蒼空と茜空   作:tieck321

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色々とありましたが生きてます。



阿知賀編 第25局 「in the dark」

灼サイド

 

 

(……なんか暑いな…)

 

 

冷房の効いているはずの対局室の中、私はネクタイを少し緩め額に流れる汗を右手で拭った。この部屋が無駄に広いせいで冷房が効かないのか、それとも4人の少女の熱い闘志が冷房を上回ってるのか、どちらにせよ私の視界は原因不明の暑さにやられて時折ぼやけていた。

そのせいもあってか今私は絶不調の真っただ中にいる。対局中にも関わらず目の前の牌に集中出来ず、考えも上手くまとまらない。自分の手牌ですら、何度も確認しなければどの牌を持っているのか忘れてしまいそうなほど集中力を欠いていた。

 

 

試合開始前は落ち着いていた。蒼空にネクタイを結んでもらい若干顔は熱かったが、問題になるほどではなかった。しかし開始すぐの東1局に私の異常は始まってしまった。

まず東1局、初っ端から剱谷に5800点に振り込んだ。この時はまだ、迂闊だったなとしか思っていなかった。しかし、東2、東3局と振込みはしないものの、和了どころかテンパイするのがやっとで、その辺りから異変を感じていた。そして先ほどの東4局ではついに東栄から12000点の跳満を喰らい、しかも明らかに染め手にも関わらず、全くの無警戒で振り込むという大失態を犯していた。

 

 

(落ち…つかなきゃ…)

 

 

私は胸に手を当て大きく息を吸った。冷たい空気がゆっくりと肺を満たす。まだ南場と後半戦がある、そう言い聞かせて自分を落ち着かせた。

そうやって心を落ち着かせたからか、私はふとあることに気がついた。

 

 

(ここが暑いわけじゃないんだ…)

 

 

冷たい空気を吸った、ということはこの対局室の空気は冷たいということになる。つまり、ちゃんとここは涼しいのだ。だが、それにも関わらず私は暑さを感じている。

なぜなのか、その理由は容易に想像できた。私はすぐに掌で自分の頬に触れる。……予想通り、かなり熱い。明らかに異常な体温だ。

私はチラリと他の3人の様子を覗いた。彼女達は全く暑そうではない。むしろ夏服のせいで寒そうにしている者もいる。やはり室内が暑いわけではないようだった。

 

 

(何が原因か分からないけど、こんな時に体調不良なんて…!)

 

 

私は私を恨んだ。こんな大事な時に限って調子を崩す自分に腹が立った。しかし、人間というのは不思議なもので、さっきまでは軽い微熱に感じていたはずなのに、意識した途端、吹きこぼれたように身体全体に熱という熱が回り始めた。心臓の鼓動が早くなり、頭がよりぼうっとする。もう正常な思考はできなくなっていた。

 

 

「ロン!1300!」

 

 

「…はい」

 

 

身を焼くような熱とは裏腹に、非情なまでに現実は冷たい。私が不調であることを感じ取ったのか他校が示し合わせたかのように集中砲火を浴びせてくる。3位である私たちにとってこれ以上の失点は致命的なダメージであったが、彼女達を責めることは出来ない。私も同じ状況であればそうしただろうし、チームのことを考えれば不要な情けをかけるわけにはいかない。

 

 

「ロン、8000!」

 

 

(くっ…これで最下位…でも、何とかこの中堅戦だけは…!)

 

 

私は力強くぎゅっとネクタイを握りしめた。

 

 

 

 

 

 

-阿知賀女子控室・蒼空サイド-

 

 

「ど、どうしたんでしょうか灼さん…!!」

 

 

灼ちゃんの立て続けの振り込み、それもらしくない形に、穏乃はあたふたと取り乱していた。いつもなら和が「落ち着いて下さい!」と叱ってそれで落ち着くのだが、その和はテレビの画面を食い入るように見つめている。その視線の先には灼ちゃんの捨牌。気になって私も同じように捨牌を見ると、真っ先に違和感を感じた。

 

 

「筒子が多い…?」

 

 

テレビに映し出された灼ちゃんの捨牌の半分ほどが筒子だった。一見すると少し珍しいぐらいで特に違和感のない捨牌。しかし灼ちゃんのプレイスタイルからすると、それは異常だった。

そもそも灼ちゃんには筒子が集まりやすい傾向がある。したがって灼ちゃんは筒子を中心としたプレイングをすることがほとんどだ。もちろん筒子以外も使うことは使うが、基本的には筒子を中心に組み立てる。よって捨牌には筒子は少ない、もしくは普通の人と変わらない量であるはずだ。

しかし、灼ちゃんの捨牌はその半分ほどが筒子、つまりよく来る筒子をそのまま捨てているのだ。これだとかなり非効率でしかも何か策があるような様子も見受けられない。こんなプレイングは灼ちゃんらしくなかった。

 

 

「……ねぇ、ソラ、アラタは多分具合が悪いんじゃないかな」

 

 

「えっ?」

 

 

隣に座っている茜ちゃんが周りに聞こえないように耳元でこっそりと囁いた。私はそれを聞いて今度は画面に映る灼ちゃんをじっくり観察する。すると、確かに彼女の顔はほんのり紅く呼吸も少し激しい。何かしらの異常が見受けられた。

 

 

「…もしかして他の皆はもう気づいてる?」

 

 

「クロとユウさんは気づいてると思うよ。2人とも何か言いたげだし」

 

