-月曜日・放課後-
(ひとりかあ…)
月曜日のある日、私は部室で一人寂しく座っていた。私以外の部員は何かしらの用事があって遅れるらしい。今、私はそれが終わるのを待っている。
私は椅子に座りながら、誰も通らない廊下を眺めていた。この教室は校舎の奥にあり、基本的に人はやって来ない。邪魔が入らないという点では非常に優秀だが、この時だけは誰でも良いから来てほしいと思った。
その願いが通じたのか、一人の女性が部室に入って来た。黒髪にボブカットのその人は阿知賀の制服を着ていたが、見たことのない人だった。彼女の手には一枚の紙切れがあり、少し目を凝らすとそこに麻雀部と書いてあるのが分かった。
「麻雀部に何かご用でしょうか?」
麻雀部に用が無ければこんなところに来ないとは思うが、一応聞いておく。
「あの、麻雀部に入りたいんですけど」
少女は近くまで歩いて来て手に持っていた紙を私に渡した。そこに書かれているのは「入部届」の文字。名前を確認すると「鷺森灼」と書いてあった。入部届の他の欄を見ると、鷺森さんは中等部の二年生で同じ学年だと分かった。
(原村さん以外にも、まだ麻雀に興味ある人いたんだ…)
「はい!確かに受け取りました」
一応今は私が仮部長扱いになっている。だから入部届の受け取りは私の担当だ。
それにしても仲間が増えるというものは良いものだ。嬉しくて少しニヤけてしまう。
「え…っと、とりあえず自己紹介。私は羽暗蒼空といいます。できれば蒼空って呼んで欲しいかな」
「分かった。私は鷺森灼。よろしく蒼空」
「うん。よろしく、灼ちゃん」
これで部員は6人。二年生が4人でバランスが悪いのが玉に傷である。
「そういえば他の部員は?」
「あ、他の部員はちょっと遅れてくるの」
茜ちゃんは補習、穏乃は掃除当番、玄ちゃんと宥さんはある物を取りに行くため、一度家に帰ってから来る。
「そう…」
「あっ、麻雀はできないけど、ネット麻雀ならできるよ?」
せっかく麻雀部に入ってもらったのに麻雀ができないというのは申し訳ない。ネット麻雀でも無いよりもマシだと思い、私はカバンを漁った。
「大丈夫。私、麻雀しないから」
灼ちゃんはそう言うと掃除道具箱に向かい、中から箒を取りだし掃除を始めた。
「あ、灼ちゃん!?」
「何?」
「どうして掃除なんか。それに麻雀やらないって…」
「掃除をしてる理由はやることがないから。麻雀をやらない理由は私の憧れの人が上を目指さないから」
灼ちゃんが淡々と喋る。その顔にはどこか怒りが見えた。その憧れの人とやらが上を目指さないことが彼女にとって許し難いことなのだろう。麻雀をやめたことは、きっと彼女の決意の表れに違いない。
(あまり深く聞かない方が良いよね…)
こういうのは自分から話してもらうべきだ。
「それにしても、麻雀をやめるか…。私もそんなこと言ってた時もあったっけな」
長野にいた頃が少し懐かしい。
「へえ…どうしてそんなこと言ってたの」
昔のことを思い出していると、灼ちゃんが箒で床を掃きながら興味なさそうに聞いてきた。
「え~っとね、まずは私の友達に麻雀がものすごく強い姉妹がいたの」
「小学生の高学年の時だったかな、私はその姉妹に勝てなくてふて腐れてた。どうせ勝てない。楽しくない。そんなことばっか言ってたなあ」
「じゃあなんでまた始めたの?」
今度は手を止めてちゃんと聞いてくれた。
「簡単なことだよ。なんでやめるかの前に、なんで始めたのか考えてみただけ」
「なんで始めたか…?」
「そう。なんで始めたか。私の場合だと茜ちゃん…あっ、茜ちゃんていうのは私の友達のこと。で、その茜ちゃんに誘われたから麻雀を始めたんだ」
あの時の私は両親を失って塞ぎがちだった。何にも興味が無くてただ黙々と勉強をするだけの子供であった。今思えば、茜ちゃんがそんな私を誘ったのは、私を元気づけたかったからなのだろう。
「小学生になってすぐ、茜ちゃんが同じ学校にいる麻雀の強い姉妹の噂を聞きつけたの。その姉妹は向かうところ敵なしで、高校生でも相手にならないぐらいだった」
「そして茜ちゃんは無謀にもその姉妹に麻雀で勝つって言い出したの」
学校ではその姉妹は有名で、何人もの挑戦者がいたらしい。しかし、あまりにも強すぎて次第に挑戦する人がいなくなったのだ。なんでも挑戦したがる茜ちゃんだから、そんな噂を聞いたらこうなるのも仕方ない。
「まあそれからは打倒姉妹をスローガンに麻雀の大特訓。二人でルールを覚えて、役を覚えて、家でも麻雀尽くし」
