確かこの話は思いつきで書いた物なので、本編で矛盾があるかもしれませんがご容赦を。
「阿知賀女子学院、優勝です!」
試合は驚くほど呆気なく終わった。永遠に続くのではないかと思っていたオーラスも、終わる時は唐突で一瞬だ。
「やったよ皆!」
勝者である少女は彼女の仲間と喜びを分かち合う。
「これで全国に行ける!」
「ぐすっ…やった…やったよ…」
目には喜びの涙。
「次は全国だよ!晴絵!」
そしてその姿を見つめる……敗者。
-金曜日・阿知賀女子学院職員室-
「…さん。…きさん…」
名前を呼ぶ声が、夢の中から私を引っ張り上げる。
「佐々木先生!!」
「は、はいっ!!」
気づいた時には反射的に立ち上がっていた。
「仕事中に居眠りは良くありませんよ?」
声の主は教頭の田村先生。もうすぐ定年を迎える、温厚で優しい男性だ。
「すいません…以後気をつけます…」
「反省したならそれで良いです。はい、これを」
手渡されたのは数枚の書類。主に今度の遠足について。
「それにしても、あなたが居眠りとは珍しいですね。昨日は何かありましたか?」
「いえ。特には…」
昨日は普通に授業をして、普通に家に帰って、普通に寝たはず。知らないうちに疲れでも溜まっていたのだろうか。
「そうですか。まあ、そんな時もありますよ」
そう仰った教頭先生は職員室から出ていかれた。
(さっきは…懐かしい夢だったな…)
夢の続きを見るように、昔の思い出が頭を過った。
私は中学2年生の時にここ奈良へ引っ越して来た。引っ越しの理由は親の転勤。ただ、これが初めてというわけではない。私の父は仕事の都合上転勤が多く、こんなのはしょっちゅうだった。
そんな転勤族の私に親友と呼べる友達などが出来るはずもなく、今回も私の転校にはクラス単位の贈り物しかなかった。
寂しい私の唯一と言って良い特技に麻雀というのがあった。"あった"のであって"ある"のではない。麻雀は大分前に止めてしまった。理由は簡単。相手がいないからだ。
-2040年・春・とある高校-
奈良に来てから3年の月日が経った。その間に、私の父は仕事を辞め、新しく自営業を始めた。何故今頃パン屋を始めようと思ったのか知らないが、店は失敗はしていないので良しとしよう。
その父の思いつきのお陰か、私は晴れて転勤族から卒業。友達も少しだけ増えた。ただ、これまでの癖とやらは簡単には抜けないようで、相変わらずクラスには馴染めなかった。
そんな程々に充実したある日の放課後、先生にプリントを運ぶよう頼まれた私は、とある教室の前を通った。そこは何処にでもありそうなただの教室。唯一他の教室と違うのは、入り口に大きな字で「麻雀部」と書かれた紙が貼られていることだ。
(ここに麻雀部なんてあったんだ…)
聞き慣れない名前。クラスの誰からも麻雀部があるなんて話は聞いたことはない。まあ、私から聞いたこともないが。
ガラッ!
暫く私が入り口で突っ立っていると、中から人が飛び出してきた。ぶつかる寸前でギリギリ向こうが止まってくれたので、大きな事故は避けられた。
「うわっと、あれ?君、ここで何してるの?」
出てきたのは黒く長い髪の女性。私より少し大人びた感じがする。先輩だろうか。
「あの…」
「あっ、もしかして入部希望?なら入って入って…」
どうぞ、と入り口のスペースを空ける。彼女の目を合わせると、ニコッと微笑んだ。
だが、もちろん私は麻雀部に入部するためにここに来たのではい。今すぐこの場を離れてプリントを運ばなければならない。そう頭では分かっているのだが、麻雀を少しかじっている者として、麻雀部が気になってしまった。
(見学…しようかな…)
そんな、普段の自分ではあり得ないこと思い、心が揺らぎかけた。
どんな人がいるのだろうか、どれぐらい強いのだろうか。麻雀部に対する興味がどんどん湧いてくる。しかし、幸か不幸か私の腕にかかる重さが私を正気に戻した。
「い、いえ!ここにはプリントを運ぶついでに気になっただけです」
ついさっきまで迷っていたとは思えないほど、直ぐに断れた。もしくは迷っていたからこそ、引き込まれないように直ぐに断るべきだと体が反応したのかもしれない。
(こういうのは、さっさと断っておくべきだよね…)
部活の勧誘はさっさと断るに限る。それが私の、これまでの教訓だ。転校の度に何処かしらの部活に誘われ、私はそれを丁寧に断る。これはもう、私の中ではテンプレと化していた。
