今回はちょっと好き嫌いが出そうな話です。エタりかけたし展開変えようかなとも思いましたが、当初の予定通りにいきました。
ごめんね。
私は対戦相手の3人に心の中で呟いた。呟いたのであって謝ってはいない。この呟きは謝罪ではない。謝罪をしたところで、これから起きること、それに対し彼女たちが私を赦すことはきっとないからだ。
今から始まるのは、恐らく世界で最もつまらない対局、いや、作業だ。これが全国に晒されると思うと少々心苦しいが、今日はたまたま運の悪い日、ぐらいに思われるだけで終わるとそう願おう。
「アラタの…えっとサギモリサンの代役の落合です。対局よろしく!…お願いします」
努めて明るく、努めて元気に、努めて快活に挨拶を済ませる。本心では吐きそうなぐらい陰鬱な気持ちだが、それでも私は明るく振る舞わなければならない。世界で最も退屈な対局にたまたま居合わせた、運の悪い一選手を演じなければならない。例えそれがソラを騙すことになったとしても…
「それじゃ、始めよっか!」
親の私は自動卓のボタンを押す。コロコロとサイコロが回り始め、ついに対局が開始した。
一位 剱谷 148800
二位 東栄 102200
三位 椿川 85800
四位 阿知賀 63200
-実況放送室-
「さて、阿知賀女子は体調不良の鷺森選手の代わって落合選手となりましたが、試合に影響はあるでしょうか?」
「分かんね。代役の娘がどんな選手か知らんし、それにもよるでしょ」
「それはそうですが…」
「ま~見てれば分かるっしょ。気長に待とうぜ、えりちゃん」
-対局室・剱谷サイド-
つくづく運が悪い。そういう日を誰でも一度は経験したことがあるだろう。私にとってのそれは今。このインターミドルの二回戦、シードの私たちにとっての一回戦である。
前半の好調とは打って変わって絶不調の手。あと一歩でテンパイというところでその一歩がやって来ない。かなりもどかしい思いを私は受けているが、不幸中の幸いか他の選手も手が悪いのだろう、後半戦が始まってまだ誰も和了れていない。
「ノーテン」
「ノーテン」
「ノーテン」
この局も結局誰も和了ることなく終了。無駄というわけではないものの、流石に点の移動がないというのもつまらない。他の選手や視聴者もこの長い闘いに退屈しているだろう。
「テンパイだよ~」
だが、その中で異彩を放つのがこの少女。ついさっき代わった阿知賀の助っ人で、彼女はこんな試合状況でも試合前と変わらず底抜けに明るいまま。代役ならプレッシャーで緊張するかとも思ったが、そんな様子は微塵もなくかなり図太い性格なようだ。
(これで東場は終わりか…収支は…マイナス4000。ほとんど動いてないじゃないか)
ここ4局の私の成績は全てノーテン。椿川が東1局で、阿知賀が東2~4局で1人テンパイしただけで、点数の動きはそれだけだ。数字の上では、最下位と3位が私たちと差を埋めたことにはなるが、点差自体はまだまだ開いている。その差はざっと80000点強。この点差であれば、流局で点を失ったとはいえまだまだ心配するほどではない。むしろイレギュラーな試合なだけにさっさと終わってくれる方が剱谷にとっては良いかもしれない。
(余裕、余裕~)
-椿川サイド-
(何か…嫌な香りがします…)
私は牌を打ちながらそう感じた。この後半戦になってから言葉に表せない奇妙な香りがこの対局室に充満している。誰かの殺気から生まれる危険な香りでもなければ、大逆転の一打を手繰り寄せる好機の香りでもない。「無臭」という名の「香り」という表現が一番しっくりくる。
「ノーテン」
「ノーテン」
「テンパイ~」
「テンパイです」
その香りと同じように、この対局も「無臭」という言葉がよく似合う。南1局を終わってもまだ誰も和了できていない。誰かの能力なのか、それとも偶然か、いずれにせよ全くもって華やかさの欠片もない対局だ。
(やはり彼女が一番怪しいですわね…)
正面に座る赤髪の少女、彼女の顔をじっと凝視する。対局前と同じで随分とこの対局を楽しんでいるように見えた。音こそ聞こえないものの、心の中では鼻歌でも歌っているのではないだろうか、そんな余裕が見て取れた。
(ここは少し香りを
私はそっと目を閉じる。意識を集中しこの場の香りを視ることにした。
私は生まれつき「流れ」というものを香りで知覚することができる。危険な香りや好機の香りなどといった感じで様々な流れが香りとして分かる。そして更に意識を集中すればそれを視ることができる。その香りが何処からどれだけ流れ出ているのか、色や濃さでそれが分かるのだ。
(あともうすぐ…もうすぐで…)
意識を向けて数秒、この場の香りが段々と色付き始める。私の近くから赤、青、緑と様々な色が浮かび上がり始めた。
そしてついにこの雀卓の全体、つまり対面に座る彼女まで色が広がったその時だった。
「ダメだよ」
(っ…!)