「そして何日も特訓をした後、ついに姉妹に挑みに行った」
二人ともあの時は練習のし過ぎでフラフラで、挑みに行った相手に心配されてしまった。
「結果はもちろん完敗だったけど、負けても全然悔しくなかった。それでその時思った。麻雀で勝ちたかったんじゃない、何でもいいから本気で頑張りたかったんだって」
「そのことに気づいたら、勝てないことなんてどうでもよくなった。みんなで麻雀をする、それだけで良い、そう思った」
「これが私が麻雀を始めた理由とやめなかった理由だよ」
自分の話を灼ちゃんは静かに聞いてくれた。
「灼ちゃんはさ、なんで麻雀を始めたの?」
-灼サイド-
『灼ちゃんはさ、なんで麻雀を始めたの?』その言葉の答えを頭の中で探した。何故始めたのだろうか、そのことを頭の中で繰り返し、一つの答えが導かれた。
「…おばあちゃんが、玄が、宥さんが、松実館のみんなが喜んでくれたから…」
頭に浮かんだ言葉をそのまま口にした。
「そうだ…そうだった!」
(どうして今まで忘れてたのだろう。あれこそ私が麻雀を始めた原点。大切な思い出)
口に出して初めて思い出した。大分昔の、私が小学校に入るか入らないかぐらいの出来事を。
「玄の家に遊びに行って、そこで麻雀をやる玄達を見て、私も一緒に麻雀をやりたいって思ったんだ…!」
あの時、麻雀をやる玄はとても楽しそうで、一緒にいた大人達も同じく楽しそうだった。私もあの輪の中に入りたかった。だから始めたのだ。
始めようと決意した私は、玄達に麻雀を教えてくれるよう頼んだ。麻雀を知らない私でもみんなは受け入れてくれた。特に玄には丁寧に教えてもらった。家の手伝いで忙しいはずなのに、私のために時間を割いてくれて嬉しかった。
「………玄は…」
(ハルちゃんとの出会いは麻雀おかげだ)
「玄は麻雀部にいるんだよね?」
(麻雀との出会いは玄を含むみんなのおかげだ)
「うん。いるよ」
(麻雀がなければ今の私もない)
「今からでも一緒に麻雀してくれると思う?」
(今の私を作ってくれた、その恩返しをしたい)
「玄ちゃんなら大歓迎だと思うよ」
(私ができる玄達への恩返しは…)
「私も…そう思う」
「…麻雀、やりたいな」
(麻雀を一緒に楽しむこと)
-蒼空サイド-
(灼ちゃん、何か吹っ切れたのかな)
出会ったばかりでの無表情な顔が今は優しい顔。ずっと背負い続けていた荷物を下ろしたような、そんな感じだ。
私などの話でも灼ちゃんを楽にできたのなら話した甲斐があるというものだ。
「そうだ、蒼空」
灼ちゃんがこっちを向く。
「ありがとう」
灼ちゃんの微笑みとその言葉に、私は少しドキッとした。
「お待たせしましたーーっ」 ガラガラ!!!
ドアが壊れそうなくらい強く開かれる。
「穏乃!」
ドアを開けたのは穏乃だった。掃除が終わってすぐに駆けつけてくれたのだろう、かなり息切れをしていた。だがそれでも元気なようで、穏乃はダッシュで部室に駆け込む。勢い余って転けそうになるが、なんとか片足でバランスをとり持ちこたえた。
「すいません、遅れました…っと、灼さん!?」
穏乃は灼ちゃんを見て驚いてる。
「穏乃と灼ちゃんって、知り合いだったの?」
灼ちゃんと穏乃は学年が違うのだからあまり接点はないはずだ、どういうことなのだろうか。
「じ、実は昨日、茜さんと一緒にボーリングに行って、そこで会ったんですよ」
昨日、茜ちゃんの帰りが遅かったのはそういう訳だったのか。穏乃と遊びに行くと聞いていたから、てっきり山でも走り回っているかと思っていた。
「ここからは私が説明する」
灼ちゃんがつらそうな穏乃を気遣い、代わりに昨日のことを話してくれた。
「昨日、茜がうちのボーリング場に遊びに来て、そこで麻雀部の勧誘をされた」
「茜」と呼び捨てにしているあたり、知り合いレベルではなさそうだ。さすがは茜ちゃん。一日で初対面とも友達になれるらしい。
ただ、麻雀部の勧誘までするのはやり過ぎだ。
「最初は断ってたんだけど、断っても断ってもしつこく勧誘してくるから、ボーリング対決で帰ってもらおうと思った」
「私が勝ったら一週間ボール磨き、茜が勝ったら私が麻雀部に入るって条件でね」
灼ちゃんは知らなかっただろうが、茜ちゃんはボーリングがすごく下手なのだ。勝負の内容にもよるが、おそらく茜ちゃんの負けだろう。
「あれ?でも灼ちゃんがここにいるってことは、まさか…」
「そう、負けた。だから約束で麻雀部に入ることになった」