「そう…ちょっと残念」
顔を伏せる彼女。期待させて落とすようなことをしてしまい、少しだけ悪いことをした気がした。
「無理に誘うなよー」
「わ、分かってるわよ!」
しかし、部屋の中にいる部員だろうか、その人の声で彼女はさっきと同じ元気そうな表情に戻った。
「ごめんごめん。誤解しちゃって。そのお詫びといっちゃなんだけど、プリント運ぶの手伝うよ!」
その人は半ば強引に私のプリントの6割ぐらいを持つ。
「えっ…」
「いいから、いいから!」
そう言った彼女は戸惑う私を置いてきぼりにして、スタスタと歩いて行ってしまった。
「あ、あの…!そっちじゃありませんよ!」
-とある高校・廊下-
「そういえば、君。名前は?あと学年」
「えっと、2年の佐々木…です」
「へ~私より1つ下か~」
彼女の言葉から察するに、予想通り彼女は3年生のようだ。
「ねえ、本当に麻雀部に入る気ない?あと一人部員がいれば、団体戦に出場出来るんだけど…」
「さっきも言いましたけど、私はプリントを運ぶついでに気になっただけで…」
「そこをなんとか、お願い!あと一人で部としても認められるんだよ!」
プリントを抱えたまま直角に頭を下げる。私は反応に困り、目線をうろうろさせた。反応がなければ勝手に諦めてくれるだろうと思い暫く黙ってみたが、先輩の顔は依然真下を向いている。時間が経てば経つほど先輩に頭を下げさせているのがとても申し訳なくなり、ついに私は折れた。
「わ、私、少ししか出来ませんよ…?」
今思えば、どうしてこんなことを言ったのだろうか。先輩に頭を上げてもらうためなら、きっぱり断るだけでも良かっただろうに。
いや、本当は理由など分かっている。きっと何か刺激が欲しかったのだ。退屈な日々を変える何かが。
「それでも良いなら…入ります」
「あ、ありがとう!!」
先輩が抱えたプリントを無視して私に抱きついた。そのおかげで、私達の周りには白い大きめの紙吹雪が舞った。
それからというもの、私達は県大会に向けて猛特訓をした。去年の牌譜を研究したり、雀荘へ腕試しをしたり。
「撮るよー、はいチーズ!」
クラブ写真なんかも撮った。部活として認められた証だ。
「先輩!遊んでないで勉強して下さい!」
テスト前に勉強会もした。危うくこれで全国への夢が絶たれるところだった。
それでもなんとか地区大会の決勝まで行けた。これなら、このチームなら全国まで行ける。そう思った。
-2040年・奈良県地区大会-
「ロン。12000」
だが、無情にも終わりの宣告は訪れた。
「ありがとうございました」
走り去る赤い髪の彼女は私達に目もくれなかった。彼女の飛び出した後、喜び会う声がかすかに聞こえた。恐らくは彼女のチームメイトだろう。だが、そんなことはどうでも良かった。私の心にあるのはただ一つ。
(すいません…先輩…!)
先輩への謝罪だった。先輩達に大将を任せられたのに、私はその期待に応えることが出来なかった。先輩達を裏切った。そのことが頭の中を駆け巡った。
-とある高校・控室-
試合が終了して直ぐ、私は重い足取りで対局室を後にした。他の二校と同じようにその場に留まるのも良かったが、それよりも出来るだけ早く先輩達に謝りたかった。
控室の前で一度深呼吸をする。これから何を言われても良いように心の準備をした。
ガチャ…
扉を出来るだけいつも通り開ける。恐る恐る開けるとむしろ相手を苛立たせてしまうと考えたからだ。ただ、それでもドアノブは小刻みに揺れていた。
「さっちゃん…」
先輩達が私を見る。私は体を強ばらせた。怒号かはたまた失望の声か。もしかしたら優しい先輩のことだから、私の健闘を讃えてくれるかもしれない。だが、絶対にこの結果を良しとする言葉は出て来ない。そう思っていた。
「スゴいよ!!三位だよ三位!!」
そんな私の考えとは裏腹に、先輩は涙を浮かべながらも満面の笑みであった。高校生活最後の大会、きっと悔しいに違いない。それでも笑って私を迎え入れてくれる先輩の優しさに、涙が溢れそうになった。
しかし、次の一言が目頭の熱い私を一瞬にして冷ました。
「二位を狙ってたんだけど、惜しかったな~」
(二位を…狙ってた…?)
部員の一人がそう言った。そしてそれに合わせるように、また他の部員が口を開く。
「まあ、晩成に勝つような高校がいるんじゃ仕方ないよ」
(仕方…ない…?)