誰かの声が頭の中で聞こえた。一瞬、まさに一瞬で全ての色が奪われた。自分の手前にあったはずの色でさえも、全てが暗闇に包まれた。色のない真っ暗闇の世界、その世界を視て私は悟った。…これが無臭なのだと。
-阿知賀女子控室-
後半戦が始まってすぐ、ここ阿知賀女子の控室にはいつもの半分の人数しかいなかった。今は私と和と穏乃の3人だけ。先生は灼ちゃんの付き添いで病院へと向かい、玄ちゃんと宥さんも準備をしてから病院へと向かった。
「えっと…お茶です」
「ありがとう、穏乃」
「ありがとうございます」
重苦しい、というほどではないにしても、どこか淀んだ空気が控室には漂っていた。それを察してか、いつも元気な穏乃もこの時ばかりはどう反応していいかに困っているようだった。
こういう不安を与えてしまっているのは部長として情けないが、私も色んなことが起こり過ぎて平静ではいられていない。灼ちゃんが倒れてしまったことはもちろんのこと、茜ちゃんが他人と対局していることが不安で不安で仕方がないのだ。
(本当に大丈夫、なんだよね…?)
-40分後・対局室・東栄サイド-
(なんなんだ…なんなんだこれは…!)
私は今、夢を見ている。世にも恐ろしい悪夢だ。こんな悪夢、私は今までに見たことがない。一刻も早く目覚めて欲しい。目覚めてくれ。お願いだから目覚めて下さい…!
「えーっと?これで6本場?だっけ?」
「…7本場…ですわよ…」
カチャリと阿知賀が点棒を積んでいく。もう数えるのも鬱陶しい。
(7本場…?はは、和了れば+2100点だよ…やったね)
剱谷も椿川も疲れ切っていた。まるで24時間耐久麻雀でもしているような疲弊っぷりだ。これぐらいの長さはそこまでの問題ではない。私たちも日頃からこのくらいは平気で打っている。しかし、この局だけは別だ。本気で打ってノーテンが7回も続くなんて頭がおかしくなる。
だがそんな対局中でも、あいつだけは、阿知賀だけは変わらい。自分だけテンパイを続けているからか、対局中でも笑っている。その顔はまるで私たちを嘲笑うかのような、見下すような笑みに見えて仕方がなかった。
(もう嫌だ…もう嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!)
どれだけ願おうと、どれだけ悲鳴を上げようとこの対局は終わらない。私が棄権するまで私はこの地獄からは抜け出せない。しかしチームのことを考えれば、それはできない。だから私は、淡々と牌を打ち続けるしかなかった。
一位 剱谷 137800
二位 阿知賀 92200
三位 東栄 91200
四位 椿川 78800
-実況室-
「三尋木プロ…?これはその…」
「言っとくけど、これを解説なんて無理無理。全員最善の策を選んでるだから阿知賀以外は不運としか言い様がないよね~」
「そう…ですか…」
「いや~、ごめんね~解説者なのに」
-阿知賀女子控室-
「私、行ってくる!」
7本場目が始まって、私はいてもたってもいられずに立ち上がっていた。自分でも明確な理由は分からない。ただ、茜ちゃんの側に行かなければならない、そう心がざわついたのだ。
「あっ、蒼空さん!?」
気づいたらもう控室を飛び出していた。全速力で走って対局室へと向かっていた。
(行かなきゃ…)
全く聞こえないはずの茜ちゃんのSOSを、多分私は第六感だけを頼りに感じ取っていた。
これ程までに根拠も理由もないのに確かな気持ちは初めてかもしれない。茜ちゃんを助けたい、という思いだけが胸に渦巻いていた。
何故いつも、こうなってしまうのだろうか。
私はただ楽しみたいだけなのに。
一緒に笑って、一緒に泣いて、ただ麻雀を楽しみたいだけ。
けれど、神様はそれを赦さない。
私と遊んだ人は、等しく楽しむことを禁じられる。
例えどんなに凄い能力を持っていても、例えどんなに幸運の持ち主でも、私の前では全員不運な一般人に成り下がる。
世の中には「牌に愛された子」というのが存在するらしいが、きっと私はその逆で「牌に呪われた子」なのだろう。
自分だけではなく、対戦相手も、周りの観客も、全員を不幸にする呪い。
誰も幸せになれない、誰も喜ばない。
そう、私はイラナイコ。
誰かの楽しみを奪うことだけを宿命付られた災厄の子。
いつもいつも独りぼっち。周りには誰もいない。
ずっうとずっうと独りぼっち。
でもね、こんな時だから来るんでしょ?
