スカイダイバー   作:高田正人

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第12話:Dawn chorus2

 

 

◆◆◆◆

 

 

 上層都市スカイライン。日の出を迎えた早朝の公園。俺は隣に杖を立てかけてベンチに腰を下ろしていた。ヴィディキンスは無言で俺の後ろに控えている。アドロが企業警察に引きずられていくのを見送ってから、俺はストリンディに甲斐甲斐しく付き添われつつボーダーラインを後にした。そして今、俺たちはグレートウォールを越えた先にいる。

 

 下層都市と上層都市は、グレートウォールによって物理的にも数理的にも遮断されている。では、この二つの都市は上下の位置関係にあるのか。実にそれは説明しにくい。この惑星を覆い尽くす都市の空間は、数理によって拡張と歪曲を繰り返し、複雑に絡み合っている。それこそ二つの都市は、平行世界の同じ惑星にあると言ってもいいくらいだ。

 

 もっとも俺からすれば、事実上層と下層を行き来できるのだから、さして問題ではない。それよりも問題なのは、押し寄せてきた空腹の方だ。男の時なら一日絶食しても別段支障はなかったのに、少女の体になったら一食抜いただけで体調が悪くなる。俺は先程買った板チョコの包装を破ると、焦げ茶色のそれを口に入れた。

 

「……美味しい」

 

 ついつい、そんな小声がチョコレートを噛む口からもれてしまった。顔が「にっこり」と「へらへら」の中間、まさに「にへら」という感じになってしまう。嗜好がだんだんボディに引っ張られているのだろうか。甘いものは男の頃は好きじゃなかったのに、今は口に入れるだけで幸福感が押し寄せてくる。ほんのりと幸せな半面、少し怖くなる。

 

 先程ストリンディを通して、企業警察にアドロを解放するよう頼んでおいた。これで後始末も終わりだ。傭兵も暇じゃない。朝が来れば次の仕事に移る。いちいち情報屋一人にかかずらうこともあるまい。せいぜいアドロはこれからも、ニンジャと繋がりのある情報屋として俺に利用されてもらいたいものだ。

 

 ベンチに座る俺の目の前を、上層都市の住人たちが通り過ぎていく。仲睦まじいカップル。礼拝帰りと思われる親子。孫の手を引く祖父母。どこもかしこも健全で明るく、優しげだ。俺の住む場所は、住みたい場所はここじゃない。

 

「ここは息が詰まりそうです……」

「だからといって、ボーダーラインで夜遊びはよくないですよ、シェリスさん」

 

 俺の独り言に反応があった。立ち上がって杖を手に取り、振り返る。そこには教書を閉じたストリンディが立っていた。一見時代錯誤に見えるアーマーはその実、生半可なハッキングなど受け付けない高度な数理が施されている。何よりもそれを着ているのがあの騎士だ。身体的な観点で見れば、俺などどう足掻いてもかなうわけがない。

 

「あら、ストリンディさん。少しいかがですか?」

 

 俺は矯正整式によって丁寧になった口調と態度で、板チョコを差し出す。

 

「ありがたくいただきます」

 

 即答されて俺は少し驚く。こいつの律儀な性格からして、断るものとばかり思っていた。

 

「もしかして、お腹が空いているのかしら?」

「あはは、は、恥ずかしながら……」

 

 ストリンディは頬をかく。

 

「これ、どうぞ。私には少し甘すぎましたので」

 

 俺が板チョコの残りをそっくりそのまま手渡すと、ストリンディは分かりやすく目を輝かせた。

 

「い、いいんですか?」

「ええ、もちろん」

 

 いそいそと受け取って、しかしすぐに彼女は渋面を取り繕う。

 

「それはともかく」

 

 クソ、買収されておきながらお説教はきっちりと行うとはいい度胸だ。

 

「あ、今舌打ちしましたね」

「いいえ、そんなはしたないことはしませんよ」

 

 事実俺は舌打ちしていない。矯正整式でそういう行動はできない。整式の深部にまでハッキングし、緊急事態という警報を送り込み、さらに幾多の拘束を事前に作っておいた破却構文で一時的に焼灼してようやく、俺は自然に振る舞える。それも短時間だけだが。

 

 ストリンディは、俺が舌打ちしかねない雰囲気を感じ取っただけに過ぎない。やれやれ、さすがは騎士様。遺伝的にも数理的にも徹底的に洗練された、戦闘用競走馬の行き着く先。未来予知の数理を反応速度で上回り、企業要人を警護するハイクラス剣豪とただの金属製のブレード一本で渡り合う人外の身体能力は今日も健在らしい。

 

「いいですか。シェリスさんも重々承知とは思いますが、一人でボーダーラインに行くのは危険すぎます」

 

 こちらを覗き込むような姿勢で、ストリンディは俺に注意してくる。

 

「一人ではないですよ。ヴィディキンスがついていますから。ねえ?」

 

 俺は後ろの人造に視線をやる。

 

「私は人造ですので一人とは数えられません。我が愛しくも浅慮なマスター」

 

 返ってきたのは、妙に人を苛立たせるいつもの慇懃無礼な言葉だ。こいつはシーケンサーが俺の護衛兼監視として送りつけてきた人造だ。情緒権利が何も解放されていないはずなのに、変に人間臭くて困る。

 

「事実、シェリスさんは開口一番私に助けを求めてきたでしょう? お忘れですか? もう一歩で取り返しがつかなくなるところだったんですよ」

 

 

◆◆◆◆

 

 

 




ハッカー「未来予知の数理を使えば騎士の剣術にも対応できる!」
騎士「ならば予知された自分よりもさらに早く動けばいいだけのこと」
↑このような脳筋思考が騎士という戦闘人類。しかもこれでハッカーに勝ってしまうのが恐ろしい。
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