第11局です。ここから第二部の始まりです。
-金曜日・放課後・部室-
「はあ~」
穏乃のため息が静かな部室に響く。部室では私を含む麻雀部の皆がある問題に頭を悩ませていた。
それは永遠に答えの出ない問題、という大それたものではない。むしろ答えは単純明快。小学生でも分かる簡単な答えだ。しかしそんな答えにも関わらず、この場にいる全員がまるで気付いていない振りをしている、いや、せざるを得ないというのが正しいのかもしれない。
(誰か助けて…)
答えの出せない問題と、今までかつてない程静かになった麻雀部の重い空気に、私は押し潰されそうになっていた。
新たに和が麻雀部に入部し数日が経ち、部員が7人となった我らが麻雀部。つい一、二週間前までは部員0だった部だとはとても思えない。
そして新しく入部した和は、幼なじみの穏乃や玄ちゃんのおかげだろうか、喜ばしいことに思ったよりも早く麻雀部の雰囲気に慣れたようだ。
しかし物事というのは必ずしも順風満帆に事が運ぶとは限らない。時には大きな壁が立ちはだかることもある。そして今、私達はその大きな壁にぶち当たっていた。
時は数十分前に遡る。
-数十分前・部室-
「こんにちは」
「おっはよ~」
いつものように挨拶をして茜ちゃんと部室に入る。中では玄ちゃんと宥さんと灼ちゃんが三麻を打っていた。部員数の少ないウチではよくある光景だ。
私達は対局の邪魔にならないように、隣の雀卓に腰かけた。
「こんにちは~蒼空ちゃん、茜ちゃん」
ちょうど真正面にいた宥さんが挨拶を返す。
「蒼空に茜、少し待って。もうすぐ終わるから」
その宥さんの対面だった灼ちゃんは首を一度こちらに向けて私達の顔を確認すると、軽く「こんにちは」と言い、前へ向き直して目の前の卓に集中した。
「残念だけど灼ちゃん、私がここで連荘してトップになるのです!リーチ!」
そして玄ちゃんは自信満々にリーチをかける。と同時に私達にドヤ顔を送る。フフン、格好いいでしょ、とかそんなことを心の中で思っているにちがいない。
「ごめん玄、ツモ。30符3飜で1000、2000」
しかし玄ちゃんのリーチも虚しく、灼ちゃんの和了りで呆気なく終了した。
「こんにちは!」
対局が終わってすぐに穏乃がやって来た。穏乃は丁寧に挨拶をし終えると、廊下に出て自分の来た方向に向かい、彼女の名を呼んだ。
「和~、早く早く~」
手を高く挙げて左右に振りながら和の名前を叫ぶ。親を待つ子供、そう表現するのが一番しっくりきた。
穏乃は明るく、その上礼儀正しい。いつも上級生には敬語を使い、挨拶もきちんとしている。
しかし、その言葉遣いが時として私達との壁の存在を感じさせた。同級生の和と話している時は、特に感じてしまう。もちろん本人にはそんな気はないだろう。だが、それでもどこかで壁はできてしまっている。
それをどうにかして取り除くのが、先輩、そして部長としての私の役目なのだが、恥ずかしながら私では力不足のようだ。
けれどここで諦める気は毛頭ない。これからも時間をかけてゆっくりと壁を崩していくつもりだ。
「はあ、はあ…。穏乃、歩くの速すぎます…。部室は逃げませんから、もっとゆっくり歩いてください」
考え事をしている内に和が到着した。額には少しばかり汗が流れており、急いでここに来たことを物語っていた。彼女の体力はかなり少ない方なので、穏乃に置いていかれても無理はない。それよりも汗一つかかずにここに来た穏乃の体力の方が驚きだ。
そして和を最後に麻雀部全員が集合した。
「さて、皆が集まったことだし、麻雀しましょうか」
私は椅子から立ち上がり、皆の視線が私に集まる。同好会時代ではこの役は玄ちゃんがしてくれていたが、私が部長になってからは私がやるようにしている。今のところ部長らしいことは、これと入部届の受け取りしかしていない。普段の部活動も基本的に皆で仲良く対局しかしていないので、あまり部長の存在意義が感じられなかった。
しかしそれでも、これは麻雀部に必要なものなのだ!…と思いたい…。
「日曜の雀荘のこともあるし、気合い入れないと!」
茜ちゃんが両手でガッツポーズをしてみせる。いつものように気合いは十分のようだ。
「確か、中高生がよく来る雀荘なんだよね?」
「うん、そうだよ玄ちゃん。雀荘にしては珍しく、中高生に力を入れてるんだって」
奈良の中心部にある雀荘。近くには、あの晩成高校があり、それで中高生、特に女子に力を入れているらしい。他府県でもそこそこ有名らしく、県外から来る客も多いのだとか。
そのことも説明すると、玄ちゃんや穏乃は顔が少し強張り、早くも緊張してしまったようだ。
「まあ、何か大会に出場するわけでもないし、気楽に行こう」
灼ちゃんが二人の緊張を解す。こういう気配りが灼ちゃんの良い所だ。実をいうと私も同じように緊張してしまっていたので、灼ちゃんには感謝しないと。
話も一段落し、麻雀に移ろうとした時、和が口を開いた。
「あの、大会に出場するわけではない、と仰いましたが、実は私、インターミドルに出ようと思います」
場が一瞬、静寂に包まれた。和を除く全員が、和が何を言っているか理解出来なかったのだ。同級生の穏乃なら何か知っているのではないかと視線を向けるが、どうやらそうではなかったらしい。穏乃も私達と同じように和を見て停止していた。
「えっ…ホントに…?」
まず口を開いたのは隣にいたその穏乃だった。穏乃の一言で他の皆も「どうして」「なんで」などの質問をぶつけ始めた。質問責めを受けている和は、慌てるわけでもなく、落ち着いて皆の質問に答えた。
「私と父との約束です。元々私達家族は奈良を離れるつもりでした。しかし、麻雀部に入った今、私はここを離れるつもりはありません。そのことを父に打ち明け、交渉した結果、インターミドルで優勝すればここに残って良いということになりました。ただし、それが出来なかったら、すぐにでも引っ越さなければなりませんが」
和の答えに私達はまた言葉を失った。今度は和が引っ越すかもしれないということに衝撃を受けたのだ。
「とりあえず個人戦に出て優勝しようと思います。そのためには皆さんの協力が必要不可欠です。なので、出来れば力を貸して下さい」
和は真剣な眼差しではっきりと言った。彼女の瞳は固い決意でみなぎっていたが、どこか少し不安が感じとれた。
「もちろん…」
「もちろん手伝うよ、いや手伝わせて!」
茜ちゃんが和の両手をとり、目を輝かせて言った。和の決意に感銘を受けたのだろう。一方和の方はそんな茜ちゃんに若干引き気味だったが、内心嬉しいことは顔を見るとバレバレだった。
「和も水くさいなあ~。同い年なんだし私にぐらい言ってくれても良いのに。
それに『力を貸して下さい』なんて言わなくっても、皆力を貸してくれるに決まってるよ!