やっぱり来ちゃうよね。知ってた。
辛い時、助けて欲しいと思った時はいつも傍にいてくれるよね?
あ、でも流石に対局室には入って来ないか。そうだよね。
でも、それだけ
ありがとう、ソラ。
『中堅戦終了ーっ!』
『大会最長記録を30分も更新したこの半荘ですが、今ようやく終了しました』
長く苦しい闘いは、驚くほど呆気なく終わった。南1局7本場、地獄のように続いたその局は椿川の和了という結果で終了し、その後の局もノーテンが続くことはなく、さっきまでの手の悪さが嘘のようにいつも通りに戻った。
結果的には1位と4位の点差はかなり縮まることにはなったが、この局を終えれたということだけで全員が安堵の表情を浮かべていた。
「お疲れ~」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様」
諸悪の根源である阿知賀がまず席を立つ。あれだけ長時間打ち続けたというのに疲れている様子は全くない。真っ先に対局室の扉を開け、外で待っていたチームメイトと談笑を始めた。
阿知賀が扉を開けると同時に東栄、そして私も立ち上がった。大きく伸びをするとポキポキと音が鳴る。
「?アンタ、まだ行かないの?」
伸びついでに横を見ると、椿川はまだ席についていた。あれだけ長かったのだから休みたい気持ちも分かるが、何せ当初の予定から大きく遅れてしまったために、アナウンスで係員から次の対局を早く始めたいと釘を刺されている。そのまま座って感傷に浸る、なんてことをする暇はない。
「早く出ようよ、次の試合が始まっちゃう」
私は彼女の肩を揺すった。しかし、彼女からは何の反応もない。ただブツブツと何かを呟いているだけだった。
こりゃダメだ、麻雀のやりすぎでへばってるや、と内心呆れていると、ポツリとその彼女が口を開いた。
「………もの…」
「えっ?なんて?」
かすかに聞き取れた声は、弱々しくそして何かに怯えているようだった。
「どうしたんだ?」と声をかけようとした矢先、彼女は突然爆発した。
「バケモノっ!!!」
対局室に彼女の悲鳴にも似た叫びが響き渡る。そしてその声は阿知賀の娘へと真っ直ぐ向けられていた。
阿知賀のチームメイトも東栄も、もちろん私も目を丸くしてその場で固まる。一瞬にして空気が、この対局室が凍えた。
「…っ!」
走り出したのは椿川だった。あまりの勢いに座っていた椅子が後ろへ倒れ込む。しかし彼女はそんなことには目もくれず、阿知賀のいる扉とは逆側の扉へと走り出した。
静寂の空間に、ガチャンと扉が閉まる音だけが響く。取り残された4人はただ呆然とするしかなかった。
一位 剱谷 137500
二位 東栄 90300
三位 阿知賀 86900
四位 椿川 85300
中堅戦の終了です。茜の能力はマジ強だと思われたかもしれませんが、蒼空が近ければ近いほど能力は発揮されません(第17局参照)。あと、能力もこれが全てではありませんので。
次回は1月上旬…としたいところですが、今回のこともあるので中旬…とします。が、恐らく最終的には1月中までには、ということになっているでしょう。