-日曜日・とある雀荘-
-青チーム-
「さて、今から先鋒戦やけど、他のメンバーの特徴教えてくれへん?」
清水谷さんが私に尋ねた。先鋒戦は清水谷さん以外が全員阿知賀で、私しか打ち方の分かる人がいないと思ったからだろう。実際には新子さんもいるので、私だけというわけではない。むしろ幼なじみの新子さんの方が知っていそうだ。
だが、阿知賀女子麻雀部部長である私が答えないわけにもいかないので、ここは私が答えることにした。
「はい。分かりました。まず、玄ちゃん、あっ、黒髪ロングの娘ですけど…分かります?」
「大丈夫や。あの娘は可愛いから直ぐに覚えたわ」
「なら良かったです。で、その娘ですけど、ドラがものすごく集まりやすいです」
「ドラが…集まる?」
不思議そうな顔をして聞き返してくる。
「はい、そうです。信じられないかもしれませんが、本当です」
「ふ~ん。その話がホンマやったら、めっちゃ強いな」
恐らく半信半疑といったところか。うまく説明したかったが、こればっかりは実際に見てもらうしか私には説明のしようがない。きっと見てもらえれば嫌でも分かるだろう。
玄ちゃんのことは実際に見てもらうとして、次に灼ちゃんの説明に入った。
「灼ちゃん、黒髪ボブカットの娘で、彼女は強いて言えば筒子の待ちが多いことですかね。筒子以外でも待つので、あまり気にしない方が良いですけど。
それと、打ち方が少し古いです。これも特に気にするほどのことじゃないんですが、まれに予想外な打ち方をするので、それだけに気をつけてもらえれば良いと思います」
清水谷さんは時々頷いたりして、きちんと聞いてくれた。新子さんも私の話を静かに聞いていた。直接対局するわけではないのに、勉強熱心な娘だ。
最後は一番説明が楽な穏乃の説明をする。
「最後は穏乃。ポニーテールの娘で、際立った特徴はありませんが、どんな時でも諦めない不屈の心を持っています」
「そりゃええ事やな」
「…」
「…」
「えっ、それだけ!?他になんかないん?」
「いえ、特には…」
穏乃の説明はこれで十分だろう。基本的に穏乃は平均的で、良く言えばバランスがとれている。悪く言えば特徴がない。
しかし、これは私個人の感想だが、この三人の中で一番手強いのは穏乃だと思う。確かに特徴がないと言えばないが、穏乃には諦めない心がある。これがやっかいだ。
最後の最後まで逆転の一手を狙う。これほどやられる側にとって恐ろしいものはない。もしかしたら振り込んでしまうのではないか、捲られてしまうのではないかと不安にさせられ、精神力がどんどん削られていく。すると、ミスが出てきて本当に振り込んでしまう。
まだ今回は先鋒戦だからマシだが、もし大将戦だったとしたらどうなっていたことか。チームを背負う責任が、その人によりプレッシャーをかけて、さらに精神力を削っていただろう。
「う~ん、まあ、だいたい分かった気がするわ。ありがとな」
「ほな行ってくる~」
清水谷さんが対局のテーブルに向かって行った。
(頑張って下さい、清水谷さん!)
-竜華サイド-
(蒼空ちゃんからアドバイスもろたけど、にわかには信じがたいな~)
誰もいない雀卓の椅子の一つに座りながらそう思った。
彼女が嘘をついているとは全く思っていないが、やはり直ぐには信じられない。特に、ドラが集まるなんてことがあるのだろうか。他の二人と違い、癖でも技術でもなく、所謂超能力。そんなものがこの世に実在するのだろうか。
しばらく考えてみたが、もちろん答えなどはでず、その間に残りの三人が集まった。
(ま、実際に打ってみたら分かるやろ)
全員が席についたところで、サイコロが振られた。
先鋒戦 半荘一回 東家 玄 南家 穏乃 西家 竜華 北家 灼
東1局 親 玄 ドラ{八筒}
竜華 手牌{三萬四萬六萬六筒三索八索八索九索東南西西北}
(ま、こんなもんやろな)
いつも通りのよくある手牌だ。贅沢を言えば、もう少し良い配牌の方が嬉しいのだが、麻雀は運の要素の強いゲーム。ここで文句を言っても仕方がない。それよりも、ここからどうするかが大切なのだ。
(とりあえず、ツモってから考えよか)
{三萬}スッ
{六筒}トンッ
(さーて、行くで~!)
九巡目
竜華 手牌{二萬三萬三萬四萬四萬五萬六萬六索六索八索八索西西}
(よし、整ってきたな。後は次のツモ次第や、っと…)
{二索}スッ
(あちゃ~。これはいらんわ)
{二索}トンッ
「ロンっ!」
(うっ…振り込んでしもたか…)
「タンヤオドラ5、18000です!」
{六萬七萬八萬赤五筒六筒七筒八筒八筒八筒二索三索四索赤五索} {二索}
(跳満!?しかも親跳かいな!?)