私はその言葉が信じられなかった。私達は優勝の為に頑張ってきたはずだ。最低でも私はそうだった。それを「二位を狙ってた」とか「仕方ない」で済ませられるわけがなかった。負けて悔しくないのか、そう叫びたかった。だが、まだ先輩がいる。先輩ならこんな腑抜けな部員を一喝してくれるはずだ。私は期待と不安を胸に、先輩の顔を見た。
「いや~ホントそれだよね~」
そう期待したのが私の人生最大の間違いだった。
次の日から、私は麻雀部を退部した。エントリーした個人戦も無視した。先輩達は団体戦の責任をとったとでも思っているだろう。私が抜けたことで部員が減ってしまったが、元々5人しかいない部活。先輩達が卒業すれば半分以下に減ってしまうのだから、迷惑にはならないと思う。
そしてそれと同時に麻雀もまた止めた。一緒にする人もいないので当然だが。
-2047年・佐々木家-
バスを乗り継ぎ自宅に帰る。ポストの中を確認すると、一通のハガキが入っていた。チラシ以外の物が投函されているのは珍しい。気になったので早速ハガキの内容を確認する。
『佐々木先生へ
二週間後の土曜日に地区大会の祝勝会を開きます。場所は松実館の大部屋で時間は…』
『…という訳で、他の5人にはこのことを内緒にしておいて下さい。
松実宥・松実玄より』
(祝勝会も何も、まだ勝つか決まってないんじゃ…)
余程の自信の現れなのか、それとも単に何も考えていないのか。意外とボケを組み込んできたのかもしれない。
(何気にあの娘達も頑張ってるんだ…)
私は麻雀部の顧問をしているが、実は彼女達の活動には一切関わっていなかった。これは別に怠けている訳ではなく、元々こういう約束で顧問になったのだ。……私じゃなくて向こうの方から提示してきたんだからね?
(それにしても地区大会か…ま、思い出作りには良いかな)
あの時の先輩達を思い出す。きっと先輩達にとっては輝かしい思い出になったに違いない。今頃職場ででも自慢しているだろう。
(どうせあの娘達も思い出作りでしょ…)
私はハガキを、空の写真立てが置いてあるだけの、殺風景な机の上に放った。
-2週間後・金曜日-
「そういえば佐々木先生」
隣のデスクの一年目の山田先生が、帰る直前に声を掛けて来た。
「佐々木先生が顧問をされている麻雀部、明日大会なんですってね」
「えっ…?ああ!そうですね!」
二週間前にハガキを貰っていたことを思い出す。そこに書いてあった日付は多分明日だった気がする。
「やっぱり佐々木先生も監督に行かれるんですか?」
「えっ!ええ。まあ」
(あっ、しまった…つい嘘を…)
意地というか、後輩に良い格好を見せたかった。しかしそれが私の首を絞めることになった。
「やっぱりそうなんですね!明日は応援に行かせて貰います!」
「げ…」
しまったと思った時には既に手遅れ。山田先生は観に来る気満々だ。今さら嘘だと言うのも格好が悪い。
(明日は休みの予定だったんだけど…仕方ないか…)
私は嘘をついても良いことないな、と小学生でも分かることを改めて実感した。
-土曜日・地区大会会場・控室-
「いや~、まさか先生が来てくれるなんて思いませんでしたよ」
「ま、まあ一応顧問をやってる訳だし、こんな時ぐらいはね!」
予め部屋で待機していた私に最初は驚いていた彼女達も、次第に私がいることが気にならなくなったようだ。今も一年生の高鴨さん?だったかに自然に話しかけられている。
「高鴨さんは個人戦にも出場していないみたいだけど、どうして?それに原村さん以外誰も個人戦にエントリーしてないみたいだけど…」
監督用に渡された個人戦出場選手一覧の紙を捲る。そこには「原村和」以外の阿知賀女子面々の名前は何処にも見当たらない。
「え~っと、それは…個人戦には正直興味なくて、それよりも団体戦で皆と頑張る方が良いかなって感じだからです」
「自分がどこまでやれるか試したくはないの?」
素朴な疑問だった。団体戦一本に集中するにしても、その団体戦で勝つためには、自分の力量は見極めておく方が賢明だ。それぐらい彼女達も分かっているだろう。
しかし彼女達はそうしなかった。そこには何か理由があるのではと何となく気になった。
「う~ん…私にはそういうのは無いですね…私はただ今の日常を守りたいだけですから」
「えっ、何、日常?」
日常を守りたい、そんな現実世界ではまず言わないであろう言葉に耳を疑う。
「はい…。放課後になったら皆と部室に集まって、麻雀打って、時間になったら一緒に話しながら家に帰って、休日には色んな所に出掛けたりして。玄さんや宥さん、灼さんに蒼空さんに茜さん。そして和。皆がいる、そういう何気ない日常です」
思った以上に真剣な眼差しだった。一体彼女達に何があったのか、そしてその日常を守るためにどうして団体戦に出場する必要があるのか。疑問は沢山あったが、それは敢えて聞かないことにした。
「ま、事情は良く分からないけれど、頑張りなさい」
「はい!」
理由は何であれ、一生懸命やるというなら私が言うことは何もない。どうやら役立たずの監督は最後まで役立たずのようだ。
-団体戦決勝戦終了-
『副将戦で決着!!なんと全国への切符を手にしたのは、初出場の阿知賀女子だ!!』
…圧倒的だった。大将に一度も回らず優勝。こんなの前代未聞だ。そしてそれをやってのけた彼女達は一体…
「「「やったーー!!!」」」
跳び跳ねて喜ぶ少女達。私は呆気に取られたようにそれを眺めていた。
-数時間後・松実館・大部屋-
私は今、一人で松実館へと来ていた。何故あの娘達がいないのかというと、試合終了後に溢れていた大勢のマスコミから私だけこっそり逃げたからだ。彼女達には申し訳ないことをしたと思うが、何せ私は形だけの監督。記者達に麻雀部のことを聞かれても全く分からない。そのことを察してくれたのか、部員の皆は私が逃げやすいように気を引いてくれた。
「ただいまー」
下の階で松実さん、玄ちゃんの声が聞こえる。その声を聞いた私を含めた保護者の皆さんが顔を見合わせる。準備万端のようだ。
きしきしと何人かが階段を上る足音。そして襖がすーっと開かれて…
パン!パン!