 

それを聞いて2人の方を向くと、不安そうな2人の眼差しがあった。2人とも灼ちゃんの体調不良を感じとっているようだ。こちらの視線に気づいた玄ちゃんが私に何か言おうとする。しかし、すんでのところで宥さんがそれを止めた。そして私の方をじっと見つめコクリと無言で頷く。きっと部長の私に判断を委ねるつもりなのだろう。このまま灼ちゃんに続けさせるか、それとも止めさせるかを。

 

 

(部長の私が決めないと…だよね)

 

 

私は再び画面上に映る灼ちゃんを見つめた。見れば見るほど辛そうだ。もし、何の制約もリスクもなく試合を止められるならば私はすぐにそうしただろう。しかし、そんな簡単には試合は止められない。もし勝手に止めれば阿知賀女子は敗退してしまう。そんなことをすれば、きっと灼ちゃんは自分を責めてしまうに違いない。

だが、不幸中の幸いか、試合を止めずとも灼ちゃんを救うことができる方法を私は知っていた。だから私は佐々木先生を呼んだ。

 

 

「先生、ちょっとお話があります」

 

 

 

 

 

 

「ええ。はい。ありがとうございます。ウチのメンバーと話し合いますので少々お時間頂きます。それではまた連絡します」

 

 

ポチッと先生が携帯の通話を切ると私たちの方へと振り返った。

 

 

「どうやら羽暗さんの言う通り、大会のルールに体調不良者が出た場合、出場メンバー以外で代わりを出せるルールがあるらしいわ」

 

 

おおっ…と控室内に小さなどよめきが起こる。灼ちゃんを救える安心と、そんなルール本当にあったのかという驚きが混ざったようなどよめきだった。

 

 

「そ、それなら今すぐ私が代わります!」

 

 

そんなどよめきの中、真っ先に手を挙げたのは玄ちゃんだった。2人は幼なじみであり、灼ちゃんを助けたいという気持ちが人一倍強いのだろう。だが、残念なことにそれは出来ない。なぜなら玄ちゃんは既に先鋒として登録されているからだ。

 

 

「ざ、残念だけど代わりが出来るのは補欠登録をしている人だけよ。それに玄さんは先鋒戦に登録してるでしょ?」

 

 

「そうだった…」と顔を紅くする玄ちゃん。控室に小さな笑いが起こる。

 

 

「あれ?でも補欠なんて決めましたっけ?」

 

 

「…そう言われてみれば決めた覚えがないような…」

 

 

穏乃が呈した疑問に、全員がお互いに顔を見合わせた。私はもちろんのこと部内の誰も、補欠の人間を決めた覚えはない。安堵から一転、全員の頭に不安が過ぎり戸惑いを隠せない中、先生が申し訳なさそうに口を開いた。

 

 

「え~っと、その…実はそれ、大会に申し込む時に私が適当に決めちゃったわ……ご、ごめんなさい!!」

 

 

素早い動きで深々と頭を下げる先生。私たちは突然の謝罪に慌てて「頭を上げて下さい」と先生に頼んだ。補欠が勝手に選ばれていたことは驚きだが、彼女が悪気があったわけではないのは誰もが分かっていた。

 

 

「それで、センセイ、誰なの補欠って?」

 

 

顔を上げた先生に皆を代表して茜ちゃんが尋ねた。交代が出来るのは何よりだが、その人物が誰なのかはより重要だ。とは言っても候補は二人、本来の団体戦メンバーに登録されていない、茜ちゃんか穏乃のどちらかだ。そして、いつも外部の人と麻雀をやりたがらない茜ちゃんのことを考えると穏乃だろう、そう私たちは思っていた。

 

 

「えーっとね、実は……落合さん、あなたなの」

 

 

「………ほえっ?」

 

 

…間の抜けた声が、静かな控室に響いた。

 

 

 

 

 

 

-灼サイド-

 

 

(くっ…少しくらいは…)

 

 

私は意識を朦朧とさせながら山から牌をツモる。正直、私の身体はもう限界だった。意識を集中させなければ和了るどころか、牌を加えることも忘れてしまうぐらいまで追い詰められている。

だがそれでも、私は最後の最後まで諦めるつもりはなかった。熱血…という柄ではないが気合いで何とかするしかないと思った。

そしてその思いが通じたのか、ついに私はたった一つの、小さな勝利を手繰り寄せた。

 

 

{二筒二筒四筒五筒六筒八筒八筒西西西白白白} ツモ{ニ筒}

 

 

「つ、ツモ…2000、4000…」

 

 

和了を宣言した途端、私の視界糸が切れたようにガクンと急降下し自分の手牌へと頭を突っ込んだ。ガラガラと牌が崩れる音と誰かの悲鳴。大声で救急車を呼ぶ声も聞こえた。

どんどん私の視界は狭まってくる。急な眠気と倦怠感が私の身体を襲った。私は必死に目を開こうと心の中でもがいた。しかし視界は着実に暗闇へと向かっている。

 

 

(流石にもう限界かな…みんなゴメン…)

 

 

そう覚悟し瞼が完全に閉じようとした寸前、暗闇の中で一人の少女の声が頭の中に響いた。

 

 

「アラタ、後は任せて」

 

 

朦朧としている私には、その言葉の意味を理解することはできなかった。しかし、私はどこか安心して、そのままゆっくりと眠りについた。




次回はいつになるだろう。多分来月中までには書いてますね、きっと。
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