一位 緑チーム 68000
二位 赤チーム 50000
二位 黄チーム 50000
四位 青チーム 32000
東1局1本場 親 玄 ドラ{六萬}
(気ぃ取り直して頑張るで~)
気合いを入れるために、軽く自分の頬を叩く。
先ほどの一局で分かった。この世に超能力はある、と。ドラが集まると言われた娘が、ドラ5で和了った。これを偶然で片付けるのは今の私には到底できない。なぜなら、これは団体戦で、私には点棒がないからだ。今の私は32000点。親の三倍満で飛ばされてしまう。この企画の言い出しっぺが、先鋒戦でトビ終了では、チームのみんなや周りのみんなにも申し訳がない。
竜華 手牌{三萬八萬八萬六筒七筒七筒一索七索七索八索東白白}
(おっ、良い配牌や!今度はいけるかもせぇへん)
{六筒}スッ
(ツモも調子ええ)
{一索}トンッ
(さて、他家はどうやろ…)
{南}トンッ
{七萬}トンッ
{中}トンッ
(まあ、これではなんも分からんわな)
{五筒}スッ
(おっ!またええツモや)
{東}トンッ
(もうこれはチートイ狙うしかないな)
{南}トンッ
{八筒}トンッ
{三萬}トンッ
{五筒}スッ
(き、奇跡や…)
三巡目でこの手牌。麻雀の神様が私に微笑んでいるとしか思えない。せっかくのご加護だ、無くなる前に使えるだけ使ってしまおう。
「リーチ!」{横三萬}
{八萬八萬五筒五筒六筒六筒七筒七筒七索七索八索白白}
(どうでる…?)
{一索}トンッ
{東}トンッ
{發}トンッ
(安牌ばっかやな…。でも、今の私は引ける気がするで!)
{八索}スッ
「ツモっ!」
{八萬八萬五筒五筒六筒六筒七筒七筒七索七索八索白白} {八索}
「リーチ一発ツモチートイ。2000、4000の1本場は2100、4100!」
一位 緑チーム 63900
二位 赤チーム 47900
二位 黄チーム 47900
四位 青チーム 44300
-青チーム-
「清水谷さんが和了った!」
私は嬉しさのあまりつい大声を出してしまった。本当に嬉しい時は心の声が出てしまう。
新子さんはどうだろうと、こっそり隣を見ると、新子さんもグッと手を握って『よしっ!』と呟いていた。
「新子さんは今の和了りどう思います?」
実は清水谷さんが和了るまで、お互い何か気まずい空気になっていたのだ。これを機に少し話題を振ってみた。
「えっ!?あ、今回は配牌が良かったんだと思います…」
自信がなさそうに言う。私が先輩だからか、穏乃達と話す時とはだいぶ違い、かなり遠慮しているように見えた。
このままでは、また気まずい空気になってしまうので、ある作戦を実行することにした。
「新子さんは穏乃や和といつ出会ったんですか?」
100人いれば70人はやるであろう作戦、共通の話題を振る作戦だ。
「シズ達とですか…。シズとは幼稚園の時に出会いましたね。と言っても、小さい頃ですから全然覚えてませんけど。気づいたら一緒に遊んでた、そんな感じです」
「和とはちょうど一年前くらいに出会いました。クラスで転入生の紹介があった時だったかな…?いや……」
穏乃達のことを話す新子さんはとても楽しそうだった。聞いているこっちまで楽しくなる、幸せそうな笑顔だった。
しばらく新子さんの話を聞いていると、新子さんが自分だけ話していることに気がついたのか、『すいません』と言って顔を伏せて話を止めた。
私からすると、話を聞いているだけでも良かったのだが…。
「あ、あの、羽暗さん…」
「蒼空で良いですよ」
「あっ、はい。なら蒼空…さんはどんな風にシズ達と出会ったんですか?」
さすがに呼び捨てまではいかなかったようだ。残念。
「私が穏乃達と出会ったことの話をするなら、まずは玄ちゃんとの出会いからですね」
「玄?」
「そう玄ちゃん。玄ちゃんと出会わなかったら穏乃達とも出会わなかったと思います」
「玄ちゃんと出会ったのは四月の初め、私達が阿知賀に引っ越してすぐの頃の話です」
「私…達?」
「あっ、そういえば言ってませんでしたね。実は、私と茜ちゃん、赤チームの中堅の娘なんですけど、あの娘と私は親戚で、私が茜ちゃんの家にお世話になっています」
「へ~」
家の事情を説明するのには、もう慣れた。大抵の人はこの後に理由を尋ねてくるのだが、新子さんはそうしなかった。
それが何かを察したからなのか、それともただ興味がないだけなのかは分からないが、両親のことを話すと変に気を遣われるので、聞かないでいてくれる方が嬉しかった。
「で、話の続きですけど、私達が阿知賀に引っ越した後、麻雀部を作ろうってことになって、部室候補を探してました。その時見つけた教室が今の部室で、元麻雀クラブの教室です。
それで、そこで掃除をしていた一人の女の子、玄ちゃんと出会いました」
「掃除って、まさか…」
