-土曜日・夕方・松実館-
宥さんが新たに麻雀同好会に入り同好会は部への昇格が決まるだろう。そのお祝いといった感じで松実館でちょっとしたパーティーをしていた。今は茜ちゃんと穏乃が疲れて眠っている。
「玄ちゃん、宥さんありがとうございます」
パーティーを開こうと言ったのは玄ちゃんだが、思う存分騒がせてもらったので二人の分もお礼を言う。
「こんなの当たり前だよ!麻雀部を作ろうって言ってくれなきゃこのパーティーも開けなかったし」
「だからむしろお礼を言いたいのは私の方。蒼空ちゃん、こんなにも楽しい時間をありがとう」
「玄ちゃん…」
玄ちゃんが待っていたのはきっとこんな時間だったのだ。そういえば私もしばらく過ごせていなかった。長野以来の懐かしいこの感覚、もう二度と忘れないようにしよう。
「さて、そろそろ時間かな」
玄ちゃんと宥さんが炬燵から出て立ち上がった。何か姉妹で用事でもあるのだろうか。
「どこかに行くんですか?」
このまま二人に出て行かれると、起きているのが私一人になって困る。
「うん、これから旅館の手伝いなんだ。実は今日の夜に団体のお客様がいらっしゃっるからその準備があるの。ゴメンね」
謝られてしまったがそれはこちらがすることだ。忙しいにも関わらずパーティーを開いてくれて、こっちが申し訳ない気分になる。
(お礼に何かお手伝いができないかな)
私なりに考えてみたが何をしたら良いか分からない。なにしろ私には仲居の経験がない。そもそも私に手伝えることなどあるのだろうか。
(それでも何かできるはず。何か…何か………そうだ!)
「私に、ーーーをさせてくれないかな」
「「えっ!」」
-十分後・宥サイド-
「蒼空ちゃん、ホントに良いの?」
「はい、私が言い出したことですから」
玄ちゃんが連れてきたお友達の羽暗蒼空ちゃん。パーティーのお礼に私達の手伝いをしてくれるのはうれしいけど、あんなこと頼んで良かったのかと今さら心配になる。
「蒼空ちゃん、着替えの用意できたよ」
玄ちゃんが着物を持って入ってくる。両手にはもちろんうちの着物。それを蒼空ちゃんに手渡した。仲居として働くにはまずこれを着てもらわなければならない。
「あの~、私、着物の着付け方知らないので教えてくれませんか?」
着物を受け取った蒼空ちゃんはすまなそうにそう尋ねた。私達が特殊なだけで普通の女の子は着物なんてあまり着ない。蒼空ちゃんが知らないのも当たり前だ。
「なら私が手取り足取り教えて差し上げますぞ~」
玄ちゃんがおもちおもちと呟きながらだんだんと蒼空ちゃんに寄っていく。蒼空ちゃんは身の危険に気がついていない。このままでは蒼空ちゃんが危ない。
(蒼空ちゃんを守らなきゃ!!)
「玄ちゃん!玄ちゃんは厨房で料理のお手伝い!着付けは私が教えるから」
半ば強引に追い出すと、玄ちゃんはブーブーと文句を言いながら部屋を後にした。
「宥さん、よろしくお願いします」
蒼空ちゃんが私と向かいあわせになる。この部屋には私と蒼空ちゃんの二人っきり。そういえば二人だけになるのは初めてだ。そう考えると少し緊張してきた。
「じ、じゃ、始めよっか」
「はい」
私とは逆に蒼空ちゃんの方は平然としていた。二人っきりなのを気にしていないのか、それとも気づいていないのか。どちらにせよ、蒼空ちゃんには緊張の色が全く見えなかった。
「鏡の前に立って」
「分かりました」
蒼空ちゃんの隣に立つ。鏡を使った説明が一番効果的であることは私の経験から分かる。それに、直接ではなく鏡越しで目を合わせるので、多少は緊張もほぐれるだろう。
(これなら大丈夫…)
教える側が緊張するのも変な話だが、こればっかりはいつも慣れない。
(そろそろ始めないと…)
鏡を見ようと顔を上げると、蒼空ちゃんと目が合った。それに気づいた蒼空ちゃんはかわいい笑顔で返事をしてくれたのだが、あまりにも可愛いかったので、しばらく私は鏡を見れなくなってしまった。
(そんなの卑怯だよ…)
それから鏡の前で蒼空ちゃんにも分かりやすいように説明を続けた。蒼空ちゃんは時折質問を挟みながら真剣に聞いてくれて、そのうちさっきの緊張は薄れ、雑談を話すまでになった。すると着付けの最中に蒼空ちゃんがこんなことを聞いてきた。
「玄ちゃんから聞いたんですけど、宥さんってこども麻雀クラブに入らなかったんですよね?どうしてですか?」
そういえば玄ちゃんにも理由は話していない。別に隠すようなものでもないが。
「え~っと、入りずらかったからかな。玄ちゃんがこども麻雀クラブに入った頃、私だけが中学生で他のみんなは小学生だったから、なんか邪魔しちゃ悪いな~って思って」
(あの時は玄ちゃんが羨ましくて、私が妹だったらなんて思ったこともあったっけな)
いつも私は守られてばっかりで、周りには私の方が妹だと思われていた。だからその時の私は、いっそ妹として産まれれば良かったのにと考えたのだ。
