再構築するなら器はあった方がいい」

 

 カザミの提案をメイは迷いなく肯定した。

 

「モビルドールの作成を依頼しよう、その辺りはやっておく」

「お、じゃあ頼むぜ」

「よろしくお願いします!」

 

 モビルドール作成をホワイトボードに書き入れる。

 

「イヴさんのデータをなんとか収束させて再構築したいが、俺たち別にプログラマーじゃないしな」

「そもそも触る権利がないぞ」

「データもどこに散らばってるのかを全部見つけるのは流石に無理ですよね」

「私のようなELダイバーにはある程度イヴ姉さんの因子も含まれている筈だが、私一人では大したサンプルにはなるまい」

 

 カザミはうーんと唸る。そしてメイを見やると

 

「ELダイバー権限で運営と掛け合えないか?」

「この場を借りて生まれた私たちにそんな大きな権利はないぞ」

 

 そのタイミングで軽いSE が鳴り、メッセージウィンドウがカザミの前に出てくる。

 

「あ、やべぇ、一日のGBN利用制限時間突破しそう」

「タイムアウトか、しかしどの道詰まっているところだ、今日は解散だな」

「……誰かに意見を聞きたいですね」

 

パルはしょんぼりと尻尾を下げて、困った声で言う。

カザミがうんうん頷いていると、メイが

 

「ママに頼むか、少なくとも場所は借りれる。話してたら横から口を挟んでくれるかもしれない」

「あの人ホントに頼りになるなぁ!」

 

自分の店を持っていて、言わずと知れた有名ダイバー、人脈もすごく広い、性格も優しい、オカマ。

属性盛りすぎだろ、とカザミはつくづく思う。

その後、カザミはポンと手を打つと

 

「あ、しばらくヒロトには休んでもらうように言っておく」

「お願いします」

「では、また招集をかける」

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