新子さんは、どうやら玄ちゃんの掃除当番について理解したようだ。毎週木曜日に掃除をする。もう無くなった麻雀クラブの掃除当番を守り続けてきた玄ちゃん。その話を聞いた新子さんは目線を下に向けて俯いていた。
罪悪感。彼女の頭にあるのはきっとそれだろう。自分だけが裏切ってしまった。そんなことを思っているに違いない。玄ちゃんの優しさがかえって彼女を苦しめてしまっていた。
「…玄ちゃんと出会った後、部員を集めることになり、そこで穏乃と和に初めて出会いました。
穏乃はすぐに麻雀部に入ってくれたのですが、和はそうはいきませんでした…」
「?…どうしてですか?」
「和は来年には奈良から引っ越すからです…」
「えっ!!!」
突然の知らせに驚く新子さん。いきなり友の引っ越しを告げられれば、そういう反応をするに決まっている。
ただ、告げもしなかった私達からすると、彼女の反応は胸に刺さるものがあった。
「まあ、驚きますよね…。私達も初めて聞いたときは驚きました。
和は、引っ越す自分が麻雀部に入っても迷惑だと思ったらしいんです。そんなことは無いのに」
「…でも、結局和は引っ越すんだよね…」
「…いえ、引っ越しません。と言うよりも絶対に引っ越しさせません」
「『させません』って、何言ってんの、それは流石に無理でしょ」
新子さんが呆れた顔をする。和ほどではないにしろ、かなりの現実主義者のようだ。
「実は、和のお父さんとある約束をしたんです」
「約束?」
「インターミドルで優勝したら、引っ越しを取り止めてくれるという約束です」
私なりには希望がある約束だったのだが、新子さんにはそうではないらしく、さっきよりも呆れた顔をしてこう言われた。
「そんなの約束になってないじゃん…。いくら玄や和が強くたって、優勝は無理でしょ」
「確かに、一見無理に思えるかもしれませんが、実はこの約束を決めたのは和なんですよ?」
「う、嘘…!和が決めたの!?あの和が!?信じらんない…」
新子さんは動揺を隠せないようだ。
和は科学的に0%の可能性のことはしないが、科学的に1%の可能性でもあれば、その中で一番確率の高い選択肢を選ぶ。決して諦めやすいとか、努力しないとかそういうことではない。
だからここで新子さんが「あの」という言葉を付けたのは、和は勝ち目のほぼないことに挑戦しないと思っていたからではなく、和は自分のワガママを親に言ったりしないと思っていたからだろう。以前の和だったら、そうだったに違いない。
しかし、今は私達と一緒に頑張ってくれている。これは私達が多少なりとも彼女に影響を与えた結果だと思いたい。
「か、帰ったで~…」
「「へっ?」」
二人同時に同じ方を向いた。そこにいたのは清水谷さん。そしてその時、団体戦のことを思い出した。
「お、おかえりなさい~」
「す、すごかったですよ~」
穏乃達の話に夢中で、先鋒戦を見てなかったなんて言えないので誤魔化してみる。
「…あんたら、さては…」
しかし私達の演技では清水谷さんの目は誤魔化せなかったようだ。
「…今なら、正直に言えば許したらんこともないで」
「「ごめんなさい」」
即答だった。
「まあええわ。私も大した結果ちゃうかったし、強くは言えへん」
「何位ですか?」
「………三位」
コメントしにくい順位だった。
「いや、私も頑張ったで?でも周りが玄ちゃんなれしとるから、私だけしか振り込まんし、ドラに対応できるようなったと思たら、狙ったように灼ちゃんやっけか?その娘に振り込んでまうんや」
玄ちゃんのドラ対応を読んで、そこに罠を仕掛ける。実に灼ちゃんらしい戦法だ。
「中堅、頑張ってな…」
清水谷さんはポンと新子さんの肩に手を置き、その後、倒れこむようにソファーにもたれた。随分と疲れているらしい。
一方の新子さんは「頑張ります」と言ってテーブルへ向かった。その足取りは重く、少なからず緊張しているのが分かった。
ゆっくりと進むその後ろ姿に私は声をかけた。
「そういえば新子さん」
「うん?」
「敬語、途中から無くなってましたよ」
「へっ!嘘でしょ!」
「ホラ、今も」
「うっ…やっぱり敬語は苦手だわ…。タメ口でも良い?」
「それはもちろん!」
「ありがと、じゃあ行ってくる」
「頑張ってくださ…じゃなかった、頑張ってね、憧
「ええ、任せて、蒼空!」
憧ちゃんは軽い足取りでテーブルへと向かった。
(あっ、茜ちゃんのこと教えるの忘れた…)
先鋒戦終了時
一位 黄チーム 53200
二位 緑チーム 51500
三位 青チーム 48700
四位 赤チーム 46600
インターミドル県予選まで後48日
今回は憧の回です。蒼空が憧をどう呼ぶか悩みましたが、最終的にこうすることにしました。
次回は中堅戦です。茜の活躍に期待してください。
ミスをご指摘して下さった方ありがとうございます。