「なら、これからはもう大丈夫ですね」
「大丈夫って…何が?」
「もう宥さんは遠慮することはないってことですよ。なんせ宥さんは私達麻雀部の一員なんですから」
鏡越しに私を見て言うその顔は、可愛いというより優しい笑顔だった。
(そうだった…私は麻雀部に入るんだ。あの時みたいに遠くから眺めているだけじゃない、これからはみんなと一緒に麻雀ができる)
そう思うと、胸の奥があったかくなった。
「はい、これで終わり」
「ありがとうございました」
一通り着物の着付けの仕方は教えた。彼女の髪の色と着物は似合わないかと思ったが、意外にもよく似合っていた。外国のお嬢様が着物を着こなしていると言えば分りやすいだろうか。
「じゃあ、今から女将さんのところに…きゃ!!!」
自分の着物を踏んづけてしまい、体が蒼空ちゃんの方に倒れこむ。
ズシン……
「イタタ…宥さん、大丈夫ですか?」
蒼空ちゃんを巻き込んで倒れてしまった。私は今、仰向けの蒼空ちゃんの上にのしかかっている状態だ。私の背中には蒼空ちゃんの腕が回っており、おそらく私を衝撃から守るために抱いてくれたのだろう。ただ、着物が少しはだけてしまっており、かなり密着もしているので蒼空ちゃんの体温が伝わってくる。
(あったかい…。…しばらく、このままで良いかな…)
蒼空ちゃんが離れるまでこうしていよう、そう思った時だった。
「お姉ちゃん、そろそろよう……い……」
玄ちゃんが襖を開けて固まった。まるでテレビの停止ボタンを押したようだ。
(なんで固まったままなんだろ?)
玄ちゃんは私達を見て固まっているようなので、自分達の状態を確認してみる。
(私が蒼空ちゃんの上にのしかかって、蒼空ちゃんは私を守るために腕を背中に回してくれてる。着物は少しはだけちゃったけど……あっ)
「ち、違うよ玄ちゃん!これは決して蒼空ちゃんを押し倒したとかじゃなくて…」
「そ、そうだよ、これは事故だよ事故!」
一気に体を離し蒼空ちゃんと一緒に弁明する。離れたのはちょっと残念。
「お…」
(お…?)
「おもちサンド…」
バタッ…
(玄ちゃーーん!!)
玄ちゃんが鼻血をだして倒れた。やはり玄ちゃんは玄ちゃんのようだ。
-夜・蒼空サイド-
宥さんに着物を着付けてもらった後、玄ちゃんが鼻血で倒れるというアクシデントがあったが、今は何事もなく旅館のお手伝いをしている
「蒼空ちゃ~ん、二つ追加~」
(私が今やっていること…それは…)
「蒼空ちゃん、蕎麦もう一つ追加」
(蕎麦打ちです!)
実は私は蕎麦打ちをとある職人に習ったことがあり、そのことを女将さんに伝え蕎麦打ちのお手伝いを提案したところ、快く承諾してくれた。すると私の蕎麦は大好評。今は大量の注文で大忙し。
「蕎麦後三つ追加~」
(う~、ちょっと注文多すぎるよ~)
この後も蕎麦はおかわりされ続けた。
-お手伝い終了-
「つ、疲れた~」
玄ちゃんが畳に寝転がった。
「今日はいつもより大変だったね~」
宥さんもお疲れの様子。畳に座り込んで壁にもたれている。
「もう動かない…」
ここ最近は麻雀ばかりで全然体を動かしていなかった。体力が衰えているのが身に染みて分かる。茜ちゃんの体力が今だけ欲しい。
「みんなお疲れ様。はい、これどうぞ」
女将さんが手作りおにぎりをくれた。働いた後のおにぎりは格別においしかった。
「それと蒼空ちゃん、これ」
女将さんから一つの封筒が渡された。中を見るとお札と小銭が…。
「こ、これはどういう…」
「どうもこうも、蒼空ちゃんは一生懸命お手伝いしてくれたじゃない。これはそのお駄賃」
「でも…」
手伝いたいと言ったのは私の方だ。お金をもらうなんて悪い。
「いいのいいの、これは蒼空ちゃんがもらうべきものなの、受け取って」
ここで断り続けるのも悪い気がしたので、やはり素直に受け取ることにした…お小遣いもピンチだし。
「その代わりに、実はさっきの団体のお客様が蒼空ちゃんの蕎麦が気に入ったみたいで明日も食べたいって言ってるんだけど、明日の朝こっちに来てくれない?」
女将さんが手を合わせてお願いしてきた。もともとはお手伝いがしたくてやったんだ、返事は決まっている。
「私でよろしければ、是非!」
(明日の朝も頑張るぞ~)
-居間・茜サイド-
「ふあ~。よく寝た」
どうやら私はパーティーの途中で眠ってしまったようだ。
「茜ちゃん、起きた?」
声の主は炬燵の向かいで『蕎麦の歴史』という本を読んでいた。確かあれは長野で誕生日プレゼントに貰った本だっけ。まだ持ち歩いてたんだ。
「さ、帰ろっか」
本を閉じ立ち上がったソラは、いつもより生き生きとしていた。
「私の寝ている間にいったい何が…」
麻雀部 現在5人
第6局にもなって、まだ一回しか麻雀できてない…。
ある話を境に、一気に麻雀をする予定です。ただ、結構先になると思います。