「「「阿知賀女子!優勝おめでとーー!!」」」
お祝いのクラッカーが鳴り響いた。
-夜・佐々木家-
「あ~疲れた~」
シャワーを浴び終えてベッドに寝転がる。今日一日の…いや一週間の疲れがどっとのし掛かる。
あの後、宴会のように盛り上がった松実館から、バスの都合もあって一足早く退室した。松実館さんは泊まっていかれてはと気を使って下さったが、家に帰らなければならない理由があったので遠慮しておいた。
(日常を守る…か…)
高鴨さんの言葉を思い出す。さっきからその言葉が私の中で引っ掛かっていた。
(私の日常はどんなだったかな…)
自分の青春時代を今一度思い返してみた。
麻雀…
それしか浮かばなかった。私の青春時代を埋めていたのは、たった数ヶ月の麻雀部の思い出だった。部室の光景。先輩達と家に泊まっての特訓。結局遊んじゃったけど…
(私は日常を守れなかった…)
団体戦が終わってから私の日常は終わっていた。その後は全て記憶だけで、思い出と呼べる物は一切無かった。
その時ふと思った。あの日の団体戦。もし、私達が優勝していればどうなっていただろうか。全国の為に、またあの日常が始まったのではないだろうか。………日常はもっと長く続いてたのではないだろうか…
その時、私は気づいた。
(私も日常を守るために戦ってたんだ…)
優勝すればこの日常が続く。もっと先輩と長く打っていられる。そう思っていたのではなかろうか。だから、日常を守ることを諦めた先輩達が赦せなかった。きっと私はあの場で先輩にこう言って欲しかったのだ。『来年に向けて今から特訓だ!』と。
だが、実際にはそうならなかった。これは変えようもない事実。先輩達が一位など最初から狙っていなかった。これも事実。それはどうしようもない。
(だけど…)
先輩達と過ごした時間が私にとって紛れもない日常であったのも事実。それは、例え私が先輩に失望しようとも懸けがえのない思い出だし、例えそれが先輩には取るに足らないことでも、私にとっては守りたい日常だったのだ。
その時その時によって価値観も見方も違うのは当たり前。だから、今の私は過去の私の守りたかった物を否定すべきじゃないと思う。重要なのはその時自分は何を守りたかったのかだ。
(今の私の守りたいもの…)
考えるまでもなく、その答えはふっと頭の中に浮かんだ。それは昼に見たあの娘達の笑顔だった。名前だけ監督をしているだけの自分が、こんなこと言うのはおかしいと分かっている。だが、あの娘達の笑顔はまさしく私の守りたい物だった。
もしかしたら、自分の姿を彼女達に重ね合わせているのかもしれない。自己満足のためだけにこんなことを思っているのかもしれない。でもそれは、今、確かに私が守りたい物だ。そこに嘘も偽りもない。
なら、迷うことはない、と私はあることを思い付きベッドから起き上がった。部屋の奥に仕舞っておいた、引っ越し以来手をつけていないダンボール箱を開けた。埃が派手に舞ったが、気にせず中からあるものを取り出す。それは私の日常であり、守りたかった物だった。
(今度は絶対に守ってみせる…)
「ふふっ、懐かしい…」
机の上には五人の少女の笑顔があった。
先生サイドの話はどうでしたか?元々名前すら用意されていなかったキャラでしたが、今回から詳しい設定のあるサブキャラに昇格ですね。これからの佐々木先生の活躍にご期待下さい!
活動報告でも言った通り、暫くお休みさせていただきます。3、4月まで気長にお待ちください。