スカイダイバー   作:高田正人

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第39話:Wicked Dealer

 

◆◆◆◆

 

 

 サンドピット自治区の東に建つホテル・マルジャーン。かつては華やかだったこのホテルも立て続けに経営者が変わり、今や砂と錆と埃に彩られた廃墟の予定地となりつつある。照明もろくに点いていない暗い廊下を歩くのは、スシ・カバブを配達するウズムクだ。

 

「悪徳者だ……悪徳者。あいつらは悪徳者」

 

 ウズムクは一人で何度も呟いている。

 

 朝の礼拝で教父が行った説教が脳裏に蘇る。悪徳者。異教の輩たち。聖典に従わず、悪行に身を染めたよそ者。付き合うのは危険だと分かっている。それでも、ウズムクの目には一人の少女の姿が焼き付いていた。細い肢体と銀色の長髪。赤みがかった双眸。今まで一度も見たことのない、可憐な花のような少女だ。その名は――コンフィズリーという。

 

 指定された部屋の前で、ウズムクは足を止める。

 

「誰だ」

 

 ノックするとハスキーな女性の声で返事があった。

 

「オレだよ。昼食だ」

 

 ややあって鍵が解錠され、ドアが開いた。部屋に足を踏み入れると同時に、鼻をつく化学物質の異臭にウズムクはむせそうになった。床に目をやると、大量のブーストスイーツの包み紙が散らばっている。

 

「適当に置け」

 

 ベッドの上で大型の教書を広げた女性が、目も上げずに命じる。ホテルの一室はハッカーたちの魔窟になっていた。壁に向かって何人ものハッカーが座り、延髄のコネクターに教書を有線接続させている。ほとんどの調度品は隅に詰まれ、空いた空間を数理機器が占拠していた。割れた空き瓶に突っ込まれた、ケミカル配合の香草の毒々しい色と臭い。

 

「……少しは片づけろよ」

 

 無数の仮想スクリーンに流れる構文や描画された図面を手で払いのけつつ、ウズムクは積み上げられた空箱の上にスシを置いてぼやく。

 

「用が済んだらさっさと帰れ」

 

 先程の女性はにべもなく言う。

 

「おい、オレはガイドだぞ。配達ならほかの奴にもでき……」

 

 ウズムクが抗議しようとしたのと同時に。

 

「黙れ」

 

 初めて女性が顔を上げた。目の下の異常に濃い隈。乾ききった短髪。不健康かつ不機嫌そうな顔。耳と眉と唇の端を貫くクローム鍼。そして何よりも、こちらに突きつけられたニードルタイプのクロスボウ。

 

「スカイライトのイタマエが捌いたバイオレットフグの毒入りだ。肝臓で味わうか?」

 

 無造作に向けられた残忍さに、ウズムクは背筋が凍った。

 

「――マンティス、ここじゃ故郷の挨拶は刺激が強いわ」

 

 横から聞こえた忠告に、マンティスと呼ばれた女性はクロスボウを下げる。

 

「部外者を黙らせるにはいい薬だろ?」

 

 マンティスが充血した目を向ける先。教書を開き硬筆を走らせるシェリスの姿がある。毒物と大差ない香草の煙で燻されたその目に、彼女の姿はまともに映っているのだろうか。

 

「分かった? 仕事場を土足で歩かれても許せるほど、私たちは寛容じゃないの」

 

 次いでシェリスはウズムクの方を向いて、作り笑いの顔でそう言う。

 

「あ、ああ……」

 

 こんな狂人たちと付き合う義理はない。退室しようとしたウズムクの目の前で、突如壁を向いて座っていたハッカーの一人が絶叫と共に立ち上がった。

 

「あら、侵入に失敗したみたいね」

 

 ハッカーの全身が帯電してスパークを放つのと同時に、右の義眼が爆ぜてタンパク液が飛び散る。

 

「びょ、病院に連れて行かないと!」

「余計なことをするな」

 

 助けを呼ぼうとしたウズムクに、マンティスは再びクロスボウを突きつける。

 

「でも……!」

 

 おろおろするウズムクをよそに、シェリスが立ち上がるとスパークが収まったハッカーに近づく。

 

 背筋を反らせて硬直したハッカーの側頭部に手を伸ばし、多段ソケットから基盤を引き抜いた。その細い指から光る線が伸びると、基盤に差し込まれる。

 

「……スケダチ・コーポレーションの感応防壁、種別は恐らく遊離マクロファージタイプ。アサルトソフトウェアがやや特殊ね。未だに八卦型のスペルバインダーを使ってるなんて予想外だわ」

 

 基盤に記録された感応防壁の迎撃を読み取っているなど、数理に疎いウズムクは知るよしもない。

 

「手間が省けたわ。これを手がかりにしましょう」

 

 マンティスがうなずくと、クロスボウの数理端子を操作してからハッカーに向けて引き金を引く。

 

「やめろよ!」

 

 ウズムクが血相を変えるが、マンティスはうるさそうに説明する。

 

「アドレナリン投与だ」

 

 その言葉の通り、ニードルを首筋に撃ち込まれたハッカーは大きく喘鳴すると、生身の方の目を見開いた。

 

「気分はどうかしら?」

 

 シェリスがそう尋ねると、ハッカーは苦しげに笑い返した。

 

「て、天蓋が見えたぜ……」

「お馬鹿さん。死にかけた程度で天蓋が見えたら苦労しないわ」

 

 シェリスのその声には、ウズムクには分からない苦々しさがあった。

 

「まだいたの?」

 

 不意にシェリスがウズムクの方を見た。その目つきのよそよそしさに、ウズムクはたじろぐ。

 

「じゃ、じゃあな!」

 

 捨て鉢にそう言い放って出て行くウズムクを、シェリスもマンティスも、他のハッカーも誰一人見ていない。

 

「やっぱり悪徳者だ……あいつら」

 

 階段を下りつつ呟くウズムクに同意する者も、やはり誰一人いなかった。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 





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