(し、信じられない…)
茜ちゃんの技術から考えて、年下どころか初心者にさえ勝てるか怪しいものだ。そんな茜ちゃんが実家がボーリング場の灼ちゃんに勝てるとは思えない。しかし灼ちゃんは負けたと言っている。
「………なんか、ごめんなさい」
勝負とはいえ無理に麻雀部に入れたのだ。友達として責任を感じてしまう。
「蒼空、謝らなくていいよ。負けたけど、そのおかげで麻雀部に入れて良かったって思ってるから」
そう言ってくれると嬉しい。きっかけは無理矢理でも、今楽しく思ってくれてるなら良しとしよう。
「「お待たせ~」」
ドアの方から二人の声が聞こえた。
「玄さん、宥さん!」
穏乃が二人に駆け寄る。ここに来たということは、玄ちゃんも宥さんも例の物を持ってきたようだ。
隣の灼ちゃんが黙っていると思ったら、灼ちゃんは深呼吸していた。玄ちゃんに話しかける心の準備をしているのだろう。玄ちゃんは穏乃の相手をしていて灼ちゃんに気がついていない。
「く、玄っ!」
灼ちゃんが一歩前に出た。
「あ、灼ちゃん!?どうしてここに…」
玄ちゃんも穏乃と同じような反応を見せる。宥さんも同じだ。
「麻雀部に入った」
「ホント!?」
玄ちゃんは本当に嬉しそうだ。灼ちゃんは麻雀をやめたと言っていたし、玄ちゃんも多少は誘いにくかったはずだ。その灼ちゃんが麻雀部に入ると言ったんだ、玄ちゃんにとってこれほど嬉しいことはないだろう。
「そ、それで玄っ!麻雀…一緒にしてくれる?」
灼ちゃんがおそるおそる尋ねる。玄ちゃんは絶対に断らないに決まっているが、それでもやはり万が一のことを考えてしまうものだ。今の灼ちゃんは人生で一番ドキドキしているだろう。
「もちろん!一緒にやろう、麻雀」
玄ちゃんは灼ちゃんに手を差し出した。
「ふふっ。茜とおんなじことしてる…」
そう言うと灼ちゃんは玄ちゃんの手をとった。
私はこの時、友情の美しさを感じた。
「お、ま、た、せーーーー!!」
茜ちゃんが猛ダッシュで部室に飛び込んできた。勢い余って転けそうになると、その勢いのまま派手に転んだ。
「いったー…」
さっきまでの感動ムードから一転、部室のみんなが一斉に笑った。転けた茜ちゃんも大笑いしている。
(楽しいなあ…)
この風景を見ていると、さっきの話の続きが思い出される。
-2045年・長野-
『蒼空お姉ちゃん、ゴメン!』
自分の愚かさに気づき、姉妹に謝りに行った私がまず最初に聞いた言葉だった。
『私、自分だけ楽しければ良いやって、蒼空お姉ちゃんのこと何も考えてなかった』
『これからは他のみんなのことも考えて打つ!だからお願い、一緒に麻雀して!』
私は彼女の行動が意外過ぎて困った。謝るつもりで来たのに、まさか謝られるとは思ってもいなかったからだ。
『私からもお願い』
姉妹二人で頭を下げる。この時ほど自分が恥ずかしいと思ったことはない。下手をすれば私はこんなにも大切な仲間を失うところだったのだ。
『ううん、二人は悪くない。悪いのは私』
『私はあなたたち二人に嫉妬してただけ。努力が報われないからって拗ねてた』
『だから謝らなければならないのは私』
そう、本当に悪いのは下らないことに拗ねてた私。
『ごめんなさい、二人とも。こんな私だけど、これからも一緒に麻雀してください』
誠心誠意謝る。相手が許すかどうかは関係ない。人としてここはきっちり謝るべきだ。
『……なら、みんなで一緒に謝ろうよ』
私を見上げて言う。顔はいつも通りだったが、瞳だけは有無を言わせないような瞳だった。
きっと私が自分だけを責めていることに二人は気づいていたのだろう。だからこそ一緒に謝ろうと提案してくれたのだ。おそらくそう言ってもらえなければ、私はずっと自分を攻め続けたに違いない。反論を言わせない目付きも私のことを思った優しさの表れなのだ。
(これが本当の友達…)
『じゃあ、いくよ。せーの』
(ありがとう。二人とも…)
『『『ごめんなさい!』』』
三人で同時に謝った。
-2047年・部室-
「蒼空ちゃ~ん、麻雀やるよ~」
「うんっ」
あの後、引っ越しの一件で会うことは無くなってしまった。けれど仲直りをする機会を逃しただけで、私達は心の中で繋がっていると信じている。信じていればきっと仲直りはできる。
(いつか…きっと…)
麻雀部 現在6人
灼が正式に麻雀部に入りました。灼を説得する上で、できれば赤土さんのことは使いたくなかったのでこういう結果になりました。灼の過去はほとんど想像です。