個人戦どころか団体戦でもどんと来いだよ!」
続いて穏乃が先輩顔負けなくらい頼もしいことを言ってくれる。
「そうだよ和ちゃん!私達におまかせあれだよ」
玄ちゃんも負けじと頼もしいことを言う。セリフは頼もしいのだが、何故か頼りない気がしてしまう…。気のせいだろうか?
「わ、私も皆よりもお姉ちゃんだし、いつでも協力するよ…?」
「私もいつでも力になる」
宥さんには最年長らしい、皆を守ってくれるような頼もしさが、灼ちゃんにはどんな時でも頼りになる、しっかり者としての頼もしさがある。二人とも麻雀部を裏から支えてくれる縁の下の力持ちだ。いつどんな時でも私達をフォローしてくれる二人の言葉は和に大きな安心を与えたにちがいない。
そして次は私の番だ。
「和、私は部長ですから、このことだけに限らず、どんなことでも頼ってくれて構いません。個人戦だろうが団体戦だろうが何だって協力します。
だから一緒に頑張りましょう!絶対に優勝して、来年も麻雀しましょう!」
他の皆に比べると頼りなく思われるかもしれない。それでも私の思いを精一杯自分の言葉で表したつもりだ。
私の言葉を聞いた和は一度全員の顔を見渡した後、軽く微笑んで、はっきりと「はい」と答えた。その瞳は固い決意と安心でいっぱいだった。
「ところで、団体戦というのは良い案ですね。父はインターミドルで優勝としか言っていないので、団体戦でも約束は有効かもしれません。いや、有効に決まっています」
和の目がキラリと光った。和が悪いことを考えるのは新鮮であったが、元々はかなりの理論派なのだから、こういう約束の穴をつく、のようなことが得意でもおかしくない。これまでそうならなかったのは、きっと家の教育がしっかりしていたおかげだろう。
「でも、そうなると重要なのはメンバー決めだよね。和は絶対入れないとダメだから残りは4人かあ」
茜ちゃんの何気ない言葉に全員があることに気がついた。
それは全員では団体戦に出られないということ。私達は和を入れて7人。どうしても2人はメンバーに選ばれない。そして私達にはそれを決めてくれる監督のような人も、メンバーの良い選び方を知っている人もいない。そうなるとメンバー決めの方法は自ずと絞られていく。
(強い人から順にメンバーを決めるしかない!)
全員がそう思ったのか、この日三度目の沈黙が部室に訪れた。
そして今に至るのであった。
相変わらず誰も話さない。それほどこの問題は重要なのだ。これまで誰が強いかなど全く考えずにやってきた私達にとって、それは予想以上に大きな壁となった。皆が皆優し過ぎるのだ。メンバーに選ばれなかった人のことを思いやり過ぎて、誰もが思いつく簡単な方法でさえも言い出せないでいる。今は団体戦に出たいという自分の欲望が勝っているから良いものの、この時間が続くと、沈黙に耐えかねた誰かが団体戦を辞退するかもしれない。
しかしこれには和の未来が懸かっているのだ、出来る限りのベストメンバーで団体戦に挑みたい。そのためには誰かが言わなければならない、あの事を。そしてそれは恐らく部長の役目…。
腹を括ろう、そう決めて息を吸った時だった。
「今度の雀荘で決めるってのはどうかな?」
茜ちゃんが私より一瞬早く喋り始めた。茜ちゃんの話を簡単に要約すると、私達はお互いに手の内を知ってしまっているから、強さの正確な判断は難しい。雀荘なら、お互いに知らないもの同士で客観的な判断が下せる、というものだ。
確かにその通りだ。茜ちゃんにしては良い案だなと思った。皆その意見に賛成らしく、特に反対意見はなかった。
「そうと決まれば、早速麻雀だ~!」
茜ちゃんの一声で皆が動き始める。いつの間にか、先ほどの重い空気はきれいさっぱり消えていた。
インターミドル県予選まで後約1ヶ月半
インターミドル編のスタートです。どのくらいやるかまだ未定ですが、だいたい10~20話ぐらい予定しています。
次回は他校が出てきます。お楽しみに。